ひとことで言うと、執行停止は、取消訴訟の判決が出るまでの間、処分の効き目を裁判所に止めてもらう仕組みです(行政事件訴訟法25条)。取消訴訟を起こしただけでは処分は止まらないので、別に申し立てる必要があります。
処分を「してほしい」「しないでほしい」ときは、仮の義務付け・仮の差止めを使います(37条の5)。この3つをまとめて「仮の救済」と呼びます。この記事は、令和8年度試験の基準日である令和8年4月1日時点の条文で書いています。
身近な例で考えると
登場人物は次のとおりです。
| 人物 | 立場 | したこと |
|---|---|---|
| みおさん | 小さな旅館の経営者 | 県知事に旅館の営業許可を取り消された |
| 県知事 | 許可を出す役所のトップ | 許可の取消しをした(行政庁) |
| りくさん | 市民サークルの代表 | 市民会館の使用を申請したが断られた |
ここでは行政事件訴訟法の基本ルールだけで考えます。
まず、みおさんの話です。
- 県知事が、みおさんの旅館の営業許可を取り消しました。
- みおさんは「取消しはまちがいだ」と考え、取消訴訟を起こしました。
- ところが、裁判を起こしても許可の取消しの効き目は止まりません(25条1項)。判決まで営業できず、予約客を断り続けると、旅館がつぶれてしまうかもしれません。
- そこでみおさんは、裁判所に執行停止を申し立てました。
- 裁判所は、みおさんと県の意見を聞いたうえで決めます。口頭弁論(法廷での正式なやりとり)は開かなくてもかまいません。きっちりした証明はいらず、疎明(そめい=「たぶんそうだろう」と思わせる程度の説明)で足ります。
- 「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」と認められれば、判決が出るまで、取消しの効力が止まります。みおさんは営業を続けられます。
次に、りくさんの話です。りくさんは、来週の集会のために市民会館の使用を申請しましたが、断られました。執行停止で「断った処分」を止めても、使用の許可が出るわけではありません。そこでりくさんは、市に許可を出すよう求める「義務付けの訴え」を起こし、あわせて「仮の義務付け」を申し立てます。認められれば、裁判の結論が出る前に、仮に許可を出すよう命じてもらえます。
たとえると、執行停止は「試合の判定に抗議している間、いったん試合を止めてもらう」ことです。仮の義務付けは「判定が出るまで、仮に出場を認めてもらう」ことです。ただし本物の仕組みでは、止めてもらうにも仮に認めてもらうにも、法律が決めた要件を裁判所が確かめます。抗議すれば自動で止まるわけではありません。
条文ではこう決まっている
執行停止(25条)
- 取消訴訟を起こしても、処分の効力・処分の執行・手続の続行は止まりません(1項、執行不停止の原則)。
- 取消訴訟が起こされていることが前提です(2項)。
- 処分などで「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に使えます。裁判所は、申立て(本人からのお願い)があれば、決定で止められます。止める対象は、処分の効力・執行・手続の続行の全部または一部です(2項)。
- ただし、処分の効力そのものを止めるのは、執行や手続の続行を止めるだけでは目的を達せないときに限られます(2項ただし書)。
- 重大な損害かどうかは、損害の回復の困難の程度を考え、損害の性質・程度や処分の内容・性質も考えて判断します(3項)。
- 次のどちらかのときは、執行停止はできません(4項)。①公共の福祉(みんなの利益)に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき。②本案(ほんあん=取消訴訟の中身)について、訴えた人の言い分に理由がないとみえるとき。
- 決定は疎明にもとづきます(5項)。口頭弁論を経ずにできますが、あらかじめ当事者の意見を聞かなければなりません(6項)。
- 決定には即時抗告(そっこうこく=すぐに上の裁判所へ不服を申し立てること)ができます(7項)。即時抗告をしても、決定の執行は止まりません(8項)。
執行停止のあと(26条・27条)
- 執行停止の決定が確定した後で、理由がなくなるなど事情が変わったときは、相手方の申立てにより、裁判所は決定を取り消せます(26条)。
