ひとことで言うと、公序良俗(こうじょりょうぞく=社会の秩序と、まっとうな道徳)に反する約束は、はじめから効力がありません。民法90条は「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。」と定めています。どんな約束が当たるかは条文に並んでいないので、裁判所が場面ごとに判断してきました。
90条の文言は、令和2年4月1日施行の民法の改正(平成29年法律第44号)で変わりました。改正前は「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。」で、改正後は「事項を目的とする」がなくなっています。条文は、令和8年度の行政書士試験の基準日(令和8年4月1日)時点のものと改正前のものを、e-Gov 法令検索で確かめました。
この記事は、90条の要件と効果、暴利行為と動機の不法の考え方、不法な条件(132条)、そして返還を止める708条とのつながりを扱います。708条の判例は不法原因給付の記事に任せます。
身近な例で考えると
登場人物はすべて架空です。
| 人物 | 立場 | この話での役 |
|---|---|---|
| そうたさん | お金に困っていた人 | 急いで30万円を借りたい |
| まさきさん | お金を貸す人 | きびしい条件を出した |
| ゆいさん | そうたさんの知人 | 使い道を知ってお金を貸した |
- そうたさんは、どうしても今日中に30万円が必要だった。まさきさんは、その事情を知ったうえで「返済が1日でも遅れたら、そうたさんの持つ2,000万円の土地をもらう」という条件を付けて貸した。
- この条件は、相手の苦しい立場につけこんで、貸したお金に比べて著しく大きな利益を得ようとするものです。教科書で「暴利行為」と呼ばれ、90条で無効とされうる場面の一つです。
- 別の日、そうたさんは、賭け事に使うつもりで、ゆいさんからお金を借りた。ゆいさんは、その使い道を聞いて知っていた。お金を貸す約束そのものは、ふつうの消費貸借です。使い道(動機)が不法なときにどう扱うかが問題になります(下の「動機の不法」)。
たとえるなら、90条は「社会の土台を壊す約束には、法律が力を貸さない」というルールです。ただし本物のルールでは、どこからが「社会の土台を壊す」かは、条文ではなく、時代や事情を見た裁判所の判断で決まります。判断には時代の考え方も入ります。下の平成18年判決は「遅くとも平成4年以降においては」と時期を区切っています。
条文ではこう決まっている
- 90条(公序良俗):公の秩序または善良の風俗に反する法律行為は、無効。要件は「法律行為であること」と「公の秩序または善良の風俗に反すること」です。
- 91条(任意規定と異なる意思表示):当事者が、法令の中の公の秩序に関しない規定(任意規定)と違う意思を表示したときは、その意思に従う。裏から読むと、公の秩序に関する規定(強行規定)は、当事者の約束で変えられません。
- 92条(任意規定と異なる慣習):任意規定と違う慣習があり、当事者がその慣習による意思を持っていると認められるときは、その慣習に従う。
- 119条(無効な行為の追認):無効な行為は、追認しても効力を生じない。ただし、無効と知って追認したときは、新たな行為をしたものとみなす。
- 132条(不法条件):不法な条件を付けた法律行為は無効。不法な行為をしないことを条件とするものも、同じく無効。
- 708条(不法原因給付):不法な原因のために給付をした人は、その返還を請求できない。ただし、不法な原因が受け取った人だけにあったときは請求できる。
119条ただし書で「新たな行為」とみなされても、その中身が公序良俗に反したままなら、新たな行為もまた90条で無効です。無効と取消しの違い(だれが・いつまで主張できるか)は無効と取消しの記事にまとめています。
どんな約束が当たるか:場面ごとの表
教科書は、公序良俗違反をいくつかの類型に分けて説明しています。分け方と数は教科書によって違うので、ここでは代表的な場面を並べ、裁判所ウェブサイトで確かめた判例があるものだけ判例を添えます。
| 場面 | 例(架空) | 確かめた判例・条文 |
|---|---|---|
| 道徳に反する | 不倫の関係を続けるための贈与 | 90条・708条(不法原因給付の記事) |
| 個人の自由を強くしばる | 前借金で縛って働かせる契約 | 最判昭和30年10月7日 |
| 不合理な差別 | 性別だけで資格を分ける会則 | 最判平成18年3月17日 |
| 射幸性が強い | 賭け事の負けを払う約束 | 90条 |
| 暴利行為 | 窮状につけこむ過大な担保 | 90条 |
| 不法な条件 | 罪を犯さなければお金をあげる | 132条 |
