行政書士試験の判例は、「事案・争点・結論・理由の一言」の4つと、「何条の何の話か」をセットにして、1件ずつ短くまとめて覚えます。結論の一語(合憲・違憲、処分に当たる・当たらない)だけを覚えると、理由を取り替えた肢や、別の判例と結論を入れ替えた肢で迷います。条文と結んでおけば、初めて見る言い回しでも、どの話かが分かります。
判例集は、全員がそろえる物ではありません。択一式だけを考えるなら、基本書と肢別問題集(過去問の肢を○✕で並べた問題集)に出てくる判例で、まず足ります。多肢選択式で判決文の言葉を読みたい人と、基本書が結論しか書いていない人が足す物です。裁判所ウェブサイトなら、判決の要旨と全文を無料で読めます。
行政書士試験で、判例はどう問われるか
当サイトが令和3年度の問題冊子で確かめた形を書きます(公式の内訳ではありません)。
- 5肢択一式:問いかけの文に「最高裁判所の判例に照らし」「判例に照らし」のように「判例」が入る問題が、憲法・行政法・民法と科目をまたいで出ていました。肢は、判例の結論や理由を短く言い換えた文です。
- 多肢選択式:3問のうち2問(憲法1問・行政法1問)は、最高裁判所の判決文の一節に空欄を作り、語群から言葉を選ぶ形でした。判決の言葉そのものが空欄になります。
つまり、判例で点を取るには2つの力がいります。1つは、言い換えられた肢を見て「その判例の結論・理由と合っているか」を判断する力です。もう1つは、判決の中の決め手の言葉を、似た語の中から選べる力です。結論だけを覚える勉強では、どちらも足りません。
科目ごとの重さは少し違います。憲法の人権は、条文が短いので判例が中心です。行政法では、取消訴訟の入口(処分性・原告適格など)のように、条文だけでは決まらず、判例が基準を示している所があります。民法では、条文の言葉(たとえば177条の「第三者」)がどこまでを指すかを、判例が決めている所があります。
判例集はいるか:足りる場合と、足りない場合
当サイトの判断の目安です。
| 状態 | 判例集 | 理由 |
|---|---|---|
| 基本書に判例の事案と理由が短く書いてある | なくてよい | 択一式なら、その内容で判断できる |
| 肢別問題集の解説に判決の年月日がある | なくてよい | 足りない所は裁判所ウェブサイトで読める |
| 基本書が判例の結論しか書いていない | 足す | 理由と事案がないと、肢の言い換えで迷う |
| 多肢選択式の憲法・行政法で点を取りたい | 足す | 判決文の言い回しに慣れる必要がある |
判例集で買えるのは、「試験に要る判例と、判決のどの部分を読むか」を選んでくれる手間です。判決の全文は長く、事案や下級審の経過も入っています。働きながら全文を1件ずつ読むのは、時間に合いません。一方、判例集を足しても、扱う判例の数が増えるだけなら逆効果です。最初は「基本書と肢別問題集に出てくる判例」を範囲と決め、判例集はその判例を引く辞書として使います。
買うなら、令和8年度試験向けの版か、判決文の引用があるか、事案が数行でまとめてあるかを見ます。具体的な組み合わせは教材の選び方にまとめています。
判例は何を覚えるか:4つの項目と「何条の話か」
1件の判例を、次の5行にまとめます。長くても1行20〜40字ほどです。
- 事案:誰が、何をされて、何を求めたか。
- 争点:何が問題になったか。「〜は〜に当たるか」「〜は〜に違反するか」の形で書く。
- 結論:一語で(違憲・合憲、当たる・当たらない、免れる・免れない)。
- 理由の一言:結論を決めた言葉。判決の言い回しのまま、短く。
- 何条の話か:争点にかかわる条文と、その中のどの言葉の話か。
5つ目がいちばん大事です。判例は、条文の言葉の意味を決めたものとして読むと、ほかの知識とつながります。裁判所ウェブサイトの判例のページには「参照法条」という欄があり、判決がかかわる条文が並んでいます。5行目を書くときは、まずこの欄を見ます。
「なぜその結論になったのか」を自分に問う勉強には、研究の裏づけもあります。Dunloskyら(2013年)は10の学習法を比べ、「なぜそうなるのか」を自分に問う方法(精緻化質問)と、自分に説明する方法(自己説明)を、中くらいの効果と評価しました。練習テストや分散学習ほどではありませんが、読み返しや線を引くことよりは高い評価です。理由の一言を書くのは、この「なぜ」を1件ずつ言葉にする作業です。
3科目の判例を、5行でまとめてみる
次の3件は、どれも裁判所ウェブサイトで判示事項・裁判要旨と判決文を確かめたものです。このサイトの論点の記事でも扱っています。
