ひとことで言うと、裁量基準(さいりょうきじゅん)は、法律が行政に判断の幅(裁量)を与えたときに、その幅をどう使うかを行政が自分で決めておく物差しです。「裁量基準」は法律の言葉ではなく、教科書で使われる説明の言葉です。行政手続法には、審査基準(5条)と処分基準(12条)という定義された基準があり、法律が裁量を与えている場面では、これらが裁量基準の働きをします。
裁量基準は、行政の内部の決まり(行政規則)で、国民を直接しばる法令ではありません。それでも、基準をどう作り、どう使ったかが処分の違法につながることがあります。この記事では、裁量基準を解釈基準・審査基準・処分基準と表で比べ、基準を作って公正に使うことを求めた判例、基準に違反しても原則は当不当の問題とした判例、公にされた処分基準と異なる取扱いを扱った判例を確かめます。行政規則の種類は行政立法の記事、裁量の逸脱・濫用の型は行政裁量の判例の記事に任せます。条文は、令和8年4月1日時点の行政手続法を e-Gov 法令検索で確かめています。
身近な例で考えると
| 人物・機関 | 立場 | したこと |
|---|---|---|
| C県知事 | 許可と処分をする行政庁 | 法律にもとづいて営業の許可・営業停止をする |
| さきさん | 許可を申請した人 | 限られた枠の営業許可を申請した |
| りくさん | 許可を受けて営業している人 | 法律の義務に違反した |
- 法律は「知事は、適当と認めるときは許可することができる」のように、判断の幅を知事に与えている(この例の法律は説明のための仮のもの)。
- 知事は、申請が多いので、「経験年数」「事業の計画」などで比べる審査基準を作り、窓口で見られるようにした。
- 知事は、違反があったときの営業停止の日数を、違反の内容と前の処分の回数で決める処分基準を作り、公にした。
- りくさんは初めての違反だったが、知事は、処分基準では2回目の違反に当たる重い日数の営業停止をした。
2番目と3番目の基準は、法律が与えた幅をどう使うかを知事が自分で決めた物差しなので、裁量基準の働きをしています。さきさんにとっては、基準が公にされていれば、何を準備すればよいかが分かります。4番目は、知事が自分で公にした物差しから外れた場面です。処分基準は法令ではありませんが、判例は、訴えの利益を判断する理由の中で、公にされた処分基準と異なる取扱いは、それを相当とする特段の事情がない限り、裁量権の範囲の逸脱・濫用に当たることとなる、という考え方を示しています(平成27年判決。後で説明します)。
たとえるなら、裁量基準は、審判に任された判定のしかたを、試合の前に「この場合はこう判定する」と書いておく内規です。ただし本物のルールでは、内規は法律と違って国民を直接しばらず、内規に違反しただけで判定が無効になるとは限りません。どこまで違法の問題になるかを、判例が分けています。
条文ではこう決まっている
- 審査基準(行政手続法2条8号ロ):申請により求められた許認可等をするかどうかを、その法令の定めに従って判断するために必要とされる基準。
- 処分基準(2条8号ハ):不利益処分をするかどうか、またはどのような不利益処分とするかについて、その法令の定めに従って判断するために必要とされる基準。
- 審査基準の扱い(5条):行政庁は審査基準を定めるものとする(1項)。許認可等の性質に照らしてできる限り具体的にしなければならない(2項)。行政上特別の支障があるときを除き、申請の提出先の事務所での備付けなどで公にしておかなければならない(3項)。
- 処分基準の扱い(12条):行政庁は処分基準を定め、かつ公にしておくよう努めなければならない(1項)。定めるときは、不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的にしなければならない(2項)。
行政手続法の定義は「その法令の定めに従って判断するために必要とされる基準」で、裁量の使い方の基準か、法令の言葉の読み方の基準かを区別していません。教科書では、法令の言葉の意味を示す基準を解釈基準、法律が与えた幅の使い方を示す基準を裁量基準と呼んで分けます。審査基準・処分基準は、場面によってどちらの働きもします。審査基準・処分基準は行政手続法の「命令等」(2条8号)にも入り、意見公募手続の対象になります(くわしくは行政立法の記事)。
