ひとことで言うと、必要費(ひつようひ)は物を保つための費用、有益費(ゆうえきひ)は物の値打ちを上げるための費用です。人の物にお金をかけた人は、この区別に応じて、持ち主などに返してもらえます(償還=しょうかん)。返してもらえる時期と額は、借りている人・自分の物だと思って使っている人・物を預かっている人など、立場ごとに条文で少しずつ違います。
この記事では、民法の7つの場面(196条・299条・583条・595条・608条・650条・702条)を「だれに・いつ・どれだけ」の1枚の表にそろえます。賃貸借全体のしくみは賃貸借の記事、占有の効果全体は占有権の記事に任せ、ここは費用の返し方の横断に絞ります。条文は、令和8年4月1日時点の民法・借地借家法を e-Gov 法令検索で確かめています。
身近な例で考えると
| 人物 | 立場 | したこと |
|---|---|---|
| はるかさん | 一軒家の持ち主(貸主) | 家をそうすけさんに貸した |
| そうすけさん | 借主 | 家にお金をかけた |
- 1月:給湯器が壊れ、お湯が出なくなった。そうすけさんは自分で業者を呼び、修理代8万円を払った。
- 3月:古い畳の部屋を、自分の好みでフローリングに張り替えた。費用は40万円で、家の値打ちは30万円上がった。
- 翌年3月:賃貸借が終わり、家を返した。張り替えた床はそのまま残っている。
給湯器の修理は、家をふつうに使える状態に保つための費用です。家を貸す以上、修理は本来はるかさんがするものなので、そうすけさんは8万円をすぐに請求できます(608条1項)。
床の張り替えは、家の値打ちを上げる費用です。こちらは賃貸借が終わった時に、値打ちの増加が残っている場合に限り返してもらえます。額は、使った40万円か、増えた30万円かを、はるかさんが選びます(608条2項・196条2項)。はるかさんは30万円を選ぶことができます。
たとえるなら、必要費は「立て替えたガソリン代」、有益費は「勝手に付けたカーナビ」です。ガソリン代はすぐ返すのが筋ですが、カーナビは車を返すときに、まだ役に立っている分だけ精算します。ただし本物のルールでは、精算の額を決めるのは付けた人ではなく、返してもらう側(持ち主)です。
条文ではこう決まっている
2つの費用の言葉(196条)
民法には「必要費とは」と定義する条文はありません。もとになる言葉は196条にあります。1項は「その物の保存のために支出した金額その他の必要費」、2項は「占有物の改良のために支出した金額その他の有益費」と書いています。保存(ほぞん=今の状態を保つ)か、改良(かいりょう=今より良くする)か、で分けます。
場面ごとの条文
- 賃借人(608条):「賃貸人の負担に属する必要費」は、賃貸人に直ちに請求できる(1項)。有益費は、賃貸借の終了の時に、196条2項に従って賃貸人が返す。裁判所は、賃貸人の請求で、相当の期限を与えることができる(2項ただし書)。
- 占有者(196条):物を返すとき、必要費は回復者(かいふくしゃ=物を取り戻す人)に請求できる。ただし、果実(かじつ=作物や家賃のように物から生じる利益)を取得したときは、通常の必要費は占有者の負担(1項)。有益費は、値打ちの増加が現存する場合に限り、回復者の選択で、支出した金額か増価額(ぞうかがく=増えた額)。期限の許与は「悪意の占有者」に対してだけ(2項)。
- 留置権者(299条):必要費は所有者に償還させることができる(1項)。有益費は、増加が現存する場合に限り、所有者の選択で支出額か増価額。裁判所は、所有者の請求で期限を与えることができる(2項)。
- 買戻し(583条2項):買主や転得者が不動産に費用を出したときは、買い戻す売主が196条に従って返す。有益費には、売主の請求で期限の許与ができる。
- 使用貸借(595条):ただで借りた人は、通常の必要費を自分で負担する(1項)。それ以外の費用は583条2項を準用する(2項)。
- 受任者(650条1項):頼まれた仕事に必要と認められる費用を出したときは、その費用と、支出の日以後の利息を請求できる。
- 事務管理者(702条):頼まれずに他人のために事務をした人は、「本人のために有益な費用」を請求できる(1項)。本人の意思に反して事務をしたときは、本人が「現に利益を受けている限度」においてだけ(3項)。