憲法:薬局等の配置の規制(最高裁判所大法廷 昭和50年4月30日判決)
- 事案:医薬品の一般販売業(薬局ではない、医薬品の販売店)の許可を申請した人が、配置の基準に合わないとして知事から不許可処分を受け、その取消しを求めた。
- 争点:薬局等(薬局と医薬品の一般販売業)の配置の規制(当時の薬事法6条2項・4項と、これを一般販売業に準用する26条2項)は、職業選択の自由に違反するか。
- 結論:違憲(憲法22条1項に違反し、無効)。
- 理由の一言:規制の目的は「主として国民の生命及び健康に対する危険の防止という消極的、警察的目的」。不良な医薬品が出回るおそれは「単なる観念上の想定にすぎず」、必要かつ合理的な規制とはいえない。
- 何条の話か:憲法22条1項「職業選択の自由」。判決は、この中に職業活動の自由(営業の自由)も含むとした。
(このサイトのオリジナル問題)「判例は、薬局等の配置の規制の目的を、国民の生命・健康に対する危険の防止にあるとしたうえで、目的が正当である以上、規制は憲法22条1項に違反しないとした。」
答え:誤り。目的の見方は合っていますが、結論が逆です。判決は、規制が目的のために必要かつ合理的とはいえないとして、違憲としました。同じ「お店の場所の規制」でも合憲とされた小売市場の判例との違いは、職業選択の自由と財産権の記事で並べています。
行政法:ごみ焼却場の設置(最高裁判所第一小法廷 昭和39年10月29日判決)
- 事案:東京都がごみ焼却場の設置を計画し、設置した。これに不服のある人たちが、設置の無効の確認などを求めた。
- 争点:焼却場の設置は、抗告訴訟(処分に不服を言う裁判)で争える「処分」に当たるか。
- 結論:当たらない。
- 理由の一言:処分とは「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によつて、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの」。焼却場は私人と対等の立場で結んだ「私法上の契約」で設置され、計画案を議会に出したのは都の「内部的手続行為」にとどまる。
- 何条の話か:行政事件訴訟法3条2項の「処分」(取消訴訟で争える相手)の意味。この事件は旧法(行政事件訴訟特例法)のもとで争われたため、参照法条の欄には同法1条が載っています。古い判例では、5行目に今の条文を書いておきます。
(このサイトのオリジナル問題)「判例によれば、地方公共団体がごみ焼却場を設置する行為は、周辺住民の生活環境に直接の影響を与えるので、取消訴訟の対象となる処分に当たる。」
答え:誤り。判決は、設置が私法上の契約によるもので、住民の権利義務を直接形成したり範囲を確定したりすることが法律上認められている場合に当たらない、としました。「影響が大きいかどうか」は、判決が使った物差しではありません。理由を取り替えた肢です。処分性・原告適格・訴えの利益のほかの判例は取消訴訟の要件の記事にまとめています。
民法:無権代理人を相続した本人(最高裁判所第三小法廷 昭和48年7月3日判決)
- 事案(要旨の形で):代理権がないのに本人の代理人として契約した人(無権代理人)が、相手方に民法117条の責任を負っていた。その無権代理人が亡くなり、本人が相続した。
- 争点:本人は、追認を拒絶できる立場にあったことを理由に、117条の債務を免れるか。
- 結論:免れない。
- 理由の一言:117条の債務は相続の対象になり、本人は「相続により無権代理人の右債務を承継する」。
- 何条の話か:民法113条(追認がなければ本人に効力がない)、117条(無権代理人の責任)、896条(相続人は被相続人の権利義務を承継する)。参照法条の欄にもこの3つが並んでいます。
(このサイトのオリジナル問題)「判例によれば、本人が無権代理人を相続した場合、無権代理行為は当然に有効となる。」
答え:誤り。この判決は、先の最高裁判決(昭和37年)について「無権代理行為が当然に有効となるものではない旨判示したにとどまり」と述べています。本人は追認を拒絶できる立場にあります。ただ、無権代理人が負っていた117条の債務は、相続で引き継ぐ、という判断です。「当然に」という言い過ぎで誤りにした肢です。代理の全体は代理をわかりやすくの記事で説明しています。
判例の肢は、どこをずらしてくるか
上の3問のように、判例の肢の誤りは、5行のどれかをずらした形で作れます。当サイトの整理です。
| ずらし方 | 例 | 見抜くための行 |
