国際人権規約:社会権規約(A規約)と自由権規約(B規約)、世界人権宣言との違い、日本の締結と選択議定書

ひとことで言うと、国際人権規約は、世界人権宣言の内容を基礎として条約にした2つの規約です。「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(社会権規約・A規約)と、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約・B規約)で、どちらも1966年12月16日に国連総会で採択されました。日本は1979年に批准しています(外務省の説明)。

この記事の位置づけ:基礎知識の4分野(一般知識・業務関連法令・情報通信と個人情報保護・文章理解)のうち、一般知識の記事です。足切り(令和7年度の合否判定基準では基礎知識24点=6問)を越えるための6問は、文章理解と、条文で答えが決まる法令から先に固める、という基礎知識の記事の順番は変わりません。

締約国の数、委員会の勧告の中身、日本の制度の評価、締結しない議定書についての賛否や理由は扱いません。条約は外務省の訳文で、日本の締結と留保は外務省の説明・外務省が掲載する政府の報告・政府の答弁書で確かめた事実だけを書き、変わりうる事実には資料の時点を添えます(2026年10月17日確認)。

身近な例で考えると

行政書士試験の受験生のあおいさんは、「世界人権宣言」と「国際人権規約」の違いがあいまいでした。そこで、外務省の説明にある日付を、順に並べてみました。

  1. 1948年12月10日:第3回国連総会で世界人権宣言が採択された。
  2. 1951年:第6回国連総会で、人権規約を、市民的・政治的権利の規約と、経済的・社会的・文化的権利の規約の2つに分けることが決まった。
  3. 1966年12月16日:国連総会で2つの規約が採択された。同じ年に、自由権規約の選択議定書(個人通報の制度)も採択された。
  4. 1976年:社会権規約が1月3日、自由権規約と選択議定書が3月23日に効力を生じた。
  5. 1979年:日本が2つの規約を批准した。
  6. 2012年9月11日:日本が、社会権規約13条2(b)(c)についての留保の撤回を国連事務総長に通告した。

あおいさんが分かったのは、宣言と規約は「目標を書いた共通の基準」と「国どうしで結んだ約束(条約)」の関係だということです。外務省は、世界人権宣言を、すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準を宣言したものと説明し、国際人権規約を、その内容を基礎として条約化したものと説明しています。ただし外務省は、世界人権宣言が人権の歴史において重要な地位を占めるとも説明しています。条約でないことは、意味がないことを表すものではありません。

規約ではこう決まっている

社会権規約(A規約)

  • 約束の書き方(2条1):締約国は、立法措置その他のすべての適当な方法により、規約の権利の完全な実現を漸進的に達成するため、自国における利用可能な手段を最大限に用いて、個々に、または国際的な援助・協力を通じて、行動をとることを約束する。
  • 差別の禁止(2条2)・男女の同等(3条):人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見などによる差別なしに権利が行使されることを保障し、男女に同等の権利を確保する。国連の人権の条約のうち、子ども・女子・人種についてのものは、子どもの権利条約・女子差別撤廃条約・人種差別撤廃条約の記事で扱っています。差別の解消に向けた国内の法律はヘイトスピーチ解消法と部落差別解消推進法の記事にあります。
  • 主な権利(第三部):労働の権利(6条)、公正で良好な労働条件(7条)、労働組合を結成し加入する権利・同盟罷業をする権利(8条)、相当な生活水準(11条)、健康(12条)、教育(13条)、文化的な生活への参加(15条)など。
  • 実施の確かめ方(16条):締約国は、とった措置と進歩について報告を国連事務総長に出し、事務総長はその写しを経済社会理事会に送る。

自由権規約(B規約)