| 基準 | 定めること | 公にすること | 法的な位置づけ |
|---|---|---|---|
| 裁量基準(教科書の言葉) | この言葉での定めはない | この言葉での定めはない | 行政規則 |
| 解釈基準(教科書の言葉) | この言葉での定めはない | この言葉での定めはない | 行政規則 |
| 審査基準(5条) | 定めるものとする | 特別の支障がなければ義務 | 行政規則。命令等に入る |
| 処分基準(12条) | 努める | 努める | 行政規則。命令等に入る |
上の2行は「この言葉では」法律の定めがない、という意味です。裁量基準や解釈基準も、申請に対する処分や不利益処分についてのものなら、審査基準・処分基準として5条・12条の決まりがかかります。
判例で決まっていること
基準を作って公正に使う(最高裁判所第一小法廷 昭和46年10月28日判決・個人タクシー事件)
個人タクシー事業の免許の申請を却下された人が、取消しを求めた事件です。行政手続法ができる前の判決です。判決は、「多数の者のうちから少数特定の者を、具体的個別的事実関係に基づき選択して免許の許否を決しようとする行政庁としては」、法律の趣旨を「内部的にせよ」具体化した審査基準を設定し、これを公正かつ合理的に適用すべきだとしました。とくに基準の内容が微妙で高度の認定を要する場合などには、基準を適用するうえで必要な事項について、申請人に主張と証拠の提出の機会を与えなければならず、これに反する審査手続による却下処分は違法となるとしています。審議会の公聴会の手続に問題があっても、結論を左右できた可能性が認め難いとして取消しを認めなかった判例との違いは群馬中央バス事件の記事で比べています。
基準に違反しても原則は当不当(最高裁判所大法廷 昭和53年10月4日判決・マクリーン事件)
在留期間の更新を許可しなかった処分の取消しが争われた事件です。判決は、行政庁が裁量に任された事項について裁量権行使の準則(じゅんそく=内部の基準)を定めることがあっても、「このような準則は、本来、行政庁の処分の妥当性を確保するためのものなのであるから」、処分が準則に違背して行われたとしても、「原則として当不当の問題を生ずるにとどまり、当然に違法となるものではない」としました。不当(ふとう=違法とまではいえないが、よくない)にとどまるなら、裁判所の取消しの理由にはならないのが原則です。
公にされた処分基準と異なる取扱い(最高裁判所第三小法廷 平成27年3月3日判決)
風俗営業の営業停止処分の取消しが争われ、行政手続法12条1項の処分基準に、前に処分を受けたことを理由に後の処分を重くする定めがあった事件です。判決は、行政庁が後の処分で処分基準の定めと異なる取扱いをするならば、「裁量権の行使における公正かつ平等な取扱いの要請や基準の内容に係る相手方の信頼の保護等の観点から」、異なる取扱いを相当と認めるべき特段の事情がない限り、そのような取扱いは裁量権の範囲の逸脱またはその濫用に当たることとなる、と述べました。判決は、処分基準が法規命令に当たるかどうかではなく、公正・平等な取扱いと相手方の信頼の保護を理由に挙げています。これは、処分の期間が終わった後も処分基準による重い扱いを受けるおそれが残る、と判断する理由の中で述べられたものです。この判決の中心の結論(処分の期間が終わった後の訴えの利益)は訴えの利益の判例の記事で扱っています。
| 判決 | 基準について | 言っていること |
|---|---|---|
| 昭和46年10月28日 | 内部的にせよ審査基準を設定し、公正・合理的に適用 | 反する審査手続による却下は違法 |
| 昭和53年10月4日 | 裁量権行使の準則に違背した処分 | 原則として当不当の問題。当然に違法ではない |
| 平成27年3月3日 | 公にされた処分基準と異なる取扱い | 特段の事情がない限り逸脱・濫用に当たる |
昭和53年判決は、内部の準則について「原則として」当不当の問題としました。平成27年判決は、行政手続法にもとづいて公にされた処分基準について、公正・平等な取扱いと相手方の信頼の保護を理由に挙げています。どちらも限定の言葉(「原則として」「特段の事情がない限り」)がついているので、肢を読むときはその言葉が残っているかを見ます。
