人種差別撤廃条約:「人種差別」の定義と、日本が4条(a)(b)に付けた留保、ヘイトスピーチ解消法との関係

ひとことで言うと、人種差別撤廃条約(正式には「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」)は、人種・皮膚の色・世系又は民族的若しくは種族的出身に基づく区別・排除・制限・優先で、人権と基本的自由の平等な享有を妨げ又は害する目的又は効果を持つものを「人種差別」とし(1条1)、それを撤廃する政策などを締約国に約束させる条約です。1965年の第20回国連総会で採択され、1969年に発効し、日本は1995年に加入しました(外務省の説明)。日本は4条(a)(b)に留保を付けています。

この記事の位置づけ:基礎知識の4分野(一般知識・業務関連法令・情報通信と個人情報保護・文章理解)のうち、一般知識の記事です。足切り(令和7年度の合否判定基準では基礎知識24点=6問)を越えるための6問は、文章理解と、条文で答えが決まる法令から先に固める、という基礎知識の記事の順番は変わりません。

締約国の数、委員会の勧告の中身、留保の当否や評価、具体的な出来事は扱いません。条約は外務省の訳文で、日本の加入・留保・14条の扱いは、外務省の説明・外務省が掲載する政府の報告と、国連事務総長が公表する条約の状況の一覧で確かめた事実だけを書き、資料の時点を添えます(2026年10月17日確認)。

身近な例で考えると

行政書士試験の受験生のりくさんは、「国籍による区別も人種差別に入るのか」と疑問に思いました。外務省の訳文とQ&Aを読んで、次のことを順に確かめました。

  1. 定義の理由は、人種・皮膚の色・世系・民族的若しくは種族的出身の4つで、「国籍」は入っていない(1条1)。
  2. 締約国が市民と市民でない者との間に設ける区別には、条約は適用しない(1条2)。
  3. 外務省のQ&Aは、「国籍」の有無という法的地位に基づく異なる取扱いは、この条約の対象とはならないことが明確にされている、と説明する。
  4. 同じQ&Aは、ただし、国籍の有無による異なる取扱いが認められるのは合理的な根拠のある場合に限られ、むしろ人種や民族的・種族的出身などに基づく差別とみなすべきものは、この条約の対象となると考えられる、としている。

りくさんが分かったのは、「国籍による区別だから対象外」で止めず、中身が民族的出身などによる区別かどうかまで見る、ということです。

条約ではこう決まっている

「人種差別」の定義(1条)

  • 1条1:人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先で、政治的・経済的・社会的・文化的その他のあらゆる公的生活の分野で、平等の立場での人権と基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する「目的又は効果」を有するもの。
  • 1条2:締約国が市民と市民でない者との間に設ける区別、排除、制限又は優先については、適用しない。
  • 1条4:保護を必要としている特定の人種・種族の集団や個人の適切な進歩を確保することのみを目的として、必要に応じてとられる特別措置は、人種差別とみなさない。ただし、異なる人種の集団に別個の権利を維持することとなってはならず、目的が達成された後は継続してはならない。

4条の中身

4条の柱書は、人種的優越の思想・理論に基づく宣伝や団体、人種的憎悪・人種差別を正当化し助長しようとする宣伝や団体を非難し、差別の扇動や行為を根絶するための迅速かつ積極的な措置をとることを、締約国に約束させています。そのうえで、次の3つを挙げています。

号訳文の中身(要点)日本の留保
(a)人種的優越・憎悪に基づく思想の流布、人種差別の扇動、暴力行為やその扇動、人種主義に基づく活動への援助を、法律で処罰すべき犯罪であると宣言する留保の対象
(b)人種差別を助長し扇動する団体・宣伝活動を違法として禁止し、その参加を法律で処罰すべき犯罪であると認める留保の対象
(c)国や地方の公の当局・機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めない留保の対象外

日本が4条(a)(b)に付けた留保

外務省が掲載する第10回・第11回政府報告(2017年7月)は、日本が条約を締結するに当たって付けた留保を、次のように示しています。

「日本国は,あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約第4条の(a)及び(b)の規定の適用に当たり,同条に「世界人権宣言に具現された原則及び次条に明示的に定める権利に十分な考慮を払って」と規定してあることに留意し,日本国憲法の下における集会,結社及び表現の自由その他の権利の保障と抵触しない限度において,これらの規定に基づく義務を履行する。」

今の言葉で言うと、4条(a)(b)の義務は、憲法が保障する集会・結社・表現の自由などとぶつからない範囲で果たす、という内容です。外務省のQ&Aも、「憲法と抵触しない限度において、第4条の義務を履行する旨留保を付することにした」と説明しています。留保(=条約の特定の規定の法的効果を自国について排除・変更する声明)の一般的な意味は条約の署名・批准・締結の記事で扱っています。

委員会・報告・個人通報(8条・9条・14条)

  • 委員会(8条1):徳望が高く公平と認められる18人の専門家で構成する、人種差別の撤廃に関する委員会を置く。
  • 報告(9条1):その国について条約が効力を生ずる時から1年以内、その後は2年ごと、さらに委員会が要請するときに、とった措置の報告を国連事務総長に出す。
  • 個人通報(14条1):締約国は、自国による権利の侵害の被害者だと主張する個人や集団からの通報を委員会が受理・検討する権限を認める旨を、いつでも宣言できる。委員会は、宣言をしていない締約国についての通報を受理してはならない。

日本は14条の宣言をしていません(2026年10月17日に、寄託者である国連事務総長が公表する条約の状況の一覧で、14条の宣言をした国に日本が入っていないことを確かめた時点)。

