国家賠償法1条1項の判例は、要件ごとに「判例がどこまで広げたか・どこで絞ったか」で覚えます。広げた側では、公立学校の先生の教育活動も「公権力の行使」に含まれ、職務かどうかは外から見た形(外形)で判断され、どの公務員の行為か特定できなくても責任を免れない場合があります。
絞った側では、「違法」は結果が間違っていたかではなく、職務上尽くすべき注意を尽くしたか、権限を与えた法律の趣旨に照らして著しく不合理かで判断されます。国会の立法は、例外的な場合に限って違法とされます。この記事は、令和8年4月1日時点の国家賠償法と、裁判所ウェブサイトで確かめた最高裁判所の判例11件で書いています。1条と2条の全体は国家賠償法の記事で説明しています。
身近な例で考えると
登場人物は次のとおりです。
| 人物 | 立場 | 起きたこと |
|---|---|---|
| こうへいさん | 会社員 | 制服姿の警察官に呼び止められ、持ち物を奪われてけがをした |
| 警察官 | 都道府県の警察官 | 自分の利益のために、職務の形をよそおって行動した |
| 都道府県 | 警察官が属する団体 | 賠償を求められた |
- 警察官は、自分の利益のために、制服を着て職務質問の形をよそおい、こうへいさんを呼び止めました。
- 警察官は「証拠として預かる」と言って持ち物を取り上げ、こうへいさんを傷つけました。
- 都道府県は「これは警察官の個人的な犯罪で、職務ではない」と反論します。
- 判例は、公務員が自分の利益を図る意図でしたことでも、客観的に職務の執行の外形をそなえる行為で他人に損害を加えたときは、「職務を行うについて」に当たるとしました。
- 都道府県が賠償の責任を負います。こうへいさんは、警察官本人に直接請求することはできません。
たとえると、制服の店員が客に損害を与えたとき、客の側から見て仕事中に見えれば、店が責任を負う、という考え方です。ただし本物の国家賠償では、民法の使用者責任と違い、公務員本人は被害者に直接の責任を負わないとされています。
条文ではこう決まっている
- 1条1項:国または公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意または過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国または公共団体が賠償する。
- 1条2項:公務員に故意または重大な過失があったときは、国または公共団体はその公務員に求償できる。
要件は、①公権力の行使に当たる公務員、②職務を行うについて、③故意・過失、④違法、⑤損害と因果関係、です。判例が多いのは①②④です。
要件ごとの判例一覧
| 要件 | 判例 | 結論 |
|---|---|---|
| 公権力の行使 | 公立学校のプールでの授業の事故(昭和62年2月6日) | 教師の教育活動も含む |
| 職務を行うについて | 職務をよそおった警察官(昭和31年11月30日) | 外形で判断し、当たる |
| 加害公務員の特定 | 税務署の健康診断(昭和57年4月1日) | 特定できなくても免れない場合がある |
| 違法(職務上の注意) | 所得を過大に認定した更正(平成5年3月11日) | 直ちには違法でない |
| 違法(行政指導と留保) | マンションの建築確認の留保(昭和60年7月16日) | 違法となる場合がある |
| 違法(規制権限の不行使) | 宅建業者への監督(平成元年11月24日)、じん肺(平成16年4月27日) | 前者は違法でない、後者は違法 |
| 違法(立法) | 在宅投票制度(昭和60年11月21日)、在外選挙(平成17年9月14日) | 前者は違法でない、後者は違法 |
| 公務員個人の責任 | 昭和30年4月19日 | 個人は直接責任を負わない |
公権力の行使:教育活動も含む
最高裁判所第二小法廷 昭和62年2月6日判決
- 結論:国家賠償法1条1項の「公権力の行使」には、公立学校における教師の教育活動も含まれる。
- まちがえやすい所:「公権力の行使」は、命令や強制のような権力的な行為に限られません。私立学校の事故は、国家賠償法ではなく民法の問題になります。
職務を行うについて:外形で判断
最高裁判所第二小法廷 昭和31年11月30日判決
- 事案:警察官が、自分の利益を図る目的で、制服を着て職務の執行をよそおい、人を呼び止めて持ち物を取り上げ、拳銃で撃った。
- 結論:国家賠償法1条の「公務員がその職務を行うについて違法に他人に損害を加えた場合」に当たる。
- 理由の要点:公務員が主観的に自分の利益を図る意図でしたものでも、客観的に職務執行の外形をそなえる行為をして他人に損害を加えた場合は、国・公共団体が賠償の責任を負う。
- まちがえやすい所:公務員の内心(私利を図る意図)ではなく、客観的な外形で判断します。
加害公務員の特定:特定できなくても免れない場合がある
最高裁判所第一小法廷 昭和57年4月1日判決
- 事案:税務署の職員が、国の定期健康診断の一連の手続の中で、異常への対応が遅れて病状が悪化したとして賠償を求めた。どの段階の誰の行為が悪かったのか、特定が難しかった。
- 結論:一連の職務上の行為の過程で被害が生じた場合、どの公務員のどんな違法行為によるか特定できなくても、いずれかに故意・過失による違法行為がなければ被害は生じなかったと認められ、どの行為であっても国・公共団体が賠償の責任を負う関係にあるときは、加害行為が特定できないことを理由に責任を免れない。
- まちがえやすい所:同じ判決は、国の嘱託で保健所に勤める医師(地方公共団体の職員)が行った検診の過誤については、国は国家賠償法1条1項・民法715条1項の責任を負わないとしました。「特定は一切いらない」ではなく、条件つきです。
