物権(ぶっけん)は、物を直接支配する権利です。所有権や抵当権がこれに当たり、対抗要件を備えれば、だれに対しても「この物についてはこうだ」と主張できます。債権(さいけん)は、特定の人に「お金を払って」「土地を使わせて」と行為を求める権利です。代金を受け取る権利や、借りた物を使う賃借権がこれに当たります。
ひとことで言うと、物権は「物に対する権利」、債権は「人に対する権利」です。物権は法律で決めたものしか作れず(民法175条)、不動産の物権は登記がないと第三者に対抗できません(177条)。債権は約束した相手にしか言えないので、物の持ち主が替わると負けるのが原則です。この原則を「売買は賃貸借を破る」と言い、民法605条と借地借家法が例外を作っています。物権法定主義・一物一権主義・公示の原則と、登記に公信力がないことは物権の原則の記事にまとめています。
この記事は、権利関係の各論点がどちらの権利の話かを見分けるための土台です。用語の意味は宅建の用語集にまとめています。条文は令和8年4月1日時点のものです。
身近な例で考えると
ひろしさんは、郊外に空き地を持っています。この土地をめぐって、何人かが権利を持つことになりました。
| 人物 | 立場 | 持つ権利 |
|---|---|---|
| ひろしさん | 土地の持ち主 | 所有権(物権) |
| しょうたさん | 土地を借りて資材置場にしている | 賃借権(債権) |
| みどり銀行 | ひろしさんにお金を貸した | 貸金債権と抵当権 |
| あいさん | 土地を買った | 所有権(物権) |
- ひろしさんは、しょうたさんに土地を資材置場として貸した。賃借権の登記はしていない。
- ひろしさんは、みどり銀行からお金を借り、土地に抵当権を設定して登記した。
- ひろしさんは、土地をあいさんに売り、あいさんが所有権移転の登記をした。
このあと、あいさんが「資材を片付けて出ていってほしい」と言ったら、しょうたさんは賃借権を主張できるでしょうか。しょうたさんの賃借権は、ひろしさんに「土地を使わせて」と求める債権です。あいさんとは何の約束もしていません。登記もないので、あいさんに賃借権を主張できず、明け渡すことになります。これが「売買は賃貸借を破る」です。
一方、みどり銀行の抵当権は物権で、登記もあります。土地の持ち主があいさんに替わっても、抵当権はそのまま土地に付いています。ひろしさんが返済しなければ、みどり銀行は土地を競売できます。同じ「ひろしさんとの約束から生まれた権利」でも、物権か債権かで、持ち主が替わったあとの強さがまったく違います。
たとえるなら、物権は「物そのものに貼った名札」、債権は「相手の人と交わした約束のメモ」です。物が人手に渡っても名札は付いたままですが、メモは約束した人にしか見せられません。ただし本物のルールでは、名札(物権)も、不動産なら登記をしておかないと第三者に見せられません(177条)。
条文ではこう決まっている
- 物権法定主義(175条):物権は、民法その他の法律に定めるもののほか、創設することができない。当事者の契約で新しい種類の物権は作れません。
- 物権の移転(176条):物権の設定と移転は、当事者の意思表示のみによって効力を生じる。売買契約を結べば、登記の前でも所有権は買主に移ります。
- 不動産の対抗要件(177条):不動産に関する物権の得喪と変更は、登記をしなければ第三者に対抗することができない。
- 所有権の中身(206条):所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。
- 賃貸借(601条):一方が物の使用と収益をさせることを約し、相手方が賃料を払うことと、終了時に物を返すことを約する契約。賃借人の権利は、賃貸人に求める権利(債権)として作られています。
- 例外1(605条):不動産の賃貸借は、登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。
- 例外2(借地借家法10条1項・31条):建物の所有を目的とする借地権は、借地上に借地権者が登記した建物を持っていれば第三者に対抗できる。建物の賃貸借は、引渡しがあれば、その後に建物の物権を取得した者に効力を生じる。
- 例外3(605条の4):対抗要件を備えた不動産の賃借人は、占有を妨害する第三者に妨害の停止を、占有している第三者に返還を請求できる。
