相続人は、亡くなった人の財産と借金をどう受けるかを、3つから選びます。全部を引き継ぐ単純承認(たんじゅんしょうにん)、引き継いだ財産の範囲でだけ借金を払う限定承認(げんていしょうにん)、何も引き継がない相続放棄です(民法920条・922条・938条)。
ひとことで言うと、限定承認は「プラスの財産の範囲でだけ、マイナスを引き受ける」承認です。相続人が何人かいるときは全員でしなければなりません。3か月の熟慮期間(じゅくりょきかん=考えるための期間)の中に、財産の目録を作って家庭裁判所に申述します(923条・924条)。期間内に何もしないと、単純承認をしたものとみなされます(921条2号)。承認も放棄もしないうちに相続人が亡くなったとき(再転相続)の熟慮期間は再転相続の記事にあります。
この記事では、承認の3つの選び方、熟慮期間の数え方、単純承認とみなされる場合、限定承認の手続と効果を扱います。だれが相続人になるか、相続分、放棄と代襲の関係は相続の記事にあります。条文は令和8年4月1日時点のものです。放棄した人に残る財産の保存の義務(940条)は相続放棄をした人の保存義務にあります。
身近な例で考えると
自営業のまさとさんが亡くなりました。相続人は、妻ののりこさん、長女のゆいさん、長男のそうたさんの3人です。
| 人物 | 立場 | 考えたこと |
|---|---|---|
| のりこさん | 妻(相続人) | 自宅は残したいが、借金の額が分からない |
| ゆいさん | 長女(相続人) | のりこさんと同じ考え |
| そうたさん | 長男(相続人) | 何も受け取らなくてよい |
財産は、自宅の土地と建物、預金300万円です。仕事の借入れがあったはずですが、額がはっきりしません。
- 3月1日:まさとさんが亡くなり、3人はその日に知った。ここから3か月の熟慮期間が始まる(915条1項)。
- 3月:そうたさんが、家庭裁判所に相続放棄を申述した。放棄した人は、その相続について初めから相続人でなかったものとみなされる(939条)。
- 4月:のりこさんとゆいさんの2人で、相続財産の目録を作り、家庭裁判所に限定承認を申述した(924条)。そうたさんはもう相続人ではないので、この2人が「全員」になる(923条)。
- 相続人が2人いるので、家庭裁判所は2人の中から相続財産の清算人(せいさんにん=財産をまとめて借金を払う役)を選ぶ(936条1項)。
- 清算人は、選ばれてから10日以内に、債権者(お金を貸した人など)に「2か月以上の期間内に申し出てください」と公告する(936条3項・927条1項)。
- 期間が終わったら、申し出た債権者などに、相続財産から債権額の割合で払う(929条)。足りない分を、のりこさんとゆいさんが自分の財産から払う必要はない。
たとえるなら、限定承認は「中身の分からない箱を、箱の中身の範囲でだけ責任を持つ約束で受け取る」ことです。ただし本物のルールでは、払いきれなかった借金が消えるわけではありません。相続人が自分の財産から払わなくてよい、という責任の範囲の話です。
自宅を残したいときの道もあります。弁済のために財産を売るときは競売(けいばい)によりますが、家庭裁判所が選んだ鑑定人の評価に従ってその価額を払えば、競売を止められます(932条)。
条文ではこう決まっている
3か月の熟慮期間(915条〜919条)
- 期間:「自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内」に、単純承認・限定承認・放棄のどれかをする(915条1項)。利害関係人か検察官の請求で、家庭裁判所が期間を伸ばせる(同項ただし書)。
- 調査:承認や放棄の前に、相続財産を調べることができる(915条2項)。
- 選ばずに亡くなったとき:相続人が承認も放棄もしないで亡くなったら、期間は、その人の相続人が自分のために相続の開始を知った時から数える(916条)。
- 未成年者など:相続人が未成年者や成年被後見人のときは、法定代理人が知った時から数える(917条)。
- 撤回できない:承認と放棄は、3か月の期間内でも撤回できない(919条1項)。詐欺・強迫などを理由とする取消しはでき、その取消権は、追認できる時から6か月、承認・放棄の時から10年で消える(同条2項・3項)。限定承認や放棄を取り消すときは、家庭裁判所に申述する(同条4項)。
単純承認とみなされる場合(920条・921条)
- 単純承認:被相続人(亡くなった人)の権利と義務を、限りなく引き継ぐ(920条)。
- 921条1号:相続財産の全部か一部を処分したとき。ただし、保存行為と、602条に定める期間を超えない賃貸は除く。602条の期間は、土地5年、建物3年、動産6か月など。
- 921条2号:915条1項の期間内に、限定承認も放棄もしなかったとき。
- 921条3号:限定承認や放棄をした後でも、相続財産を隠したり、ひそかに使ったり、わざと目録に書かなかったりしたとき。ただし、その人の放棄によって相続人になった人が承認をした後は除く。
