ひとことで言うと、処分に不服がある人は、審査請求(行政に見直しを求める手続)と取消訴訟(裁判所に取消しを求める訴え)のどちらから始めてもよいのが原則です。これを自由選択主義と呼びます(行政事件訴訟法8条1項本文)。
例外は、個別の法律に「審査請求に対する裁決を経た後でなければ、取消しの訴えを起こせない」と書いてある場合です。これを審査請求前置(しんさせいきゅうぜんち)、広くは不服申立前置と呼びます(8条1項ただし書)。前置の場合でも、裁決を待たずに訴えられる場合が3つあります(8条2項)。
この記事は、令和8年4月1日時点の条文で、8条の1項〜3項と、ほかの訴えへの準用(38条)を扱います。審査請求のあとに何を相手に訴えるか(原処分主義)は原処分主義と裁決主義の記事、訴えを起こせる期間の数え方は出訴期間・被告・管轄の記事に任せます。
身近な例で考えると
登場するのは、輸入雑貨の店を営むけいたさんです。同じ年に、2つの処分を受けました(架空の話です)。
| 処分 | した役所 | 前置の定め |
|---|---|---|
| 営業の許可の取消し | B県知事 | ないものとする |
| 税額を増やす更正処分 | 税務署長 | ある(国税通則法115条) |
- B県知事が、けいたさんの店の営業の許可を取り消した。この処分には審査請求ができる。この例では、根拠の法律に前置の定めはないものとします。
- けいたさんは、審査請求をせずに、いきなり取消訴訟を起こしてもかまいません。審査請求をしてから訴えてもかまいません。これが自由選択主義です(8条1項本文)。
- 同じ年に、税務署長から、所得税を増やす更正処分を受けた。国税に関する処分の取消しの訴えは、審査請求についての裁決を経た後でなければ起こせません(国税通則法115条1項本文)。
- けいたさんは、国税不服審判所長に審査請求をした。ところが、3か月たっても裁決が出ない。この場合は、裁決を待たずに取消訴訟を起こせます(同項1号)。
たとえると、自由選択主義は「お店へのクレームと、消費生活センターへの相談のどちらを先にしてもよい」という形です。前置は「まずお店の窓口を通してから」と決められた形です。ただし本物の前置は、行政のルールではなく法律に書いてある場合だけです。役所が「先に審査請求をしてください」と案内しても、法律に定めがなければ前置にはなりません。
条文ではこう決まっている
原則と例外(8条1項)
- 本文:処分の取消しの訴えは、その処分について法令の規定で審査請求ができる場合でも、「直ちに提起することを妨げない」。
- ただし書:法律に「当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ処分の取消しの訴えを提起することができない旨の定め」があるときは、この限りでない。
- 前置を決められるのは「法律」です。本文の「法令の規定により審査請求をすることができる場合」と言葉が違う点に注意します。
前置でも裁決を待たなくてよい3つの場合(8条2項)
- 審査請求があった日から3か月を経過しても裁決がないとき(1号)。
- 処分、処分の執行または手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき(2号)。
- その他、裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき(3号)。
2号の「著しい損害」は、執行停止の「重大な損害」(25条2項)や、仮の義務付け・仮の差止めの「償うことのできない損害」(37条の5)と言葉が違います。3つの語は執行停止と仮の救済の記事で並べています。
両方を同時に進めるとき(8条3項)
自由選択の場合(1項本文の場合)に、審査請求と取消訴訟が同時に進むことがあります。このとき裁判所は、裁決があるまで、訴訟手続を中止することができます。ただし、審査請求があった日から3か月を過ぎても裁決がないときは、中止できるのはその3か月が過ぎるまでです。「中止しなければならない」ではなく「できる」です。
ほかの訴えへの準用(38条4項)
- 8条は、不作為の違法確認の訴え(申請に役所が答えないことの違法を確かめる訴え)に準用されます(38条4項)。
- 無効等確認の訴えには、8条は準用されていません。38条3項が無効等確認の訴えに準用するのは、23条の2、25条〜29条、32条2項です。
- このため、法律に前置の定めがある処分でも、無効等確認の訴えは裁決を経なくても起こせる、と条文から読めます。
前置が残っている法律の例と、平成26年の見直し
