ひとことで言うと、行政指導の判例は「相手の任意の協力の範囲を超えたかどうか」で違法かどうかが分かれます。相手が「もう協力できない」と真摯かつ明確に表明したのに指導を理由に処分を止め続けること、制裁を背景に寄付を事実上強いることは、違法とされました。
もう一つの判例は向きが違い、名前は「勧告」でも、従わないと重い結果が相当程度の確実さで生じる仕組みなら、取消訴訟で争える処分に当たるとしました。この記事では、この3件を「どの場面で・結論・理由の要点」で並べ、いまの行政手続法の条文と対応させます。条文そのものの説明は行政指導の記事、処分性の判例の全体は処分性の判例の記事に任せます。
身近な例で考えると
登場するのは、マンションを建てる会社の担当者のそうたさんと、建築確認(建物が法律に合っているかの確認)をする建築主事です(架空の話です)。
- そうたさんの会社は、マンションの建築確認を申請した。近所の住民は、日当たりが悪くなると反対している。
- 役所は、住民と話し合うよう、会社に行政指導をした。建築主事は、話し合いの結果を待つため、確認の処分をしばらく止めた(留保した)。
- そうたさんの会社は、はじめは指導に応じて住民と話し合った。この段階で、合理的な期間だけ処分を止めることは、直ちに違法とはいえません。
- その後、話し合いは進まなかった。会社は「処分を止められたままでは、もう指導に協力できない。すぐに応答してほしい」と、真摯かつ明確に表明した。
- それでも建築主事が指導を理由に処分を止め続けると、特段の事情がない限り、国家賠償法1条1項の違法な行為になります。会社は損害の賠償を求められます。
たとえると、先生が「クラスで話し合ってから決めよう」と提出物の受け取りを少し待つのはかまいません。けれども、生徒が「話し合いには参加できません。受け取ってください」とはっきり言ったあとも受け取らないのは、行きすぎです。ただし本物の判例は、断られたら即座に違法とはしていません。断った側の不協力が「社会通念上正義の観念に反する」ような特段の事情があれば別、という限定を付けています。
3つの判例を1枚で見る
| 判例 | 場面 | 結論 | 分かれ目 |
|---|---|---|---|
| 最三小 昭和60年7月16日 | 建築確認の留保 | 表明後の留保は違法 | 真摯かつ明確な不協力の表明 |
| 最一小 平成5年2月18日 | 教育施設負担金の寄付 | 違法な公権力の行使 | 制裁を背景に事実上強いたか |
| 最二小 平成17年7月15日 | 病院開設中止の勧告 | 処分に当たる | 従わないときの結果の確実さ |
前の2件は、行政指導が違法として国家賠償法1条1項の責任が問題になった事件です。3件目は、取消訴訟の対象になるか(処分性)の事件で、違法かどうかではありません。問いの向きが違うので、表の「結論」の列を取り違えないようにします。
建築確認の留保(品川マンション事件)
最高裁判所第三小法廷 昭和60年7月16日判決(昭和55年(オ)第309号)
- 事案:マンションの建築主が、付近住民との紛争について話し合いで解決するよう行政指導を受けた。その間、建築主事は建築確認の処分を留保した。建築主は損害賠償を求めた。
- 結論:建築主が、留保されたままでは指導に協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し、直ちに応答するよう求めたときは、不協力が社会通念上正義の観念に反するといえる特段の事情がない限り、指導が行われているとの理由だけで留保を続けることは、国家賠償法1条1項の違法な行為となる。
- 理由の要点:留保は、建築主の任意の協力・服従のもとで指導が行われていることにもとづく事実上の措置にとどまる。だから、建築主の明示の意思に反してその受忍(がまん)を強いることは許されない。
- まちがえやすい所:判決は、社会通念上合理的と認められる期間、留保して指導の結果に期待することがあっても、直ちに違法とまではいえないとも述べています。「指導中の留保は一切違法」ではありません。この事件では、建築主が協力できない意思を示して審査請求をした日以降の留保が違法とされました。
教育施設負担金の寄付の要求
最高裁判所第一小法廷 平成5年2月18日判決(昭和63年(オ)第890号)
- 事案:市が、マンションを建てようとする事業主に、宅地開発の指導要綱にもとづいて教育施設負担金の寄付を求めた。要綱は、従わない事業主には水道の給水を拒むなどの制裁を予定し、市は実際に、要綱に従わない事業主のマンションへの給水などを拒んでいた。
- 結論:判示の事実関係のもとでは、市の行為は、行政指導の限度を超え、違法な公権力の行使に当たる。
- 理由の要点:行政指導として寄付金の納付を求めること自体は、強制にわたるなど事業主の任意性を損なうことがない限り、違法とはいえない。この事件では、従えない事業主は事実上建築をあきらめざるをえない状態で、本来任意に寄付を求めるべき行政指導の限度を超えていた。