- 判例:1号で単純承認とみなされるには、相続人が、自分のために相続が始まった事実を知りながら、または確実だと見ながら、相続財産を処分したことが要るとされた(最高裁判所第一小法廷 昭和42年4月27日判決)。
限定承認の手続と効果(922条〜937条)
- 中身:相続で得た財産の限度でだけ、亡くなった人の借金と遺贈(いぞう=遺言で財産をあげること)を払うことを条件に、相続を承認する(922条)。
- 全員で:相続人が数人あるときは、共同相続人の全員が共同してのみできる(923条)。
- 方式:熟慮期間内に、相続財産の目録を作って家庭裁判所に出し、限定承認をする旨を申述する(924条)。
- 相続人と亡くなった人の間の権利:消えなかったものとみなす(925条)。のりこさんがまさとさんにお金を貸していたなら、その貸金は消えない。
- 公告と弁済:限定承認者は、限定承認の後5日以内に、債権者と受遺者に、2か月以上の期間を定めて申し出るよう公告する(927条1項)。期間が終わるまでは弁済を拒める(928条)。期間の後、申し出た人などに債権額の割合で払う(929条)。受遺者には、債権者の後に払う(931条)。
- 相続人が数人のとき:家庭裁判所は、相続人の中から相続財産の清算人を選ぶ(936条1項)。清算人が公告するのは、選任の後10日以内(同条3項)。
- 一部の人に問題があるとき:限定承認をした相続人の一部に921条1号・3号の事情があるときは、債権者は、相続財産から払いを受けられなかった額について、その人に相続分に応じて請求できる(937条)。
当てはまる例・当てはまらない例
- 当てはまる(処分):ゆいさんが熟慮期間中に、まさとさんの預金を引き出して自分の車のローンの返済に使った。相続財産の処分にあたり、単純承認をしたものとみなされる(921条1号)。こうなると、限定承認も放棄もできない。
- 当てはまらない(保存行為):台風で自宅の屋根が壊れ、のりこさんが修理を頼んだ。財産を守る保存行為なので、処分にあたらない(921条1号ただし書)。
- 当てはまらない(短い賃貸):空いていた自宅の1階を、のりこさんが2年の約束で貸した。建物の賃貸で3年を超えないので、処分にあたらない(921条1号ただし書・602条3号)。
- 当てはまらない(知らずにした処分):知らせが遅れた場合で考えます。まさとさんに頼まれて車を売る手続をしていたそうたさんが、まさとさんの死亡を知らないまま売買を終えた。相続の開始を知らずにした処分なので、921条1号にあたらない(昭和42年判決)。
- ひっかけやすい(3か月の後に借金が分かった):期間の数え始めは、死亡と、自分が相続人になったことを知った時です。判例は、相続財産が全くないと信じ、そう信じたことに相当な理由があるときに限り、財産があると知った時(または普通なら知ることができた時)から数えるとしました(最高裁判所第二小法廷 昭和59年4月27日判決)。自宅があると知っていた人には、この例外は当てはまりません。
- ひっかけやすい(遺産分割で何も受け取らない):そうたさんが家庭裁判所に申述せず、家族の話し合いで「自分は何も受け取らない」と決めただけなら、それは相続放棄ではありません。放棄は家庭裁判所への申述でします(938条)。
似ているルールとの違い
限定承認と相続放棄は、どちらも家庭裁判所への申述が要る点で似ています。違いは次のとおりです。
| 比べる点 | 限定承認 | 相続放棄 |
|---|---|---|
| だれがするか | 共同相続人の全員で(923条) | 1人ずつできる |
| 借金 | 相続財産の範囲で払う(922条) | 引き継がない(939条) |
| 財産が残ったとき | 相続人が受け継ぐ | 受け継がない |
| 次の順位の人 | 今の相続人のまま | 次の順位に回ることがある |
| 期間を過ぎたら | 単純承認とみなされる | 単純承認とみなされる |
放棄をした人は初めから相続人でなかった扱いになるので、子が全員放棄すると、親やきょうだいが相続人になることがあります。限定承認では、今の相続人がそのまま相続人です。
3か月の熟慮期間は、遺留分侵害額の請求の1年や相続登記の申請の3年と並べると、取り違えにくくなります。数字のまとめは期間・数字の一覧にあります。借金を抱えた相続人が放棄や遺産分割をしたとき、その人の債権者から取り消されるかどうかは詐害行為取消権の判例で扱っています。
試験ではここをまちがえやすい
当サイトが、不動産適正取引推進機構が公開している宅建試験の問題(昭和63年度〜令和7年度の40回、2,000問)を1問ずつ読んで数えたところ、相続が主な論点の問題は27問で、直近10回(平成30年度〜令和7年度)では8問でした。限定承認や単純承認だけの数は、分けて数えていません(分け方は当サイトの判断で、公式の分類ではありません)。取り違えやすい形は次のとおりです。
- 全員か1人か:限定承認は全員で、放棄は1人で。放棄した人は初めから相続人でないので、残った人だけで「全員」になる。
- 3か月の起算点:死亡の日ではなく、自分のために相続が始まったと知った時。例外の判例は「財産が全くないと信じ、相当な理由がある」場合に限る。
