ひとことで言うと、衆議院の優越は、衆議院と参議院の議決が分かれたときに、衆議院の議決を優先させる仕組みです。憲法が定めているのは、法律案(59条)・予算(60条)・条約の承認(61条)・内閣総理大臣の指名(67条)の4つと、予算を先に衆議院に出すこと(60条1項)です。
4つは同じ形ではありません。法律案だけは、衆議院が出席議員の3分の2以上で再び可決しないと成立しません。予算・条約・首相の指名は、両院協議会(りょういんきょうぎかい=両院の代表が話し合う場)を開いても意見が一致しないときなどに、衆議院の議決がそのまま国会の議決になります。両院協議会も、法律案では開くかどうかを選べ、ほかの3つでは開かなければなりません。
衆議院の解散と内閣の総辞職は内閣の権能の記事、参議院の緊急集会は国会議員の特権と国会の種類の記事で扱っています。この記事は、両院の議決が分かれたときの決まり方に絞ります。
身近な例で考えると
ある年の国会で、次の4つの案件が審議されたとします(架空の話です)。
- 「自転車安全法案」:衆議院が可決し、参議院が否決した。衆議院は両院協議会を求めず、出席議員の3分の2以上の賛成で再び可決した。この時点で法律になる(59条2項)。
- 来年度の予算:内閣はまず衆議院に提出した(60条1項)。衆議院が可決したが、参議院は別の内容で議決した。両院協議会を開いたが意見が一致しなかった。衆議院の議決が国会の議決になる(60条2項)。予算の種類(本予算・暫定予算・補正予算)と国債は国の予算と国債にあります。
- ある国との条約の承認:内閣は、この案件を参議院に先に出した。条約には、予算の「先に衆議院に」の決まりは準用されない(61条)。
- 内閣総理大臣の指名:衆議院はA議員、参議院はB議員を指名した。両院協議会を開いても一致しなかったので、衆議院が指名したA議員が国会の指名になる(67条2項)。
1では再可決という「もう一度の議決」が要りました。2と4では、衆議院がもう一度議決しなくても、衆議院の最初の議決が国会の議決になっています。この差が、この分野でいちばん大きな分かれ目です。
たとえ話と、本物との違い
二つの委員会で同じ案を話し合い、意見が割れたら「第一委員会の案を採る」と決めている学校の生徒会に似ています。ただし本物の国会では、法律案については第一委員会(衆議院)がもう一度、出席者の3分の2以上の賛成で決め直さなければならず、ふつうの多数では足りません。
条文ではこう決まっている
法律案(59条)
- 原則(1項):法律案は、憲法に特別の定めがある場合を除き、両議院で可決したとき法律となる。
- 再可決(2項):衆議院で可決し、参議院で異なった議決をした法律案は、衆議院で「出席議員の三分の二以上の多数」で再び可決したとき、法律となる。
- 両院協議会(3項):2項は、法律の定めるところにより、衆議院が両議院の協議会を開くことを求めることを「妨げない」。開くかどうかは衆議院が選べる。
- みなし否決(4項):参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取ってから、国会休会中の期間を除いて60日以内に議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものと「みなすことができる」。みなしたあとも、成立には再可決が要る。
予算(60条)と条約(61条)
- 先議(60条1項):予算は、さきに衆議院に提出しなければならない。
- 議決の優越(60条2項):参議院が衆議院と異なった議決をし、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、または、参議院が衆議院の可決した予算を受け取ってから、国会休会中の期間を除いて30日以内に議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。
- 条約(61条):条約の締結に必要な国会の承認については、「前条第二項の規定を準用する」。準用されるのは2項だけで、1項の先議は準用されない。内閣の「締結」と国会の「承認」、条約の署名・批准の言葉の違いは条約の署名・批准・締結の違いの記事で扱っています。
内閣総理大臣の指名(67条)
- 指名(1項):内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で指名する。この指名は、他のすべての案件に先立って行う。