- 内閣総理大臣は、執行停止の申立てがあると、裁判所に異議(「止めないでほしい」という反対の意見)を述べられます。執行停止の決定が出た後でも述べられます(27条1項)。異議には理由を付けます(27条2項)。
- 異議があると、裁判所は執行停止ができません。すでに決定していれば、取り消さなければなりません(27条4項)。
- 内閣総理大臣は、やむをえない場合でなければ異議を述べてはいけません。述べたときは、次の常会(毎年1回開かれるふつうの国会)で国会に報告します(27条6項)。
使える訴えの範囲(29条・38条3項):執行停止の決まりは、裁決(審査請求への答え)の取消しの訴え(29条)と、無効等確認の訴え(38条3項)にも準用されます。準用(じゅんよう)=別の場面の決まりを、その場面にも当てはめて使うことです。
仮の義務付け・仮の差止め(37条の5)
- 義務付けの訴えが起こされていることが前提です(1項)。
- 要件は2つです。①処分がされないことで生じる「償うことのできない損害(あとでお金を払っても埋め合わせられない損害)を避けるため緊急の必要」があること。②「本案について理由があるとみえる」こと。このとき裁判所は、申立てにより、決定で、仮に処分をするよう役所に命じられます(1項)。
- 差止めの訴えが起こされているときも、同じ要件で、仮に処分をしてはならないと命じられます(2項)。
- 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときは、どちらもできません(3項)。
- 疎明・意見聴取・即時抗告(25条5項〜8項)や、事情変更による取消し・内閣総理大臣の異議(26条〜28条)は、仮の義務付け・仮の差止めにも準用されます(4項)。
仮処分の排除(44条):役所が力をもって一方的に決める行為(処分など。法律では「公権力の行使に当たる行為」といいます)には、民事保全法の仮処分(民事の裁判で使う、仮に止める手続)は使えません。止めたいときは、上の仕組みを使います。
当てはまる例・当てはまらない例
- 許可を取り消された旅館 → 執行停止。取消訴訟を起こしたうえで申し立てます。営業できない間に経営が立ち行かなくなるおそれがあれば、「重大な損害」に当たるかが判断されます。
- 裁判をまだ起こしていない → 執行停止は申し立てられない(当てはまらない例)。25条2項は「処分の取消しの訴えの提起があつた場合において」と定めています。先に取消訴訟を起こす必要があります。
- 申請を断られた → 執行停止では足りない(ひっかけやすい例)。断った処分を止めても、許可が出た状態にはなりません。義務付けの訴えと仮の義務付けを使います。
- 役所が近く命令を出しそう → 仮の差止め。まだ処分が出ていないので、止める対象がありません。差止めの訴えを起こし、仮の差止めを申し立てます。
- 民事の仮処分で工事を止めたい → できない。公権力の行使に当たる行為には、44条で仮処分が使えません。
- 裁判所が自分から止める → できない。執行停止は「申立てにより」とされていて、裁判所が職権で行う規定はありません。
マンションの工事が終わると、建築確認の取消しを求める「訴えの利益」がなくなる、という最高裁の判例があります(最高裁判所第二小法廷 昭和59年10月26日判決。くわしくは取消訴訟の要件の記事)。判決を待つ間に取り返しがつかなくなる場面こそ、仮の救済の出番です。
似ているルールとの違い
3つの仮の救済を比べます。
| くらべる点 | 執行停止 | 仮の義務付け | 仮の差止め |
|---|---|---|---|
| 前提の訴え | 取消訴訟など | 義務付けの訴え | 差止めの訴え |
| 損害の要件 | 重大な損害 | 償うことのできない損害 | 償うことのできない損害 |
| 本案の見込み | 理由がないとみえるときは不可 | 理由があるとみえること | 理由があるとみえること |
| 公共の福祉 | 重大な影響のおそれがあれば不可 | 同じ | 同じ |
損害の言葉は、執行停止が「重大な損害」、仮の義務付け・仮の差止めが「償うことのできない損害」です。仮の義務付けなどは、判決の前に役所に何かをさせたり、させなかったりする強い効果があります。そのため要件が厳しくなっています。
本案の見込みの書き方もちがいます。執行停止は「理由がないとみえるときはできない」です。つまり、見込みがはっきり悪くなければ止められます。仮の義務付けなどは「理由があるとみえるとき」です。つまり、勝てそうだと見えることまで必要です。