- まちがえやすい所:違法とされたのは、制裁を背景に事実上強いた点です。「要綱にもとづく寄付の要求は、それだけで違法」ではありません。判決は、原判決のうち予備的請求(損害賠償の請求)を退けた部分を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、その部分を東京高等裁判所に差し戻しました(それ以外の上告は棄却)。
病院開設中止の勧告
最高裁判所第二小法廷 平成17年7月15日判決(平成14年(行ヒ)第207号)
- 事案:知事が、病院を開こうとする人に、医療法(平成9年改正前)30条の7にもとづいて病院開設中止の勧告をした。その人が勧告の取消しを求めた。
- 結論:この勧告は、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる。
- 理由の要点:勧告は、医療法上は、相手が任意に従うことを期待してされる行政指導として定められている。けれども、従わないと、相当程度の確実さをもって、病院を開いても診療報酬を受けるための医療機関の指定を受けられなくなる。指定を受けられなければ、実際上、開設自体をあきらめざるをえない。後で指定の拒否処分を争えるとしても、この結論は変わらない。
- まちがえやすい所:判決は、勧告が行政指導として定められていることを否定していません。そのうえで、従わないときの結果の重さと確実さから、処分に当たるとしました。
いまの行政手続法の条文と対応させる
前の2件は、行政手続法(平成5年制定)ができる前の事件です。いまの行政手続法には、判例と考え方の近い規定があります。条文の説明の中心は行政指導の記事にあるので、ここでは対応だけを示します。
| 判例の考え方 | 近い条文 | 条文の中身 |
|---|---|---|
| 協力は相手の任意 | 32条1項 | 指導の内容は相手方の任意の協力によってのみ実現される |
| 従わない者への制裁 | 32条2項 | 従わなかったことを理由に不利益な取扱いをしてはならない |
| 表明後の指導の継続 | 33条 | 申請の取下げ・変更を求める指導で、従わない意思の表明後も続けて権利の行使を妨げてはならない |
| 権限をちらつかせる | 34条・35条2項 | 権限を行使できない・する意思がないのに、殊更に示して従わせてはならない。示すときは根拠・要件・理由を示す |
| 勧告と処分の区別 | 2条6号 | 行政指導は「処分に該当しないもの」 |
- 注意1:地方公共団体の機関がする行政指導には、根拠が法律でも条例でも、行政手続法の行政指導の章は適用されません(3条3項)。建築主事や市の指導は、多くの場合ここに当たります。地方公共団体の行政手続条例の定めを見ることになります。
- 注意2:行政手続法に反するかどうかと、国家賠償法1条1項で違法になるかどうかは、別の問いです。前の2件は、国家賠償の判断で違法とされました。国家賠償法1条の判例の全体は国家賠償法1条の判例の記事で整理しています。
- 注意3:病院の勧告の判例は、2条6号の定義を変えたものではありません。名前ではなく、法律の仕組みの中で相手の立場に何が起きるかで処分性を判断した例です。
当てはまる例・当てはまらない例
- 当てはまる例:そうたさんの会社が「もう協力できない」と真摯かつ明確に表明し、応答を求めたのに、建築主事が指導を理由に何か月も留保を続けた。特段の事情がなければ、表明の後の留保は国家賠償法上違法になりえます。
- 当てはまる例:市が、寄付に応じない業者には水道の給水を拒むという扱いを実際にしていて、業者が寄付しなければ建築をあきらめるしかない状態だった。行政指導の限度を超えた違法な公権力の行使に当たります。
- 当てはまらない例:会社が指導に応じて住民と話し合っている間、建築主事が合理的な期間だけ留保した。それだけで直ちに違法とはいえません。
- 当てはまらない例:市が要綱にもとづいて寄付をお願いしたが、断っても不利益な扱いはなく、業者が自分の判断で応じた。任意性が損なわれていなければ、寄付を求めること自体は違法とはいえません。
- ひっかけやすい例:病院開設中止の勧告を「行政指導だから取消訴訟で争えない」とすること。判例は処分に当たるとしました。逆に「勧告は相手に従う法的義務を課すから処分」とするのも、判決の理由と違います。
試験ではここをまちがえやすい
- 留保の判例の限定:「指導中の留保は、それ自体が違法」とする形。違法になるのは、不協力の真摯かつ明確な表明と応答の求めがあったあとで、しかも特段の事情がないときです。
- 特段の事情の消去:「表明があれば、どんな事情があっても留保は違法」とする形。不協力が社会通念上正義の観念に反する特段の事情があれば別です。
- 負担金の判例の広げすぎ:「要綱による寄付の要求は違法」とする形。判決は、任意性を損なわない限り違法ではないとしたうえで、制裁を背景にした事情のもとで違法としました。
- 勧告の理由のすり替え:「医療法が勧告に従う義務を定めているから処分」とする形。勧告は行政指導として定められていて、処分性の理由は従わないときの結果の確実さです。
- 問いの向きの混同:留保と負担金は国家賠償の違法、勧告は処分性。「病院の勧告は違法とされた」とする形は、問いを取り違えています。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