- 優越(2項):両院が異なった指名の議決をし、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、または、衆議院が指名の議決をしたあと、国会休会中の期間を除いて10日以内に参議院が指名の議決をしないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。
両院協議会の決まり(国会法84条〜98条)
- 法律案(84条):衆議院が参議院の回付案に同意しなかったときなどは、衆議院は両院協議会を「求めることができる」。参議院も、衆議院の回付案に同意しなかったときに限り求めることができるが、衆議院はこの請求を拒むことができる。
- 予算と条約(85条):予算と衆議院先議の条約は、衆議院が両院協議会を「求めなければならない」。参議院先議の条約は、参議院が求めなければならない。
- 首相の指名(86条2項):両議院の議決が一致しないときは、「参議院は、両院協議会を求めなければならない」。
- 拒めない(88条):84条2項ただし書の場合を除き、一方の議院から両院協議会を求められたら、他方は拒むことができない。
- 組織と議決(89条・91条・92条):各議院で選ばれた各10人の協議委員で組織する。各議院の協議委員の各3分の2以上が出席しないと、議事を開くことも議決することもできない。出席協議委員の3分の2以上の多数で議決されたとき、成案となる。
- 成案のあと(93条):成案は、両院協議会を求めた議院がまず審議し(条文は「先ずこれを議し」)、他の議院に送る。成案は、さらに修正することができない。
当てはまる例・当てはまらない例
- 当てはまる例:参議院が否決した法律案を、衆議院が両院協議会を開かずに、出席議員の3分の2以上で再可決する。59条3項は協議会を求めることを「妨げない」としているだけで、協議会を経ることを成立の条件にしていません。
- 当てはまる例:参議院が、衆議院の可決した予算を30日以内に議決しない。衆議院の議決が国会の議決になり、衆議院がもう一度議決する必要はありません(60条2項)。
- 当てはまらない例:憲法改正の発議で、参議院が否決したのに衆議院の議決だけで発議する。96条1項は「各議院の総議員の三分の二以上の賛成」を求めていて、衆議院の優越の定めはありません。
- 当てはまらない例:皇室への財産の譲り渡しを、衆議院の議決だけで認める。8条は「国会の議決」を求めていて、優越の定めはありません。
- ひっかけやすい例:参議院が法律案を60日以内に議決しなかったので、そのまま法律になる、と考えること。60日を過ぎると、衆議院は否決したと「みなすことができる」だけで、成立には再可決が要ります。
- ひっかけやすい例:会期の延長。憲法には衆議院の優越の定めがありませんが、国会法13条は、両議院の議決が一致しないときや参議院が議決しないときは、衆議院の議決したところによるとしています。憲法ではなく法律の優越です。
似ているルールとの違い
4つの案件の比べ方
| 案件 | 両院協議会 | 参議院が議決しないとき | 衆議院の再可決 |
|---|---|---|---|
| 法律案(59条) | 開くか選べる | 60日でみなし否決(できる) | 出席議員の3分の2以上が要る |
| 予算(60条) | 開かなければならない | 30日で衆議院の議決が国会の議決 | 要らない |
| 条約(61条) | 開かなければならない | 30日で衆議院の議決が国会の議決 | 要らない |
| 首相の指名(67条) | 開かなければならない | 10日で衆議院の議決が国会の議決 | 要らない |
日数は、どれも「国会休会中の期間を除いて」数えます。先に衆議院に出さなければならないのは予算だけです(60条1項)。条約は参議院に先に出すこともでき、国会法85条2項は「参議院先議の条約」の場合を定めています。
両院協議会を求める議院
| 案件 | 求める議院 | 語尾 | 条文(国会法) |
|---|---|---|---|
| 法律案 | 衆議院(参議院も一定の場合) | 求めることができる | 84条 |
| 予算・衆議院先議の条約 | 衆議院 | 求めなければならない | 85条1項 |
| 参議院先議の条約 | 参議院 | 求めなければならない | 85条2項 |
| 首相の指名 | 参議院 | 求めなければならない | 86条2項 |
優越がないもの・衆議院だけのもの
- 優越がない:憲法改正の発議(96条1項。各議院の総議員の3分の2以上)、皇室の財産の授受(8条)など。
- 衆議院だけの権能:予算の先議(60条1項)、内閣の不信任決議(69条。中身は内閣の権能の記事)。