- 処分の範囲:保存行為と、602条の期間を超えない賃貸は処分にあたらない。期間は物によって違う。
- 撤回と取消し:期間内でも撤回はできない。取消しは詐欺・強迫などの理由があるときだけ。
- 効果の言葉:限定承認は借金を消す制度ではない。相続財産の限度で払う、という責任の範囲の話。
- 公告の期間:限定承認者は5日以内、清算人なら選任後10日以内。申出の期間は2か月以上。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
まさとさんが亡くなり、相続人は妻のりこさんと子のゆいさん・そうたさんの3人である。そうたさんの相続放棄の申述が受理された後は、のりこさんとゆいさんの2人だけで限定承認をすることができる。
答え:○ 分かれ目は、放棄した人が「共同相続人の全員」に入るかです。限定承認は、相続人が数人あるときは共同相続人の全員が共同してのみできます(民法923条)。そうたさんは放棄により初めから相続人でなかったものとみなされる(939条)ので、残った2人が全員にあたります。3人がそろわないとできないと考えると✕にしてしまいます。取り違えの相手は、単純承認をした相続人がいる場合で、その人は相続人のままなので、残りの人だけでは全員になりません。
問2(このサイトのオリジナル問題)
まさとさんの相続人ゆいさんは、熟慮期間の間に、まさとさんが持っていた空き地を、近所の人に月極駐車場として3年の約束で貸した。このことだけでは、ゆいさんは単純承認をしたものとはみなされない。
答え:○ 分かれ目は、この賃貸が「処分」にあたるかです。相続財産を処分すると単純承認とみなされますが、保存行為と、602条に定める期間を超えない賃貸は除かれます(民法921条1号ただし書)。土地の賃貸の期間は5年(602条2号)で、3年の約束はその範囲です。財産を人に貸したのだから処分だと考えると✕にしてしまいます。建物は3年、動産は6か月と、602条の期間は物によって違います。
問3(このサイトのオリジナル問題)
まさとさんの子ゆいさんは、まさとさんの死亡と自分が相続人になったことを知り、自宅が遺産にあることも知っていたが、借金はないと思って3か月を過ごした。最高裁判所の判例によれば、この場合の熟慮期間は、借金があると知った時から数える。
答え:✕ 分かれ目は、熟慮期間の起算点の例外が当てはまる範囲です。期間は、相続の開始と自分が相続人になったことを知った時から3か月です(民法915条1項)。最高裁判所第二小法廷昭和59年4月27日判決は、相続財産が全く存在しないと信じ、そう信じたことに相当な理由がある場合に限り、財産の存在を知った時などから数えるとしました。正しくは、自宅があると知っていたゆいさんは「全く存在しないと信じ」た場合にあたらず、期間は相続の開始などを知った時から数えるので、もう過ぎています。「借金を知らなかった」ことだけで起算点が動くと考えた文です。
この分野の○✕は、宅建の5分○✕ドリルの「権利関係」で続けて解けます。相続人・相続分・放棄・遺言を場面で解く○✕20問は宅建の相続の問題にあります。
まとめ
- 選び方は3つ:単純承認(全部引き継ぐ)、限定承認(財産の範囲で払う)、放棄(何も引き継がない)。
- 期間は、自分のために相続が始まったと知った時から3か月。家庭裁判所が伸ばせる。期間内でも撤回はできない。
- 処分・期間の経過・放棄の後の隠匿などで、単純承認とみなされる。保存行為と602条の期間内の賃貸は処分にあたらない。
- 限定承認は全員で、目録を付けて家庭裁判所に申述する。相続人が数人なら、相続人の中から清算人が選ばれる。
- 公告は5日以内(清算人なら選任後10日以内)、申出の期間は2か月以上。
次に読むなら、相続欠格と廃除の違いがおすすめです。放棄と違って、欠格や廃除では子が代わりに相続する(代襲相続)ことがあり、相続人でなくなる仕組みを並べて確かめられます。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、令和8年4月1日時点で施行されている内容を、e-Gov法令検索(法令API)で確かめています。判例は裁判所ウェブサイトで確かめました。
- e-Gov法令検索「民法」(602条、915条〜940条)
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 昭和42年4月27日判決(昭和40(オ)1348)」(921条1号の単純承認の要件)
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 昭和59年4月27日判決(昭和57(オ)82)」(熟慮期間の起算点)
- 不動産適正取引推進機構「試験概要」(出題の根拠となる法令は、試験を行う年度の4月1日現在施行のもの)
- 不動産適正取引推進機構(宅建試験の問題の公開。出題数は当サイトが数えたもので、公式の内訳ではありません)
働く人の法律試験ノート