司法権の限界:部分社会の法理・統治行為・議院の自律と、判例が変更された場面

司法権の限界とは、裁判所が「この争いは裁判で決めない」とする場面のことです。裁判所は「一切の法律上の争訟を裁判」します(裁判所法3条1項)。逆に言えば、法律上の争訟にあたらない争いは裁判できません。さらに、法律上の争訟にあたっても、判例が裁判所の判断を控える場面があります。

ひとことで言うと、限界には2つの段があります。1段目は「そもそも法律上の争訟でない」(抽象的に法律の合憲性を問う、試験の合否、宗教上の教義が核心)。2段目は「法律上の争訟だが、判断を控える」(統治行為、議院の自律、団体の内部の問題=部分社会の法理)。試験では、どの判例がどちらの段で、裁判所が判断したかしなかったかが問われます。

違憲審査の仕組み全体は違憲審査権をわかりやすくで、国会・内閣・裁判所の関係は三権分立で扱っています。この記事は、裁判所が判断しない場面の判例に絞ります。

身近な例で考えるとどうなるか

大学生のりくさんと、市議会議員のはるなさんで考えます。

  1. りくさんは、ある授業の単位を認められなかった。納得できず、大学を相手に「単位を認めよ」と裁判を起こした。
  2. りくさんは、専攻科(大学卒業後に進む課程)の修了も認められなかった。こちらも裁判を起こした。
  3. はるなさんは、市議会から「出席停止」の懲罰を受け、議会に出られなくなった。はるなさんは、懲罰の取消しを求めて裁判を起こした。

判例によれば、1の単位の認定は、一般市民法秩序と直接の関係があるといえる特段の事情がない限り、裁判の対象になりません。大学の中で完結する問題だからです。一方、2の国公立大学の専攻科の修了認定は、裁判の対象になります。修了できるかどうかは、大学の内部だけの問題とはいえない、と判断されたからです。

3の出席停止は、昭和35年の判例では裁判の対象外でした。しかし令和2年に判例が変更され、今は裁判の対象になります。出席停止の間、議員は「議員としての中核的な活動」ができなくなるからです。

ただし本物のルールでは、裁判の対象になるとしても、大学や議会の判断がすぐに違法になるわけではありません。令和2年判決も、議会に一定の裁量が認められることを前提にしています。

条文ではどう決まっているか

  • 憲法76条1項:「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」
  • 憲法76条2項:「特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。」
  • 裁判所法3条1項:「裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。」

「法律上の争訟」の意味は、判例が決めています。板まんだら事件の判決は、法律上の争訟を「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であつて、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるもの」に限られるとしました。かみくだくと、次の2つの条件です。

  1. 具体的な争い:だれかの権利や義務、法律の関係があるかないかをめぐる、具体的な争いであること。
  2. 法律で決着がつく:法律を当てはめれば、最終的に答えが出せること。

判例では何が決まっているか

判例場面裁判所は判断したか一言
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最大判昭和27年10月8日(警察予備隊)具体的事件なしに法律の合憲性を問うしない抽象的な審査はできない
最判昭和41年2月8日(技術士試験)国家試験の合否しない法令の適用で決まらない
最判昭和56年4月7日(板まんだら)宗教上の教義が核心の寄付金返還しない法律上の争訟にあたらない
最大判昭和34年12月16日(砂川)日米安保条約の合憲性原則しない一見極めて明白に違憲無効でない限り
最大判昭和35年6月8日(苫米地)衆議院の解散の効力しない訴訟の前提問題としても審査権限の外
最大判昭和37年3月7日(警察法改正無効)法律を作った国会の議事手続しない両院の議事手続の適否に及ばない
最判昭和52年3月15日(富山大学・単位)大学の単位の認定原則しない特段の事情がない限り対象外
最判昭和52年3月15日(富山大学・専攻科)国公立大学の専攻科の修了認定する処分にもあたる
最判昭和63年12月20日(共産党袴田)政党の党員への処分原則しない内部的な問題にとどまる限り
最大判令和2年11月25日(出席停止)地方議会の議員の出席停止する昭和35年判決を変更

