ひとことで言うと、判例は、憲法の人権は日本国民だけでなく、外国人にも法人にも、権利の性質に応じて及ぶとしています。外国人には「権利の性質上日本国民のみを対象とするもの」を除いて及び、法人には「性質上可能なかぎり」及びます。
もう一つの問題が、会社と社員のような私人(しじん=国や自治体ではない個人や会社)どうしの関係です。判例は、憲法の人権の条文を私人どうしにそのまま当てはめることはしません。そのかわり、民法90条(公序良俗)などのルールを使う中で、人権の考え方を生かします。
この記事では、外国人・法人・私人どうしの3つを扱います。公務員や刑事施設に収容されている人など、国と特別な関係にある人の人権は扱いません。
身近な例で考えるとどうなるか
同じ市に住む3人と1つの会社が登場します。
| 登場人物 | 立場 | したいこと |
|---|---|---|
| マリアさん | 外国籍。市に20年住む永住者 | 市長選挙で投票したい。集会にも出たい |
| ひかり電機株式会社 | 市内の会社 | 政党に寄付をしたい |
| けんじさん | ひかり電機の株主 | 寄付に反対している |
| ゆいさん | 就職活動中の大学生 | ひかり電機に入社したい |
場面1:マリアさんと選挙・集会
マリアさんは、外国籍の人の暮らしについて話し合う集会に出て、意見を言いたいと考えています。判例の考え方では、政治活動の自由は、外国人の地位から見て認めるのが相当でないものを除き、外国人にも及びます。一方、市長選挙の選挙権は、今の法律では日本国民の住民にしかありません。判例は、これは憲法に違反しないとしています。
場面2:ひかり電機の政党への寄付
ひかり電機は、ある政党に寄付をしました。株主のけんじさんは「会社のお金を政治に使うのはおかしい」と考えています。判例の考え方では、会社にも、性質上可能なかぎり人権が及びます。会社は、政党への寄付を含め、政治的な行為をする自由を持つとされています。
場面3:ゆいさんの採用
ゆいさんは、面接で学生時代の活動を聞かれ、それを理由に不採用になったと感じています。ひかり電機は国ではなく私人です。憲法19条(思想・良心の自由)をそのまま会社に当てはめて「違憲だから無効」とはなりません。会社には採用の自由もあるからです。ただし、私人どうしでも、ひどい差別は民法90条などで無効になりえます。
たとえるなら、憲法は「国という大きな力から、個人を守る盾」です。盾が外国人や会社にどこまで配られるか、国ではない相手との争いに盾をどう使うか、という話です。ただし本物のルールでは、私人どうしの争いでは盾(憲法)を直接使わず、民法という別の道具の中に盾の考え方を組み込みます。
条文ではどう決まっているか
憲法の条文の書き方
- 人権を並べた第3章の題は「国民の権利及び義務」です。10条は「日本国民たる要件は、法律でこれを定める。」として、誰が国民かを法律(国籍法)に任せています。
- 条文の主語は、「国民」と書くものと「何人も(なんぴとも=だれでも)」と書くものがあります。たとえば22条2項は「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。」です。
- 15条1項:公務員を選定し、罷免(ひめん=やめさせること)するのは「国民固有の権利」。
- 93条2項:地方公共団体の長、議会の議員などは、その地方公共団体の「住民」が直接選挙する。
- 民法90条:「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。」私人どうしの関係で、人権の考え方を生かすときの受け皿になる条文です。
判例は、条文の主語が「国民」か「何人も」かで決めず、権利の性質で決めます。主語だけで「国民と書いてあるから外国人には及ばない」と判断すると、まちがえます。
外国人についての判例
- 最高裁判所大法廷 昭和53年10月4日判決(在留期間の更新):第3章の人権の保障は、権利の性質上日本国民のみを対象とするものを除き、在留する外国人にも等しく及ぶとしました。政治活動の自由も、政治的な意思決定やその実施に影響を及ぼす活動など、外国人の地位から認めるのが相当でないものを除き、及ぶとしました。一方で、外国人には日本に在留する権利や、在留を続ける権利は憲法上保障されていないとしました。外国人の人権の保障は、外国人在留制度の「わく内で与えられているにすぎない」とし、在留中の活動を更新のときに不利な事情として考えることも妨げられないとしました。
- 最高裁判所第三小法廷 平成7年2月28日判決(地方の選挙権):15条1項の権利は、性質上日本国民のみを対象とし、在留する外国人には及ばないとしました。93条2項の「住民」も、区域内に住所を持つ日本国民を意味するとしました。そのうえで、永住者などで地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至った人に、法律で地方の選挙権を与える措置をとることは、憲法上禁止されていないとしました。そうするかどうかは国の立法政策の問題だとしています。
