詐害行為取消権(さがいこういとりけしけん)とは、お金を返さない人(債務者)が、貸した人(債権者)を害すると知りながら財産を減らす行為をしたとき、債権者が裁判所にその行為の取消しを求める権利です(民法424条1項)。
詐害行為取消権でまず押さえるのは、どの行為が取り消せるかです。判例は、相続放棄は取り消せない、遺産分割協議は取り消せる、離婚の財産分与は原則として取り消せず、不相当に過大な部分だけ取り消せる、としています。この記事では、取り消せる・取り消せないを判例で表にし、取り消した後の効果と期間を条文で確かめます。
身近な例で考えると
| 人物 | 立場 | したこと |
|---|---|---|
| あやかさん | お金を貸した人(債権者) | まさとさんに500万円を貸している |
| まさとさん | 借りた人(債務者) | ほかに財産がほとんどない |
| けんじさん | まさとさんの弟(受益者) | 遺産を全部受け取った |
- あやかさんは、まさとさんに500万円を貸したが、返してもらえていない。
- まさとさんの父が亡くなり、まさとさんと弟のけんじさんが相続人になった。遺産は1,000万円の土地。
- まさとさんは、「自分が受け取るとあやかさんに取られる」と考えた。
- まさとさんとけんじさんは、遺産分割の話し合い(協議)で、土地を全部けんじさんのものにした。
あやかさんは、この遺産分割協議の取消しを裁判所に求められます。遺産分割協議は、遺産をだれのものにするかを決める、財産に関する行為だからです(最高裁平成11年6月11日判決)。
では、4の代わりに、まさとさんが家庭裁判所で相続放棄をしていたらどうでしょう。結果は似ていますが、判例は相続放棄を取り消せないとしています(最高裁昭和49年9月20日判決)。この違いが、詐害行為取消権でいちばん取り違えやすい所です。
条文ではこう決まっている
- 424条1項:債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを、裁判所に請求できる。ただし、利益を受けた人(受益者)が、その行為の時に債権者を害することを知らなかったときは別。
- 424条2項:財産権を目的としない行為には適用しない。
- 424条3項・4項:債権者の債権が、その行為の前の原因で生じたものであること。強制執行で実現できない債権では請求できない。
- 424条の2:相当の値段で財産を売った行為は、隠すおそれを現に生じさせ、債務者に隠す意思があり、受益者もそれを知っていた場合に限って取り消せる。
- 424条の3:特定の債権者への担保の提供や弁済は、支払不能の時に、債務者と受益者が通じて他の債権者を害する意図で行った場合などに限って取り消せる。
- 424条の5:受益者からさらに取得した人(転得者)にも、その人が転得の時に事情を知っていたときに限って請求できる。
- 424条の8:行為の目的が分けられるときは、自分の債権の額の限度でだけ取消しを請求できる。
- 424条の9:返還を求めるのがお金や動産なら、自分に直接支払・引渡しをするよう求められる。
- 425条:取消しを認める確定判決は、債務者とそのすべての債権者にも効力がある。
- 426条:債務者が債権者を害すると知って行為をしたことを、債権者が知った時から2年、行為の時から10年を過ぎると、訴えを起こせない。
- 424条の7:訴えの相手(被告)は受益者または転得者。債務者ではない。訴えた債権者は、遅れずに債務者に訴訟告知をしなければならない。
判例で「取り消せる・取り消せない」を分ける
相続放棄は取り消せない(最高裁昭和49年9月20日判決)
- 事案の一行:借金のある相続人が相続を放棄し、債権者がそれを詐害行為として取り消そうとした。
- 結論:相続の放棄は、詐害行為取消権の対象にならない(第二小法廷)。
- 理由の要点:相続放棄は、すでにある財産を減らす行為というより、増えるのを妨げる行為にすぎない。身分に関する行為は他人の意思で強制すべきでなく、取り消せるとすれば相続の承認を強制するのと同じになる。
- まちがえやすい所:今の424条2項(財産権を目的としない行為は対象外)とも合う結論。
遺産分割協議は取り消せる(最高裁平成11年6月11日判決)
- 事案の一行:相続人の間で、借金のある相続人が何も受け取らない内容の遺産分割協議をした。
- 結論:共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、詐害行為取消権の対象になる(第二小法廷)。
- 理由の要点:遺産分割協議は、その性質上、財産権を目的とする法律行為である。
- まちがえやすい所:相続放棄と結論が逆。「相続のこと=身分行為」と一くくりにしない。
