取締役の義務と責任:競業取引・利益相反取引・会社への責任・第三者への責任

取締役は、会社から仕事を任された人です(会社と取締役の関係は委任。会社法330条)。だから、会社のために注意深く、誠実に働く義務があります。とくに、取締役が会社と同じ商売をする(競業取引)、会社と取引する(利益相反取引)ときは、重要な事実を示して承認を受けなければなりません。承認するのは、取締役会がない会社では株主総会、ある会社では取締役会です。

義務に違反して会社に損害を与えたときは、会社への責任(423条)を負います。仕事のしかたに悪意・重大な過失があって会社の外の人に損害を与えたときは、第三者への責任(429条)を負います。この記事は、この2つの責任と、承認がいる取引の見分け方を扱います。取締役の選び方・任期・人数などは株式会社の機関の記事で扱っています。

身近な例で考えると:りょうさんの3つの取引

あさひ物産株式会社は、取締役会を置いている会社で、文房具の卸売りをしています。取締役のりょうさんが、次の3つをしようとしたとします。

  1. りょうさんが、個人で文房具の卸売りの店を開き、あさひ物産の取引先に売り込む。
  2. りょうさんが、あさひ物産の古い倉庫を、自分個人で買い取る。
  3. りょうさんが個人で銀行から借りるお金について、あさひ物産に保証人になってもらう。

1は競業取引です。会社の商売を取締役がよく知っていて、会社の客を奪いやすいからです。2は直接取引です。りょうさんが会社と向き合い、自分に有利な値段にしやすいからです。3は間接取引です。会社と取引する相手は銀行ですが、得をするのはりょうさんで、損をするおそれがあるのは会社です。どれも、あさひ物産の取締役会で重要な事実を示し、承認を受けなければなりません。

たとえるなら、取締役は「店を任された店長」です。店長が、近くで同じ商品の店を開いたり、店の品物を自分に安く売ったり、自分の借金の保証を店にさせたりするなら、オーナーの許しが要る、ということです。ただし本物のルールでは、取締役会がある会社では、オーナー(株主総会)ではなく、ほかの店長たちの会議(取締役会)が許します。

条文ではこう決まっている

義務の土台(330条・355条)

  • 330条:会社と役員の関係は、委任に関する規定に従う。民法644条により、取締役は「善良な管理者の注意」をもって仕事をする(善管注意義務)。
  • 355条:取締役は、法令・定款・株主総会の決議を守り、会社のため忠実に職務を行う(忠実義務)。

承認がいる取引(356条・365条)

  • 356条1項1号(競業取引):自己または第三者のために、会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
  • 356条1項2号(直接取引):自己または第三者のために、会社と取引をしようとするとき。
  • 356条1項3号(間接取引):会社が取締役の債務を保証するなど、取締役以外の者との間で、会社と取締役の利益が相反する取引をしようとするとき。
  • 356条1項柱書:これらの場合、取締役は株主総会で重要な事実を開示し、承認を受ける。
  • 365条1項・2項:取締役会設置会社では、承認するのは取締役会。取引をした取締役は、取引の後、遅滞なく、重要な事実を取締役会に報告する。
  • 356条2項:承認を受けた直接取引・間接取引には、民法108条(自己契約・双方代理の制限)は適用されない。

会社への責任(423条〜428条)

  • 423条1項:任務を怠った(任務懈怠〈にんむけたい〉)ときは、会社に生じた損害を賠償する。
  • 423条2項:承認を受けずに競業取引をしたときは、取締役などが得た利益の額を、損害の額と推定する。
  • 423条3項:直接取引・間接取引で会社に損害が生じたときは、①取引をした取締役、②会社がその取引をすると決めた取締役、③承認の決議に賛成した取締役は、任務を怠ったものと推定する。
  • 424条:責任の免除には、総株主の同意が要る。
  • 425条〜427条:職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、一定の額(最低責任限度額。代表取締役は報酬などの6年分、それ以外の業務執行取締役は4年分、ほかは2年分を基準に計算)を残して、株主総会の決議(特別決議。309条2項8号)、定款にもとづく取締役会の決議など、責任限定契約(業務を執行しない取締役など)で一部を免除できる。
  • 428条:自己のために直接取引をした取締役の責任は、責めに帰することができない事由によることを理由に免れることができない。この責任には425条〜427条の一部免除も使えない。