もう一つ、期間の決まりがあります。使用貸借で借主が出した費用の償還は、貸主が物の返還を受けた時から1年以内に請求しなければなりません(600条1項)。この規定は賃貸借にも準用されています(622条)。
7つの場面を1枚にすると
| 場面 | 必要費 | 有益費 |
|---|---|---|
| 賃借人(608条) | 賃貸人の負担分を直ちに | 終了の時に、現存すれば賃貸人が選ぶ額。期限の許与あり |
| 占有者(196条) | 返すときに請求。果実を取ったら通常の必要費は自分持ち | 現存すれば回復者が選ぶ額。期限の許与は悪意の占有者だけ |
| 留置権者(299条) | 所有者に請求 | 現存すれば所有者が選ぶ額。期限の許与あり |
| 買戻し(583条2項) | 196条に従う | 196条に従う。期限の許与あり |
| 使用貸借(595条) | 通常の必要費は借主が負担 | 583条2項を準用(196条に従う) |
| 受任者(650条) | 必要と認められる費用と、支出の日以後の利息 | |
| 事務管理者(702条) | 本人のために有益な費用。意思に反したときは現に利益を受けている限度 | |
表の読み方のこつは3つです。①196条2項を使う場面(占有者・賃借人・留置権者・買戻し・使用貸借)では、有益費は「現存する場合に限り」「返す側が選ぶ」。②期限の許与(裁判所が支払いを待たせること)が悪意の占有者だけに限られるのは196条だけ。③受任者と事務管理者は、必要費と有益費を分けず、別の言葉で決まっている。
当てはまる例・当てはまらない例
当てはまる例:雨漏りの修理はすぐ請求できる
そうすけさんが雨漏りを直した費用は、家を使える状態に保つ費用で、賃貸人の負担に属する必要費です。賃貸借が終わるのを待たずに請求できます(608条1項)。
当てはまらない例:値打ちの増加が残っていない
そうすけさんが庭に花壇を作ったが、返すときには崩れて跡形もない場合です。有益費は「価格の増加が現存する場合に限り」返してもらえるので(196条2項)、増加が残っていなければ請求できません。
ひっかけやすい例:家賃を受け取っていた占有者
自分の物だと思って建物を人に貸し、家賃を受け取っていた人が、本当の持ち主に建物を返す場面です。家賃は果実(法定果実)なので、ふだんの手入れの費用(通常の必要費)は、この人の負担になります(196条1項ただし書)。果実を取っていない場面と結論が変わります。
ひっかけやすい例:頼まれずに直した隣の家
留守中の隣の家の雨戸を、頼まれずに直した人は事務管理者です。請求できるのは「本人のために有益な費用」で(702条1項)、702条には利息の定めがありません。費用に加えて支出の日以後の利息まで請求できるのは、頼まれて仕事をした受任者です(650条1項)。
似ているルールとの違い
| 制度 | 何を求めるか | いつ |
|---|---|---|
| 有益費の償還(608条2項) | 支出額か増価額を返してもらう(賃貸人が選ぶ) | 賃貸借の終了の時 |
| 造作買取請求(借地借家法33条) | 賃貸人の同意を得て付けた畳・建具などの造作を、時価で買い取らせる | 建物の賃貸借が期間の満了か解約の申入れで終わる時 |
| 留置権(295条) | 費用を返してもらうまで物を手元に置く | 債権が弁済期にあるとき |
造作買取請求は、費用を返してもらう制度ではなく、付けた物を賃貸人に買い取らせる別の制度です。終わり方も期間の満了か解約の申入れに限られます。造作の判断のしかたは建物買取請求と造作買取請求の記事にあります。
費用の償還を受ける権利は、その物に関して生じた債権なので、留置権のもとになります(295条1項)。ただし、裁判所が期限を与えた場合、その期限が来るまで債権は弁済期にないので、295条1項ただし書により留置はできません。占有が不法行為で始まった場合も留置権は生じません(295条2項)。留置権そのものは留置権と先取特権の記事で扱っています。
試験ではここをまちがえやすい
当サイトが数えた宅建試験の全40回(不動産適正取引推進機構が公開している昭和63年度〜令和7年度の問題、2,000問)では、賃貸借が主な論点の問題は26問、直近10回(令和7年度〜平成30年度。令和2・3年度は10月・12月の2回ずつ)では8問でした。ほかの論点が主な問題の中に副の論点として含むものは25問(直近10回で6問)です。必要費・有益費だけの問数は数えていません(分け方は当サイトの判断で、公式の分類ではありません。数え方は宅建の出題論点ランキング)。取り違えやすい形は次のとおりです。