  • 約束の書き方(2条1):締約国は、その領域内にあり、かつ、その管轄の下にあるすべての個人に対し、いかなる差別もなしに規約の権利を尊重し及び確保することを約束する。
  • 主な権利(第三部):生命に対する固有の権利(6条)、拷問などの禁止(7条)、奴隷の禁止(8条)、身体の自由と安全(9条)、裁判所の前の平等(14条)、遡って罰せられないこと(15条)、思想・良心・宗教の自由(18条)、表現の自由(19条)、参政の権利(25条)、法律の前の平等(26条)など。
  • 緊急事態(4条):国民の生存を脅かす公の緊急事態で、その存在が公式に宣言されているときは、事態の緊急性が真に必要とする限度で、規約の義務から逸脱する措置をとれる。ただし4条2により、6条、7条、8条1・2、11条、15条、16条、18条からは逸脱できない。
  • 実施の確かめ方:18人の委員からなる人権委員会を置く(28条)。締約国は報告を出す(40条)。ほかの締約国が義務を果たしていないという通報を委員会が受け取るのは、通報する国と通報される国の両方が、委員会のこの権限を認める宣言をしている場合に限られる(41条)。
文書性質中身日本
世界人権宣言(1948年)国連総会が採択した宣言達成すべき共通の基準—
社会権規約(A規約)条約労働・生活水準・健康・教育など。漸進的に達成1979年批准
自由権規約(B規約)条約生命・身体の自由・表現・参政など。尊重し確保1979年批准
自由権規約の選択議定書規約とは別の条約個人通報の制度締結していない(2025年4月時点の政府の説明では検討中)

日本の批准と留保

留保(りゅうほ=条約の一部の規定に拘束されないと、締結するときに表明すること)について、政府の資料で確かめられたのは、社会権規約の次の3つです。政府の答弁書(平成18年6月)は、自由権規約については留保を付している規定はない、としています。

  • 社会権規約7条(d):「公の休日についての報酬」について、外務省が掲載する第2回政府報告と、上の答弁書は、拘束されない権利を留保している、としている。
  • 社会権規約13条2(b)(c):中等教育と高等教育について、日本は批准書を寄託する際、「特に、無償教育の漸進的な導入により」に拘束されない権利を留保した。2012年9月11日に撤回を国連事務総長に通告し、同日から、この部分に拘束されることになった。
  • 社会権規約8条1(d):同盟罷業(ストライキ)をする権利の規定について、外務省が掲載する第3回政府報告(2009年12月)は、当該規定に拘束されない権利を留保している、と説明している。批准の時に国内の法令でこの権利が認められていた部門は除かれる(上の答弁書)。

日本の中での条約の扱いは、憲法98条2項の「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」が出発点です。条約の締結は内閣の事務で、事前に、時宜によっては事後に、国会の承認が要ります(73条3号)。

選択議定書

  • 自由権規約の(第一)選択議定書:規約の権利の侵害を受けたと主張する個人の通報を、人権委員会が審議する制度(個人通報制度)を定める。1966年採択、1976年3月23日発効。日本は締結しておらず、外務省が掲載する政府の報告(2025年4月時点)は、締結について「引き続き、我が国として真剣に検討を進めているところ」としている。
  • 死刑の廃止を目的とする第二選択議定書:1989年12月15日採択、1991年7月11日発効(外務省の説明)。この記事は個人通報の議定書を中心に扱うので、名前と日付だけにします。
  • 社会権規約の選択議定書:日本は締結しておらず、同じ政府の報告(2025年4月時点)は、締結について真剣に検討を進めているところ、としている。

当てはまる例・当てはまらない例

  1. 当てはまる例:「規約の権利を尊重し及び確保することを約束する」という書き方。これは自由権規約2条1の言葉です。
  2. 当てはまる例:公の緊急事態が公式に宣言されていても、思想・良心・宗教の自由(18条)から逸脱する措置はとれない。18条は4条2に挙がっています。
  3. 当てはまらない例:表現の自由(19条)を「どんな緊急事態でも逸脱できない権利」とすること。19条は4条2に挙がっていません。
  4. ひっかけやすい例:世界人権宣言を「1966年採択の条約」とすること。宣言は1948年の国連総会の宣言で、1966年に採択されたのは2つの規約です。
  5. ひっかけやすい例:個人通報の制度は規約の本体にある、とすること。自由権規約では、個人通報は別の条約である選択議定書が定めています。本体の41条は、国から国への通報で、しかも宣言した国についてだけの仕組みです。

似ているルールとの違い

比べる点社会権規約(A規約)自由権規約(B規約)
約束の書き方完全な実現を漸進的に達成するため行動をとる(2条1)権利を尊重し及び確保する(2条1)
報告の行き先国連事務総長→経済社会理事会(16条)国連事務総長→人権委員会(40条)
効力発生1976年1月3日1976年3月23日