離婚の財産分与は、不相当に過大な部分だけ(昭和58年と平成12年)
- 最高裁昭和58年12月19日判決(第二小法廷):離婚に伴う財産分与は、民法768条3項の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与に仮託した(かこつけた)財産の処分と認められる特段の事情がない限り、詐害行為にならない。
- 最高裁平成12年3月9日判決(第一小法廷):そうした特段の事情があるときも、取り消せるのは不相当に過大な部分に限られる。離婚の慰謝料として払うと合意した額のうち、本来の損害賠償の額を超える部分も、取消しの対象になる。
- まちがえやすい所:財産分与の全部が取り消されるわけではない。
債権譲渡の通知は取り消せない(最高裁平成10年6月12日判決)
- 事案の一行:債務者が債権を譲った後、その譲渡の通知だけを詐害行為として取り消そうとした。
- 結論:債権譲渡の通知は、詐害行為取消権の対象にできない(第二小法廷)。
- 理由の要点:対象になるのは、財産を減らす行為そのもの。譲渡と通知は別の行為で、通知は、その時から譲渡を第三者などに対抗できるようにするだけだから。
- まちがえやすい所:取り消すなら、譲渡そのものを問題にする。
いずれも、詐害行為取消権の条文が今の424条〜426条の形に改められる前の判決です。改正後の条文と合わせて読むと、相続放棄の判決は、財産権を目的としない行為を対象外とする424条2項と考え方がつながります。
当てはまる例・当てはまらない例
当てはまる例:遺産を全部弟に
身近な例で、まさとさんが遺産分割協議で何も受け取らなかった場合です。あやかさんは、弟のけんじさんを被告にして、協議の取消しを求められます(424条の7第1項1号)。けんじさんが、協議の時にあやかさんを害すると知らなかったときは取り消せません(424条1項ただし書)。
当てはまらない例:相続放棄
まさとさんが家庭裁判所で相続放棄をした場合、あやかさんは取り消せません(昭和49年判決)。
ひっかけやすい例:離婚で家を妻に
まさとさんが離婚し、妻に家を財産分与しました。分与が768条3項の趣旨に照らして相当な範囲なら、取り消せません。不相当に過大で、財産分与にかこつけた処分といえる特段の事情があれば、過大な部分だけ取り消せます(昭和58年・平成12年判決)。
ひっかけやすい例:期間の数え方
あやかさんが、まさとさんの詐害行為を知ってから2年を過ぎたら、訴えを起こせません。知らなくても、行為の時から10年を過ぎたら同じです(426条)。「知った時から5年」などの消滅時効の数字(166条1項)と取り違えないようにします。
似ているルールとの違い
| 行為 | 取り消せるか | 判例・条文 |
|---|---|---|
| 相続放棄 | 取り消せない | 昭和49年・424条2項 |
| 遺産分割協議 | 取り消せる | 平成11年 |
| 離婚の財産分与 | 原則不可。不相当に過大な部分は可 | 昭和58年・平成12年 |
| 過大な慰謝料の合意 | 本来の額を超える部分は可 | 平成12年 |
| 債権譲渡の通知 | 取り消せない | 平成10年 |
| 相当の値段での売却 | 要件を満たすときだけ可 | 424条の2 |
債務者の権利を代わりに使う債権者代位権(423条)は、条文上、裁判所への請求に限られていません。詐害行為取消権は、裁判所に請求しなければならない点が違います。二つの基本の比べは債権者代位権と詐害行為取消権の記事にまとめています。
試験ではここをまちがえやすい
- 相続放棄は不可、遺産分割協議は可:結論が逆になる組。
- 財産分与は過大な部分だけ:全部ではない。
- 債権譲渡の通知は不可:対象は財産を減らす行為そのもの。
- 被告は受益者・転得者:債務者は被告にならず、訴訟告知をする。
- 効果は債務者にも及ぶ:425条。お金や動産なら自分に直接渡させられる(424条の9)。
- 期間は2年・10年:知った時から2年、行為の時から10年。
判例は「取り消せる・取り消せない」の結論と理由を組で、条文は被告・期間・効果を数字と主語で言えるようにしておきます。要件や効果は、40字程度で書いてみる練習の題材にもなります。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
まさとさんは、あやかさんへの借金を返せないまま父の相続人になった。まさとさんは、遺産をあやかさんに取られないよう、家庭裁判所で相続放棄をした。あやかさんは、この相続放棄を詐害行為として取り消すことができる。
