運動は、勉強の代わりにはなりません。ただ、歩くなどの運動をしたあとに覚えたことは残りやすい、という研究のまとめがあります。働きながら勉強する人なら、新しく読む時間の前に歩く時間を置く、歩いている時間を思い出す練習に使う、という組み方ができます。勉強に飽きたときの短い休憩の取り方は勉強の気分転換のしかたで扱っています。
一方で、運動の効果は大きくはありません。頭の働き全体への効果は「小さい」とされ、運動を習慣にすると頭の働きがよくなるという結果は、研究の偏りを補正するとほぼなくなりました。この記事では、分かっていることと分かっていないことを分けたうえで、行政書士試験・宅建試験の勉強に取り入れる形を説明します。体調や持病がある人の運動の判断は、医師に相談してください。
1回の運動のあと、覚えたことは残りやすいのか
運動と記憶の研究をまとめたものに、Roig らの2013年のメタ分析(たくさんの研究の結果をまとめて分析する方法)があります。対象は、歩く・走る・自転車をこぐといった、息が上がる運動です。
- どんな分析か:1回だけの運動を調べた29の研究と、何週間も運動を続けた21の研究を集めました。そして、運動をした場合としなかった場合で、記憶の成績を比べました。
- 何が分かったか:1回の運動は、長く覚えておく記憶(時間をおいてから思い出す記憶)に、中くらいから大きめの効果がありました。すぐに思い出す短い記憶への効果は、中くらいでした。一方、何週間も運動を続けた研究では、短い記憶への効果は小さく、長く覚えておく記憶にはほとんど効果が見られませんでした。
ここで大事なのは、「運動を続けると記憶力が上がる」より、「1回運動したあとに覚えると残りやすい」ほうに研究の結果が出ているという点です。2021年に Loprinzi らがまとめた総説(それまでの研究を整理した論文)も、運動をしてから覚えた場合に長く残りやすくなることを示す研究があると整理しています。同じ総説は、覚えたあとに運動した場合にも効果が出た研究がある、としています。
試験勉強ではこう使います。新しい範囲を読む、条文の数字を覚える、といった「覚える時間」の前に、歩く時間を置きます。たとえば、休日に散歩をしてから、宅建業法の新しい単元を読み始める、という順番です。
頭の働き全体には、どれくらい効くのか
記憶だけでなく、注意・判断・計算など、頭の働き全体への1回の運動の効果を調べたのが、Chang らの2012年のメタ分析です。
- どんな分析か:1回の運動と頭の働きを調べた79の研究をまとめました。運動の最中、運動の直後、少し時間をおいたあと、の3つの時点で課題を解いた場合を分けて見ています。
- 何が分かったか:全体の効果はプラスでしたが、大きさは「小さい」ものでした。3つの時点のどれでも、小さなプラスでした。運動の長さ、運動の強さ、測った頭の働きの種類、参加者の体力によって、効果の大きさが変わっていました。
著者たちは、効果はおおむね小さいが、特定の課題や特定の運動のしかたでは大きな効果もありうる、とまとめています。ただし「どの運動を何分すればよいか」を、働く人の勉強にそのまま使える形で示したものではありません。
運動を習慣にすると、頭がよくなるのか
「運動を続けると頭の働きがよくなる」という話もよく見かけます。この話を、もっとも厳しい形で確かめたのが、Ciria らの2023年の研究です。
- どんな研究か:健康な人を対象に、くじ引きで運動する組としない組に分けた実験(ランダム化比較試験)だけをまとめたメタ分析を、24本集めて調べ直しました。
- 何が分かったか:集めたメタ分析の多くは、運動にプラスの効果があると報告していました。しかし、もとの実験には、人数が少なすぎる、都合のよい研究が選ばれている、目立つ結果ほど発表されやすい、といった問題が見つかりました。実験をまとめ直すと、効果は小さく、比べる相手の組の過ごし方や運動前の差をそろえるとさらに小さくなり、発表の偏りを補正すると、ほぼゼロになりました。
著者たちは、運動の習慣が頭の働きによいと言い切ったり勧めたりするのは、よりしっかりした証拠がそろうまで慎重にすべきだ、と結論づけています。これは「運動は体によくない」という意味ではありません。頭の働きをよくするために運動の時間を増やす、とまでは言えない、ということです。
研究で、まだ分かっていないことは何か
ここまでの研究を合わせると、分かっていることと分かっていないことは次のとおりです。
| 分かっていること | 分かっていないこと |
|---|---|
| 1回の運動のあとに覚えると、記憶が残りやすい研究がある | どの運動を何分・どの強さでするとよいか |
| 頭の働き全体への効果は小さい | 法律の事例問題を解く力に効くか |
| 習慣の効果は、偏りを補正すると小さい | 働いたあとの疲れた体でも同じか |
2021年の Loprinzi らの総説も、研究の結果には食い違いがあり、実際の生活にどう当てはめるかはまだはっきりしない、と書いています。また、運動が記憶を助けるしくみの多くは、動物の実験でしか調べられていません。行政書士・宅建の勉強は、条文の要件を理解して事例に当てはめる作業なので、研究の結果がそのまま当てはまるとは言えません。
働く人は、勉強と運動をどう組み合わせるか
研究の結果が小さく、分かっていないことも多い以上、「運動のために勉強の時間を削る」組み方はしません。もともと歩いている時間や、休日の散歩を、勉強の流れの中に置く形にします。表は当サイトの組み立ての例です。