憲法の科目では、自由権と社会権の区別が人権の分け方の基本になります。国内の社会権の判例は社会権の記事、外国人に人権がどこまで及ぶかは人権の主体の記事で扱っています。外務省は、日本が締結している人権条約として、ほかに女子差別撤廃条約・児童の権利条約(子どもの権利条約)・人種差別撤廃条約・拷問等禁止条約・強制失踪条約・障害者権利条約を挙げています。この記事では名前だけにとどめます。国際連合の機関のしくみは国際連合の記事、難民の定義と日本の加入は難民条約の記事で扱っています。

試験ではここをまちがえやすい

  • AとBの中身:A規約=社会権(経済的・社会的・文化的権利)、B規約=自由権(市民的・政治的権利)。記号と中身を入れ替えない。
  • 年:宣言1948年、規約の採択1966年、発効1976年、日本の批准1979年。
  • 約束の強さ:A規約は「漸進的に達成」、B規約は「尊重し及び確保」。
  • 逸脱できない条:B規約4条2は6条・7条・8条1と2・11条・15条・16条・18条。表現の自由(19条)は入っていない。
  • 撤回した留保:2012年に撤回したのは、社会権規約13条2(b)(c)の無償教育の漸進的な導入の部分。7条(d)・8条1(d)の留保と取り違えない。自由権規約には留保がない。
  • 個人通報:自由権規約では選択議定書の制度で、日本は締結していない。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
社会権規約は、規約の権利の完全な実現を漸進的に達成するために行動をとることを締約国が約束する形をとり、自由権規約は、規約の権利を尊重し及び確保することを締約国が約束する形をとっている。

答え:○ 分かれ目は、2つの規約の2条1の書き方です。社会権規約2条1は、利用可能な手段を最大限に用いて、権利の完全な実現を「漸進的に達成するため」行動をとることを約束するとし、自由権規約2条1は、すべての個人に対し、差別なしに権利を「尊重し及び確保する」ことを約束するとしています。人権の条約ならどちらも同じ書き方で約束しているだろう、と考えると✕に見えますが、2つの規約は約束の書き方を分けています。入れ替えて、自由権規約を「漸進的」とする肢が誤りの形です。

問2(このサイトのオリジナル問題)
日本は、2012年に、社会権規約8条1(d)の同盟罷業をする権利の規定についての留保を撤回し、同日からこの規定に拘束されることになった。

答え:✕ 分かれ目は、撤回した留保がどの規定かです。外務省によると、日本が2012年9月11日に撤回を通告したのは、社会権規約13条2(b)(c)の「特に、無償教育の漸進的な導入により」についての留保です。正しくは、8条1(d)については、外務省が掲載する第3回政府報告(2009年12月)が、留保していると説明しています。撤回された13条2(b)(c)の留保と、8条1(d)の留保を入れ替えた誤りです。

問3(このサイトのオリジナル問題)
自由権規約の締約国は、国民の生存を脅かす公の緊急事態が存在し、それが公式に宣言されているときであっても、思想、良心及び宗教の自由(18条)に違反する措置をとることは認められない。

答え:○ 分かれ目は、逸脱できない条に入っているかです。4条1は、公の緊急事態で、その存在が公式に宣言されているときに、規約の義務から逸脱する措置を認めますが、4条2は、6条、7条、8条1・2、11条、15条、16条、18条の規定に違反することを許さないとしています。緊急事態なら権利を制限できると考えると✕に見えます。表現の自由(19条)は4条2に入っていないので、18条と同じ扱いにすると誤ります。

基礎知識の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「基礎知識」で続けて解けます。

まとめ

  • 国際人権規約=世界人権宣言(1948年)を基礎に条約化した社会権規約(A)と自由権規約(B)。1966年採択、1976年発効、日本は1979年批准。
  • A規約は「漸進的に達成」、B規約は「尊重し及び確保」。B規約4条2の逸脱できない条に18条は入り、19条は入らない。
  • 13条2(b)(c)の無償教育の部分の留保は2012年9月11日に撤回。7条(d)・8条1(d)は留保していると政府の報告が説明している。
  • 個人通報は自由権規約の選択議定書の制度。日本は締結しておらず、政府は検討を進めていると説明している。

このサイトで次に読むなら、文章理解の記事です。基礎知識の足切りを越える6問の土台は、一般知識より先に文章理解で作れます。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

規約は外務省の訳文で、憲法は e-Gov 法令検索で確かめました(2026年10月17日確認)。

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