- 最高裁判所大法廷 平成17年1月26日判決(管理職の選考):地方公共団体が、公権力の行使に当たる職務などを含む一体的な管理職の任用制度を作ったうえで、日本国民の職員に限って管理職に昇任できるとする措置は、労働基準法3条にも憲法14条1項にも違反しないとしました。
法人についての判例
- 最高裁判所大法廷 昭和45年6月24日判決(会社の政治献金):憲法の人権の規定は、性質上可能なかぎり、内国の法人にも適用されるとしました。会社は、公共の福祉に反しない限り、政党への寄付の自由を持つとしました。社会的な役割を果たすためにされたと認められる限り、政治資金の寄付は会社の権利能力の範囲内の行為だとしました。
- 最高裁判所第三小法廷 平成8年3月19日判決(税理士会):税理士会が政党など政治資金規正法上の政治団体に寄付することは、税理士会の目的の範囲外だとしました。そのために会員から特別会費を集める総会決議も無効です。理由は、税理士会が入会を強制される団体で、会員に実質的に脱退の自由がないこと。そして、政治団体に寄付するかどうかは、会員一人ひとりが市民として自主的に決めるべき事柄だということです。
- 最高裁判所第一小法廷 平成14年4月25日判決(司法書士会):大震災で被災した他県の司法書士会に復興支援のお金を寄付することは、司法書士会の権利能力の範囲内だとしました。そのための特別負担金を集める総会決議の効力は、会員に及ぶとしました(反対意見があります)。
私人どうしについての判例
- 最高裁判所大法廷 昭和48年12月12日判決(採用と思想・信条):憲法14条・19条は、私人どうしの関係に直接適用されないとしました。企業が思想・信条を理由に採用を拒んでも、当然に違法とはいえないとしました。そのうえで、私人どうしでも、場合によっては民法1条・90条や不法行為の規定を適切に運用して調整できる、という考え方を示しました。
- 最高裁判所第三小法廷 昭和56年3月24日判決(男女別の定年):就業規則で定年を男子60歳・女子55歳としていた事案です。女子の定年を男子より低くした部分は、性別だけによる不合理な差別で、民法90条により無効とされました。
当てはまる例・当てはまらない例
- 当てはまる(外国人の政治活動):マリアさんが、暮らしにかかわる制度について集会で意見を述べる。政治活動の自由は、外国人の地位から認めるのが相当でないものを除いて及びます。
- 当てはまらない(在留を続ける権利):マリアさんの友人の留学生が「人権があるのだから、在留期間の更新を認めてもらう権利がある」と考えた。昭和53年10月4日判決は、在留を続ける権利は憲法上保障されていないとしました。
- ひっかけやすい(地方の選挙権):「憲法は永住外国人に地方の選挙権を保障している」も、「法律で与えることは憲法上許されない」も誤りです。平成7年2月28日判決は、憲法は保障していないが、法律で与えることは禁止されておらず、立法政策の問題だとしました。
- ひっかけやすい(団体の寄付):「会社が政治献金できるのだから、税理士会も政治団体に寄付できる」は誤りです。強制加入で脱退の自由がない税理士会では、政治団体への寄付は目的の範囲外とされました。一方、同じ強制加入の司法書士会でも、被災した司法書士会への復興支援の寄付は範囲内とされました。寄付先と目的で結論が分かれます。
- 当てはまらない(私人どうしに直接適用):ゆいさんが「思想を理由に不採用にしたのは憲法19条に直接違反し無効だ」と主張した。判例は、憲法14条・19条は私人どうしに直接適用されないとしました。
- 当てはまる(民法90条を通じて無効):ひかり電機の就業規則が、性別だけを理由に女性の定年を低くしていた。昭和56年3月24日判決と同じく、その部分は民法90条で無効になりえます。
似ているルールとどう違うか
まず、3つの相手ごとの判例の考え方を並べます。
| 相手 | 判例の考え方 | 中心の判例 |
|---|---|---|
| 外国人 | 性質上日本国民のみのものを除き及ぶ。在留制度のわく内 | 昭和53年10月4日 |
| 法人 | 性質上可能なかぎり及ぶ | 昭和45年6月24日 |
| 私人どうし | 直接は適用しない。民法1条・90条などで調整 | 昭和48年12月12日 |
次に、団体の寄付の3つの判例です。結論の向きが分かれるので、選択肢で入れかえられやすいところです。
| 団体 | 寄付先 | 結論 |
|---|---|---|
| 会社 | 政党 | 権利能力の範囲内 |
| 税理士会 | 政治団体 | 目的の範囲外。会費の決議は無効 |
| 司法書士会 | 被災した司法書士会 | 範囲内。決議は会員に及ぶ |
私人どうしの問題は、平等の判例とも重なります。法の下の平等(14条)の判例の読み方は法の下の平等をわかりやすくで整理しています。国に生活の支えを求める権利(社会権)は生存権・教育を受ける権利・労働基本権、政治活動とかかわる表現の自由は表現の自由をわかりやすくもあわせて読むと、つながりが見えます。
試験ではここをまちがえやすい
- 主語で決める型:「『国民』と書かれた権利は外国人には一切及ばない」は誤り。判例は権利の性質で決めます。
- 政治活動を「全面的に及ぶ」「全く及ばない」とする型:昭和53年判決は、原則として及び、外国人の地位から認めるのが相当でないものを除く、という形です。