例の資材置場は、建物の所有が目的ではないので、借地借家法は使えません。しょうたさんがあいさんに対抗するには、605条の賃借権の登記が必要でした。民法の賃貸借と借地借家法の境目は、借地権の対抗要件を扱う借地権の対抗要件の記事でも確かめられます。
物権と債権を1枚で比べると
| 比べる点 | 物権 | 債権 |
|---|---|---|
| 何に対する権利か | 物を直接支配する | 特定の人に行為を求める |
| 種類 | 法律で決めたものだけ(175条) | 契約で自由に作れる |
| だれに主張できるか | 対抗要件があればだれにでも | 原則として約束の相手だけ |
| 同じ物の上で | 同じ内容の物権は並び立たない | 同じ内容の債権が並び立つ |
| ぶつかったとき | 物権が債権に勝つ | 債権どうしは平等 |
| じゃまをされたら | 物権的請求権で排除を求める | 原則は約束の相手に求める |
「同じ内容の物権は並び立たない」とは、1つの土地に「全部の所有者」が2人いることはない、という意味です。抵当権は1つの土地に何本も付けられますが、1番・2番と順位が付き、優先の順番が決まります。これに対し、同じ土地を同じ期間2人に貸す契約は、どちらも契約としては成り立ちます。実際に使わせられるのは一方だけなので、使わせられなかった相手には債務不履行の責任が残ります。
「債権どうしは平等」は、担保を持たない債権者は、お金を貸した時期が早くても優先しない、という意味です(債権者平等の原則と呼ばれます)。抵当権者は、抵当権の付いた不動産から「他の債権者に先立って」弁済を受けられます(369条1項)。じゃまを排除する物権的請求権は物権的請求権の記事で扱っています。
当てはまる例・当てはまらない例
- 当てはまる(売買は賃貸借を破る):資材置場のしょうたさんは、賃借権の登記がないので、新しい持ち主のあいさんに賃借権を主張できない。しょうたさんがひろしさんに債務不履行の責任を問えるかは、別の話です。
- 当てはまらない(借家の引渡し):しょうたさんが借りていたのが店舗用の建物で、引渡しを受けて営業していた。建物の賃貸借は引渡しで対抗力を持つので(借地借家法31条)、あいさんが建物を買っても、しょうたさんは借り続けられます。
- 当てはまらない(抵当権):みどり銀行の抵当権は、登記があるので、あいさんが土地を買ったあとも付いたまま。持ち主が替わっても消えないのが物権です。
- ひっかけやすい(二重売買):ひろしさんが同じ土地をあいさんとだいきさんに売り、だいきさんが先に登記した。所有権の取り合いはだいきさんの勝ちですが(177条)、あいさんとの売買契約が無効になるわけではありません。売買契約は「土地を移して」と求める債権を生む契約で、二重に結んでもどちらも成り立ちます。あいさんは、土地を移せなくなったひろしさんに損害賠償を求められます(415条1項)。
権利関係の論点を、物権と債権で地図にすると
宅建の権利関係の論点の多くは、「物権どうしの順番」「物権と債権のぶつかり」「債権の中のルール」のどれかに入ります。どれに当たるかが分かると、使う条文の見当がつきます。
同じ土地をめぐる争いでも、二人とも物権(所有権)を主張しているなら177条の登記の先後で決まります。一方が債権(賃借権)なら、まず「その債権に対抗力を持たせる例外があるか」(605条・借地借家法10条・31条)を見ます。二重譲渡の詳しい判断は不動産の二重譲渡と登記で確かめてください。
試験ではここをまちがえやすい
当サイトが、不動産適正取引推進機構が公開している宅建試験の問題(昭和63年度〜令和7年度の40回、2,000問)を1問ずつ読んで数えたところ、物権の基本(所有権・物権のその他)が主な論点の問題は2問で、直近10回(平成30年度〜令和7年度)では1問でした。物権変動と対抗要件が主な論点の問題は21問、直近10回では5問です(分け方は当サイトの判断で、公式の分類ではありません)。物権と債権の区別そのものより、それを使って解く問題が多い、という数字です。取り違えやすい形は次のとおりです。
- 賃借権は物権だと思い込む:民法の賃借権は債権です。対抗できるのは、登記(605条)や借地借家法の要件を満たしたときだけです。
- 債権に順番があると思い込む:担保のない債権は、先に貸した人が優先するわけではありません。優先するのは抵当権などの担保物権です。