建築主事Aは、近隣住民と話し合うよう求める行政指導が始まったため、B社のマンションの建築確認の処分をしばらく留保したが、B社は指導に応じて話し合っており、反対の意思を示していない。判例によれば、社会通念上合理的と認められる期間のこの留保は、それだけで直ちに違法とはいえない。
答え:○ 分かれ目は、相手が不協力の意思を示したかどうかです。最高裁判所第三小法廷昭和60年7月16日判決は、社会通念上合理的と認められる期間、確認処分を留保して行政指導の結果に期待することがあっても、直ちに違法な措置とまではいえないとしました。違法となるのは、建築主が協力できない意思を真摯かつ明確に表明して応答を求めた後も、特段の事情がないのに指導を理由に留保を続ける場合です。「指導中の留保は違法」とだけ覚えていると✕に見えます。
問2(このサイトのオリジナル問題)
C市は、宅地開発の指導要綱にもとづきD社に教育施設の充実のための寄付を求めたが、従わない業者に給水を拒むなどの扱いはなく、D社は市と話し合ったうえで応じた。判例によれば、市のこの行為は違法な公権力の行使に当たる。
答え:✕ 分かれ目は、寄付の要求が事業主の任意性を損なったかです。最高裁判所第一小法廷平成5年2月18日判決は、行政指導として寄付金の納付を求めること自体は、強制にわたるなど任意性を損なうことがない限り違法とはいえないとしました。正しくは、この例のように制裁がなく任意に応じたのであれば、違法とはいえません。判決が違法としたのは、給水の拒否などの制裁を背景に、従えない事業主が事実上建築をあきらめざるをえない事情があった場合です。要綱にもとづく要求であることだけで違法になる、と結論を広げた取り違えです。
問3(このサイトのオリジナル問題)
国の行政機関の職員Eは、F社に行政指導をする際に、F社の許可を取り消す権限を行使し得る旨を示した。この場合、Eは、F社から求められなくても、その権限の根拠となる法令の条項と要件、権限の行使がその要件に適合する理由を、F社に示さなければならない。
答え:○ 分かれ目は、求めがなくても示す義務があるかです。行政手続法35条2項は、行政指導をする際に許認可等の権限や許認可等にもとづく処分の権限を行使し得る旨を示すときは、相手方に、根拠となる法令の条項、その要件、権限の行使が要件に適合する理由を示さなければならないとしています。求められたときに書面を交付する35条3項と混ぜると✕に見えます。なお34条は、権限を行使できない場合や行使する意思がない場合に、権限を殊更に示して指導に従うことを余儀なくさせることを禁じる規定で、35条2項とは別の規律です。
この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「行政法」で続けて解けます。
まとめ
- 昭和60年7月16日(建築確認の留保):不協力の真摯かつ明確な表明と応答の求めの後も、特段の事情がないのに指導を理由に留保を続けるのは国家賠償法上違法。合理的な期間の留保は直ちに違法ではない。
- 平成5年2月18日(教育施設負担金):寄付を求めること自体は任意性を損なわない限り違法ではない。制裁を背景に事実上強いた事情のもとで違法な公権力の行使。
- 平成17年7月15日(病院開設中止の勧告):行政指導として定められていても、従わないと相当程度の確実さで指定を受けられなくなるので、処分に当たる。
- 条文との対応:任意の協力(32条1項)、不利益取扱いの禁止(32条2項)、表明後の継続の禁止(33条)、権限を示すときのルール(34条・35条2項)。地方公共団体の機関の行政指導には行政手続法の行政指導の章は適用されない(3条3項)。
次に読むなら、行政法の判例まとめがおすすめです。行政指導の3件が、処分性・国家賠償の判例の中でどこに位置するかを1枚で確かめられます。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項・裁判要旨を確かめ、理由の要点は判決全文で確かめました。条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の版を指定して確かめました。
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 昭和60年7月16日判決(昭和55年(オ)第309号)」(行政指導を理由とする建築確認の留保と国家賠償法1条1項の違法性)
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 平成5年2月18日判決(昭和63年(オ)第890号)」(指導要綱にもとづく教育施設負担金の寄付の要求)
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 平成17年7月15日判決(平成14年(行ヒ)第207号)」(病院開設中止の勧告と抗告訴訟の対象)
- e-Gov法令検索「行政手続法」(2条6号、3条3項、32条〜35条)
働く人の法律試験ノート