第三者への責任(429条・430条)

  • 429条1項:職務を行うについて悪意または重大な過失があったときは、それによって第三者に生じた損害を賠償する。
  • 430条:会社や第三者に責任を負う役員等が複数いるときは、連帯債務者となる。

見分けの表:承認と責任

取引例承認しないとき・責任の特徴
———
競業取引同じ商売を個人でする得た利益の額を損害の額と推定(423条2項)
直接取引会社の倉庫を自分が買う任務懈怠を推定。自己のためなら無過失でも免れない(428条)
間接取引自分の借金を会社に保証させる任務懈怠を推定(423条3項)

承認する機関は3つとも同じで、取締役会がない会社は株主総会、ある会社は取締役会です。承認を受けた取引でも、会社に損害が出れば、直接取引・間接取引では任務懈怠が推定されます。「承認を受けたから責任はない」とはなりません。

当てはまる例・当てはまらない例:判例で確かめる

当てはまる例:会社が取締役の債務を引き受ける(昭和43年12月25日判決)

最高裁判所大法廷昭和43年12月25日判決は、旧商法の利益相反取引の規定について、取締役と会社の間で直接成立する取引だけでなく、取締役個人の債務について、その取締役が会社を代表して債権者に債務引受をするような取引も含まれるとしました。間接取引も承認の対象になる、という今の356条1項3号の考え方につながる判例です。

同じ判決は、承認がない取引の効力も述べています。直接取引なら、会社は取締役に無効を主張できます。間接取引のように会社以外の第三者との取引なら、その第三者が承認を受けていないことについて悪意(知っていた)のときに限り、無効を主張できます。

当てはまらない例:慎重に決めた経営判断(平成22年7月15日判決)

最高裁判所第一小法廷平成22年7月15日判決は、会社が子会社にする目的で株式を買い取った価格が、評価額より高かった事案です。判決は、こうした決定は「将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられて」いるとし、「その決定の過程,内容に著しく不合理な点がない限り」善管注意義務に違反しないとしました。この事案では、会議での検討や弁護士の意見を聞く手続がとられていたことも挙げられています。結果として会社が損をしても、それだけで任務懈怠にはなりません。

ひっかけやすい例:第三者への責任の範囲(昭和44年11月26日判決)

最高裁判所大法廷昭和44年11月26日判決は、旧商法の取締役の第三者に対する責任の規定について、取締役が悪意・重大な過失で会社への義務に違反し、相当の因果関係がある限り、会社が損害を受けた結果として第三者に損害が出た場合(間接損害)でも、直接第三者が損害を受けた場合(直接損害)でも、第三者に直接賠償する責任を負うとしました。

同じ判決は、代表取締役が、ほかの代表取締役などに会社の仕事を任せきりにして、その不正を見過ごしたような場合は、みずからも悪意または重大な過失により任務を怠ったものになるとしています。「自分は何もしていない」という言い分は通りません。

似ているルールとの違い

比べる点会社への責任(423条)第三者への責任(429条)
———
だれに対して会社取引先・株主など会社の外の人
要件の中心任務を怠ったこと職務について悪意または重大な過失
免除総株主の同意・一部免除の制度あり会社の免除の制度は使えない

取締役会がない会社とある会社の違いも、承認の場面に表れます。取締役会がない会社では、株主総会で重要な事実を開示して承認を受けます(356条1項)。ある会社では取締役会で承認を受け、取引後の報告も要ります(365条)。機関の置き方の全体は機関の記事で確かめてください。株主が会社に代わって取締役の責任を追及する訴え(株主代表訴訟)の要件は、株式の記事の少数株主権の節で扱っています。