抽象的な審査はできない(最高裁判所大法廷 昭和27年10月8日判決)

  • 事案:具体的な争いを前提とせずに、最高裁判所に直接、法律などの合憲性の判断が求められた。
  • 結論:最高裁判所は、具体的事件を離れて抽象的に、法律・命令などが憲法に適合するかしないかを決定する権限を持たない。
  • まちがえやすい所:違憲審査は、具体的な争いの中で行う(付随的審査)。「最高裁判所は憲法裁判所としての権限も持つ」は誤りです。

試験の合否(最高裁判所第三小法廷 昭和41年2月8日判決)

  • 結論:技術士国家試験の合格・不合格の判定は、司法審査の対象とならない。
  • 理由の要点:試験の合否の判定は、学問または技術上の知識・能力・意見などの優劣・当否の判断を内容とする行為で、法令の適用によって解決するのに適さない。
  • まちがえやすい所:対象外とされたのは合否の判定そのものです。「合格点に達していたはず」という争いも、法律上の争訟にはあたりません。

宗教上の教義(最高裁判所第三小法廷 昭和56年4月7日判決、板まんだら事件)

  • 事案:宗教団体に寄付をした人たちが、寄付は錯誤(思い違い)によるものだとして、寄付金の返還を求めた。錯誤の中身は、本尊の「板まんだら」が本物かどうかなど、宗教上の問題だった。
  • 結論:形はお金の返還請求でも、信仰の対象の価値や宗教上の教義に関する判断が、訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のもので、紛争の核心となっている場合は、法律上の争訟にあたらない。
  • まちがえやすい所:「お金を返せという請求だから法律上の争訟」とは限りません。宗教上の判断が前提問題として核心にあるかで決まります。

統治行為(砂川事件と苫米地事件)

  • 砂川事件(最高裁判所大法廷 昭和34年12月16日判決):日米安全保障条約のような高度の政治性を持つ条約の合憲性は、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外」とした。
  • 苫米地事件(最高裁判所大法廷 昭和35年6月8日判決):衆議院の解散の効力は、訴訟の前提問題としても、裁判所の審査権限の外にあるとした。
  • まちがえやすい所:砂川事件には「一見極めて明白に違憲無効」という例外の余地があります。苫米地事件には、その留保がありません。二つの言い回しを入れ替える肢に注意します。

議院の自律(最高裁判所大法廷 昭和37年3月7日判決、警察法改正無効事件)

  • 事案:警察法が成立したときの国会の議事手続に問題があったとして、その法律に基づく警察予算の支出の禁止が、住民の訴訟で求められた。
  • 結論:裁判所の法令審査権は、国会の両院における法律制定の議事手続の適否には及ばない。
  • まちがえやすい所:法律の中身の合憲性は審査できます。審査が及ばないのは、両院での議事手続の適否です。

部分社会の法理:大学(最高裁判所第三小法廷 昭和52年3月15日判決、富山大学事件)

同じ日に、同じ大学をめぐる二つの判決が出ています。

  • 単位の認定:大学における授業科目の単位授与(認定)行為は、一般市民法秩序と直接の関係を有するものであることを肯認するに足りる特段の事情のない限り、司法審査の対象にならない。
  • 専攻科の修了認定:国公立大学における専攻科修了認定行為は、司法審査の対象になる。行政事件訴訟法3条の処分にもあたる。
  • まちがえやすい所:「大学の中の問題はすべて対象外」は誤りです。単位は原則対象外、専攻科の修了は対象、と結論が分かれます。

部分社会の法理:政党(最高裁判所第三小法廷 昭和63年12月20日判決、共産党袴田事件)

