多重代表訴訟:親会社の株主が子会社の取締役の責任を追及できる場合(会社法847条の3)と、旧株主による責任追及等の訴え

ひとことで言うと、多重代表訴訟は、グループの一番上の親会社(最終完全親会社等)の株主が、100%子会社の取締役などの責任を、子会社のために追及する訴えです(会社法847条の3)。条文の名前は「最終完全親会社等の株主による特定責任追及の訴え」で、「多重代表訴訟」は一般に使われる呼び方です。

ふつうの株主代表訴訟(847条)と違うのは、2点です。親会社の議決権か株式の100分の1以上を持つ株主しか使えないこと、そして追及できるのが、子会社の株式の帳簿価額が親会社の総資産額の5分の1を超える場合の責任(特定責任)に限られることです。この記事では、847条の3の要件と、株式交換などで株主でなくなった人の訴え(847条の2)を扱います。代表訴訟の流れ(請求から60日・訴訟告知・費用)は株主代表訴訟の記事に任せます。条文は、令和8年4月1日時点の会社法を e-Gov 法令検索で確かめています。

身近な例で考えると

数字は説明のための仮のものです。

人物・会社立場したこと
さくらホールディングス親会社(公開会社)。ほかに親会社はないさくら物流の株式を100%持つ
さくら物流完全子会社取締役の判断で大きな損をした
こうじさんさくら物流の取締役任務を怠ったと疑われている
なおみさんさくらホールディングスの株主議決権の1.2%を1年前から持つ
  1. こうじさんが任務を怠り、さくら物流に損害が出た。さくら物流には、こうじさんに損害賠償を求める権利がある(423条1項)。
  2. さくら物流の株主は、さくらホールディングスだけ。親会社がこうじさんの責任を追及しないと、だれも動かないおそれがある。
  3. なおみさんは、さくら物流の株主ではないので、847条のふつうの代表訴訟は使えない。
  4. そこで、なおみさんは、847条の3により、さくら物流に対し、こうじさんの責任を追及する訴えを起こすよう請求した。60日以内に訴えが起こされなければ、なおみさんがさくら物流のために訴えを起こせる(7項)。

たとえるなら、孫の会社の不始末を、親会社の株主が「孫の会社の財布に戻せ」と求める仕組みです。ただし本物のルールでは、親会社の株主ならだれでもよいわけではなく、持っている割合と、その子会社が親会社にとってどれだけ大きいかの条件があります。

条文ではこう決まっている

だれが請求できるか(847条の3第1項・6項)

  • 最終完全親会社等の株主であること:完全親会社等のうち、さらにその上に完全親会社等がない会社が「最終完全親会社等」です(1項のかっこ書・2項)。例では、さくらホールディングスです。
  • 割合:最終完全親会社等の総株主の議決権の100分の1以上、または発行済株式(自己株式を除く)の100分の1以上を持つこと。定款で、これより低い割合にできます。
  • 期間:6か月前から引き続き持っていること(定款で短くできる)。最終完全親会社等が公開会社でないときは、6か月の要件はありません(6項)。

ただし、次のときは請求できません(1項ただし書)。①訴えが、株主や第三者の不正な利益を図る目的、または子会社や最終完全親会社等に損害を加える目的のとき(1号)。②特定責任の原因となった事実によって、最終完全親会社等に損害が生じていないとき(2号)。②は847条にはない、多重代表訴訟だけの除外です。

追及できる責任=特定責任(847条の3第4項・5項)

「特定責任」は、子会社の発起人等(取締役・監査役などの役員等を含む)の責任のうち、次の条件に当たるものです。責任の原因となった事実が生じた日に、最終完全親会社等とその完全子会社等が持つ、その子会社の株式の帳簿価額が、最終完全親会社等の総資産額の5分の1(定款でこれより低くできる)を超えていること。

例で検算します。さくらホールディングスの総資産額が1,000億円なら、5分の1は1,000億円÷5=200億円です。

子会社株式の帳簿価額200億円を超えるか特定責任か
300億円超える当たる
200億円ちょうど超えない(「超える」はちょうどを含まない)当たらない
150億円超えない当たらない

判断の時点は、原因となった事実が生じた日です。訴えを起こす日ではありません。原因となった事実が生じた日のあとに、別の会社がグループの上に入って最終完全親会社等が変わった場合は、もとの最終完全親会社等を基準にします(5項)。