試験ではここをまちがえやすい

  • 承認する機関:取締役会設置会社なのに「株主総会の承認」とする形。365条1項で取締役会に読み替えます。
  • 間接取引を外す:「会社と取締役が直接取引しないので承認はいらない」とする形。会社が取締役の債務を保証するのは356条1項3号です。
  • 推定とみなすの入れ替え:競業取引の利益の額は損害の額と「推定」です。「みなす」ではありません。
  • 承認を受ければ免責:直接取引・間接取引で損害が出れば、承認決議に賛成した取締役も任務懈怠を推定されます(423条3項3号)。
  • 428条の範囲:無過失でも免れないのは、「自己のために」した直接取引の取締役です。間接取引や、第三者のための直接取引には当たりません。
  • 免除の機関:全額の免除は総株主の同意(424条)。株主総会の決議で免除できるのは一部です(425条)。
  • 429条の悪意・重過失の対象:昭和44年判決は、取締役が悪意・重大な過失により会社に対する義務に違反した場合の責任として説明しています。悪意・重過失を「第三者に損害を与えること」についてのものに読み替える肢に注意します。

数字(6年分・4年分・2年分など)をまとめて見直すなら会社法の数字の一覧の記事が使えます。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
取締役会設置会社であるあさひ物産が、取締役りょうさんの個人の借金について、銀行との間で保証契約を結ぼうとしている。会社とりょうさんの間の取引ではないが、取締役会の承認が必要である。

答え:○ 分かれ目は、間接取引も承認の対象かです。356条1項3号は、会社が取締役の債務を保証するなど、取締役以外の者との間で会社と取締役の利益が相反する取引を挙げており、取締役会設置会社では取締役会の承認を受けます(365条1項)。契約の相手が銀行なので承認はいらない、と考えると✕に見えます。直接取引(同項2号)だけが利益相反取引だ、という取り違えです。

問2(このサイトのオリジナル問題)
あさひ物産の代表取締役でもあるりょうさんが、取締役会の承認を受けずに、会社を代表して、自分の借金について銀行と保証契約を結んだ。銀行は承認がないことを知らなかった。この場合でも、あさひ物産は銀行に保証の無効を主張できる。

答え:✕ 分かれ目は、会社以外の第三者との取引の効力です。最高裁判所大法廷昭和43年12月25日判決は、取締役が会社を代表して自己のためにした会社以外の第三者との取引については、その第三者が承認を受けていないことについて悪意であるときに限り、会社は無効を主張できるとしました。正しくは、知らなかった銀行には無効を主張できません。取締役との直接取引なら、会社は取締役に無効を主張できる、という部分と取り違えた形です。

問3(このサイトのオリジナル問題)
取締役りょうさんは、取締役会の承認を受けて、自分のためにあさひ物産から倉庫を買い、会社に損害が生じた。りょうさんは、任務を怠ったことが自分の責めに帰することができない事由によると証明しても、責任を免れない。

答え:○ 分かれ目は、自己のための直接取引の特則です。428条1項は、自己のためにした356条1項2号の取引をした取締役の423条1項の責任は、責めに帰することができない事由によるものであることをもって免れることができないとしています。承認を受けたうえ落ち度がないなら免れる、と考えると✕に見えます。間接取引や第三者のための直接取引では、423条3項の任務懈怠の推定は覆すことができ、この特則もかかりません。

この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「会社法」で続けて解けます。

まとめ

  • 取締役は会社と委任の関係。善管注意義務(民法644条)と忠実義務(355条)を負う。
  • 競業取引・直接取引・間接取引は、重要な事実を開示して承認を受ける。承認するのは株主総会(取締役会設置会社は取締役会)。取引後は取締役会に報告。
  • 会社への責任は任務懈怠が要件。競業は利益の額を損害と推定、利益相反は任務懈怠を推定。自己のための直接取引は無過失でも免れない。
  • 全額の免除は総株主の同意。一部免除は株主総会の特別決議・定款による取締役会決議・責任限定契約。
  • 第三者への責任は、職務についての悪意・重大な過失。間接損害も直接損害も含む(昭和44年11月26日判決)。

次に読むなら、商法・会社法は捨てていいかの記事がおすすめです。この記事の論点を、会社法の5問の中でどこまでやるかの判断に使えます。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)