  • 事案:政党から処分を受けた元党員に対し、政党が家屋の明渡しなどを求めた。
  • 結論:政党が党員にした処分は、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権が及ばない。審判権が及ぶ場合も、処分の当否は、政党が自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限りその規範に照らし、規範がないときは条理に基づいて、適正な手続にのっとってされたかによって決める。
  • まちがえやすい所:審判権が及ぶ場合でも、裁判所が見るのは、規範に照らして適正な手続にのっとったかどうかです。処分の中身を裁判所が一から判断し直すわけではありません。

判例変更:地方議会の出席停止(昭和35年10月19日判決 → 令和2年11月25日判決)

  • 昭和35年判決(最高裁判所大法廷):地方議会の議員に対する出席停止の懲罰議決の適否は、裁判権の外にあるとした。
  • 令和2年判決(最高裁判所大法廷):普通地方公共団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰の適否は、司法審査の対象となるとした。出席停止の間、議員は「議員としての中核的な活動をすることができず,住民の負託を受けた議員としての責務を十分に果たすことができなくなる」からである。そのうえで、「これと異なる趣旨をいう所論引用の当裁判所大法廷昭和35年10月19日判決その他の当裁判所の判例は,いずれも変更すべきである」とした。
  • まちがえやすい所:古い教材では「出席停止は対象外」と書かれていることがあります。今の判例は「対象となる」です。ただし、令和2年判決も、議会に一定の裁量が認められるべきことを前提にしています。地方議会の仕組みは議会と長の関係で扱っています。

当てはまる例・当てはまらない例

  1. 判断しない(1段目):りくさんが「ある法律は違憲だ」と、自分の具体的な権利の争いなしに最高裁判所に確認を求めた。抽象的な審査はできません(昭和27年判決)。
  2. 判断しない(1段目):国家試験で不合格になった人が、「自分の答案は合格点のはずだ」と合否の変更を求めた。合否の判定は司法審査の対象になりません(昭和41年判決)。
  3. 判断しない(2段目):解散で議員の地位を失った人が、解散は無効だとして、任期の残りの歳費の支払を求めた。解散の効力は、訴訟の前提問題としても審査権限の外です(昭和35年6月判決)。
  4. 判断する(ひっかけやすい):りくさんが、国公立大学の専攻科の修了を認められなかった。修了認定は司法審査の対象で、処分にもあたります(昭和52年判決)。
  5. 判断する(判例変更):はるなさんが市議会から出席停止の懲罰を受けた。今の判例では、懲罰の適否は司法審査の対象です(令和2年判決)。

似ているルールとどう違うか

比べる組一方もう一方
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統治行為の言い回し砂川:一見極めて明白に違憲無効と認められない限り範囲外苫米地:前提問題としても審査権限の外
大学単位の認定:特段の事情がない限り対象外専攻科の修了認定:対象。処分にもあたる
地方議会の出席停止昭和35年:裁判権の外令和2年:司法審査の対象(判例変更)
団体の内部の処分内部的な問題にとどまる限り:審判権が及ばない市民法上の権利にかかわる:及ぶが、手続の適正を見る

覚え方は、「外の社会に響くかどうか」です。単位は大学の中で完結しますが、専攻科の修了は社会での資格にかかわります。出席停止は、住民から選ばれた議員の活動そのものを止めるので、外に響くと判断されました。

試験ではここをまちがえやすい

  • 判例変更を見落とす型:「出席停止の懲罰は司法審査の対象とならないとするのが判例」は、令和2年判決の後は誤りです。
  • 統治行為の言い回しを入れ替える型:「一見極めて明白に違憲無効」は砂川事件(条約)の言葉。苫米地事件(解散)は、留保なしに審査権限の外です。
  • 形で決める型:板まんだら事件は、お金の返還請求という形でも、宗教上の判断が核心なら法律上の争訟にあたらないとしました。
  • 大学の結論を一つにまとめる型:単位は原則対象外、専攻科の修了認定は対象。同じ日の二つの判決です。
  • 政党の処分の審理の中身をずらす型:審判権が及ぶ場合も、処分の当否は、原則として政党の規範に照らした手続の適正で決まります。
  • 議院の自律の範囲を広げる型:及ばないのは議事手続の適否です。法律の中身の合憲性は審査できます。

