手付をわかりやすく:解約手付と「履行に着手」、業者が売主のときの上限

手付(てつけ)とは、売買の契約をするときに、買主から売主に渡すお金のことです。民法557条では、手付を渡すと、相手方が契約の履行に着手するまでは、買主は手付をあきらめて(放棄して)、売主は受け取った手付の倍の額を現実に差し出して、契約をやめる(解除する)ことができます。このように、解除のために使える手付を「解約手付」といいます。

宅建業者が自ら売主で、買主が宅建業者でない売買では、宅建業法39条がルールを上乗せします。手付は代金の2割までしか受け取れません。名目が何であっても解約手付として扱われ、買主に不利な特約は無効です。この記事では、民法と宅建業法を並べて比べ、「相手方が履行に着手」したかどうかを事例で判定します。

身近な例で考えると:中古住宅を売るふみえさんと、買うけんじさん

登場人物を紹介します。

人物立場したこと
ふみえさん売主(会社員。宅建業者ではない)自宅の中古住宅を3,000万円で売る
けんじさん買主(会社員)手付100万円を渡して契約した
くすのき不動産宅建業者(売主)別の新築住宅を分譲している

ふみえさんとけんじさんは、3,000万円の売買契約を結び、けんじさんは手付100万円を渡しました。引渡しと残代金の支払は2か月後の予定です。その後、二人それぞれに事情が変わったとします。

  1. けんじさんが、もっと良い家を見つけた。→ ふみえさんがまだ履行に着手していなければ、けんじさんは手付100万円を放棄して解除できます。理由を説明する必要はありません。
  2. ふみえさんが、もっと高く買いたい人を見つけた。→ けんじさんがまだ履行に着手していなければ、ふみえさんは200万円(手付の倍額)を現実に差し出して解除できます。受け取った100万円を返し、さらに100万円を払うのと同じです。
  3. けんじさんが、約束どおり中間金を払ったあとで、ふみえさんが解除したくなった。→ けんじさんは代金の一部を払って、履行に着手しています。ふみえさんから見て「相手方が履行に着手した後」なので、ふみえさんは手付による解除ができません。

ここで大事なのは、判断の基準が「相手方」の着手だという点です。3で、中間金を払ったけんじさん自身は、ふみえさんがまだ何もしていなければ、手付を放棄して解除できます。自分が着手したかどうかではなく、解除される側が着手したかどうかで決まります。

なお、手付による解除は、相手に落ち度がなくてもできる解除です。そのかわり、手付を失うか倍額を払うことで終わりにし、別に損害賠償を求めることはできません(557条2項)。

条文ではこう決まっている

民法557条(手付)

  • 1項:「買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない。」
  • 2項:「第五百四十五条第四項の規定は、前項の場合には、適用しない。」545条4項は「解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない」という規定です。手付による解除では、これが使われません。
  • 要件をまとめると:①手付が交付されている、②買主なら手付の放棄、売主なら倍額の現実の提供をする、③相手方がまだ履行に着手していない。
  • 現実の提供(げんじつのていきょう)とは、実際にお金を用意して相手に差し出すことです。「倍額を払います」と言うだけでは足りません。

宅建業法39条(手付の額の制限等)

  • 1項:業者は、自ら売主となる売買契約の締結に際して、「代金の額の十分の二を超える額の手付を受領することができない。」
  • 2項:業者が手付を受け取ったときは、「その手付がいかなる性質のものであつても」、買主は手付を放棄して、業者は倍額を現実に提供して解除できます。ただし、相手方が履行に着手した後はできません。
  • 3項:「前項の規定に反する特約で、買主に不利なものは、無効とする。」
  • 39条は8種制限の一つです。業者どうしの売買には適用されません(78条2項)。

改正前との違い(令和2年4月1日施行の民法改正)

改正前の557条1項は「当事者の一方が契約の履行に着手するまでは」と書き、売主は倍額を「償還して」解除するとしていました。今の条文は、「その相手方が」履行に着手した後は解除できない、売主は倍額を「現実に提供して」解除する、と書いています。古い問題集の文言で覚えていると、主語と言葉の違いで迷うので注意します。なお、改正前の条文のもとでも、最高裁判所大法廷の昭和40年11月24日判決は、自分が履行に着手した当事者も、相手方が着手するまでは解除できるとしていました。今の条文の「その相手方が」は、この結論と同じ内容です。