答え:✕ 分かれ目は、相続放棄が財産を減らす行為といえるかです。最高裁昭和49年9月20日判決は、相続放棄は財産の増加を妨げるにすぎない身分行為で、取り消せるとすると相続の承認を強制するのと同じになるとして、詐害行為取消権の対象にならないとしました。正しくは、あやかさんは取り消せません。遺産分割協議なら、財産権を目的とする行為として取り消せる(平成11年6月11日判決)ので、混ぜないようにします。
問2(このサイトのオリジナル問題)
まさとさんは、弟のけんじさんとの遺産分割協議で、遺産の土地をすべてけんじさんが取得すると決めた。まさとさんには、あやかさんへの借金を返せる財産がほかにない。この遺産分割協議は、詐害行為取消権の対象となりうる。
答え:○ 分かれ目は、遺産分割協議が財産権を目的とする行為かです。最高裁平成11年6月11日判決は、共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、その性質上、財産権を目的とする法律行為であり、詐害行為取消権の対象になるとしました。相続に関する行為なので相続放棄と同じく取り消せない、と考えると✕に見えます。取り消せないとされたのは相続放棄(昭和49年判決)です。
問3(このサイトのオリジナル問題)
まさとさんは、離婚に伴い、元の妻に財産分与として1,500万円を払うと合意した。この額が768条3項の趣旨に反して不相当に過大で、財産分与にかこつけた処分といえる特段の事情がある。この場合、あやかさんは、この合意の全部を取り消すことができる。
答え:✕ 分かれ目は、取り消せる範囲です。最高裁平成12年3月9日判決は、財産分与の合意が不相当に過大で、仮託された財産処分といえる特段の事情があるときは、不相当に過大な部分について、その限度で取り消されるべきだとしました。正しくは、取り消せるのは過大な部分だけです。特段の事情がなければそもそも詐害行為にならない、という昭和58年12月19日判決の原則と合わせて覚えます。
民法の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「民法」で続けて解けます。
まとめ
- 詐害行為取消権は、裁判所に請求して行う。財産権を目的としない行為は対象外(424条2項)。
- 相続放棄は取り消せない。遺産分割協議は取り消せる。
- 離婚の財産分与は原則として取り消せず、不相当に過大な部分だけ取り消せる。
- 債権譲渡の通知は取り消せない。
- 被告は受益者・転得者。判決の効力は債務者と全債権者に及ぶ。期間は知った時から2年・行為の時から10年。
相続放棄と遺産分割のしくみは相続の記事と遺産分割の記事、財産分与は婚姻と離婚の記事で確かめられます。次に読むなら、内縁の判例の記事がおすすめです。財産分与の規定が、婚姻していない二人にどこまで使われるかが分かります。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、令和8年度試験の出題の基準日である令和8年4月1日時点の内容を、e-Gov法令検索で確かめています。
- e-Gov法令検索「民法」(166条、424条、424条の2、424条の3、424条の5〜424条の9、425条、426条):https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 昭和49年9月20日判決(昭和47(オ)1194)」:https://www.courts.go.jp/hanrei/54191/detail2/index.html
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 平成11年6月11日判決(平成10(オ)1077)」:https://www.courts.go.jp/hanrei/52217/detail2/index.html
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 昭和58年12月19日判決(昭和57(オ)798)」:https://www.courts.go.jp/hanrei/56354/detail2/index.html
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 平成12年3月9日判決(平成10(オ)560)」:https://www.courts.go.jp/hanrei/52225/detail2/index.html
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 平成10年6月12日判決(平成8(オ)1307)」:https://www.courts.go.jp/hanrei/52583/detail2/index.html
働く人の法律試験ノート