ひとことで言うと、この判決は、私立大学の学則の規定が憲法の自由権の規定に直接違反するかどうかを論ずる余地はなく、学則による規律と退学処分は、社会通念に照らして合理的といえる限り、大学の裁量の範囲内としたものです(最高裁判所第三小法廷昭和49年7月19日判決。昭和42年(行ツ)第59号。一般に「昭和女子大事件」と呼ばれます)。
判決の論点は3つです。①憲法19条・21条・23条などの規定は、私人どうしの関係に当然には適用されない。②大学は、学則で学生を規律する包括的権能を持つが、それは無制限ではない。③退学処分は特に慎重な配慮が要るが、選ぶかどうかは懲戒権者の裁量に委ねられる。この記事では、この3点を判決の言葉で確かめます。採用と思想の自由が争われた三菱樹脂事件と男女別定年の判例は人権の享有主体と私人間効力の記事で扱っています。学生の個人の事情や活動の中身は扱いません。
身近な例で考えると
架空の話で筋をつかみます。登場するのは、私立のさくら大学と、その学生のはるかさんです。
- さくら大学の学則の細則には、「学外の団体に加わるときは、大学の許可を受ける」という定めがある。
- はるかさんは、許可を受けずに学外の団体に加わり、大学の指導にも応じなかった。
- 大学は、学則の「学校の秩序を乱し、その他学生としての本分に反した」に当たるとして、はるかさんを退学処分にした。
- はるかさんは「この細則は憲法21条(結社の自由)に反して無効だ。退学処分も無効だ」と訴えた。
さくら大学は国ではなく、私人(国や自治体ではない個人や団体)です。判例の考え方では、はるかさんは「細則が憲法21条に直接違反する」という形では争えません。争いの中心は、細則と退学処分が、社会通念に照らして合理的といえるか、裁量の範囲内か、になります。
たとえると、憲法は「国から個人を守るための約束」です。私立の学校と学生の関係は、入学という約束で始まった私人どうしの関係なので、憲法の約束をそのまま持ち込むのではなく、その関係のルール(学則)が合理的かどうかで判断します。ただし本物の判決は、人権の考え方が私人どうしに全く関係ないとは言っていません。学則による規律に、社会通念に照らした合理性という限界を置いています。
判決ではこう決まっている
事件の概要
| 項目 | 中身 |
|---|---|
| 裁判所・日付 | 最高裁判所第三小法廷 昭和49年7月19日判決 |
| 事件番号 | 昭和42年(行ツ)第59号(身分確認請求) |
| 争われたこと | 私立大学の学生が、退学処分は無効だとして学生の身分の確認を求めた |
| 原審 | 東京高等裁判所 昭和42年4月10日判決 |
| 結論 | 上告棄却。退学処分の効力を是認 |
3つの論点と判決の判断
| 論点 | 判決の判断 | 判決の言葉の要点 |
|---|---|---|
| ①人権規定は私人どうしに及ぶか | 当然には適用・類推適用されない | 学則の細則が直接憲法に違反するかを「論ずる余地はない」 |
| ②大学は学則で学生を規律できるか | 包括的権能がある。ただし無制限ではない | 在学関係設定の目的と関連し、社会通念に照らして合理的な範囲でのみ是認 |
| ③退学処分は裁量の範囲内か | 範囲内として効力を是認 | 特に慎重な配慮が要るが、選択は教育的判断 |
①私人どうしの関係(三菱樹脂事件を引いた部分)
判決は、憲法19条・21条・23条などのいわゆる自由権的基本権の保障規定は、国又は公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障することを目的とし、専ら国又は公共団体と個人との関係を規律するもので、「私人相互間の関係について当然に適用ないし類推適用されるものでない」としました。その根拠として、最高裁判所大法廷昭和48年12月12日判決(一般に「三菱樹脂事件」と呼ばれます)を挙げています。
そのうえで、私立大学の学則の細則としての性質をもつ規定について、「直接憲法の右基本権保障規定に違反するかどうかを論ずる余地はない」としました。
②大学の包括的権能とその限界
- 大学は、国公立であると私立であるとを問わず、学生の教育と学術の研究を目的とする公共的な施設である。法律に格別の規定がない場合でも、設置目的を達成するために必要な事項を学則等で一方的に定め、在学する学生を規律する包括的権能を持つ。
- 特に私立学校は、建学の精神にもとづく独自の伝統・校風と教育方針によって社会的存在意義が認められる。学生も、そのもとで教育を受けることを希望して入学したと考えられるので、学則による規律に服する。
- ただし、この包括的権能は「無制限なものではありえず」、在学関係設定の目的と関連し、かつ、その内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認される。