前置の定めは、行政事件訴訟法ではなく個別の法律にあります。当サイトが e-Gov で確かめた2つの例です。
| 法律 | 前置の中身 | 裁決を待たずに訴えられる場合 |
|---|---|---|
| 国税通則法115条1項 | 国税の処分の取消しの訴えは、審査請求の裁決を経た後 | 審査請求から3月たっても裁決がないときなど(同項1号〜3号) |
| 国家公務員法92条の2 | 人事院に審査請求できる処分の取消しの訴えは、人事院の裁決を経た後 | 独自の例外はなく、行訴法8条2項による |
国家公務員法の前置の対象は、89条1項の処分です。懲戒処分のほか、職員の意に反する降給・降任・休職・免職などの著しく不利益な処分が入ります。
前置の数は、平成26年に大きく減りました。新しい行政不服審査法と同時に成立した整備法(行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律)で、前置が見直されたためです。総務省行政管理局の資料(平成26年6月「行政不服審査法関連三法について」)によると、前置を定めていた個別法96本のうち、47本で全部廃止、21本で一部廃止、28本で全部存置となり、68本で廃止・縮小されました。不服申立てを2回続けて求める「二重前置」は、すべて解消されています。
同じ資料は、前置を残した理由として、①不服申立ての手続が裁判の第一審の代わりになっていて(一審代替性)、国民の手続の負担が軽くなる、②不服申立てが大量で、直接訴えられると裁判所の負担が大きい、③第三者機関が専門技術的な判断をする、の3つを挙げています。
行政不服審査法の中の「選べる」と「先に」
行政不服審査法の中にも、似た形があります。法律に再調査の請求(処分をした役所自身に見直しを求める手続)ができる定めがあれば、再調査の請求と審査請求のどちらを選んでもかまいません(行政不服審査法5条1項)。ただし、再調査の請求をしたときは、その決定を経た後でなければ審査請求ができません(5条2項本文)。3か月たっても決定がないときなどは別です(同項1号・2号)。8条とよく似た作りですが、こちらは不服申立ての中の順番の話です。
当てはまる例・当てはまらない例
- 当てはまる例:けいたさんの営業の許可の取消し(前置の定めがないもの)。審査請求をせずに取消訴訟を起こせます。審査請求をして、その結果を見てから訴えることもできます。
- 当てはまる例:けいたさんが、許可の取消しについて審査請求と取消訴訟を同時に起こした。裁判所は、裁決があるまで(3か月が限度)訴訟手続を中止することができます(8条3項)。
- 当てはまらない例:けいたさんの更正処分。国税通則法115条1項で前置が定められているので、原則として審査請求の裁決を経てから訴えます。
- 当てはまらない例:国家公務員のみおさんが、懲戒処分を受けた。人事院の裁決を経た後でなければ取消訴訟を起こせません(国家公務員法92条の2)。
- ひっかけやすい例:前置の定めがある処分について、その処分は無効だとして無効等確認の訴えを起こす場合。8条は無効等確認の訴えに準用されていないので(38条3項・4項)、裁決を待つ必要はありません。
- ひっかけやすい例:住民訴訟を起こすには、先に住民監査請求をしておく必要があります(地方自治法242条の2第1項)。これも「先に」の決まりですが、行政事件訴訟法8条の審査請求前置ではなく、地方自治法が住民訴訟について定めた別の仕組みです。くわしくは直接請求と住民監査請求の記事で扱っています。
似ているルールとの違い
審査請求と取消訴訟の関係には、「先に何をするか」「何を相手に訴えるか」「いつまでに訴えるか」の3つの決まりがあります。名前が似ているので、問いの向きで分けます。
| 決まり | 決めていること | 条文 |
|---|---|---|
| 自由選択・前置 | 審査請求と訴えの順番 | 行訴法8条 |
| 原処分主義・裁決主義 | 処分と裁決のどちらを訴えるか | 行訴法10条2項、個別法 |
| 出訴期間の特例 | 審査請求をした人の期間の数え方 | 行訴法14条3項 |
前置の場合も、訴える相手はもとの処分です。裁決主義は、訴える相手そのものを裁決に限る決まりで、前置とは別のものです。
出訴期間との関係では、審査請求をした人は、裁決があったことを知った日から6か月・裁決の日から1年で数えます(14条3項)。前置の場合も自由選択の場合も同じです。
試験ではここをまちがえやすい
- 原則の取り違え:「審査請求ができる処分は、まず審査請求をしなければならない」とする形。原則は自由選択です(8条1項本文)。
