ひとことで言うと、遺留分侵害額請求(いりゅうぶんしんがいがくせいきゅう)は、遺言や生前の贈与のせいで遺留分(いりゅうぶん=相続人に最低限残される取り分)に足りなくなった相続人が、遺贈や贈与を受けた人に、足りない分のお金を払うよう求めることです(民法1046条1項)。物そのものを取り戻すのではなく、お金で精算します。
この記事では、請求の計算・相手の順番・期限を扱います。遺留分がだれにどれだけあるかの一覧は相続の記事に任せ、ここでは計算に要る範囲だけ触れます。調停などの手続と費用は扱いません。条文は、令和8年4月1日時点の民法を e-Gov 法令検索で確かめています。
身近な例で考えると
| 人物 | 立場 | したこと・受けたもの |
|---|---|---|
| まさおさん | 被相続人(配偶者はいない) | 遺言を残した |
| たけるさん | 長男(相続人) | 遺言で自宅と預金の遺贈を受けた。6年前に生計の資本として400万円の贈与も受けた |
| りょうさん | 次男(相続人) | 何も受けていない |
| えみさん | まさおさんの知人(相続人ではない) | 3年前に200万円の贈与を受けた |
まさおさんの相続が始まった時の財産は、自宅3,000万円と預金1,000万円、借金はありません。遺言は「自宅と預金をすべてたけるさんに遺贈する」でした。りょうさんは何も受け取れないことになります。
りょうさんは、自分の遺留分に足りない額を、遺贈を受けたたけるさんにお金で請求できます。いくらになるかは、次の順で計算します。
計算の例
- 算定の基礎(1043条・1044条):相続開始の時の財産4,000万円+算入する贈与-借金0円。たけるさんへの400万円は、相続人への生計の資本としての贈与で10年以内なので入る。えみさんへの200万円は、相続人でない人への1年より前の贈与なので、原則として入らない。基礎は4,000万円+400万円=4,400万円。
- りょうさんの遺留分(1042条):相続人が子だけなので割合は2分の1。子2人の相続分は各2分の1(900条4号)。4,400万円×1/2×1/2=1,100万円。
- 侵害額(1046条2項):遺留分1,100万円から、りょうさんが受けた遺贈・特別受益(0円)と、遺産から取得すべき額(0円。遺産は全部遺贈された)を引き、承継する借金(0円)を足す。1,100万円。
- だれが払うか(1047条):受遺者のたけるさんが先に負担する。相続人である受遺者の上限は、遺贈の価額4,000万円から、たけるさん自身の遺留分1,100万円を引いた2,900万円。1,100万円はこの範囲に収まるので、たけるさんが払う。
たとえるなら、遺留分は「どんな遺言でも削れない最低限の取り分」で、侵害額請求は「足りない分をお金で返して」と言う権利です。ただし本物のルールでは、自分から請求しなければ受け取れず、期限もあります(1048条)。
条文ではこう決まっている
だれに遺留分があるか(1042条)
兄弟姉妹以外の相続人にあります。割合は、直系尊属だけが相続人なら3分の1、それ以外は2分の1で、相続人が数人いるときは、これに各自の法定相続分を掛けます(1042条1項・2項)。
算定の基礎に入る贈与(1043条〜1045条)
- 基礎は、相続開始の時の財産に贈与した財産の価額を加え、債務の全額を引いた額(1043条1項)。
- 贈与は、相続開始前の1年間にしたものに限り入る。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したときは、1年より前のものも入る(1044条1項)。
- 相続人への贈与は「1年」を「10年」と読み替え、婚姻・養子縁組のため、または生計の資本として受けた贈与に限る(1044条3項)。
- 負担付贈与は、目的の価額から負担の価額を引いた額。不相当な対価の有償行為は、双方が損害を加えることを知ってしたものに限り、負担付贈与とみなす(1045条)。
| 贈与の相手 | 入る期間 | 双方が損害を知っていたとき |
|---|---|---|
| 相続人以外 | 相続開始前の1年間 | 1年より前でも入る |
| 相続人 | 相続開始前の10年間(婚姻・養子縁組・生計の資本の贈与に限る) | 10年より前でも入る |
請求と計算(1046条)
- 遺留分権利者とその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言で財産を承継した相続人、相続分の指定を受けた相続人を含む)か受贈者に、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求できる(1項)。