訴えまでの流れと、責任の免除(847条の3第7項〜10項)

  • 請求の相手は、子会社です(1項)。子会社が請求の日から60日以内に訴えを起こさなければ、請求した株主が子会社のために訴えを起こせます(7項)。
  • 60日以内に訴えないときは、請求した株主か被告となる人から求められれば、子会社は訴えない理由を書面などで通知します(8項)。
  • 60日を待つと子会社に回復できない損害が生じるおそれがあるときは、直ちに訴えを起こせます。ただし1項ただし書に当たるときは除きます(9項)。
  • 特定責任を免除するとき、総株主の同意がいる規定(424条など)の「総株主」は、子会社の総株主と、最終完全親会社等の総株主に読み替えます(10項)。子会社の株主は親会社だけなので、親会社が同意するだけでは免除できません。

旧株主による責任追及等の訴え(847条の2)

株式交換・株式移転で会社が別の会社の完全子会社になると、もとの株主は、その会社の株主ではなくなり、完全親会社の株主になります。吸収合併で会社が消える場合も、存続会社の完全親会社の株式を受け取ることがあります。847条の2は、こうして株主でなくなった人(旧株主)に、もとの会社の役員等の責任を追及する道を残しました。

  • 株式交換などの効力が生じた日の6か月前から、その日まで引き続き株主だったこと(定款で短くできる。公開会社でないときは、効力が生じた日に株主であれば足りる。2項)。
  • その行為で取得した完全親会社などの株式を、引き続き持っていること(1項各号)。
  • 追及できるのは、効力が生じた時までに原因となった事実が生じた責任に限ります(1項)。
  • 株式の割合の要件はありません。この点は847条の3と違います。

847条の2と847条の3は、どちらも平成26年の会社法改正(平成26年法律第90号。平成27年5月1日施行)で設けられました。法務省が公表した法律案要綱では、「株主代表訴訟の原告適格の拡大等」の項目に、旧株主による訴えと最終完全親会社等の株主による訴えが並んでいます。

3つの訴えを1枚で比べる

訴えだれがどの会社の・どの責任株式の要件(公開会社)
ふつうの代表訴訟(847条)その会社の株主その会社の役員等の責任など6か月前から。割合の要件なし
旧株主の訴え(847条の2)株式交換などで株主でなくなった人もとの会社の、効力発生までに原因が生じた責任効力発生日の6か月前からその日まで+親会社株式を持ち続ける。割合の要件なし
多重代表訴訟(847条の3)最終完全親会社等の株主完全子会社の特定責任(5分の1超)6か月前から+議決権か株式の100分の1以上

3つとも、公開会社でない会社では6か月の要件がかかりません(847条2項・847条の2第2項・847条の3第6項)。追及される責任の中身(任務を怠った責任など)は取締役の義務と責任の記事で扱っています。

当てはまる例・当てはまらない例

  1. 当てはまる例:なおみさん(親会社の議決権1.2%を1年前から)が、帳簿価額300億円のさくら物流の取締役こうじさんの責任を追及する。割合・期間・5分の1のどれも満たしています。
  2. 当てはまらない例:親会社の議決権0.5%しか持たないたけしさんが、847条の3で請求する。100分の1に届かないので使えません。たけしさん自身の会社であるさくらホールディングスの取締役の責任なら、847条で追及できます(割合の要件がない)。
  3. 当てはまらない例:帳簿価額150億円の別の子会社の取締役の責任。200億円を超えないので特定責任ではなく、847条の3の対象外です。
  4. ひっかけやすい例:原因となった事実が生じた日には帳簿価額が300億円だったが、その後、子会社の株式の帳簿価額が下がって150億円になった。判断の時点は原因となった事実が生じた日なので、特定責任のままです。
  5. ひっかけやすい例:子会社は損をしたが、その原因となった事実で親会社には損害が生じていない。1項ただし書2号で請求できません。

