契約締結上の過失:契約を結ぶ前の説明不足や交渉の打ち切りで、損害賠償を求められるか

ひとことで言うと、契約締結上の過失(けいやくていけつじょうのかしつ)は、契約を結ぶ前の話し合いの段階でも、相手に損害を与えたら賠償の責任を負うことがある、という考え方です。民法にはこの名前の条文がありません。判例は、民法1条2項の信義則(しんぎそく=相手の信頼を裏切らないよう誠実にふるまう決まり)を手がかりにしています。

判例の場面は大きく2つです。①契約の準備を進めさせたのに、自分の都合で契約を結ばなかった場合。②契約の前に大事なことを説明せず、相手に契約を結ばせた場合です。②について、最高裁判所は「不法行為の責任を負うことはあっても、契約上の債務の不履行の責任は負わない」としました。この違いは、消滅時効の期間に効いてきます。

この記事では、この2つの判例と、条文との結びつきを扱います。債務不履行の基本は債務不履行をわかりやすく、不法行為の基本は不法行為をわかりやすくで説明しています。条文は、令和8年度の行政書士試験の基準日(令和8年4月1日)時点のものを e-Gov 法令検索で確かめました。

身近な例で考えると

登場人物は次のとおりです(架空の話です)。

人物立場したこと
みおさん買いたい人新しいマンションの1階で料理教室を開きたい
ひかり建設売りたい会社マンションを建てて売る
ゆうきさん出資した人知り合いの会社に勧められて出資した
あおば商会出資を勧めた会社経営が苦しいことを話さなかった

場面1:準備を進めさせて、契約しなかった

  1. みおさんは、ひかり建設と1階の部屋を買う話し合いを始めた。
  2. みおさんは「料理教室に使うので、台所の配置をこう変えてほしい」と図面を渡した。
  3. みおさんは「このままでは電気が足りない」とも言い、ひかり建設が電気の設備を大きくする工事をすることを、そのまま認めた。
  4. ひかり建設は、みおさんの話に合わせて設計を変え、工事をした。
  5. 話し合いから半年後、みおさんは自分の都合で「やはり買わない」と言い、契約は結ばれなかった。

契約は結ばれていないので、みおさんに「代金を払う義務」はありません。それでも、ひかり建設は、みおさんのために工事の費用を出しています。判例は、このような事情があるときは、買いたい側が、契約の準備段階での信義則上の注意義務に違反したとして、相手が工事のために受けた損害を賠償する責任を負うとしました。

場面2:大事なことを話さずに、契約を結ばせた

  1. あおば商会は、自分の経営がとても苦しく、つぶれるおそれがあると分かっていた。
  2. それを話さないまま、ゆうきさんに出資を勧めた。
  3. ゆうきさんは出資の契約を結び、お金を払った。
  4. その後、あおば商会は経営が立ち行かなくなり、ゆうきさんの出資は戻らなくなった。

この場面では、契約は結ばれています。では、ゆうきさんは「契約の義務に違反した」と言えるのでしょうか。判例の答えは「いいえ」です。契約を結ぶかどうかを決めるための説明は、契約の前の話で、契約から生まれる義務ではないからです。ゆうきさんが言えるのは、不法行為の責任です。

たとえるなら、契約の前の話し合いは「入るかどうか迷っているお店の入口」です。入口で相手をだますようなことをすれば、入る前でも責任が生じます。ただし本物のルールでは、入口での責任は「契約の責任」ではありません。ここがたとえだけでは分かりにくい点です。

条文ではこう決まっている

契約締結上の過失という名前の条文はありません。手がかりになる条文は次のとおりです。

  • 信義則(1条2項):「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」
  • 契約の自由(521条1項):何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決められる。だから、話し合いを途中でやめること自体は、原則として自由です。
  • 不法行為(709条):故意または過失で、他人の権利や法律上保護される利益を侵害した人は、生じた損害を賠償する。
  • 債務不履行(415条1項):債務者が債務の本旨に従った履行をしないとき、債権者は損害の賠償を請求できる。ここでいう債務は、契約などから生まれた義務です。
  • 不法行為の消滅時効(724条):損害と加害者を知った時から3年(1号)、不法行為の時から20年(2号)。人の生命・身体を害したときは、3年が5年になる(724条の2)。
  • 債権の消滅時効(166条1項):権利を行使できることを知った時から5年(1号)、権利を行使できる時から10年(2号)。