|---|---|---|
| 結論を逆にする | 薬局等の配置の規制は合憲 | 結論 |
| 理由を取り替える | 影響が大きいので処分に当たる | 理由の一言 |
| 言い過ぎにする | 相続すると当然に有効になる | 理由の一言 |
| 似た判例と入れ替える | 小売市場の規制は違憲 | 事案と結論 |
| 別の条文の話にする | 22条の判例を29条の話として出す | 何条の話か |
5行でまとめておけば、肢を読んだときに「どの行がずれているか」を探す読み方ができます。判例の肢で△や✕が付いたら、5行のどこで迷ったかもメモしておきます。理由の行で迷うことが多い人は、判決文の理由の部分を読む時間を増やします。
判例の原文は、どこで、どう読むか
最高裁判所の判例は、裁判所ウェブサイトの裁判例検索で読めます。働きながらなら、次の順で読むのがむだがありません。
- 裁判年月日で探す:「薬事法距離制限事件」のような呼び名は、教科書などでの通称です。裁判所のサイトの「事件名」は「行政処分取消請求」のような書き方なので、年月日と法廷(大法廷・第一小法廷など)で探します。
- 判示事項と裁判要旨を読む:何が問題になり、どう判断したかが数行でまとまっています。ここで争点と結論の行を書きます。
- 参照法条を見る:5行目の「何条の話か」の材料です。
- 全文は、理由の部分だけ探して読む:全文のPDFで、結論を決めた段落を探し、決め手の言葉を写します。全部を読む必要はありません。
憲法の多肢選択式に向けて判決文をどう読むかは、憲法の勉強法でも書いています。
覚えた判例は、どう回すか
5行のうち、事案と争点を「問い」に、結論・理由・条文を「答え」にすると、そのまま一問一答になります。カードでも、ノートの左右でもかまいません。問いを見て、答えの3行を声に出すか書いてから、確かめます。
回すときは、条文の勉強と同じく日をあけて繰り返します。たとえば、行政事件訴訟法の処分性を学んだ週の木曜に5行を思い出し、翌週と翌月にもう一度。判例だけをまとめて回すより、同じ条文の勉強の日に一緒に回すほうが、「何条の話か」が固まります。
今日からやること
- 今週学ぶ単元の判例を1件選び、事案・争点・結論・理由の一言・何条の話かの5行で書く。
- 裁判所ウェブサイトでその判例を年月日で探し、裁判要旨と参照法条で5行を直す。
- 判例の肢で迷ったら、5行のどれがずれていたかをメモする。
- 判例集を買う前に、基本書と肢別問題集に出てくる判例を範囲として決める。
このサイトで次に読むなら、一問一答・アプリの使い方がおすすめです。5行にした判例を○✕で回すときの、押す前に理由を言うやり方と、間をあけて出し直す組み方を書いています。過去問の肢で判例の言い換えに慣れたい人は、肢別問題集の使い方も参考にしてください。
参考にした公式の情報・研究(2026年10月確認)
- 裁判所「最高裁判所大法廷 昭和50年4月30日判決(昭和43年(行ツ)第120号)」(判示事項・裁判要旨・判決文)
- 裁判所「最高裁判所大法廷 昭和47年11月22日判決(昭和45年(あ)第23号)」(小売市場の許可規制は憲法22条1項に違反しない)
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 昭和39年10月29日判決(昭和37年(オ)第296号)」(判示事項・裁判要旨・判決文)
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 昭和48年7月3日判決(昭和46年(オ)第138号)」(判示事項・裁判要旨・参照法条・判決文)
- e-Gov法令検索:日本国憲法22条1項、行政事件訴訟法3条2項、民法113条1項・117条・896条
- 行政書士試験研究センター「過去の試験問題と正解」(令和3年度の問題冊子で、判例の問われ方を確認)
- Dunlosky, J., Rawson, K. A., Marsh, E. J., Nathan, M. J., & Willingham, D. T. (2013). Improving students’ learning with effective learning techniques: Promising directions from cognitive and educational psychology. Psychological Science in the Public Interest, 14(1), 4–58.(DOI)
働く人の法律試験ノート