当てはまる例・当てはまらない例
当てはまる例:限られた枠を選ぶ許可の基準
さきさんの申請のように、申請者の中から限られた数を選ぶ許可では、知事は、法律の趣旨を具体化した審査基準を作り、公正に当てはめることが求められます(昭和46年判決の考え方)。今は、申請に対する処分には行政手続法5条がかかり、審査基準は定めるものとされ、原則として公にしておかなければなりません。
当てはまらない例:法律が判断の幅を与えていない
法律が「〜の要件を満たすときは許可しなければならない」と決め、幅を与えていない場面では、行政が作る基準は法令の言葉の読み方を示すもの(解釈基準)の働きになります。裁量の使い方の基準という意味での裁量基準ではありません。
ひっかけやすい例:基準は法令ではないから自由に外れてよいか
りくさんの場面で「処分基準は法令ではないので、知事が基準と違う重さにしても違法の問題にならない」とするのは誤りです。平成27年判決は、訴えの利益を判断する理由の中で、公にされた処分基準と異なる取扱いは、特段の事情がない限り裁量権の範囲の逸脱・濫用に当たることとなると述べています。一方で、昭和53年判決のとおり、内部の準則に違背しただけで「当然に」違法となるわけでもありません。
似ているルールとの違い
| 比べる点 | 法規命令(政令・省令など) | 裁量基準(行政規則) |
|---|---|---|
| 作るのに法律の委任が要るか | 国民の権利義務を決めるなら要る | 要らない |
| 国民をしばるか | しばる | 直接はしばらない |
| 違反した処分 | 違法 | 原則は当不当。公にされた処分基準と異なる取扱いは、特段の事情がなければ逸脱・濫用 |
裁量基準が問題になるのは、法律が行政に裁量を与えている場面です。裁量がどこまで認められるか、どんなときに裁判所が違法とするか(事実の基礎を欠く、社会通念上著しく妥当を欠く など)は、行政裁量の判例の記事で型ごとに整理しています。法律の根拠がそもそも要るかは法律による行政の原理の記事で確かめられます。考慮した事情・考慮しなかった事情から判断の過程を審査するやり方(教科書でいう判断過程審査)は判断過程審査の記事にあります。
試験ではここをまちがえやすい
- 言葉の出どころ:「裁量基準」「解釈基準」は法律の言葉ではありません。条文の言葉は「審査基準」「処分基準」(2条8号ロ・ハ)です。
- 限定句の脱落:昭和53年判決は「原則として」当不当の問題としました。「準則に違背しても違法になることはない」と言い切る形は、判決の言葉と違います。
- 結論の向きの入れ替え:平成27年判決(公にされた処分基準と異なる取扱いは、特段の事情がない限り逸脱・濫用)と、昭和53年判決(準則違反は原則当不当)を入れ替える形。
- 時代の取り違え:昭和46年判決は行政手続法の前の判決で、審査基準は「内部的にせよ」設定すべきとしました。今の行政手続法5条の「定めるものとする」「公にしておかなければならない」と混ぜないようにします。
- 審査基準と処分基準の義務の強さ:審査基準は定めるものとされ公にするのが原則、処分基準は定めることも公にすることも努力義務です(5条・12条。くわしくは行政手続法の記事)。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
法務大臣が在留期間の更新の判断について裁量権行使の準則を定めていた場合でも、判例によれば、準則は処分の妥当性を確保するためのものであるから、準則に違背した処分は、原則として当不当の問題を生ずるにとどまる。
答え:○ 分かれ目は、内部の準則に違反した処分がそれだけで違法になるかです。最高裁判所大法廷昭和53年10月4日判決は、行政庁が裁量に任された事項について定めた準則は本来処分の妥当性を確保するためのものであり、処分が準則に違背して行われたとしても、原則として当不当の問題を生ずるにとどまり、当然に違法となるものではないとしました。自分で決めた基準を破れば違法だろう、と考えると✕にしてしまいます。「原則として」の限定を残して覚え、公にされた処分基準と異なる取扱いを扱った平成27年3月3日判決とは分けます。