平成29年に成立した債権法の改正(令和2年4月1日施行)でも、この点の条文は置かれていません。改正の検討の途中の「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」(平成25年2月26日に法制審議会の部会が決定)には、「第27 契約交渉段階」として「契約締結の自由と契約交渉の不当破棄」「契約締結過程における情報提供義務」の2つの案が載っていました。今の民法には、どちらも条文としてありません。試験では、判例の結論と、使う条文(1条2項・709条・415条)を結びつけて覚えます。

2つの判例は場面をどう分けたか

場面判例結論
準備を進めさせて契約しなかった最高裁 昭和59年9月18日判決信義則上の注意義務違反として、相手の損害を賠償する
説明しないまま契約を結ばせた最高裁 平成23年4月22日判決不法行為の責任はありうるが、債務不履行の責任は負わない

昭和59年の判決(交渉の打ち切り)

最高裁判所第三小法廷の昭和59年9月18日判決(昭和59年(オ)第152号)は、マンションの購入希望者が、交渉の中で歯科医院に使うためのスペースについて注文を出し、電気の容量不足を指摘し、売却予定者が設計変更と施工をすることを認めながら、交渉開始から6か月後に自分の都合で契約を結ばなかった事案です。判決は、このような事情があるときは、購入希望者は契約の準備段階における信義則上の注意義務に違反したとして、売却予定者が設計変更と施工をしたために受けた損害を賠償する責任を負うとしました。

この判決は、判示事項が「責任が認められた事例」とされている、事例の判断です。「交渉をやめれば、いつでも賠償の責任を負う」という意味ではありません。相手に準備を進めさせた事情があることが、結論を支えています。

平成23年の判決(契約前の説明義務違反)

最高裁判所第二小法廷の平成23年4月22日判決(平成20年(受)第1940号)は、契約の一方の当事者が、契約を結ぶ前に、信義則上の説明義務に違反して、契約を結ぶかどうかの判断に影響する情報を相手に伝えなかった場合について、相手が契約を結んだことで受けた損害は、不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別、契約上の債務の不履行による賠償責任は負わない、としました。この事件では、信用協同組合が経営破綻の危険を説明しないまま出資を勧めたことが問題になりました。

理由は、説明義務に違反したために相手が本来なら結ばなかった契約を結んだ場合、あとで結ばれた契約は「説明義務の違反によって生じた結果と位置付けられる」ので、その説明義務を契約から生じた義務だというのは「一種の背理である」というものです。原審(高等裁判所)は、契約上の付随義務の違反として債務不履行の責任も認めていましたが、最高裁はこれを退けました。判決は、この損害賠償請求権は不法行為によるものなので、当時の724条前段の3年の消滅時効が適用されることになる、とも述べています。

当てはまる例・当てはまらない例

  • 当てはまる例:場面1のみおさん。契約はないが、自分の注文で相手に工事をさせ、自分の都合で契約しなかった。信義則上の注意義務違反として、工事のために生じた損害を賠償する責任を負うことがある(昭和59年判決)。
  • 当てはまらない例:みおさんが、ひかり建設に何も注文せず、パンフレットをもらって話を聞いただけで、買わないと決めた。521条1項のとおり、契約をするかどうかは自由で、ひかり建設に特別の準備をさせた事情もありません。
  • ひっかけやすい例:場面2のゆうきさん。出資の契約を結んでいるので「契約違反(債務不履行)で請求できる」と考えがちです。判例は、契約前の説明義務違反は債務不履行ではないとしました。請求の根拠は不法行為(709条)です(平成23年判決)。
  • ひっかけやすい例:場面2で、ゆうきさんが損害と加害者を知ってから4年たって請求した。債務不履行なら知った時から5年ですが、不法行為なので知った時から3年です(724条1号)。根拠の違いが、時効の違いになります。

似ているルールとの違い

契約前の説明義務違反を「不法行為」とするか「債務不履行」とするかで、次の点が変わります(人の生命・身体の侵害ではない、財産の損害の場合)。

比べる点不法行為(709条)債務不履行(415条)
もとになる義務だれに対しても負う注意義務契約などから生まれた債務
時効(知った時から)損害と加害者を知って3年(724条1号)行使できると知って5年(166条1項1号)
時効(客観的な起算点)不法行為の時から20年(724条2号)行使できる時から10年(166条1項2号)
契約前の説明義務違反この根拠で請求できることがあるこの根拠では請求できない(平成23年判決)

