ひとことで言うと、消滅時効の起算点(きさんてん=数え始める時)は2つあり、債権は「権利を行使することができることを知った時」から5年、「権利を行使することができる時」から10年の、早く来たほうで時効が完成します(民法166条1項)。不法行為の損害賠償は別の決まりで、「損害及び加害者を知った時」から3年、「不法行為の時」から20年です(724条)。
人の生命・身体を害したときの損害賠償は、債務不履行でも不法行為でも「5年・20年」にそろいます(167条・724条の2)。この記事では、債権の種類ごとに起算点を1枚の表にし、起算点についての最高裁の判例を2つ確かめます。時効の完成猶予・更新は時効の記事、履行遅滞がいつ始まるかは履行遅滞の記事に任せます。条文は令和8年4月1日時点の民法を e-Gov 法令検索で確かめています。
身近な例で考えると
| 人物 | 立場 | 持っている権利 |
|---|---|---|
| ゆかりさん | お金を貸した人 | けいすけさんへの貸金の債権 |
| けいすけさん | お金を借りた人 | ― |
| のぞみさん | 倉庫の持ち主 | 隣の工事をした会社への損害賠償の債権 |
- ゆかりさんは、けいすけさんに50万円を貸し、返す期限を「来年の3月31日」と決めた(確定期限)。
- 期限の日が来た。ゆかりさんは、この日から返してと言える(権利を行使することができる)し、そのことを知っている。
- 2つの起算点が同じ日になるので、早く来るのは5年のほうです。期限の翌日から数えて(初日不算入、140条)5年間、ゆかりさんが権利を行使しないと、時効が完成します。
- のぞみさんの倉庫の壁が、隣の工事のせいで傷んだ。工事をした会社は初めから分かっていたが、のぞみさんが傷みに気づいたのは、しばらくたってからだった。この場合の3年は、のぞみさんが損害の発生を現実に知った時から数える(724条1号と、後で見る最高裁の判例)。
3番目のように、ふつうの貸し借りでは「知った時」と「行使できる時」が重なり、5年で完成します。2つの起算点がずれるのは、期限が来たことを債権者が知らない場合や、不法行為のように、権利があることにあとで気づく場合です。
たとえるなら、2つの起算点は「2つのタイマー」です。1つは、権利を使えるようになった瞬間に自動で動き出す長いタイマー(10年)。もう1つは、本人がそれを知った瞬間に動き出す短いタイマー(5年)。どちらかが先に鳴った時点で時効が完成します。ただし本物のルールでは、タイマーは完成猶予や更新で止まったり、ゼロに戻ったりします(147条〜152条)。
条文ではこう決まっている
- 166条1項:債権は、「債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき」(1号)、「権利を行使することができる時から十年間行使しないとき」(2号)に、時効によって消滅する。
- 166条2項:債権・所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から20年。
- 167条:人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権は、166条1項2号の「十年間」を「二十年間」と読み替える。
- 168条1項:定期金の債権は、各回の給付の債権を行使できることを知った時から10年、行使できる時から20年。
- 724条:不法行為による損害賠償の請求権は、被害者またはその法定代理人が「損害及び加害者を知った時から三年間」(1号)、「不法行為の時から二十年間」(2号)行使しないとき、時効によって消滅する。製造物の欠陥による損害賠償の期間は製造物責任法5条が別に決めていて、長いほうの期間は「引き渡した時から10年」です(製造物責任法の記事)。
- 724条の2:人の生命・身体を害する不法行為では、724条1号の「三年間」を「五年間」と読み替える。
- 140条:日・週・月・年で期間を定めたときは、初日は算入しない(午前零時から始まるときは別)。
読み替えの規定は、数字だけを変えています。167条が変えるのは166条1項2号(行使できる時から)の10年で、1号(知った時から)の5年はそのままです。724条の2が変えるのは724条1号(知った時から)の3年で、2号(不法行為の時から)の20年はそのままです。期間の計算のしかた(初日不算入)は基礎法学の記事でも扱っています。
債権の種類ごとの起算点を1枚にすると
| 債権 | 知った時から | 行使できる時から | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 確定期限のある債権 | 5年(期限が来たと知った時) | 10年(期限が来た時) | 166条1項 |
| 不確定期限のある債権 | 5年(期限が来たと知った時) | 10年(期限が来た時) | 166条1項 |
| 期限の定めのない債権 | 5年(債権が生じたと知った時) | 10年(債権が生じた時) | 166条1項 |
| 停止条件付きの債権 | 5年(成就を知った時) | 10年(条件が成就した時) | 166条1項・127条1項 |
| 契約の債務の履行不能による損害賠償 | 5年 | 10年(本来の債務の履行を請求できる時) | 最判平成10年4月24日(改正前の判決) |
| 生命・身体の侵害(債務不履行) | 5年 | 20年 | 167条 |