- 侵害額=遺留分-(受けた遺贈・特別受益の贈与)-(遺産から取得すべき額)+(承継する債務)(2項)。
だれが、どの順で負担するか(1047条)
- 受遺者・受贈者は、遺贈か贈与(算定の基礎に入るものに限る)の目的の価額を限度に負担する。相続人なら、その価額から自分の遺留分の額を引いた額が限度(1項柱書)。
- 受遺者と受贈者がいるときは、受遺者が先に負担する(1項1号)。
- 受遺者が数人、または同時の贈与の受贈者が数人なら、目的の価額の割合に応じる。遺言で別の意思を示していればそれに従う(1項2号)。
- 時期の違う贈与の受贈者が数人なら、後の贈与の受贈者から順に、前の贈与の受贈者へ(1項3号)。
- 受遺者・受贈者がお金を払えない(無資力)ことによる損失は、遺留分権利者の負担(4項)。裁判所は、受遺者・受贈者の請求で、支払に相当の期限を与えることができる(5項)。
期限と放棄(1048条・1049条)
- 請求権は、遺留分権利者が「相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間」行使しないと、時効で消滅する。相続開始の時から10年を経過したときも同じ(1048条)。
- 相続開始前の遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り効力を生じる。共同相続人の1人の放棄は、他の共同相続人の遺留分に影響しない(1049条)。
お金の請求になったのは、令和元年(2019年)7月1日施行の相続法の改正からです(法務省の説明では、一部の規定を除き同日施行)。法務省の説明では、遺留分減殺請求によって当然に物権的な効果が生じるとされていたしくみを見直し、遺留分侵害額に相当する金銭債権が生じることにしました。古い教材の「減殺請求」「物を取り戻す」は、いまの条文では通りません。
当てはまる例・当てはまらない例
当てはまる例:6年前の生計の資本の贈与
たけるさんへの400万円は、相続人への生計の資本としての贈与で、相続開始前10年以内です。算定の基礎に入ります(1044条3項)。
当てはまらない例:相続人でない人への3年前の贈与
えみさんへの200万円は、相続人でない人への贈与で、相続開始前1年より前です。双方が損害を加えることを知っていた事情がなければ、算定の基礎に入りません(1044条1項)。基礎に入らない贈与の受贈者は、侵害額を負担する人にもなりません(1047条1項の「算入されるものに限る」)。
ひっかけやすい例:双方が損害を知っていた
えみさんへの贈与のとき、まさおさんとえみさんの双方が、りょうさんに損害を加えることを知っていたなら、3年前でも基礎に入ります。基礎は4,600万円、りょうさんの遺留分は4,600万円×1/4=1,150万円になります。負担は、受遺者のたけるさんが先です(1047条1項1号)。たけるさんの上限は4,000万円-1,150万円=2,850万円なので、1,150万円はたけるさんだけで足り、えみさんの負担はありません。
ひっかけやすい例:亡くなったことは知っていたが、遺贈は知らなかった
1年の期限は、相続の開始と、侵害する贈与・遺贈があったことの両方を知った時から数えます(1048条)。相続の開始だけを知っていても、まだ進みません。ただし、相続開始から10年たてば、知らなくても請求できなくなります。
似ているルールとの違い
| ルール | 何のためか | 要点 |
|---|---|---|
| 特別受益の持戻し(903条) | 遺産分割で、相続人どうしの取り分を公平にする | 婚姻・養子縁組・生計の資本の贈与を遺産に加えて計算し、遺贈と贈与の分を本人の取り分から引く(期間の定めは903条1項にない) |
| 遺留分の算定(1043条・1044条) | 遺留分を計算する基礎を決める | 相続人以外は1年、相続人は10年(双方が損害を知っていれば制限なし) |
| 遺留分の放棄(1049条) | 遺留分だけを手放す | 相続開始前は家庭裁判所の許可が要る。他の人の遺留分は増えない |
903条の特別受益は、遺産分割で相続分を決めるときの計算で、遺留分の算定とは目的が違います。特別受益と寄与分の計算は特別受益と寄与分の記事、遺贈と遺言の方式は遺言の記事で扱っています。
試験ではここをまちがえやすい
当サイトが数えた宅建試験の全40回(不動産適正取引推進機構が公開している昭和63年度〜令和7年度の問題、2,000問)では、遺留分が主な論点の問題は2問、直近10回(令和7年度〜平成30年度。令和2・3年度は10月・12月の2回ずつ)では0問でした。ほかの論点が主な問題の中に副の論点として含むものは6問(直近10回で1問)です。相続が主な論点の問題は27問(直近10回で8問)あります(分け方は当サイトの判断で、公式の分類ではありません。数え方は宅建の出題論点ランキング)。取り違えやすい形は次のとおりです。
