ひとことで言うと、ADR(裁判外紛争解決手続)は、訴訟の手続によらずに民事の争いを解決しようとする人のために、公正な第三者が関わって解決を図る手続です(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律〔ADR法〕1条)。ADRは英語の Alternative Dispute Resolution の頭文字です。
判決は裁判所が結論を決めますが、和解・調停・和解の仲介では当事者が合意して決め、仲裁では当事者が選んだ仲裁人の判断に従います。この記事では、この違いを表で整理し、ADR法の認証と特例、民事訴訟の処分権主義・弁論主義を短く確かめます。手続の費用、家族の争いの手続、特定の機関や団体の手続は扱いません。条文は、令和8年4月1日時点のものを e-Gov 法令検索で確かめています。
身近な例で考えると
印刷会社の「はやて印刷」が、雑貨店の「こもれび雑貨」から商品カタログの印刷を請け負い、納品しました。こもれび雑貨は「色が見本と違う」と言って、代金100万円のうち40万円しか払いません。争いを終わらせる道は、次のように分かれます。
- はやて印刷が訴えを起こし、裁判所の判決を受ける。
- 訴訟の途中で、裁判所のすすめで和解する(訴訟上の和解)。
- 裁判所に民事調停を申し立て、話し合いで合意する。
- 民間の紛争解決の事業者に、和解の仲介を頼む(ADR)。
- あらかじめ「争いは仲裁人の判断にゆだね、それに従う」と合意しておき、仲裁人の判断を受ける(仲裁。これもADRの一つ)。
1番目だけは、2社が合意しなくても、裁判所が結論を決めます。2〜4番目は、2社が合意しない限り解決しません。5番目は、仲裁にゆだねる合意(仲裁合意)があれば、判断の中身に2社が納得しなくても従うことになります。
5つの解き方を表で比べる
| 手続 | だれが結論を決めるか | 当事者の合意 | 強制執行 |
|---|---|---|---|
| 判決 | 裁判所 | 要らない | 確定判決などでできる |
| 訴訟上の和解 | 当事者 | 要る | 調書の記載は確定判決と同一の効力 |
| 民事調停 | 当事者 | 要る | 調書の記載は裁判上の和解と同一の効力 |
| 和解の仲介(認証ADR) | 当事者 | 要る | 特定和解について裁判所の執行決定が確定すればできる |
| 仲裁 | 仲裁人 | 仲裁合意が要る | 裁判所の執行決定があればできる |
強制執行の根拠(債務名義)は民事執行法22条に並んでいます。確定判決(1号)、確定判決と同一の効力を有するもの(7号)のほか、確定した執行決定のある仲裁判断(6号の2)、確定した執行決定のある特定和解(6号の5)です。和解の仲介は、あっせん・調停と呼ばれることもあります。
条文ではこう決まっている
ADR法:認証と、認証を受けた手続の特例
- 民間紛争解決手続(2条1号):民間事業者が、和解ができる民事上の紛争について、当事者双方の依頼を受け、契約に基づき和解の仲介を行う手続。
- 認証(5条):民間紛争解決手続を業として行う者は、その業務について法務大臣の認証を受けることが「できる」。認証を受けた業務として行う手続を「認証紛争解決手続」という(2条3号)。
- 時効の完成猶予(25条1項):和解が成立する見込みがないとして手続が終了し、依頼した当事者がその通知を受けた日から1か月以内に訴えを起こしたときは、時効の完成猶予に関しては、手続での請求の時に訴えの提起があったものとみなす。
- 訴訟手続の中止(26条1項):訴訟の当事者の間で認証紛争解決手続が行われているときなどに、当事者の共同の申立てがあれば、裁判所は4か月以内の期間を定めて訴訟手続を中止できる。
- 特定和解の執行決定(27条の2):認証紛争解決手続で成立した和解で、和解に基づいて民事執行をすることができる旨の合意がされたものを「特定和解」という(2条5号)。特定和解に基づいて民事執行をするには、裁判所に執行決定を求める申立てをする。
特定和解の執行決定は、令和5年法律第17号による改正でできた制度で、令和6年4月1日に施行されました。消費者と事業者の間の契約の紛争、個別労働関係紛争、家庭に関する紛争(一部の金銭債権を除く)などの特定和解には、執行決定の規定は適用されません(27条の3)。裁判所は、特定和解が効力を有しないことなど、27条の2第11項に挙げる事由があるときに限り、申立てを却下できます。
