弁済(べんさい)は、約束どおりにお金を払ったり物を渡したりして、借りを消すことです。弁済をすれば債権は消えます(民法473条)。相殺(そうさい)は、二人がお互いに同じ種類の借りを持っているとき、一方の「相殺します」という一言で、重なる額を打ち消し合うことです(505条1項・506条1項)。
ひとことで言うと、試験で問われるのは、弁済なら「誰が払えるか・誰に払えば有効か」、相殺なら「どんな条件でできるか・どんなときに禁じられるか」です。
この記事では、弁済の基本・第三者の弁済・受取人らしく見える人への弁済・弁済の提供と供託・代物弁済・弁済による代位と、相殺の要件・方法・禁止を扱います。約束が守られないときの損害賠償や解除は債務不履行と解除をわかりやすくで扱います。条文は令和8年4月1日時点のものを e-Gov 法令検索で確かめています。
身近な例で考えると
家具店を営むまさとさんと、常連客のりこさんの話で考えます。売る人=まさとさん、買う人=りこさんです。
- 3月1日:まさとさんは、店の改装費が足りず、りこさんから5万円を借りました。返す日は5月31日の約束です。
- 6月1日:りこさんは、まさとさんの店で木のテーブルを12万円で買う契約をしました。代金の支払いとテーブルの引き渡しは6月30日の約束です。
- 6月30日:まさとさんは、5万円をまだ返していません。りこさんは「代金12万円のうち5万円は、貸したお金と相殺します」と伝えました。これで、りこさんの代金の借りは7万円、まさとさんの5万円の借りはゼロになります。
- 同じ日:りこさんは残りの7万円を現金で払い、その場で領収書(受取証書=うけとりしょうしょ)を求めました。これが弁済です。
相殺は「お互いに出し合うお金を、差額だけ動かして済ませる」ことにたとえられます。ただし本物のルールでは、話し合いで決める必要はありません。条件がそろえば、一方の意思表示だけで効果が生じます。しかも、その効果は相殺の条件がそろった時にさかのぼります(506条2項)。
条文ではこう決まっている
弁済の基本と、誰が払えるか(473条・474条)
- 473条:債務者が債権者に弁済をしたときは、その債権は消滅する。
- 474条1項:弁済は第三者(借りた本人以外の人)もできる。
- 474条2項:「弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者」は、債務者の意思に反して弁済できない。ただし、意思に反することを債権者が知らなかったときは有効。正当な利益がある人とは、払わないと自分の財産などに影響が出る立場の人と考えられています(たとえば、他人の借金の担保に自分の土地を出している人)。
- 474条3項:2項の第三者(正当な利益がない人)は、債権者の意思に反しても弁済できない。ただし、債務者に頼まれて払う場合で、そのことを債権者が知っていたときはできる。
- 474条4項:債務の性質が第三者の弁済を許さないとき、または当事者が第三者の弁済を禁止・制限したときは、1項〜3項は使えない。
誰に払えば有効か(478条・479条)
- 478条:受け取る権利のない人でも、「取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するもの」(世の中の常識から見て、本当の受取人らしく見える人)に払った場合は、払った人が「善意であり、かつ、過失がなかったときに限り」有効。善意=事情を知らないこと、過失がない=不注意もないことです。
- 479条:それ以外の、受け取る権利のない人への弁済は、債権者が利益を受けた限度でだけ有効。
払い方のルール(482条〜494条)
- 482条(代物弁済=だいぶつべんさい):本来の給付の代わりに別の物を渡して借りを消す契約を債権者とし、実際にその物を渡したときは、弁済と同じ効力。
- 484条1項:場所を決めていなければ、特定の物の引き渡しは債権が生じた時にその物があった場所で、それ以外(お金など)は債権者の今の住所で払う。
- 486条:払う人は、弁済と引換えに受取証書を求められる。487条:借用書などの債権証書は、全部払ったときに返還を求められる。
- 489条1項:元本のほかに利息と費用も払うべきとき、全部に足りない支払いは、費用→利息→元本の順に充てる。
- 492条:弁済の提供(払う準備をして相手に差し出すこと)をした時から、払わないことによる責任を免れる。
- 493条:提供は、約束どおりの中身を「現実に」するのが原則。ただし、債権者が前もって受け取りを拒んでいるときなどは、準備をしたことを知らせて受け取るよう求めれば足りる(口頭の提供)。
- 494条:提供したのに債権者が受け取りを拒んだとき、債権者が受け取れないとき、払う人が過失なく債権者を確かめられないときは、供託(きょうたく=供託所に預けること)できる。供託した時に債権は消える。
払った人が債権者に代わる(499条〜501条)
- 499条:債務者のために弁済をした者は、債権者に代位する(債権者の立場に入れかわる)。
- 500条:正当な利益がない人が代位するときは、債権譲渡と同じ対抗要件(467条の通知・承諾)が必要。正当な利益がある人はいらない。
- 501条1項・2項:代位した人は、元の債権と、抵当権などの担保の権利を使える。ただし、債務者に求償できる範囲まで。