- 参議院だけの場:衆議院の解散中の緊急集会(54条2項ただし書)。
国会・内閣・裁判所がおたがいに何をできるかの全体は三権分立の記事で矢印の形にしています。
試験ではここをまちがえやすい
- 再可決が要るのは法律案だけ:予算・条約・首相の指名は、両院協議会で一致しないときなどに衆議院の議決が国会の議決になります。「予算も再可決が要る」とする形は、59条2項を混ぜたものです。
- 3分の2の分母:法律案の再可決は「出席議員」の3分の2以上。憲法改正の発議は「総議員」の3分の2以上。
- 日数の組み合わせ:法律案60日・予算と条約30日・首相の指名10日。法律案の60日は「みなすことができる」で、自動的に否決にはなりません。
- 先議:先議の定めは予算だけ。61条が準用するのは60条2項だけです。
- 両院協議会の要否:法律案は開くか選べる(59条3項「妨げない」、国会法84条)。予算・条約・首相の指名は開かなければならない(国会法85条・86条2項)。
- 求める議院:首相の指名で両院協議会を求めるのは参議院(国会法86条2項)。予算・衆議院先議の条約は衆議院(85条1項)。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
内閣は、ある国との条約の締結について、国会の承認を求めることにした。この承認を求める案件は、予算と同じく、参議院に先に提出することはできない。
答え:✕ 分かれ目は、61条が準用する範囲です。61条は、条約の承認について「前条第二項の規定を準用する」としていて、準用されるのは議決の優越(60条2項)だけです。予算を先に衆議院に出す決まり(60条1項)は準用されません。正しくは、条約の承認を求める案件は参議院に先に出すこともでき、国会法85条2項も「参議院先議の条約」を定めています。予算と条約の議決の優越が同じ形なので、先議まで同じだと考えると○に見えます。
問2(このサイトのオリジナル問題)
衆議院が可決した法律案を、参議院が否決した。衆議院は、両院協議会を求めることなく、出席議員の3分の2以上の多数で再びこの法律案を可決し、法律とすることができる。
答え:○ 分かれ目は、法律案で両院協議会を経ることが成立の条件かどうかです。59条2項は、衆議院で出席議員の3分の2以上の多数で再可決したとき法律となるとし、3項は、衆議院が両院協議会を求めることを「妨げない」としています。協議会を開くかどうかは衆議院が選べるので(国会法84条1項)、協議会を経ない再可決も成立します。予算・条約・首相の指名では両院協議会を開かなければならないので、それと混ぜると✕に見えます。
問3(このサイトのオリジナル問題)
内閣総理大臣の指名で、衆議院がC議員を、参議院がD議員を指名する議決をした。この場合、国会法上、両院協議会を求めなければならないのは参議院である。
答え:○ 分かれ目は、両院協議会を求める議院です。国会法86条2項は、首相の指名で両議院の議決が一致しないときは「参議院は、両院協議会を求めなければならない」と定めています。協議会でも一致しなければ、衆議院の議決が国会の議決になります(憲法67条2項)。優越のある衆議院の側が求めると考えると✕に見えます。予算と衆議院先議の条約で協議会を求めなければならないのは衆議院です(国会法85条1項)。
この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「憲法」で続けて解けます。
まとめ
- 衆議院の優越は、法律案(59条)・予算(60条)・条約(61条)・首相の指名(67条)。先議は予算だけ(60条1項)。
- 法律案だけは出席議員の3分の2以上の再可決が要る。60日はみなし否決が「できる」だけ。
- 予算・条約は30日、首相の指名は10日。両院協議会で一致しないときも、衆議院の議決が国会の議決。
- 両院協議会:法律案は開くか選べる。予算・条約・首相の指名は開かなければならない(首相の指名は参議院が求める)。
- 憲法改正の発議(96条)や皇室財産の授受(8条)には優越がない。
次に読むなら、国権の最高機関・唯一の立法機関の記事がおすすめです。法律が「両議院で可決したとき」に成立する原則と、その例外(地方特別法の住民投票など)を整理しています。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
- e-Gov法令検索「日本国憲法」(第8条、第54条、第59条〜第61条、第67条、第69条、第96条)
- e-Gov法令検索「国会法」(第13条、第83条〜第98条)
働く人の法律試験ノート