- 改正前の効果:遺留分の請求で、遺贈された土地の持分などを取り戻せるとする形。いまは金銭の支払の請求です(1046条1項)。
- 期間の入れ替え:相続人への贈与を1年、相続人以外への贈与を10年とする形。逆です(1044条1項・3項)。
- 順番の入れ替え:受贈者が先に負担する、古い贈与から負担する、とする形。受遺者が先、贈与は後(新しい)ものからです(1047条1項)。
- 起算点の落とし:1年を「相続の開始を知った時から」だけで数える形。侵害する贈与・遺贈があったことも知った時からです(1048条)。
- 放棄の効果:1人が遺留分を放棄すると、他の相続人の遺留分が増えるとする形。影響しません(1049条2項)。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
まさおさんは、友人のなおきさんに預金を遺贈し、相続開始の半年前に知人のえみさんに200万円を贈与していた。子のりょうさんの遺留分が侵害されている場合、遺留分侵害額は、まずえみさんが負担する。
答え:✕ 分かれ目は、受遺者と受贈者のどちらが先に負担するかです。1047条1項1号は「受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担する」と定めます。正しくは、まず受遺者のなおきさんが負担し、それで足りないときに受贈者のえみさんが負担します。取り違えの相手は、受贈者が数人いるときに「後の贈与」の受贈者から順に負担する1047条1項3号で、これは受贈者どうしの順番です。
問2(このサイトのオリジナル問題)
まさおさんは、相続開始の3年前に、相続人ではない知人のえみさんに土地を贈与した。まさおさんとえみさんの双方が、遺留分権利者に損害を加えることを知っていた場合、この土地の価額は、遺留分を算定するための財産の価額に算入される。
答え:○ 分かれ目は、当事者双方が損害を加えることを知っていたかです。1044条1項は、贈与は相続開始前の1年間にしたものに限り算入するとしつつ、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したときは「一年前の日より前にしたものについても、同様とする」と定めます。相続人以外への贈与は1年まで、とだけ覚えていると✕にしてしまいます。双方が知っていた事情がなければ、3年前の贈与は算入されません。
問3(このサイトのオリジナル問題)
りょうさんは、父まさおさんの相続が始まったことはすぐに知ったが、兄たけるさんへの遺贈で自分の遺留分が侵害されていることを知ったのは1年半後だった。りょうさんは、その遺贈を知った時から1年以内であれば、遺留分侵害額の支払を請求できる。
答え:○ 分かれ目は、1年の数え始めです。1048条は、請求権は「相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間」行使しないときに時効で消滅すると定めます。相続の開始を知った時から数えて1年半たったので請求できない、と考えると✕にしてしまいます。ただし、相続開始の時から10年を経過したときも請求権は消滅します(同条後段)。
この分野の○✕は、宅建の5分○✕ドリルの「権利関係」で続けて解けます。
まとめ
- 遺留分侵害額請求は、受遺者・受贈者への金銭の支払の請求(1046条1項)。
- 算定の基礎に入る贈与:相続人以外は1年、相続人は10年(生計の資本など)。双方が損害を知っていれば期間の制限なし(1044条)。
- 負担の順番:受遺者が先、受贈者は新しい贈与から。相続人は自分の遺留分を引いた額が上限(1047条)。
- 期限:相続の開始と侵害を知った時から1年、相続開始から10年(1048条)。
- 相続開始前の放棄は家庭裁判所の許可が要り、他の人の遺留分は増えない(1049条)。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の民法を確かめました。計算例の数字は、1042条〜1047条と900条の文言で検算しています。
- e-Gov法令検索「民法」(900条、903条、1042条〜1049条)
- 法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」(施行日と、遺留分制度の見直しの説明)
このサイトで次に読むなら、宅建の相続の問題です。法定相続分と遺留分の割合を、いくつかの家族の形で計算し直せます。
働く人の法律試験ノート