- 在留中の活動と更新を切り離す型:「在留中に憲法上保障された活動をしたのだから、更新の判断で考えてはならない」は誤り。判例は、消極的な事情として考えることも妨げられないとしました。
- 地方選挙権の「保障」と「禁止」の入れかえ:憲法は保障していない。でも法律で与えることは禁止されていない。この2つを同時に覚えます。
- 私人どうしに「直接適用」とする型:判例は直接適用を否定し、民法1条・90条や不法行為の規定の運用で調整するとしました。「私人どうしには人権の考え方が一切関係しない」も言いすぎです。
- 判決の名前と結論のすりかえ:採用の判例(昭和48年)は「当然に違法とはいえない」。定年の判例(昭和56年)は「民法90条で無効」。向きが逆なので、取り違えないようにします。
行政書士試験では、人権の分野で、判例の結論と理由を正しく言いかえた選択肢を選ぶ形が考えられます。多肢選択式では、判決の言葉(権利の性質上、性質上可能なかぎり、在留制度のわく内、立法政策)を空欄にする形も考えられます。判例は結論だけでなく、理由のキーワードまで一緒に覚えます。進め方は憲法の勉強法にまとめています。この論点は宅建試験の範囲ではありません。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
市に長く住む永住者のマリアさんは、市長選挙で投票したいと考えている。判例によれば、憲法93条2項は、永住者である外国人に地方公共団体の長の選挙権を保障している。
答え:✕ 平成7年2月28日判決は、93条2項の「住民」は区域内に住所を持つ日本国民を意味するとし、外国人に選挙権を保障したものではないとしました。
問2(このサイトのオリジナル問題)
判例によれば、永住者などで地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至った外国人に、法律で地方公共団体の議会の議員の選挙権を与える措置をとることは、憲法上禁止されている。
答え:✕ 同じ判決は、そうした措置をとることは憲法上禁止されていないとし、とるかどうかは国の立法政策の問題だとしました。
問3(このサイトのオリジナル問題)
ゆいさんは、ある会社の採用試験で、思想・信条を理由に採用を拒まれた。判例によれば、憲法19条は私人どうしの関係にも直接適用されるので、この採用拒否は当然に違法となる。
答え:✕ 昭和48年12月12日判決は、憲法14条・19条は私人どうしの関係に直接適用されないとし、思想・信条を理由とする採用拒否も当然に違法とはいえないとしました。
まとめ
- 外国人:権利の性質上日本国民のみのものを除き及ぶ。ただし在留制度のわく内で、在留を続ける権利はない。
- 地方選挙権:憲法は外国人に保障していないが、永住者などに法律で与えることは禁止されていない。
- 法人:性質上可能なかぎり及ぶ。会社の政治献金は範囲内。税理士会の政治団体への寄付は範囲外。
- 私人どうし:憲法を直接は適用しない。民法1条・90条などで調整(男女別定年は90条で無効)。
次に読むなら、法の下の平等をわかりやすくがおすすめです。この記事の管理職の判例や男女別定年の判例は、どれも「区別が合理的か」という平等の考え方とつながっています。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、令和8年4月1日時点で施行されている内容を、e-Gov法令検索で確かめています。判例は裁判所ウェブサイトで確かめています。
- e-Gov法令検索「日本国憲法」(第10条、第15条、第22条、第93条)
- e-Gov法令検索「民法」(第90条)
- 裁判所「最高裁判所大法廷 昭和53年10月4日判決(昭和50年(行ツ)第120号)」(在留期間更新不許可処分取消)
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 平成7年2月28日判決(平成5年(行ツ)第163号)」(選挙人名簿不登録処分に対する異議の申出却下決定取消)
- 裁判所「最高裁判所大法廷 平成17年1月26日判決(平成10年(行ツ)第93号)」(管理職選考受験資格確認等請求)
- 裁判所「最高裁判所大法廷 昭和45年6月24日判決(昭和41年(オ)第444号)」(取締役の責任追及請求)
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 平成8年3月19日判決(平成4年(オ)第1796号)」(選挙権被選挙権停止処分無効確認等)
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 平成14年4月25日判決(平成11年(受)第743号)」(債務不存在確認請求)
- 裁判所「最高裁判所大法廷 昭和48年12月12日判決(昭和43年(オ)第932号)」(労働契約関係存在確認請求)
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 昭和56年3月24日判決(昭和54年(オ)第750号)」(雇傭関係存続確認等)
働く人の法律試験ノート