- 学生の勉学専念を特に重視する、あるいは比較的保守的な校風を持つ私立大学が、その教育方針に照らして、学生の政治的活動について学内外でかなり広範な規律を及ぼすこととしても、これをもって「直ちに」社会通念上学生の自由に対する不合理な制限であるということはできない。
③退学処分と懲戒権者の裁量
- 退学処分を行うには、その要件の認定につき、他の処分の選択に比較して「特に慎重な配慮を要する」。
- それでも、退学処分の選択は教育的判断にほかならない。処分の前に反省を促す補導をするか、どの程度するかは、学校当局の専門的・自律的判断に委ねられる。学則等に格別の定めのないかぎり、補導を経ることが、特別の場合を除いて常に退学処分の法的義務であるとまで解するのは相当でない。
- 補導の面で欠けるところがあっても、それだけで退学処分が違法となるのではない。事案の諸事情を総合して、処分の選択が社会通念上合理性を認めることができないようなものでないかぎり、懲戒権者の裁量権の範囲内にある。
関係する条文は、判決の参照法条にある学校教育法11条です。今の11条は、校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる(ただし、体罰を加えることはできない)としています。退学処分の事由は、判決当時の学校教育法施行規則13条3項4号と大学の学則が定めていました。
「間接適用説」は判決の言葉か
「間接適用説」は、学説(考え方)の名前です。この判決は、その言葉を使っていません。判決が述べたのは、自由権の規定は私人どうしに「当然に適用ないし類推適用されるものでない」こと、そして学則による規律には社会通念に照らした合理性という限界があることです。
学説は、私人どうしの争いでは、憲法を直接は使わず、私法の一般的な規定(民法90条の公序良俗など)の解釈を通じて人権の考え方を生かす、という立場を「間接適用説」と呼びます。三菱樹脂事件の判決が民法の規定による調整をどう述べたかは、人権の享有主体と私人間効力の記事で確かめてください。覚えるべきなのは学説の名前ではなく、判決が何を述べたかです。「判例は間接適用説を採ると明言した」という形はうのみにしないでください。
当てはまる例・当てはまらない例
- 当てはまる例:はるかさんが「細則は憲法21条に直接違反し無効」と主張した。判例の考え方では、私立大学の学則の細則が直接憲法に違反するかを論ずる余地はありません。
- 当てはまる例:さくら大学が、教育方針にもとづいて学外の団体への加入に許可制をとった。在学関係設定の目的と関連し、社会通念に照らして合理的といえる範囲なら、規律は是認されます。
- 当てはまらない例:大学の規律が、在学関係の目的と関係がなく、社会通念に照らして合理的といえない場合。判決は、包括的権能は無制限ではないとしています。
- ひっかけやすい例:「退学処分の前に反省を促す補導が足りなかったので、退学処分は違法」と考えること。判決は、補導の面で欠けるところがあってもそれだけで違法とはならず、諸事情を総合して判断するとしました。
- ひっかけやすい例:「私立大学だから包括的権能がある。国公立大学にはない」と考えること。判決は、国公立であると私立であるとを問わず、大学は包括的権能を持つとしました。私立学校には、建学の精神と校風の点が加わります。
似ているルールとの違い
| 判例 | 場面 | 判断の要点 |
|---|---|---|
| 三菱樹脂事件(昭和48年12月12日・大法廷) | 会社の採用 | 14条・19条は私人どうしに直接適用されない |
| 昭和女子大事件(昭和49年7月19日) | 私立大学の学則と退学処分 | 三菱樹脂事件を引き、学則が直接憲法に違反するかを論ずる余地はない |
| 富山大学事件(昭和52年3月15日) | 国立大学の単位の認定 | 特段の事情のない限り司法審査の対象にならない |
昭和女子大事件は、司法審査の対象になるかの判例ではありません。最高裁は退学処分の効力を審理し、裁量の範囲内として是認しました。大学の内部の争いが裁判の対象になるか(部分社会の法理)は、国立大学の単位認定が争われた判例とあわせて司法権の限界の記事で扱っています。大学の自治と学問の自由は思想・良心の自由と学問の自由の判例にまとめています。
試験ではここをまちがえやすい
- 包括的権能の限界の落とし:「大学は学則でどんな規律もできる」とする形。判決は、在学関係設定の目的と関連し、社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認されるとしました。
- 補導の位置づけ:「補導を経ることは退学処分の法的義務」とする形。判決は、学則等に格別の定めのないかぎり、そこまで解するのは相当でないとしました。