- 前置の根拠:前置を定められるのは「法律」です。条例・規則や役所の案内で前置になるとする形は誤りです。
- 3か月の起点:8条2項1号は「審査請求があつた日から三箇月」。処分の日や処分を知った日からではありません。
- 損害の語:8条2項2号は「著しい損害」。執行停止の「重大な損害」、仮の義務付け・仮の差止めの「償うことのできない損害」と入れ替える形に注意します。
- 中止の義務:8条3項は、訴訟手続を中止「することができる」。義務ではありません。
- 準用の範囲:8条が準用されるのは不作為の違法確認の訴え(38条4項)。無効等確認の訴えには準用されません。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
Dさんは、C県知事から営業の停止を命じられ、同じ日に審査請求と取消訴訟の両方をした(根拠の法律に審査請求前置の定めはない)。この場合、裁判所は、審査請求に対する裁決があるまで、訴訟手続を中止することができる。
答え:○ 分かれ目は、自由選択の場合に審査請求と訴訟が並んだときの扱いです。行政事件訴訟法8条3項は、1項本文の場合に審査請求がされているときは、裁判所は、裁決があるまで(審査請求があった日から3か月を過ぎても裁決がないときは、その期間を過ぎるまで)訴訟手続を中止することができるとしています。両方を同時に起こすと訴えが退けられる、と考えると✕に見えます。中止は「できる」で、義務ではありません。
問2(このサイトのオリジナル問題)
E市長がした処分について、根拠の法律に審査請求前置の定めがある。この処分は重大で明白な誤りがあり無効だと考えるFさんが、無効等確認の訴えを起こすときも、審査請求に対する裁決を経た後でなければならない。
答え:✕ 分かれ目は、8条がどの訴えに準用されるかです。行政事件訴訟法38条4項は、8条を不作為の違法確認の訴えに準用していますが、無効等確認の訴えに準用する規定(38条3項)には8条が入っていません。正しくは、前置の定めがある処分でも、無効等確認の訴えは裁決を経ずに起こせます。取消訴訟の決まりがすべての抗告訴訟に及ぶと考えた取り違えです。
問3(このサイトのオリジナル問題)
国家公務員のGさんは、懲戒免職の処分を受けた。Gさんは、人事院への審査請求と、処分の取消訴訟のどちらを先にするかを選ぶことができる。
答え:✕ 分かれ目は、個別の法律に前置の定めがあるかです。国家公務員法92条の2は、人事院に審査請求ができる89条1項の処分(懲戒処分を含む)の取消しの訴えは、人事院の裁決を経た後でなければ起こせないとしています。正しくは、Gさんは先に人事院に審査請求をします。自由選択主義(行政事件訴訟法8条1項本文)は、法律に前置の定めがないときの原則です。前置の場合も、3か月たっても裁決がないときなどは裁決を待たずに訴えられます(8条2項)。
この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「行政法」で続けて解けます。
まとめ
- 原則は自由選択:審査請求ができる処分でも、直ちに取消訴訟を起こせる(8条1項本文)。
- 前置は法律に定めがあるときだけ(8条1項ただし書)。例:国税通則法115条1項、国家公務員法92条の2。
- 前置でも、3か月たっても裁決がない・著しい損害を避ける緊急の必要・正当な理由があれば、裁決を待たずに訴えられる(8条2項)。
- 両方が並ぶときは、裁判所は訴訟手続を中止できる(3か月が限度。8条3項)。
- 8条は不作為の違法確認の訴えに準用、無効等確認の訴えには準用なし(38条)。平成26年の見直しで前置は68法律で廃止・縮小された。
次に読むなら、行政不服審査法と行政事件訴訟法の違い一覧がおすすめです。審査請求と取消訴訟のどちらを選ぶかを決めるときに比べる、争える中身・期間・執行停止の違いを1枚で確かめられます。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の版を指定して確かめました。前置の見直しの数は、総務省行政管理局の資料によります。
- e-Gov法令検索「行政事件訴訟法」(8条1項〜3項、14条3項、38条3項・4項)
- e-Gov法令検索「行政不服審査法」(5条1項・2項)
- e-Gov法令検索「国税通則法」(115条1項)
- e-Gov法令検索「国家公務員法」(89条1項、92条の2)
- 総務省行政管理局「行政不服審査法関連三法について」(平成26年6月)(不服申立前置の見直し)
働く人の法律試験ノート