射幸性(しゃこうせい)は、偶然の当たり外れで大きな得をねらう性質のことです。表の判例のうち2件を、次に見ます。
前借金と働く契約(最高裁判所第二小法廷 昭和30年10月7日判決)
判決は、前借金と結びついた働く契約(判決の言葉では「酌婦としての稼働契約」)が公序良俗に反し無効である場合には、これに伴い消費貸借の名目で渡されたお金の返還請求は許されないとしました(裁判要旨。参照法条は90条・708条)。判決全文によると、実質的に見れば、そのお金は働かせる対価として前借金の名目で受け取られたもので、受け取りと働くこととは「密接に関連して互に不可分の関係」にあるとされました。そのため、契約の一部の無効は契約全部の無効をもたらし、お金の貸し借りの部分だけを有効として残すことはできない、という判断です。返還については、不法な原因が受け取った側だけにあったとはいえないとして、708条本文で請求を認めませんでした。
入会集団の会則(最高裁判所第二小法廷 平成18年3月17日判決)
入会権者の資格を原則として男子孫に限り、地区の住民以外の男性と結婚した女子孫は離婚して旧姓に戻らない限り資格を認めない会則の部分について、判決は、遅くとも平成4年以降においては、性別のみによる不合理な差別として民法90条により無効としました。一方、資格を一家の代表者としての世帯主に限る部分は、現在においても公序良俗に反するものということはできない、としています。事件の背景は入会権の記事にあります。
暴利行為と動機の不法はどう考えるか
- 暴利行為:民法に「暴利行為」という言葉の条文はありません。教科書では、相手の苦しい立場・軽はずみ・経験の少なさにつけこみ、著しく過大な利益を得る行為と説明され、90条の一つの場面として扱われます。お金に困った人に、借りた額に比べて大きすぎる担保を差し出させる約束が、その典型として挙げられます。
- 動機の不法:約束の中身はふつうでも、その目的(動機)が不法な場合です。民法に条文はなく、動機が相手に示されていたか、相手が知っていたかといった事情を考えて90条に当たるかを判断する、という説明が教科書でされています。どこで線を引くかは考え方が分かれます。上の例のゆいさんは、借りる人の不法な使い道を知っていた場面です。
- 不法な条件(132条):「罪を犯したらお金をあげる」だけでなく、「罪を犯さなければお金をあげる」も無効です。不法な行為をするかしないかを、お金と結びつける約束そのものが許されない、と考えるとつかみやすくなります。
当てはまる例・当てはまらない例
- 当てはまる例:そうたさんが、友人との賭け事に負けた10万円を払うと約束した。賭け事の負けを払う約束は公序良俗に反し、無効です。相手は「約束どおり払え」と請求できません。
- 当てはまる例(不法条件):ゆいさんが、知人に「1年間、人の物を盗まなかったら5万円あげる」と約束した。不法な行為をしないことを条件とする約束なので、無効です(132条後段)。
- 当てはまらない例:契約で、民法の任意規定と違う支払の時期を決めた。任意規定と違う約束は、その意思に従います(91条)。任意規定と違うだけで90条違反にはなりません。
- ひっかけやすい例:無効だと知ったうえで、当事者が「やはりこの約束でいこう」と追認した。追認しても、もとの約束は有効になりません。知って追認したときは新たな行為とみなされますが(119条ただし書)、中身が公序良俗に反したままなら、新たな行為も無効です。
似ているルールとの違い:90条と708条の組み合わせ
| 場面 | 90条で | 708条で |
|---|---|---|
| まだ渡していない | 約束は無効で、履行を請求できない | 出番なし(給付がない) |
| もう渡した | 約束は無効 | 返還を請求できない |
| 受け取った側だけが不法 | 約束は無効 | 返還を請求できる(ただし書) |
90条は「約束の効力」を、708条は「渡した物を取り戻せるか」を決めます。90条で無効になっても、708条で取り戻せない、という組み合わせになる場面があります。消費者を守る法律による取消しや、定型約款の条項の扱いは別のルールで、定型約款の記事で扱っています。
試験ではここをまちがえやすい
- 改正後の文言:いまの90条は「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。」。「事項を目的とする」は改正前の文言です。
- 無効と取消しの入れ替え:公序良俗違反は「無効」。「取り消すことができる」とする形は誤りです。
- 追認の効果:無効な行為は追認しても効力を生じない(119条)。取り消せる行為の追認(取り消せなくなる)と混ぜない。
- 132条後段:不法な行為を「しない」ことを条件とするものも無効。前段だけ覚えていると逆にしてしまいます。