違法:結果ではなく、職務上の注意と権限の趣旨
最高裁判所第一小法廷 平成5年3月11日判決(奈良の更正処分の事件)
- 事案:税務署長が、収入を増やしつつ必要経費を申告のままにして更正をしたため、所得を過大に認定した。
- 結論:国家賠償法上の違法はない。
- 理由の要点:所得を過大に認定した更正でも、直ちに国家賠償法1条1項の違法があったとはいえない。税務署長が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認め得るような事情がある場合に限り、違法となる。本件は、経費を具体的に把握できる資料がなく、納税者も調査に協力しなかった。
- まちがえやすい所:処分が取消訴訟で取り消されるような誤りでも、国家賠償では違法とされないことがあります。
最高裁判所第三小法廷 昭和60年7月16日判決(品川マンション事件)
- 結論:建築主が付近の住民と話し合うよう行政指導を受けていても、建築主が、処分を留保されたままでは行政指導に協力できないという意思を真摯かつ明確に示し、すぐに応答するよう求めたときは、協力しないことが社会通念上正義の観念に反するような特段の事情がない限り、行政指導を理由に建築確認を留保することは、1条1項の違法な行為となる。
- まちがえやすい所:行政指導中の留保がすべて違法なのではありません。くわしくは行政指導の記事で。
最高裁判所第二小法廷 平成元年11月24日判決(宅建業者への監督)
- 事案:悪質な宅建業者との取引で損害を受けた人が、知事が免許を与え、業務停止などをしなかったことを違法だと主張した。
- 結論:免許の基準に合わない免許の付与・更新は、取引の相手との関係で直ちに違法とはならない。監督処分の権限を行使しなかったことも、具体的事情の下で、権限が与えられた趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理と認められるときでない限り、違法とはならない。
最高裁判所第三小法廷 平成16年4月27日判決(筑豊じん肺訴訟)
- 結論:じん肺法が成立したあと、通商産業大臣が鉱山保安法にもとづく省令改正などの保安規制の権限を直ちに行使しなかったことは、1条1項の適用上違法となる。
- まちがえやすい所:規制権限の不行使は、原則として違法になりにくい(平成元年)が、違法とされた例もあります。結論の向きを組で覚えます。
違法:国会の立法
最高裁判所第一小法廷 昭和60年11月21日判決(在宅投票制度廃止事件)
- 結論:国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず、あえてその立法を行うような例外的な場合でない限り、1条1項の違法の評価を受けない。在宅投票制度を廃止し、復活しなかったことは違法ではない。
最高裁判所大法廷 平成17年9月14日判決(在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件)
- 結論:立法の内容や立法をしないこと(立法不作為)が、憲法上の権利を違法に侵害することが明白な場合や、権利行使の機会を確保するために必要不可欠な立法措置を、正当な理由なく長期にわたって怠る場合などは、例外的に、1条1項の違法の評価を受ける。在外国民が投票できるようにする立法を10年以上しなかったことは違法とし、賠償を認めた。
- まちがえやすい所:「立法は国家賠償の対象にならない」は誤り。例外的な場合に限るという絞り方です。
公務員個人の責任と、取消訴訟との関係
- 最高裁判所第三小法廷 昭和30年4月19日判決:公権力の行使に当たる公務員の職務行為による損害は、国・公共団体が賠償する。公務員個人は、被害者に直接の責任を負わない。
- 最高裁判所第一小法廷 平成22年6月3日判決:固定資産の価格を高すぎる額に決められた納税者は、地方税法の審査の申出や取消訴訟の手続を経ていなくても、国家賠償を請求できる。処分の取消しを先に求める必要はありません。
似ているルールとの違い
| くらべる点 | 国家賠償法1条 | 民法715条 |
|---|---|---|
| 責任を負う者 | 国・公共団体 | 使用者 |
| 加害者個人への請求 | できない(昭和30年判決) | できる(709条) |
| 免責の規定 | なし | 選任・監督に相当の注意をしたときなど |
| 加害者への求償 | 故意・重大な過失のとき | 制限は条文にない |
民法の不法行為と使用者責任は不法行為の記事で、道路や河川の瑕疵は国家賠償法2条の判例の記事で扱います。
試験ではここをまちがえやすい
- 公権力の行使を狭く読む:「権力的な命令・強制に限る」→ 公立学校の教育活動も含みます。
- 職務の判断:「公務員が私利のためにした行為は職務に当たらない」→ 外形をそなえれば当たります。
- 加害者の特定:「どの公務員の行為か特定しないと請求できない」→ 一連の行為の中で特定できなくても免れない場合があります。
- 違法と結果:「所得を過大に認定した更正は、それだけで国家賠償法上も違法」→ 職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさず漫然としたかで判断します。
- 規制権限の不行使:「権限を使わなかったことは国家賠償の対象にならない」→ 著しく不合理なら違法。じん肺では違法とされました。
- 立法:「法律が違憲なら、立法は直ちに国家賠償法上も違法」→ 例外的な場合に限ります。
- 取消訴訟の先行:「国家賠償の前に、処分の取消しを得ておく必要がある」→ 不要(平成22年6月3日)。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