- 負けた側の契約を無効と思い込む:二重売買で登記を先にされた買主の契約も有効で、売主に損害賠償を求められます。
- 債権では第三者に何も言えないと思い込む:対抗要件を備えた不動産の賃借人は、占有を妨害する第三者に妨害の停止や返還を求められます(605条の4)。
- 登記がないと所有権が移らないと思い込む:所有権は契約で移ります(176条)。登記は第三者に対抗するための要件です(177条)。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
ひろしさんは、同じ土地をあいさんとだいきさんに別々に売る契約を結び、だいきさんが先に所有権移転の登記をした。あいさんは土地を取得できないが、あいさんとの売買契約も有効なので、あいさんはひろしさんに債務不履行による損害賠償を請求できる。
答え:○ 所有権の取り合いは登記を先にしただいきさんの勝ちですが(民法177条)、それは物権の優劣の話です。売買契約は、売主に「所有権を移して」と求める債権を生む契約で、二重に結んでもどちらも成り立ちます。ひろしさんは、自分の二重売買であいさんに土地を移せなくなったので、415条1項の損害賠償の責任を負います。「登記で負けた側の契約は無効」と、物権の勝ち負けを契約の効力と取り違えると✕にしてしまいます。
問2(このサイトのオリジナル問題)
ひろしさんは、2年前にけいこさんから担保なしで300万円を借り、1年前にみどり銀行から500万円を借りて土地に抵当権を設定し、登記した。この土地が競売されたとき、先に貸したけいこさんが、みどり銀行より先に競売の代金から弁済を受ける。
答え:✕ 分かれ目は、債権の発生の早さで優先が決まるかです。担保を持たない債権者どうしは、貸した時期にかかわらず平等に扱われ、抵当権者は、抵当権の付いた不動産から「他の債権者に先立って」弁済を受けます(民法369条1項)。正しくは、みどり銀行がけいこさんより先に弁済を受けます。物権どうしの順番を決める「登記の先後」(177条)の考え方を、担保のない債権に当てはめた文です。
問3(このサイトのオリジナル問題)
ひろしさんから店舗用の建物を借りて引渡しを受け、営業しているしょうたさんの店舗に、無関係のごろうさんが勝手に入り込んで居座った。しょうたさんは、賃借権にもとづいて、ごろうさんに店舗を返すよう請求できる。
答え:○ 賃借権は債権ですが、605条の2第1項に規定する対抗要件を備えた不動産の賃借人は、不動産を占有している第三者に返還を請求できます(民法605条の4第2号)。建物の賃貸借は引渡しで対抗要件を備えるので(借地借家法31条)、しょうたさんは自分の賃借権にもとづいて請求できます。「債権は約束の相手にしか言えない」という原則だけで考えると✕に見えます。対抗要件を備えていない賃借人は、この条文を使えません。
この分野の○✕は、宅建の5分○✕ドリルの「権利関係」で続けて解けます。
まとめ
- 物権は物を直接支配する権利で、法律で決めたものだけ(175条)。不動産は登記がないと第三者に対抗できない(177条)。
- 債権は特定の人に行為を求める権利。同じ内容の債権が並び立ち、担保のない債権どうしは平等。
- 物権と債権がぶつかると物権が勝つ(売買は賃貸借を破る)。例外は、賃借権の登記(605条)、借地上の登記された建物(借地借家法10条)、建物の引渡し(同31条)。
- 対抗要件を備えた賃借人は、第三者に妨害の停止・返還を請求できる(605条の4)。
- 二重売買で負けた買主の契約も有効で、売主に損害賠償を求められる(415条)。
次に読むなら、借地権の対抗要件がおすすめです。この記事で見た「債権に対抗力を持たせる例外」のうち、借地上の建物の登記と、建物が滅失したときの掲示を条文で確かめられます。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、令和8年4月1日時点で施行されている内容を、e-Gov法令検索(法令API)で確かめています。
- e-Gov法令検索「民法」(175条〜178条、206条、369条、415条、601条、605条、605条の2、605条の4)
- e-Gov法令検索「借地借家法」(10条、31条)
- 不動産適正取引推進機構「宅建試験の問題及び正解番号表」(出題数は当サイトが数えたもので、公式の内訳ではありません)
働く人の法律試験ノート