- 判例の結論を広げない:平成18年判決が無効としたのは、男子孫に限る部分。世帯主に限る部分は公序良俗に反しないとしています。
- 前借金:働く契約が公序良俗に反し無効なら、それに伴って消費貸借の名目で渡したお金の返還請求も許されない(昭和30年判決)。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
ゆうきさんは、後輩に「これから1年間、万引きをしなかったら5万円をあげる」と約束した。この贈与の約束は、民法上、無効である。
答え:○ 分かれ目は、132条の後段です。132条は、不法な条件を付けた法律行為を無効とし、「不法な行為をしないことを条件とするものも、同様とする」としています。万引きをしないのはもともと守るべきことなので、それに対価を払う約束も無効です。よい行いをすすめる約束だから有効、と考えると✕にしてしまいます。前段の「不法な条件」だけを覚えていると取り違える形です。
問2(このサイトのオリジナル問題)
入会集団の会則のうち、入会権者の資格を原則として男子孫に限る部分を民法90条により無効とした最高裁判所の判決は、同じ会則のうち資格を一家の代表者である世帯主に限る部分については、現在においても公序良俗に反するとはいえないとした。
答え:○ 分かれ目は、同じ会則の中で結論が分かれた点です。最高裁判所第二小法廷平成18年3月17日判決は、男子孫に限る部分を、遅くとも平成4年以降は性別のみによる不合理な差別として90条により無効とする一方、世帯主に限る部分は、現在においても公序良俗に反するものということはできないとしました。資格を限る会則は全部無効になった、と結論を広げると✕にしてしまいます。
問3(このサイトのオリジナル問題)
前借金としてお金を渡し、その返済のために働くことを約束させる契約で、働く約束の部分が公序良俗に反し無効とされた。この場合でも、渡したお金については消費貸借の部分だけを有効として、渡した人は返還を請求することができるとするのが判例である。
答え:✕ 分かれ目は、働く契約と貸し借りを切り離すかです。最高裁判所第二小法廷昭和30年10月7日判決は、前借金と結びついた働く契約(判決の言葉では酌婦としての稼働契約)が公序良俗に反し無効である場合には、これに伴い消費貸借名義で交付された金員の返還請求は許されないとしました。判決は、お金の受け取りと働くことが密接に関連して不可分なので、一部の無効は契約全部の無効をもたらすとしています。正しくは、返還を請求できません。貸し借りだけは独立した有効な契約、と形式で分けた形が取り違えです。返還を止める根拠として、判決の参照法条には708条が挙がっています。
この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「民法」で続けて解けます。
まとめ
- 公の秩序または善良の風俗に反する法律行為は無効(90条)。令和2年4月施行の改正で「事項を目的とする」がなくなった。
- 無効な行為は追認しても効力を生じない(119条)。不法な行為をしないことを条件とするものも無効(132条)。
- 暴利行為・動機の不法は条文になく、90条の当てはめとして考える。類型の分け方は教科書で違う。
- 渡した物は708条で取り戻せないことがある。前借金の返還請求は許されない(昭和30年判決)。
- 入会集団の会則:男子孫に限る部分は無効、世帯主に限る部分は有効(平成18年判決)。
このサイトで次に読むなら、不法原因給付の記事です。90条で無効になったあと、渡した物がだれのものになるかまで確かめられます。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点のものと、90条の改正前のもの(令和2年3月1日時点)を確かめました。判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項・裁判要旨を確かめました。
- e-Gov法令検索「民法」(90条〜92条、119条、132条、708条)
- 法務省「民法の一部を改正する法律(債権法改正)について」(一部の規定を除き令和2年4月1日施行)
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 昭和30年10月7日判決(昭和28年(オ)第622号)」(酌婦としての稼働契約に伴い消費貸借名義で交付された金員の返還請求の許否)
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 平成18年3月17日判決(平成16年(受)第1968号)」(入会集団の会則の資格要件と民法90条)
働く人の法律試験ノート