- 慎重な配慮の落とし:「退学処分も他の処分と同じ基準で判断する」とする形。判決は、退学処分の要件の認定には特に慎重な配慮を要するとしています。
- 学説の名前と判決の言葉:判決は「間接適用説」の語を使っていません。
- 判例の取り違え:司法審査の対象かどうかが争点になったのは国立大学の単位認定の判例です。昭和女子大事件は、退学処分の効力の判断です。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
判例によれば、大学は、国公立か私立かを問わず学生の教育と学術の研究を目的とする公共的な施設であるから、法律に格別の規定がなくても、学則等で在学する学生を規律する包括的権能を持つ。
答え:○ 分かれ目は、包括的権能の根拠と範囲です。最高裁判所第三小法廷昭和49年7月19日判決は、大学は国公立であると私立であるとを問わず公共的な施設で、法律に格別の規定がない場合でも、設置目的を達成するために必要な事項を学則等で定め、学生を規律する包括的権能を持つとしました。問題文の理由づけ(公共的な施設であること)も判決のとおりです。法律の根拠が要る、建学の精神がある私立だけの話だ、と考えると✕に見えます。ただし、その権能は社会通念に照らして合理的な範囲に限られます。
問2(このサイトのオリジナル問題)
さくら大学は、学則違反をくり返したはるかさんを退学処分にした。判例によれば、処分の前に本人に反省を促す補導を行うことは、学則に定めがなくても、退学処分をするための学校当局の法的義務である。
答え:✕ 分かれ目は、補導が法的義務かどうかです。昭和49年7月19日判決は、補導をするか、どのような方法と程度でするかは学校当局の専門的・自律的判断に委ねざるをえず、学則等に格別の定めのないかぎり、補導を経ることが特別の場合を除いて常に法的義務であるとまで解するのは相当でないとしました。正しくは、補導に欠けるところがあっても、それだけで退学処分が違法となるのではありません。「退学には特に慎重な配慮が要る」という部分と混ぜないようにします。
問3(このサイトのオリジナル問題)
さくら大学の学長は、学則違反をくり返したはるかさんを退学処分にした。判例によれば、退学処分は他の処分より特に慎重な配慮を要するが、その選択が社会通念上合理性を認めることができないものでないかぎり、懲戒権者の裁量権の範囲内とされる。
答え:○ 分かれ目は、「慎重な配慮」と「裁量」の両方を正しく組み合わせているかです。昭和49年7月19日判決は、退学処分の要件の認定には他の処分の選択に比較して特に慎重な配慮を要するとしつつ、退学処分の選択も教育的判断であり、社会通念上合理性を認めることができないようなものでないかぎり、懲戒権者の裁量権の範囲内にあるとしました。「慎重な配慮が要るなら、裁量は認められない」と考えると✕に見えます。
この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「憲法」で続けて解けます。
まとめ
- 最高裁判所第三小法廷昭和49年7月19日判決(昭和女子大事件):私立大学の学則の細則が直接憲法の自由権の規定に違反するかを論ずる余地はない(三菱樹脂事件を引用)。
- 大学は、国公立・私立を問わず、学則で学生を規律する包括的権能を持つ。ただし、在学関係設定の目的と関連し、社会通念に照らして合理的な範囲に限られる。
- 退学処分は特に慎重な配慮を要するが、選択は教育的判断。補導は、格別の定めがない限り法的義務とまではいえない。
- 「間接適用説」は学説の名前で、判決の言葉ではない。
次に読むなら、憲法の判例まとめがおすすめです。人権の判例を「国と個人の関係か、私人どうしの関係か」で分けて見直すと、この判決の位置がはっきりします。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項・裁判要旨を確かめ、理由の言葉は判決全文で確かめました。条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の版を指定して確かめました。
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 昭和49年7月19日判決(昭和42年(行ツ)第59号)」
- 裁判所「最高裁判所大法廷 昭和48年12月12日判決(昭和43年(オ)第932号)」(三菱樹脂事件)
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 昭和52年3月15日判決(昭和46年(行ツ)第52号)」(国立大学の単位認定)
- e-Gov法令検索「日本国憲法」(19条、21条、23条)
- e-Gov法令検索「学校教育法」(11条)
- e-Gov法令検索「民法」(90条)
働く人の法律試験ノート