相殺の条件と方法(505条〜508条)
- 505条1項:「二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは」、重なる額(対当額)について相殺できる。ただし、債務の性質が許さないときは除く。
- 言葉の整理:相殺する側が持つ債権を自働債権(じどうさいけん)、相殺される側の債権(相殺する人から見れば自分の借り)を受働債権(じゅどうさいけん)という。この条件がそろった状態を相殺適状(そうさいてきじょう)という。
- 505条2項:相殺を禁止・制限する特約は、それを知っていたか重大な過失で知らなかった第三者にだけ主張できる。
- 506条:相殺は相手への意思表示でする。条件や期限は付けられない。効果は、相殺適状になった時にさかのぼる。
- 507条:払う場所が違う債務どうしでも相殺できる。ただし、相殺で相手に生じた損害は賠償する。
- 508条:時効で消えた債権でも、消える前に相殺適状になっていれば、それで相殺できる。
相殺が禁じられる場面(509条〜511条)
- 509条:次の賠償の債務を負う人は、相殺を債権者に主張できない。①「悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務」、②「人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務」。ただし、その債権を他人から譲り受けた債権者に対しては別。
- 510条:法律で差押えが禁じられた債権の債務者は、相殺を主張できない。
- 511条1項:差押えを受けた債権の債務者(第三債務者)は、差押え後に取得した債権では相殺を差押債権者に主張できないが、差押え前に取得した債権なら主張できる。
- 511条2項:差押え後に取得した債権でも、差押え前の原因に基づいて生じたものなら主張できる。ただし、差押え後に他人の債権を取得したときは除く。
当てはまる例・当てはまらない例
例1(当てはまらない例):兄が本人の反対を押し切って払った
りこさんの兄のだいちさんが、「代金は自分が払う」と言い出しました。りこさんは「自分で払うから、やめて」と反対し、まさとさんもそれを聞いていました。だいちさんは、払わないと自分が困る立場(正当な利益)にありません。債務者の意思に反し、債権者もそれを知っているので、この弁済はできません(474条2項)。
例2(当てはまる例):通帳と印鑑を持ってきた人への払い戻し
まさとさんの預金通帳と届出印が盗まれ、盗んだ人が銀行の窓口で払い戻しを受けました。銀行から見ると、通帳と届出印を持つ人は、本当の受取人らしく見えます。銀行が事情を知らず、確認にも不注意がなかったなら、払い戻しは有効です(478条)。まさとさんは、銀行にもう一度払えとは言えません。
例3(ひっかけやすい例):相手の借りの返す日がまだ来ていない
今度は、まさとさんがりこさんに5万円を返す日が8月31日だったとします(テーブルは6月30日に引き渡し済みとします)。6月30日の時点で、りこさんの持つ5万円の債権(自働債権)は、まだ返す日が来ていません。りこさんからは相殺できません(505条1項)。一方、まさとさんからは相殺できます。まさとさんにとって、自分の借り(受働債権)の返す日がまだ来ていないことは、自分のための利益(期限の利益)です。それを放棄すれば、相殺の条件がそろいます。期限の利益は放棄できる、というのが136条2項です。
例4(ひっかけやすい例):配達中にけがをさせた
まさとさんがテーブルを配達するとき、不注意でりこさんの足にテーブルを落とし、けがをさせました。まさとさんは治療費などの賠償の債務を負います。まさとさんの側から、この賠償の債務と代金の債権を相殺することはできません(509条2号)。体を傷つけられた人に、実際にお金を受け取らせるためと説明されます。反対に、りこさんの側から相殺することは禁じられていません。不法行為の基本は不法行為をわかりやすくで確かめられます。
例5(当てはまる例):受け取りを拒まれたら供託
まさとさんが「値上げしたい。12万円では受け取らない」と前もって言っていたとします。りこさんは、12万円を用意したことを知らせ、受け取るよう求めれば足ります(493条ただし書)。それでも受け取りを拒まれたら、12万円を供託して借りを消せます(494条1項1号)。
似ているルールとの違い
借りを消す方法はいくつかあります。相手の同意がいるかどうかで分けると覚えやすくなります。
| 方法 | 条文 | 相手の同意 | ポイント |
|---|---|---|---|
| 弁済 | 473条 | 受け取りが必要 | 本来の給付をする |
| 代物弁済 | 482条 | 契約が必要 | 別の物を実際に渡す |
| 供託 | 494条 | 不要 | 拒まれた・受け取れない等 |
| 相殺 | 505条・506条 | 不要 | 一方の意思表示で足りる |
連帯債務の場面では、一人が相殺すると他の連帯債務者のためにも借りが消えます(439条1項)。くわしくは連帯債務をわかりやすくで確かめてください。また、保証人が代わりに払ったときは、499条の代位で債権者の立場に入れかわり、抵当権なども使えます。保証人の立場は保証と連帯保証の記事で扱っています。