行政不服審査法の執行停止とも比べます。
| くらべる点 | 行政不服審査法25条 | 行政事件訴訟法25条 |
|---|---|---|
| 判断する人 | 審査庁 | 裁判所 |
| 職権でできるか | 上級行政庁・処分庁の審査庁はできる | できない(申立てのみ) |
| 停止以外の措置 | 上級行政庁・処分庁の審査庁はできる | 規定なし |
| 要件を満たしたとき | 原則として停止しなければならない | 停止することができる |
行政不服審査法では、申立てがあり、重大な損害を避けるため緊急の必要があるときが対象です。このとき審査庁は、原則として執行停止を「しなければならない」とされています(行政不服審査法25条4項)。審査請求の全体の流れは審査請求の記事で確かめてください。
試験ではここをまちがえやすい
行政書士試験では、条文の言葉のちがいがそのまま問われやすい形です。
- 「取消訴訟を起こすと、処分の効力は止まる」→ 誤り。止まらないのが原則です(25条1項)。
- 「裁判所は職権(自分の判断)で執行停止ができる」→ 誤り。申立てが必要です。行政不服審査法では、審査庁が処分庁(処分をした役所)やその上級行政庁(上の役所)なら職権でもできます。混ぜないようにします。
- 「執行停止の要件は償うことのできない損害」→ 誤り。執行停止は「重大な損害」です。
- 「処分の効力の停止は、いつでも選べる」→ 誤り。執行や手続の続行の停止で目的を達せるときは、効力の停止はできません。
- 「即時抗告をすれば、執行停止の決定の執行は止まる」→ 誤り(25条8項)。
- 「内閣総理大臣の異議は、執行停止の決定の前に限る」→ 誤り。決定の後でも述べられます。異議があれば、裁判所はすでにした執行停止を取り消さなければなりません。
- 「処分を止めるため、民事保全法の仮処分を使える」→ 誤り(44条)。
数字ではなく「言葉」で差をつける論点です。行政事件訴訟法の全体の順番は行政法の勉強法で確かめられます。
○✕でたしかめよう
(このサイトのオリジナル問題)
問1:取消訴訟を提起すると、処分の効力は判決が確定するまで当然に停止する。
答え:✕。取消訴訟を起こしても、処分の効力・執行・手続の続行は止まりません(25条1項)。止めるには執行停止の申立てが必要です。
問2:裁判所は、執行停止の申立てがない場合でも、必要があると認めるときは、職権で処分の執行を停止することができる。
答え:✕。25条2項は「申立てにより」と定めています。
問3:仮の義務付けは、義務付けの訴えが提起されている場合に、償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があり、かつ本案について理由があるとみえるときに、申立てによりすることができる。
答え:○。37条の5第1項のとおりです。ただし、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときはできません(3項)。
まとめ
- 取消訴訟を起こしても処分は止まらない。止めるには、訴えを起こしたうえで執行停止を申し立てる。
- 執行停止の要件は「重大な損害を避けるため緊急の必要」。公共の福祉への重大な影響や、本案に理由がないとみえるときはできない。
- 仮の義務付け・仮の差止めは「償うことのできない損害」と「本案に理由があるとみえる」が要件。
- 裁判所の執行停止は申立てのみ。行政不服審査法では職権でできる場合がある。
- 内閣総理大臣の異議があると執行停止はできず、民事保全法の仮処分も使えない。
次は、処分によって受けた損害のお金での救済を読むと、行政救済法の全体がつながります。国家賠償法の記事へ進んでください。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の版を指定して確かめました。
- e-Gov法令検索「行政事件訴訟法」(25条、26条、27条、29条、37条の5、38条3項、44条)
- e-Gov法令検索「行政不服審査法」(25条)
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 昭和59年10月26日判決」(工事完了と建築確認の取消しを求める訴えの利益)
- 行政書士試験研究センター「令和8年度 試験案内」(出題の基準日)
働く人の法律試験ノート