| 時間 | 運動 | 勉強 |
|---|---|---|
| 朝の通勤 | 駅まで歩く | 歩きながら、昨夜の問いに頭の中で答える |
| 昼休み | 食後に少し歩く | 戻ってから○✕を10問 |
| 休日 | 20〜30分の散歩 | 帰ってすぐ新しい範囲を読む・通し演習 |
通勤の歩きは「思い出す時間」にする
歩いている時間は、テキストを開けません。そこで、前の晩にメモした問いに、頭の中で答える時間にします。たとえば「審査請求の期間は?」「宅建士証の有効期間は?」のような問いです。見ないで思い出す練習は、それ自体に効果がはっきりしているやり方です。寝る前に問いを作り、次の朝に答える流れは、寝る前の15分の記事で説明しています。
イヤホンで講義の音声を聞く人もいるでしょう。聞き流すだけでは、自分で思い出す練習になりません。音声を使うなら、1問ごとに止めて、答えを自分で言ってから続きを聞く形にします。車や自転車の通勤では、勉強より安全を優先してください。
休日は、散歩のあとに「覚える時間」を置く
休日のまとまった時間は、散歩から帰ってすぐに、新しい範囲を読む時間や通し演習を始めます。これは、Loprinzi らの総説が挙げる「運動をしてから覚える」形に当たります。散歩の長さの「20〜30分」は研究で決まった数字ではなく、当サイトの例です。歩いたあとに疲れて眠くなるなら、短くします。
休日の1日の中で、散歩と勉強をどこに置くかの例は、働く人の1日の勉強の流れに載せています。平日のすき間の15分で何をするかは、通勤・昼休みの15分の記事にまとめています。
運動を、勉強をしない理由にしないために
運動の研究を知ると、「先に走ってから勉強しよう」と考えたくなります。ところが、運動で疲れきってしまうと、その日の勉強がなくなることもあります。次の3つを決めておきます。
- 運動は、勉強の前の準備ではなく、ふだんの生活の中に置く:わざわざ運動の時間を足すより、通勤や買い物の歩きを使います。
- 疲れた日は、運動をやめて勉強の最低ラインだけ守る:残業で遅くなった日に「歩いてから」とすると、両方が抜けます。疲れた日の決め方は疲れた日・残業の日の最低ラインで扱っています。
- 運動を、勉強時間の数に入れない:歩きながら問いに答えた時間は勉強ですが、散歩そのものは勉強ではありません。週の勉強時間を数えるときは分けます。
今日からやること
- 今夜、寝る前に、明日の通勤で答える問いを3つメモする。
- 明日の朝、駅まで歩く間に、その3つに見ないで答える。
- 次の休日は、散歩から帰ってすぐに、新しい範囲を読み始める。
- 講義の音声は、1問ごとに止めて、答えを自分で言ってから続きを聞く。
- 疲れた日は運動をやめ、勉強の最低ラインだけを守る。
参考にした研究・資料(2026年10月確認)
- Roig, M., Nordbrandt, S., Geertsen, S. S., & Nielsen, J. B. (2013). The effects of cardiovascular exercise on human memory: A review with meta-analysis. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 37(8), 1645–1666. https://doi.org/10.1016/j.neubiorev.2013.06.012
- Chang, Y. K., Labban, J. D., Gapin, J. I., & Etnier, J. L. (2012). The effects of acute exercise on cognitive performance: A meta-analysis. Brain Research, 1453, 87–101. https://doi.org/10.1016/j.brainres.2012.02.068
- Ciria, L. F., Román-Caballero, R., Vadillo, M. A., Holgado, D., Luque-Casado, A., Perakakis, P., & Sanabria, D. (2023). An umbrella review of randomized control trials on the effects of physical exercise on cognition. Nature Human Behaviour, 7(6), 928–941. https://doi.org/10.1038/s41562-023-01554-4
- Loprinzi, P. D., Roig, M., Etnier, J. L., Tomporowski, P. D., & Voss, M. (2021). Acute and chronic exercise effects on human memory: What we know and where to go from here. Journal of Clinical Medicine, 10(21), 4812. https://doi.org/10.3390/jcm10214812
働く人の法律試験ノート