問2(このサイトのオリジナル問題)
C県知事は、行政手続法12条1項にもとづき処分基準を定めて公にしている。判例は、行政庁が処分基準と異なる取扱いをすることは、特段の事情がない限り裁量権の範囲の逸脱・濫用に当たるとし、その理由に、処分基準が法規命令として国民を拘束することを挙げた。
答え:✕ 分かれ目は、判決が挙げた理由です。最高裁判所第三小法廷平成27年3月3日判決は、行政庁が処分基準の定めと異なる取扱いをするならば、「裁量権の行使における公正かつ平等な取扱いの要請や基準の内容に係る相手方の信頼の保護等の観点から」、特段の事情がない限り裁量権の範囲の逸脱またはその濫用に当たることとなるとしました。正しくは、理由は公正・平等な取扱いの要請と相手方の信頼の保護で、処分基準を法規命令として扱ったのではありません。結論が強いので、国民をしばる法令と同じ扱いだと考えると○にしてしまいます。取り違えの相手は、法律の委任にもとづいて国民の権利義務を定める法規命令(政令・省令など)です。
問3(このサイトのオリジナル問題)
多数の申請者から少数を選んで個人タクシー事業の免許をする場面について、判例は、行政庁は内部的にせよ具体的な審査基準を設定して公正かつ合理的に適用すべきであり、これに反する審査手続で申請を却下したときは、その却下処分は違法となるとした。
答え:○ 分かれ目は、行政手続法がない時代に、基準の設定と公正な適用が求められたかです。最高裁判所第一小法廷昭和46年10月28日判決は、多数の者のうちから少数特定の者を具体的個別的事実関係に基づき選ぶ行政庁は、内部的にせよ、法律の趣旨を具体化した審査基準を設定し、公正かつ合理的に適用すべきであり、これに反する審査手続による却下処分は違法となるとしました。当時は審査基準を定める法律の規定がなかったので違法にはならない、と考えると✕にしてしまいます。基準の内容が微妙で高度の認定を要する場合などには、申請人に主張と証拠の提出の機会を与えるべきとした点もあわせて押さえます。
この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「行政法」で続けて解けます。
まとめ
- 裁量基準は、法律が与えた判断の幅の使い方を行政が決める物差し。法律の言葉ではなく、行政規則として国民を直接しばらない。
- 行政手続法の審査基準(5条:定めるものとする・原則公にする)と処分基準(12条:努力義務)が、裁量の場面では裁量基準の働きをする。
- 昭和46年判決:多数から少数を選ぶ免許では、内部的にせよ審査基準を設定して公正・合理的に適用。反する審査手続による却下は違法。
- 昭和53年判決:準則に違背しても原則として当不当の問題。平成27年判決:公にされた処分基準と異なる取扱いは、特段の事情がない限り逸脱・濫用。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、令和8年4月1日時点で施行されている内容を、e-Gov法令検索(法令API)で確かめました。判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項・裁判要旨を確かめ、引用した理由の言葉は判決全文で確かめました。
- e-Gov法令検索「行政手続法」(2条8号、5条、12条)
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 昭和46年10月28日判決(昭和40年(行ツ)第101号)」(個人タクシー事業の免許申請の審査と公正手続)
- 裁判所「最高裁判所大法廷 昭和53年10月4日判決(昭和50年(行ツ)第120号)」(在留期間更新不許可処分取消)
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 平成27年3月3日判決(平成26年(行ヒ)第225号)」
このサイトで次に読むなら、行政裁量の判例の記事です。裁量基準を使った処分が、どんなときに裁量の逸脱・濫用として違法になるかを、判例の型で確かめられます。
働く人の法律試験ノート