「相手方が履行に着手」の当てはめ

「履行に着手」の意味は、最高裁判所大法廷の昭和40年11月24日判決が示しています。履行の着手とは、債務の内容である給付の実行に着手すること、すなわち「客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合」を指す、としました。

判定のこつは、二つの型に分けることです。①約束した義務の一部を実際に果たした(代金の一部を払う、登記をする)。②義務を果たすために欠かせない準備を、外から分かる形でした。②の例として、同じ判決は、他人の不動産を売った売主が、買主に移す前提としてその不動産を取得し、自分の名義に登記した場合を、履行の着手にあたるとしています。

場面着手した人手付で解除できる人
買主が中間金を払った買主買主(売主が未着手なら)。売主はできない
売主が所有権移転の登記をした売主売主(買主が未着手なら)。買主はできない
他人の物を売った売主が、その物を取得して自分名義の登記をした売主売主(買主が未着手なら)。買主はできない
どちらもまだ何もしていないなし両方できる
両方とも履行を始めた両方どちらもできない

1行目と2行目は、代金の支払や登記という、契約で約束した義務そのものを果たし始めた場面(①の型)です。3行目は、買主に移すために欠かせない準備をした場面(②の型)で、上の大法廷判決の事案です。どの行でも、着手した本人は、相手が未着手なら解除できます。着手された相手は、もう手付で解除できません。

履行期(約束の期日)の前に履行を始めた場合も、着手になりえます。最高裁判所第二小法廷の昭和41年1月21日判決は、履行期の約定がある場合でも、履行期前には履行に着手しない旨の合意があるなど「格別の事情のないかぎり」、履行期前に557条1項の履行に着手することができないものではない、としています。

当てはまる例・当てはまらない例

当てはまる例

  • けんじさんが、ふみえさんが何もしていないうちに、手付100万円を放棄して解除した。→ 解除できます。ふみえさんは、手付100万円を超える損害が出ても、557条2項により損害賠償を求められません。
  • ふみえさんが、けんじさんが何もしていないうちに、200万円を用意してけんじさんに差し出し、解除した。→ 倍額の現実の提供があるので、解除できます。

当てはまらない例

  • ふみえさんが、けんじさんに「倍額を払うので解除します」と電話で伝えただけ。→ 現実の提供がないので、手付による解除になりません。
  • けんじさんが中間金を払った後に、ふみえさんが倍額を差し出して解除しようとした。→ 相手方(けんじさん)が履行に着手しているので、できません。

ひっかけやすい例

  • 中間金を払ったけんじさん自身が、手付を放棄して解除する。→ ふみえさんが未着手ならできます。「自分が着手したら解除できない」は改正前の書き方に引きずられた誤りです。
  • くすのき不動産(宅建業者)が売主で、けんじさんとの契約に「手付は違約手付とし、解約には使えない」と書いた。→ 宅建業法39条2項で、どんな性質の手付でも解約手付になり、3項でこの特約は無効です。
  • 宅建業者のくすのき不動産が、宅建業者でない売主と買主の売買を媒介しただけ。→ 39条は業者が自ら売主のときのルールなので、手付の2割の上限はかかりません。民法557条だけで考えます。

民法と宅建業法の比べ方

項目民法557条宅建業法39条(業者が自ら売主)
手付の額定めなし代金の2割まで
手付の性質交付すれば解除に使えるいかなる性質でも解約手付
解除の方法買主は放棄、売主は倍額を現実に提供同じ
いつまで相手方が履行に着手するまで同じ
買主に不利な特約定めなし無効(3項)

宅建業法は、民法の解約手付のしくみを土台にして、買主を守る方向にだけ上乗せしています。だから「解除の方法」と「いつまで」は同じです。違いは、額の上限と、名目や特約で解約手付を外せないことです。

もう一つ、宅建業者が受け取る手付金には、保全措置のルール(工事完了前は代金の5%か1,000万円を超えたら必要)もあります。2割の上限とは別の線なので、手付金等の保全措置の記事で確かめてください。

手付による解除と、まぎらわしい解除も並べます。

解除相手の落ち度損害賠償
手付による解除(557条)いらない請求できない
債務不履行による解除(541条など)相手の不履行が必要請求できることがある(545条4項)
クーリング・オフ(宅建業法37条の2)いらない業者は請求できない・手付は全額返す

クーリング・オフでは、業者は受け取った手付金を速やかに返さなければなりません(37条の2第3項)。手付を放棄する手付解除とは、お金の行き先が逆です。くわしくはクーリング・オフの記事、債務不履行の解除は債務不履行と解除の記事で扱っています。