県の警察官が、自分の金もうけのために、制服を着て職務質問をよそおい、通行人Pさんから財布を取り上げてけがをさせた。判例によれば、警察官が私利を図る意図であっても、客観的に職務執行の外形をそなえているので、県は国家賠償法1条1項の責任を負う。
答え:○ 分かれ目は、「職務を行うについて」を何で判断するかです。最高裁判所第二小法廷昭和31年11月30日判決は、公務員が自分の利益を図る意図でしたものでも、客観的に職務執行の外形をそなえる行為で他人に損害を加えたときは、国・公共団体が責任を負うとしました。私利のための犯罪なので✕と迷いやすい肢です。なお、Pさんは警察官本人に直接請求することはできません(昭和30年4月19日判決)。
問2(このサイトのオリジナル問題)
国の機関の職員Qさんが、職場の一連の定期健康診断の過程で病気の発見が遅れて損害を受けた。判例によれば、どの公務員のどの行為が違法だったかを特定できない限り、国は国家賠償法1条1項の責任を負わない。
答え:✕ 分かれ目は、加害公務員・加害行為の特定が要るかです。最高裁判所第一小法廷昭和57年4月1日判決は、一連の職務上の行為の過程で被害が生じた場合、いずれかに故意・過失による違法行為がなければ被害が生じなかったと認められ、どの行為であっても国などが責任を負う関係があるときは、特定できないことを理由に責任を免れないとしました。正しくは、特定できなくても責任を負う場合があります。民法の不法行為のように、加害者と行為を一つに決めないと請求できない、と考えると誤ります。
問3(このサイトのオリジナル問題)
国会が制定した法律の規定が、のちに最高裁判所で憲法違反とされた。判例によれば、この場合、その法律を制定した国会議員の立法行為は、直ちに国家賠償法1条1項の適用上違法となる。
答え:✕ 分かれ目は、立法が国家賠償法上違法になる範囲です。最高裁判所第一小法廷昭和60年11月21日判決は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているのにあえて立法するような例外的な場合でない限り、違法の評価を受けないとしました。最高裁判所大法廷平成17年9月14日判決も、権利の侵害が明白な場合や、必要不可欠な立法措置を正当な理由なく長期にわたって怠る場合などに、例外的に違法となるとしています。正しくは、違憲であることと国家賠償法上の違法は別に判断されます。
この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「行政法」で続けて解けます。
まとめ
- 公権力の行使は広い。公立学校の教育活動も含む(昭和62年2月6日)。
- 職務を行うについては外形で判断。私利のための行為でも当たる(昭和31年11月30日)。
- 加害公務員・行為を特定できなくても責任を免れない場合がある(昭和57年4月1日)。
- 違法は、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしたか(平成5年3月11日)、権限の不行使が著しく不合理か(平成元年11月24日、平成16年4月27日)で判断。
- 立法は例外的な場合に限って違法(昭和60年11月21日、平成17年9月14日)。公務員個人は被害者に直接責任を負わない。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の版を指定して確かめました。判例は裁判所ウェブサイトで判示事項・裁判要旨を確かめ、理由の要点は判決全文で確かめました。
- e-Gov法令検索「国家賠償法」(1条)
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 昭和30年4月19日判決」
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 昭和31年11月30日判決(昭和29年(オ)第774号)」
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 昭和57年4月1日判決(昭和51年(オ)第1249号)」
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 昭和60年7月16日判決(昭和55年(オ)第309号)」
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 昭和60年11月21日判決(昭和53年(オ)第1240号)」
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 昭和62年2月6日判決(昭和59年(オ)第1058号)」
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 平成元年11月24日判決(昭和61年(オ)第1152号)」
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 平成5年3月11日判決(平成元年(オ)第930号)」
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 平成16年4月27日判決(平成13年(受)第1760号)」
- 裁判所「最高裁判所大法廷 平成17年9月14日判決(平成13年(行ツ)第82号)」
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 平成22年6月3日判決(平成21年(受)第1338号)」
働く人の法律試験ノート