| 定期金の債権 | 10年 | 20年 | 168条1項 |
| 不法行為 | 3年(損害及び加害者を知った時) | 20年(不法行為の時) | 724条 |
| 生命・身体を害する不法行為 | 5年 | 20年(不法行為の時) | 724条・724条の2 |
表の読み方のこつは3つです。①「行使できる時」は、期限が来た・条件が成就した・債権が生じた、のように、法律の上で請求の妨げがなくなった時です。期限の定めのない債権は、いつでも請求できるので、債権が生じた時から行使できる状態にあります。返還の時期を定めなかった消費貸借は、貸主が相当の期間を定めて返還を催告する仕組み(591条1項)があるので、この行には入れていません。②不法行為だけは、長いほうの起算点が「行使できる時」ではなく「不法行為の時」です。③生命・身体は、どちらの道でも5年・20年にそろいます。
分割払いの約束に「1回でも遅れたら、債権者の請求で残りを全部払う」という特約がある場合の起算点については、最高裁判所第二小法廷昭和42年6月23日判決があります(改正前の判決)。中身は期限の利益の記事で確かめてください。
起算点についての判例
- 最高裁判所第三小法廷平成14年1月29日判決(平成8年(オ)第2607号):「民法724条にいう被害者が損害を知った時とは、被害者が損害の発生を現実に認識した時をいう。」(裁判要旨)
- 最高裁判所第二小法廷昭和48年11月16日判決(昭和45年(オ)第628号):加害者の姓・職業・容貌は知っていたが名と住所を知らず、その後も事情から知ることが難しかった事案で、加害者の氏名と住所を確認した時が724条の「加害者を知った時」にあたるとした事例。
- 最高裁判所第二小法廷平成10年4月24日判決(平成7年(オ)第2472号):「契約に基づく債務の履行不能による損害賠償請求権の消滅時効は、本来の債務の履行を請求し得る時から進行する。」(裁判要旨)
3つとも令和2年4月1日施行の改正の前の判決です。平成14年と昭和48年の判決は、いまの724条1号の「損害及び加害者を知った時」の読み方にあたります。平成10年の判決は、改正前の166条1項(消滅時効は権利を行使することができる時から進行する。債権の期間は改正前の167条1項の10年)のもとのものです。いまの166条1項2号も「権利を行使することができる時から」という同じ言葉を使っているので、その読み方の手がかりになりますが、改正後の条文について最高裁が示した判断ではありません。昭和48年の判決は事情に即した認定の事例なので、結論を一般の決まりのように広げないようにします。
当てはまる例・当てはまらない例
当てはまる例:停止条件が成就するまでは進まない
「試験に合格したら10万円を贈る」と書面で約束した場合、合格するまで請求はできません。停止条件付きの法律行為は条件が成就した時から効力を生じるので(127条1項)、10年の起算点は合格した時です。
当てはまらない例:請求した時から数える?
期限の定めのない債権で、債務者が遅滞になるのは請求を受けた時です(412条3項)。しかし時効の起算点は、遅滞の時ではなく、権利を行使することができる時です。遅滞の始まりと時効の始まりを同じにすると、まちがえます。
ひっかけやすい例:気づけたはずの時
のぞみさんが注意していれば壁の傷みに早く気づけた場合でも、724条1号の「損害を知った時」は、損害の発生を現実に認識した時です(平成14年判決)。気づけたはずの時から数えるのではありません。
ひっかけやすい例:履行不能になった時から?
契約で約束した物の引渡しがのちに不能になった場合の損害賠償請求権は、平成10年判決(改正前の民法のもとの判決)によれば、不能になった時ではなく、本来の債務の履行を請求できる時から進みます。
似ているルールとの違い
| 決まり | 何の始まりか | 期限の定めのない債権では |
|---|---|---|
| 消滅時効の起算点(166条1項) | 時効の期間を数え始める時 | 債権が生じた時(行使できる時) |
| 履行遅滞(412条3項) | 債務者が遅れの責任を負う時 | 履行の請求を受けた時 |
改正の経過措置もここで押さえます。平成29年の民法改正(令和2年4月1日施行)の附則は、「施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例による」としています。施行日以後に債権が生じても、その原因になった契約などが施行日前なら同じ扱いです(附則の括弧書き)。不法行為の損害賠償の時効には、これとは別の経過措置があります(附則35条)。不法行為の時効の数字と条文は不法行為の記事でも確かめられます。
試験ではここをまちがえやすい
当サイトが数えた宅建試験の全40回(不動産適正取引推進機構が公開している昭和63年度〜令和7年度の問題、2,000問)では、時効が主な論点の問題は17問、直近10回(令和7年度〜平成30年度。令和2・3年度は10月・12月の2回ずつ)では6問でした。副の論点として含むものは6問(直近10回で1問)です。不法行為が主な論点の問題は18問(直近10回で3問)、副の論点は5問(直近10回で1問)でした。起算点だけの問数は数えていません(分け方は当サイトの判断で、公式の分類ではありません。数え方は宅建の出題論点ランキング)。取り違えやすい形は次のとおりです。