行政書士試験では、5肢択一式で判例の結論(判断した・しなかった)を入れ替える形や、多肢選択式で「一般市民法秩序」「法律上の争訟」「一見極めて明白」などの判決の言葉を補わせる形が考えられます。法令そのものを違憲とした判決は違憲判決の一覧でまとめています。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
国立大学の学生りくさんが、専攻科の修了の認定を受けられなかったとして、その認定をしないことの違法を争う訴えを起こした。この場合、専攻科の修了の認定は、司法審査の対象となる。

答え:○ 分かれ目は、単位の認定か、専攻科の修了の認定かです。最高裁判所第三小法廷昭和52年3月15日判決(昭和46年(行ツ)第53号)は、国公立大学における専攻科修了認定行為は司法審査の対象になり、行政事件訴訟法3条の処分にもあたるとしました。大学の内部の問題なので✕と考えがちですが、同じ日の別の判決が「特段の事情のない限り司法審査の対象にならない」としたのは、授業科目の単位の認定です。

問2(このサイトのオリジナル問題)
宗教団体の元会員Aが、本尊が本物でないと知っていれば寄付しなかったとして、錯誤を理由に寄付金の返還を求めた。この訴えは金銭の返還を求めるものであるから、本尊が本物かどうかの判断が紛争の核心となっていても、法律上の争訟にあたる。

答え:✕ 分かれ目は、宗教上の判断が紛争の核心かどうかです。最高裁判所第三小法廷昭和56年4月7日判決は、信仰の対象の価値や宗教上の教義に関する判断が、訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のもので紛争の核心となっている場合は、金銭の請求の形をとっていても、法律上の争訟にあたらないとしました(裁判所法3条1項)。正しくは、この訴えは法律上の争訟にあたりません。請求の形(お金を返せ)だけで判断すると○にしてしまいます。

問3(このサイトのオリジナル問題)
衆議院の解散の効力が訴訟の前提問題として争われた事件で、最高裁判所は、解散が一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の審査権の範囲外にあるとした。

答え:✕ 分かれ目は、判決の言い回しです。衆議院の解散について、最高裁判所大法廷昭和35年6月8日判決(苫米地事件)は、解散の効力は訴訟の前提問題としても裁判所の審査権限の外にあるとし、「一見極めて明白に違憲無効」という留保は付けていません。正しくは、留保なしに審査権限の外です。その留保は、日米安全保障条約の合憲性についての最高裁判所大法廷昭和34年12月16日判決(砂川事件)の言葉で、二つを取り違えると○にしてしまいます。

この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「憲法」で続けて解けます。

まとめ

  • 裁判所が扱うのは法律上の争訟(具体的な権利義務の争いで、法令の適用で終局的に解決できるもの)。抽象的な審査、試験の合否、宗教上の教義が核心の争いは扱わない。
  • 統治行為:砂川事件は「一見極めて明白に違憲無効と認められない限り」範囲外、苫米地事件は前提問題としても審査権限の外。
  • 議院の自律:両院の議事手続の適否には審査が及ばない(警察法改正無効事件)。
  • 部分社会:大学の単位は原則対象外、専攻科の修了認定は対象。政党の処分は内部の問題にとどまる限り対象外で、及ぶときも手続の適正を見る。
  • 地方議会の出席停止は、令和2年判決で司法審査の対象に変わった(昭和35年判決を変更)。

次に読むなら、条例と規則をわかりやすくがおすすめです。出席停止の判例変更の舞台になった地方議会と、地方公共団体が作るルールの関係をあわせて確かめられます。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

判例は裁判所ウェブサイトで裁判所・年月日・裁判要旨を確かめ、判決の言葉は判決全文で確かめています。条文は、令和8年4月1日時点で施行されている内容を、e-Gov法令検索で確かめています。