賠償の範囲について、教科書では「契約が有効に成立すると信じたために出した費用(信頼利益〔しんらいりえき〕)」で説明することが多いです。ただし、これは学説の説明で、2つの判決の要旨にこの言葉はありません。試験の正誤は、判例の結論と条文で決めます。

宅建業法の重要事項の説明(35条)は、宅建業者が契約の前に説明する、法律で決められた義務です。この記事の「信義則上の説明義務」とは別の話です。宅建業者の義務の中身は重要事項説明の記事で扱っています。

試験ではここをまちがえやすい

  • 根拠の入れ替え:契約前の説明義務違反を「債務不履行(415条)」とする形。判例は不法行為で、債務不履行の責任は負わないとしました。
  • 時効の入れ替え:不法行為の時効に、債権の「5年・10年」(166条1項)を当てる形。不法行為は「3年・20年」(724条)。人の生命・身体の侵害なら3年が5年(724条の2)。
  • 射程の広げすぎ:「交渉をやめた人は、常に賠償の責任を負う」とする形。契約をするかどうかは自由(521条1項)で、昭和59年判決は、相手に準備を進めさせた事情がある事例の判断です。
  • 条文があると思わせる形:「契約締結上の過失は民法に定められている」とする形。今の民法に、この名前の条文はありません。

時効の期間の数え方そのものは時効をわかりやすくで、完成猶予・更新とあわせて整理しています。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
みおさんは、マンションを買う交渉の中で、自分の店に合わせた設備の変更を求め、売主のひかり建設がその工事をすることを認めたのに、自分の都合で契約を結ばなかった。この場合、契約が成立していなくても、みおさんは、その工事でひかり建設に生じた損害を賠償する責任を負うことがある。

答え:○ 分かれ目は、契約がなくても責任が生じるかです。最高裁判所第三小法廷昭和59年9月18日判決は、購入希望者が売却予定者に設計変更と施工を認めながら、自分の都合で契約を結ばなかった事案で、契約の準備段階における信義則上の注意義務の違反として賠償責任を認めました。契約をするかどうかは自由(521条1項)なので✕に見えますが、相手に準備を進めさせた事情が結論を分けています。準備をさせた事情がなければ、話し合いをやめるだけで責任を負うわけではありません。

問2(このサイトのオリジナル問題)
あおば商会は、経営破綻のおそれを説明すべき信義則上の義務に違反して、ゆうきさんに出資を勧め、ゆうきさんは出資の契約を結んだ。判例によれば、ゆうきさんは、あおば商会に対し、出資契約上の債務の不履行を理由として損害賠償を請求することができる。

答え:✕ 分かれ目は、請求の根拠です。最高裁判所第二小法廷平成23年4月22日判決は、契約の締結に先立つ説明義務違反について、不法行為の責任を負うことがあるのは格別、契約上の債務の不履行の責任は負わないとしました。正しくは、ゆうきさんが使える根拠は不法行為(709条)です。契約が結ばれた以上は契約上の付随義務の違反になる、という考え方(この事件の原審)と取り違えた形です。

問3(このサイトのオリジナル問題)
問2の場面で、ゆうきさんの損害は財産上のものである。ゆうきさんの損害賠償請求権は、損害と加害者を知った時から5年間行使しないときに、時効によって消滅する。

答え:✕ 分かれ目は、時効の期間です。問2の請求権は不法行為によるもので、損害と加害者を知った時から3年間行使しないと時効で消滅します(724条1号)。正しくは3年です。5年は、債権一般の「権利を行使できることを知った時から5年」(166条1項1号)や、人の生命・身体を害した不法行為の期間(724条の2)で、それと取り違えた形です。

この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「民法」で続けて解けます。

まとめ

  • 契約締結上の過失は、民法に条文のない考え方。判例は信義則(1条2項)や不法行為(709条)で説明する。
  • 交渉の打ち切り:相手に準備を進めさせて自分の都合で契約しなかった事例で、信義則上の注意義務違反として賠償責任を認めた(最高裁 昭和59年9月18日判決)。
  • 契約前の説明義務違反:不法行為の責任はありうるが、債務不履行の責任は負わない(最高裁 平成23年4月22日判決)。
  • 時効:不法行為は知った時から3年・行為の時から20年(724条)。債権一般は5年・10年(166条1項)。
  • 契約をするかどうかは自由(521条1項)。交渉をやめるだけで責任が生じるわけではない。

このサイトで次に読むなら、不法行為をわかりやすくです。契約前の説明義務違反の請求の根拠になる709条の要件と、賠償の範囲がつながります。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

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