- 起算点と年数の組の入れ替え:「行使できる時から5年」「知った時から10年」とする形。5年は知った時、10年は行使できる時です(166条1項)。
- 不法行為の長いほうの起算点:「損害を知った時から20年」とする形。20年は不法行為の時からです(724条2号)。
- 読み替えの位置:167条で「5年」まで変わるとする形、724条の2で「20年」まで変わるとする形。どちらも片方の数字だけです。
- 「知った時」の広げすぎ:知ることができた時から数える形。判例は、損害の発生を現実に認識した時としています。
- 遅滞と時効の混同:期限の定めのない債権の時効を、請求した時から数える形(412条3項は遅滞の決まり)。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
B社の工事が原因で、Aの倉庫の壁が傷んだ。AはB社が工事をしたことを初めから知っていたが、壁の傷みに現実に気づいたのは、注意すれば気づけた時より後だった。判例によれば、Aの損害賠償請求権の3年の時効は、Aが傷みに現実に気づいた時から進む。
答え:○ 分かれ目は「損害を知った時」の意味です。最高裁判所第三小法廷平成14年1月29日判決は、民法724条にいう被害者が損害を知った時とは、被害者が損害の発生を現実に認識した時をいう、としました。気づけたはずの時から数えると考えると✕にしてしまいます。加害者も知っていることが要るので、加害者が分からないうちは、損害に気づいていても3年は進みません(724条1号の「損害及び加害者を知った時」)。
問2(このサイトのオリジナル問題)
Aは、Bが宅建試験に合格したら10万円を贈ると、書面でBに約束した。Bが合格するまでの間は、Bの10万円の債権について、権利を行使することができる時から10年の時効期間は進行しない。
答え:○ 分かれ目は、停止条件が成就する前に「権利を行使することができる」かです。停止条件付きの法律行為は、条件が成就した時から効力を生じるので(127条1項)、合格するまでBは請求できません。166条1項2号の10年は「権利を行使することができる時から」なので、合格した時から進みます。約束をした時から数えると考えると✕にしてしまいます。取り違えの相手は、すでに請求できる期限の定めのない債権で、こちらは債権が生じた時から進みます。
問3(このサイトのオリジナル問題)
Aは、Bから建物を買い、引渡しの期日を4月1日とした。Bが引き渡さないでいる間の9月1日に、Bの責めに帰すべき事由で建物が滅失した。改正前の民法のもとの最高裁判所の判例によれば、Aの損害賠償請求権の消滅時効は、9月1日から進む。
答え:✕ 分かれ目は、履行不能による損害賠償請求権の起算点です。最高裁判所第二小法廷平成10年4月24日判決は、契約に基づく債務の履行不能による損害賠償請求権の消滅時効は、本来の債務の履行を請求し得る時から進行する、としました(改正前の166条1項のもとの判決)。正しくは、引渡しを請求できた4月1日から進みます。不能になった時に新しい権利が生まれる、と考えて起算点をずらした文です。いまの166条1項2号の「権利を行使することができる時」も同じ言葉ですが、改正後の条文についての最高裁の判断ではない点に注意します。
この分野の○✕は、宅建の5分○✕ドリルの「権利関係」で続けて解けます。
まとめ
- 債権は、知った時から5年・行使できる時から10年の早いほう(166条1項)。
- 不法行為は、損害及び加害者を知った時から3年・不法行為の時から20年(724条)。
- 生命・身体は、どちらでも5年・20年(167条・724条の2)。定期金は10年・20年(168条)。
- 行使できる時=期限の到来・条件の成就・債権の発生。履行不能の損害賠償は、本来の債務の履行を請求できる時から(改正前の平成10年判決)。
- 「損害を知った時」は損害の発生を現実に認識した時(平成14年判決)。改正前に生じた債権の時効期間は、従前の例による。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の民法(附則を含む)を確かめました。判例は、裁判所ウェブサイトの判例検索で、裁判所・年月日・事件番号・裁判要旨を確かめました。
- e-Gov法令検索「民法」(127条1項、140条、166条、167条、168条、412条3項、724条、724条の2、附則〔平成29年法律第44号〕の消滅時効の経過措置)
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 平成14年1月29日判決(平成8年(オ)第2607号)」(民法724条にいう被害者が損害を知った時の意義)
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 昭和48年11月16日判決(昭和45年(オ)第628号)」(民法724条にいう「加害者ヲ知リタル時」の認定事例)
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 平成10年4月24日判決(平成7年(オ)第2472号)」(契約に基づく債務の履行不能による損害賠償請求権の消滅時効の起算点)
このサイトで次に読むなら、時効の記事です。起算点から進み始めた時効が、催告・裁判・承認でどう止まり、どう数え直しになるかを確かめられます。
働く人の法律試験ノート