- 時期の入れ替え:賃借人の必要費を「賃貸借の終了の時に」とする形。終了の時なのは有益費で、必要費は「直ちに」です(608条)。
- 選ぶ人の入れ替え:有益費の額を「費用を出した人が選ぶ」とする形。選ぶのは回復者・賃貸人・所有者の側です。
- 期限の許与の範囲:「期限を与えられるのは悪意の占有者だけ」を賃借人・留置権者にも広げる形。608条2項・299条2項のただし書には、悪意の限定がありません。
- 果実の例外の見落とし:果実を取得した占有者でも通常の必要費を全部返してもらえる、とする形(196条1項ただし書)。
- 利息の付け足し:事務管理者にも支出の日以後の利息を認める形。利息まで請求できるのは受任者です(650条1項)。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
みずきさんは、売買で手に入れたと信じた貸し倉庫を人に貸し、賃料を受け取っていた。売買は無効で、倉庫はけんじさんの物だった。倉庫を返すとき、みずきさんは、賃料を受け取っていても、ふだんの手入れにかかった通常の必要費をけんじさんに請求できる。
答え:✕ 分かれ目は、占有者が果実を取得していたかです。196条1項は、占有者が物を返すとき必要費を回復者に請求できるとしつつ、ただし書で「占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する」と定めます。正しくは、賃料という果実を受け取っていたみずきさんは、通常の必要費を自分で負担します。取り違えの相手は、果実の例外がない賃借人の必要費(608条1項)です。
問2(このサイトのオリジナル問題)
そうすけさんは、借りている家の床を張り替え、家の値打ちが上がった。賃貸借が終わり、そうすけさんが貸主のはるかさんに有益費の償還を求めた。はるかさんの請求があれば、裁判所は、その償還について相当の期限を与えることができる。
答え:○ 分かれ目は、期限の許与に「悪意」の限定があるかです。608条2項ただし書は「裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる」と定め、悪意かどうかを問いません。196条2項ただし書が期限の許与を悪意の占有者に限っているので、それと同じだと考え、悪意の占有者でないそうすけさんには期限を与えられないとすると✕にしてしまいます。取り違えの相手は、占有者の有益費の規定(196条2項)です。
問3(このサイトのオリジナル問題)
ゆいさんは、隣人ひろしさんの家の雨どいが台風で外れて道に垂れ下がっていたので、ひろしさんに頼まれていないが、業者に頼んで直し、修理代を払った。ゆいさんは、ひろしさんに、修理代と、修理代を払った日以後の利息を請求できる。
答え:✕ 分かれ目は、頼まれて仕事をしたかどうかです。頼まれずに他人の事務をしたゆいさんは事務管理者で、702条1項により「本人のために有益な費用」の償還を請求できますが、702条には利息の定めがありません。正しくは、修理代の償還は請求できても、支出の日以後の利息までは請求できません。取り違えの相手は、受任者が費用と「支出の日以後におけるその利息」を請求できるとする650条1項です。
この分野の○✕は、宅建の5分○✕ドリルの「権利関係」で続けて解けます。
まとめ
- 必要費は物を保つ費用、有益費は物の値打ちを上げる費用(196条の言葉)。
- 賃借人:必要費は直ちに、有益費は終了の時に(608条)。
- 有益費は、増加が現存する場合に限り、返す側が支出額か増価額を選ぶ。
- 果実を取った占有者は通常の必要費が自分持ち。期限の許与が悪意の占有者に限られるのは196条だけ。
- 受任者は費用と利息、事務管理者は有益な費用(意思に反したときは現に利益を受けている限度)。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の民法・借地借家法を確かめました。
- e-Gov法令検索「民法」(196条、295条、299条、583条、595条、600条、608条、622条、650条、702条)
- e-Gov法令検索「借地借家法」(33条)
このサイトで次に読むなら、事務管理と不当利得の記事です。頼まれずにした事務の費用が、事務管理と不当利得のどちらで返ってくるかを、要件から確かめ直せます。
働く人の法律試験ノート