試験ではここをまちがえやすい

  • 割合の有無:847条(ふつうの代表訴訟)と847条の2(旧株主)は割合の要件なし。847条の3だけが100分の1以上(議決権か発行済株式)。
  • 5分の1の比べる相手:子会社株式の帳簿価額と、最終完全親会社等の総資産額。子会社の総資産額や純資産額ではない。「超える」なのでちょうど5分の1は入らない。
  • 判断の時点:責任の原因となった事実が生じた日。訴えを起こす日ではない。
  • 請求の相手:子会社に請求する。親会社に請求するのではない。
  • 除外の事由:不正な目的のほか、最終完全親会社等に損害が生じていないときも請求できない。
  • 免除:子会社の総株主に加えて、最終完全親会社等の総株主の同意がいる。

100分の1・6か月・5分の1・60日は、ほかの少数株主権の数字と並べて会社法の数字の一覧で確かめると、取り違えを減らせます。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
公開会社であるさくらホールディングスは、さくら物流の発行済株式の全部を持つ最終完全親会社等である。さくらホールディングスの議決権の0.5%を1年前から持つたけしさんは、定款に別段の定めがなければ、さくら物流の取締役の特定責任を追及する訴えの提起を、さくら物流に請求できる。

答え:✕ 分かれ目は、株式の割合の要件です。847条の3第1項は、最終完全親会社等の総株主の議決権か発行済株式の100分の1以上を、公開会社なら6か月前から引き続き持つ株主に限って請求を認めています。正しくは、0.5%のたけしさんは請求できません(定款で割合を下げていれば別)。株式の割合の要件がないのは、自分の会社の役員の責任を追及するふつうの代表訴訟(847条)で、それと取り違えると○にしてしまいます。

問2(このサイトのオリジナル問題)
問1の会社で、さくら物流の取締役こうじさんの責任の原因となった事実が生じた日には、さくら物流の株式の帳簿価額は、さくらホールディングスの総資産額の5分の1を超えていた。その後、帳簿価額が下がって5分の1以下になっても、こうじさんのこの責任は特定責任に当たる。

答え:○ 分かれ目は、5分の1を判断する時点です。847条の3第4項は、特定責任を、発起人等の「責任の原因となった事実が生じた日」において、子会社の株式の帳簿価額が最終完全親会社等の総資産額の5分の1を超える場合の責任と定めています。今は5分の1以下なので対象外だと考えると✕に見えますが、判断するのは原因となった事実が生じた日です。訴えを起こす日や請求をする日で判断する、という取り違えに注意します。

問3(このサイトのオリジナル問題)
問2のこうじさんの特定責任について、さくら物流で免除が検討されている。さくら物流のただ一人の株主であるさくらホールディングスが同意すれば、さくら物流はこの責任を免除することができる。

答え:✕ 分かれ目は、免除に同意がいる株主の範囲です。847条の3第10項は、最終完全親会社等がある会社が特定責任を免除する場合、424条などの「総株主」を「総株主及び株式会社の第八百四十七条の三第一項に規定する最終完全親会社等の総株主」と読み替えています。正しくは、さくら物流の総株主(さくらホールディングス)の同意に加え、さくらホールディングスの総株主の同意がいります。子会社の役員の責任の免除を子会社の株主だけで決められる、ふつうの424条の場面と取り違えた形です。

この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「会社法」で続けて解けます。

まとめ

  • 多重代表訴訟(847条の3)は、最終完全親会社等の株主が、完全子会社の役員等の特定責任を、子会社のために追及する訴え。
  • 要件:議決権か発行済株式の100分の1以上、公開会社なら6か月前から(定款で緩められる)。
  • 特定責任:原因となった事実が生じた日に、子会社株式の帳簿価額が最終完全親会社等の総資産額の5分の1を超える場合の責任。
  • 不正な目的のときと、最終完全親会社等に損害が生じていないときは請求できない。免除には親会社の総株主の同意もいる。
  • 旧株主の訴え(847条の2)は、株式交換などの効力発生日の6か月前からその日まで株主だった人が、効力発生までに原因が生じた責任を追及する。割合の要件なし。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

条文は、e-Gov 法令検索で令和8年4月1日時点の会社法を確かめました(2026年10月17日確認)。改正の公布日・施行日と項目名は、法務省のページと法律案要綱で確かめました。

このサイトで次に読むなら、株主代表訴訟の記事です。請求から60日待つこと、すぐに訴えられる場合など、847条の3第7項・9項と同じ形の決まりを、ふつうの代表訴訟の側から確かめられます。

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