債権が譲り渡された後の相殺は469条、差し押さえられた後の相殺は511条で決まります。どちらも「通知・承諾や差押えの前に取得した債権なら相殺できる」という同じ形です。債権譲渡の側から見た説明は債権譲渡をわかりやすくにあります。差押えと相殺については、最高裁判所大法廷の昭和45年6月24日判決があります。差押え前から持っていた債権なら、弁済期の前後を問わず、相殺適状になれば差押え後も相殺できる、とした判決です。今の511条1項も、弁済期の前後を条件にしていません。
試験ではここをまちがえやすい
- 「正当な利益がない第三者は、債務者の意思に反して弁済することは一切できない」→誤り。債権者が意思に反することを知らなかったときは有効(474条2項ただし書)。
- 「受取人らしく見える人への弁済は、善意なら有効」→誤り。善意で、かつ過失がないことが必要(478条)。
- 「受取証書も債権証書も、弁済と引換えに求められる」→誤り。引換えは受取証書(486条)。債権証書は全部払った後に返還を求める(487条)。
- 「相殺の意思表示に期限を付けられる」→誤り(506条1項)。効果は相殺適状の時にさかのぼる(同条2項)。
- 「自働債権の弁済期が来ていなくても相殺できる」→誤り。期限の利益を放棄して相殺できるのは、受働債権(自分の借り)の側。
- 「時効で消えた債権では相殺できない」→消える前に相殺適状だったなら相殺できる(508条)。
- 「物を不注意で壊しただけの賠償債務も、加害者から相殺できない」→誤り。509条が禁じるのは、悪意による不法行為と、生命・身体の侵害による賠償。
行政書士試験では、5肢択一式で474条の「正当な利益」「意思に反して」「知らなかったとき」を入れかえる形や、509条〜511条の禁止の範囲をずらす形が考えられます。記述式(40字程度)なら、478条の要件を「受領権者としての外観を有する者」「善意かつ無過失」と条文の言葉で書けるかが問われやすい形です。書き方は記述式の書き方にまとめています。
宅建試験では、売買代金や賃料の支払いの場面で、「この相殺はできるか」「この第三者は払えるか」を4肢択一で問う形が考えられます。自働債権と受働債権のどちらの弁済期が来ているか、相殺する人から見て整理する練習をしておきます。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
ゆうなさんは、しゅんさんに10万円を貸している(返す日は過ぎている)。しゅんさんは、ゆうなさんに自転車を8万円で売っており、代金の支払日は来月である。この場合、ゆうなさんは、10万円の貸金債権で、8万円の代金債務と相殺することができる。
答え:○ ゆうなさんの自働債権(貸金)は弁済期にあります。受働債権(自分の代金の借り)の支払日は来ていませんが、自分の期限の利益は放棄できます(136条2項)。重なる8万円について相殺でき、しゅんさんの借りは2万円残ります(505条1項)。
問2(このサイトのオリジナル問題)
問1の場面で、しゅんさんの側から、8万円の代金債権で10万円の借りと相殺することができる。
答え:✕ しゅんさんにとっての自働債権(代金)は、まだ支払日が来ていません。自働債権が弁済期にないので相殺できません(505条1項)。
問3(このサイトのオリジナル問題)
しゅんさんの預金通帳と届出印を持ってきた人に、銀行が払い戻しをした。その人が本当の預金者でないことを銀行は知らなかったが、少し確認すれば分かる事情があり、知らなかったことに過失があった。この場合でも、払い戻しは有効である。
答え:✕ 受領権者としての外観を有する人への弁済が有効になるのは、払った人が善意で、かつ過失がなかったときに限られます(478条)。過失があれば有効になりません。
まとめ
- 第三者も弁済できる。正当な利益がない人は、債務者・債権者の意思に反すると原則できない(474条)。
- 受取人らしく見える人への弁済は、善意・無過失なら有効(478条)。
- 受取証書は弁済と引換え、債権証書は全部払った後(486条・487条)。拒まれたら口頭の提供と供託(493条・494条)。
- 相殺は、同種の債務・双方が弁済期で、一方の意思表示でできる。条件・期限は付けられず、効果はさかのぼる(505条・506条)。
- 悪意の不法行為・生命身体の侵害の賠償債務は、加害者から相殺できない。差押え前に取得した債権なら差押え後も相殺できる(509条・511条)。
次に読むなら、債権譲渡をわかりやすくがおすすめです。債権が譲り渡されたとき「誰に払えばよいか」「相殺はまだできるか」が、この記事の弁済・相殺のルールとつながっています。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、令和8年4月1日時点(行政書士試験・宅建試験の出題の基準日)で施行されている内容を、e-Gov法令検索で確かめています。
- e-Gov法令検索「民法」(136条、439条、469条、473条、474条、478条、479条、482条、484条、486条、487条、489条、492条〜494条、499条〜501条、505条〜511条)
- 裁判所「最高裁判所大法廷 昭和45年6月24日判決」(差押え前から持っていた債権による相殺)
働く人の法律試験ノート