国内では、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(平成28年法律第68号)があります。一般に「ヘイトスピーチ解消法」と呼ばれますが、これは法律の題名ではなく通称です。この法律の定義や国・地方公共団体の責務は、ヘイトスピーチ解消法と部落差別解消推進法の記事で扱っています。

当てはまる例・当てはまらない例

  1. 当てはまる例:民族的出身に基づく区別で、人権の平等な行使を害する効果を持つもの。差別する目的がなくても、1条1は「目的又は効果」です。
  2. 当てはまらない例:締約国が、国籍の有無という法的地位に基づいて市民と市民でない者を区別すること。1条2で条約は適用されません(ただし、上のQ&Aの説明のとおり、合理的な根拠が要り、中身が民族的出身などによる差別とみなすべきものは対象になりうる)。
  3. 当てはまらない例:保護を必要とする集団の適切な進歩を確保することのみを目的とする特別措置。1条4で人種差別とみなされません。目的が達成された後は続けられません。
  4. ひっかけやすい例:日本の留保が4条全体に及ぶとすること。留保は(a)と(b)についてで、(c)は入っていません。
  5. ひっかけやすい例:条約の締約国なら、どの国についても個人の通報が委員会に届くとすること。14条の宣言をした国についてだけです。

似ている決まりとの違い

比べる点人種差別撤廃条約女子差別撤廃条約
採択・日本1965年採択、日本は1995年に加入1979年採択、日本は1985年に締結
差別としない措置特別措置(1条4)暫定的な特別措置・母性の保護(4条)
適用しない区別市民と市民でない者の区別(1条2)—
個人の通報本体の14条。宣言した国だけ別の条約の選択議定書

女子差別撤廃条約は女子差別撤廃条約の記事で扱っています。日本国憲法14条の法の下の平等は法の下の平等の記事にあります。条約の「人種差別」の定義と、憲法14条の「人種」による差別の禁止は、根拠も働き方も別のものです。

試験ではここをまちがえやすい

  • 年と手続:1965年採択(第20回国連総会)、1969年発効、日本は1995年に「加入」。
  • 定義の理由:人種・皮膚の色・世系・民族的若しくは種族的出身。「国籍」は入らない(1条2で市民と市民でない者の区別に適用しない)。
  • 留保の範囲:4条の(a)(b)。(c)は入らない。
  • 個人通報:本体の14条で、宣言した国だけ。日本は宣言していない。
  • 報告:1年以内、その後2年ごと(9条1)。委員会は18人(8条1)。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
締約国Aは、ある資格を、自国の国籍を持つ者に限っている。この区別は、国籍の有無という法的地位に基づくものであっても、条約1条1の「民族的若しくは種族的出身」に基づく区別として、条約の対象となる。

答え:✕ 分かれ目は、「国籍」と「民族的若しくは種族的出身」の違いです。1条1の理由に国籍は入っておらず、1条2は、締約国が市民と市民でない者との間に設ける区別には条約を適用しない、としています。正しくは、国籍の有無という法的地位に基づく区別は、この条約の対象になりません(外務省のQ&A)。民族的出身と国籍を同じものと考えた誤りです。ただし同じQ&Aは、合理的な根拠のない取扱いで、民族的出身などによる差別とみなすべきものは対象になりうる、としています。

問2(このサイトのオリジナル問題)
締約国Bは、条約14条の宣言をしていない。Bの管轄の下にある個人Cが、条約に定める権利をBに侵害されたとして委員会に通報した場合、委員会は、この通報を受理してはならない。

答え:○ 分かれ目は、14条の宣言があるかです。14条1は、個人や集団からの通報を委員会が受理・検討する権限を認める旨を、締約国が宣言できるとし、委員会は宣言をしていない締約国についての通報を受理してはならない、としています。条約の締約国なら個人の通報が当然に届く、と考えると✕に見えます。報告の制度(9条)は、宣言がなくてもすべての締約国が負う仕組みで、14条とは別です。

問3(このサイトのオリジナル問題)
日本が人種差別撤廃条約に付けた留保は、4条の(a)(b)に加えて、国や地方の公の当局・機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないとする(c)にも及んでいる。

答え:✕ 分かれ目は、留保の範囲です。外務省が掲載する政府報告に示された留保の文言は、「第4条の(a)及び(b)の規定の適用に当たり」としています。正しくは、留保は(a)と(b)についてで、(c)には付けていません。(a)(b)は、思想の流布や団体への参加などを処罰すべき犯罪とする規定で、公の当局・機関についての(c)とは対象が違います。留保の範囲を4条全体に広げた誤りです。

基礎知識の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「基礎知識」で続けて解けます。

まとめ

  • 人種差別撤廃条約=あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約。1965年採択、1969年発効、日本は1995年に加入。
  • 人種差別=人種・皮膚の色・世系・民族的若しくは種族的出身に基づく区別などで、平等な享有を妨げ又は害する目的又は効果を持つもの(1条1)。市民と市民でない者の区別には適用しない(1条2)。
  • 日本の留保は4条(a)(b)について、憲法の集会・結社・表現の自由などの保障と抵触しない限度で義務を履行する、というもの。
  • 個人通報は14条の宣言をした国だけ。日本は宣言していない。

このサイトで次に読むなら、ヘイトスピーチ解消法と部落差別解消推進法の記事です。国内の法律が、定義・責務・施策をどう定め、罰則を置いているかを条文で確かめられます。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

条約は外務省の訳文で確かめました(2026年10月17日確認)。

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