試験ではここをまちがえやすい

手付は、宅建試験では権利関係(民法557条)と宅建業法(39条)の両方で問われます。行政書士試験でも民法の売買の論点として出てきうる論点です。取り違えやすい形は次のとおりです。

  • 主語の取り違え:「自分が履行に着手した後は解除できない」。正しくは、相手方が着手した後は解除できない。
  • 現実の提供:「売主は倍額を口頭で提供すれば解除できる」は誤り。
  • 損害賠償:「手付解除をされた側は、手付を超える損害の賠償を請求できる」は誤り(557条2項)。
  • 2割の上限の範囲:業者が自ら売主で、買主が業者でないときだけ。業者が媒介しているだけの売買や、業者どうしの売買にはかからない。
  • 特約:業者が売主のとき、「手付放棄による解除はできない」「売主は手付による解除をしない」のような特約のうち、無効になるのは買主に不利なものだけ。「買主は手付放棄で解除できない」は無効、売主の解除だけをしばる特約は買主に不利ではありません。
  • 同意:買主が同意しても、業者は2割を超える手付を受け取れない。

この分野の○✕は、宅建の5分○✕ドリルの権利関係(売買〔手付〕)と宅建業法(8種制限・手付)で続けて解けます。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
宅建業者でない売主Aと買主Bの土地の売買で、手付を交付したBがその後代金の一部を支払ったが、Aはまだ何も履行していない。この場合、Bは手付を放棄して契約を解除することができる。

答え:○ 分かれ目は、だれの着手が基準になるかです。557条1項ただし書は「その相手方が」履行に着手した後は解除できないとしているので、解除するBにとっての相手方Aが未着手なら、Bは解除できます。B自身が代金を払っているので✕に見えますが、自分の着手は解除を妨げません。改正前の「当事者の一方が」着手するまで、という書き方と取り違えないようにします。

問2(このサイトのオリジナル問題)
宅建業者でない売主Aと買主Bの建物の売買で、BはAに手付を交付した(履行期前に履行に着手しない旨の合意などはない)。Bが履行期より前に残代金を用意してAに提供しても、履行期前なので着手にはあたらず、Aは倍額を現実に提供して解除できる。

答え:✕ 分かれ目は、履行期の前でも着手になるかです。最高裁判所第二小法廷昭和41年1月21日判決は、格別の事情のない限り、履行期前でも557条1項の履行に着手できるとしています。正しくは、残代金を用意して提供することは履行の提供そのものなので、格別の事情がなければ履行期前でも着手にあたり、Aから見て相手方のBが着手している以上、Aは手付による解除ができません。「着手は履行期が来てから」という思いこみと取り違えた形です。

問3(このサイトのオリジナル問題)
宅建業者Aが自ら売主となり、宅建業者でない買主Bに代金3,000万円の建物を売る契約で、手付700万円を受け取った。Bが書面で「手付は700万円でよい」と同意していたので、この受け取りは宅建業法に違反しない。

答え:✕ 分かれ目は、上限に例外があるかです。業者が自ら売主のときは、代金の2割(ここでは600万円)を超える手付を受け取れず(宅建業法39条1項)、買主の同意で外れる定めはありません。正しくは「同意があっても違反」です。民法557条には手付の額の上限がないので、業者が売主でない売買の感覚で考えると○にしてしまいます。

まとめ

  • 解約手付:相手方が履行に着手するまで、買主は手付を放棄、売主は倍額を現実に提供して解除できる(民法557条1項)。
  • 基準は「相手方」の着手。自分が着手していても、相手が未着手なら解除できる。履行期前でも着手になりうる。
  • 手付による解除では損害賠償を請求できない(557条2項)。
  • 業者が自ら売主・買主が業者でないとき:手付は代金の2割まで、どんな性質でも解約手付、買主に不利な特約は無効(宅建業法39条)。同意があっても2割は超えられない。
  • 業者どうしの売買、業者が媒介しているだけの売買には39条はかからない。

次に読むなら、8種制限の記事がおすすめです。手付の2割と並ぶ、損害賠償の予定(2割)や契約不適合責任の特約の制限を同じ表で押さえると、業者が売主の問題をまとめて解けます。損害賠償額の予定の2割を、手付の2割との違いもふくめて計算の例で確かめるなら、損害賠償額の予定と違約金も続けて読めます。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

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