仲裁法・民事調停法・民事訴訟法
- 仲裁合意(仲裁法2条1項):民事上の紛争の解決を仲裁人にゆだね、かつ、その判断(仲裁判断)に服する旨の合意。
- 仲裁合意と訴え(仲裁法14条1項):仲裁合意の対象の紛争で訴えが起こされたときは、裁判所は、被告の申立てにより、訴えを却下しなければならない。仲裁合意が効力を有しないとき、被告が本案について弁論をした後の申立てであるときなどは別。
- 仲裁判断の効力(仲裁法45条1項):仲裁判断は確定判決と同一の効力を有する。ただし、仲裁判断に基づく民事執行には、執行決定がなければならない。
- 民事調停(民事調停法1条・16条):民事の紛争を、当事者の互譲(ごじょう=互いに譲り合うこと)により、条理にかない実情に即して解決する手続。合意が成立し調書に記載したときは調停が成立し、その記載は裁判上の和解と同一の効力を有する。
- 和解調書の効力(民事訴訟法267条):和解または請求の放棄・認諾を調書に記載したときは、その記載は確定判決と同一の効力を有する。
民法の和解(695条・696条)の中身は和解の記事で扱っています。ADRがあっても、裁判所で裁判を受ける権利(憲法32条)がなくなるわけではありません。国務請求権の全体は国務請求権の記事にあります。
民事訴訟の処分権主義と弁論主義
民事訴訟は判決で終わる手続ですが、その中でも当事者に任されている部分があります。それを説明するのが、処分権主義と弁論主義です。
- 処分権主義:訴えを起こすか、何を求めるか、判決の前に手続を終わらせるかを、当事者が決めるという考え方です。民事訴訟法246条は「裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない」と定めます。訴えの取下げ(261条)、和解や請求の放棄・認諾(267条)も、当事者が手続を終わらせる方法です。
- 弁論主義:判決の基礎になる事実と証拠を集めて出すのは当事者の役割だ、という考え方です。弁論主義そのものを定めた条文はありません。代表的な教科書では、①当事者が主張しない事実を判決の基礎にしてはならない、②当事者の間で争いのない事実(自白した事実)はそのまま判決の基礎にする、③争いのある事実の認定には当事者が申し出た証拠を使う、の3つで説明されています。民事訴訟法179条は「裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない」としています。
2つの違いは、何についての決まりかです。処分権主義は「何を求め、どう終わらせるか」(訴訟の対象と終わり方)、弁論主義は「どんな事実と証拠で判断するか」(判断の材料)です。基礎法学で何をどこまで学ぶかは基礎法学の記事で考え方を示しています。
当てはまる例・当てはまらない例
当てはまる例:仲裁合意があるのに訴えた
2社が仲裁合意をしていたのに、はやて印刷が訴えを起こしたとします。こもれび雑貨が申し立てれば、裁判所は訴えを却下しなければなりません(仲裁法14条1項)。ただし、こもれび雑貨が本案について弁論をした後に申し立てたときは、却下されません(同項3号)。
当てはまらない例:認証ADRの和解をそのまま執行する
認証紛争解決手続で和解が成立しても、それだけでは債務名義になりません。強制執行には、民事執行できる旨の合意(特定和解)と、裁判所の執行決定の確定が要ります(ADR法27条の2、民事執行法22条6号の5)。
ひっかけやすい例:求めていない遅延損害金
はやて印刷が、未払いの代金60万円の支払だけを求めて訴え、支払が遅れた分の損害金(遅延損害金)は求めなかったとします。審理で支払の遅れが分かっても、裁判所は遅延損害金の支払を命じられません(民事訴訟法246条)。これは処分権主義の場面で、「事実を出すのは当事者」という弁論主義の場面とは別です。
試験ではここをまちがえやすい
- 認証の性質:ADRを行うには法務大臣の認証が要る、とする形。5条は認証を「受けることができる」です。時効の完成猶予などの特例は、認証紛争解決手続に付くものです。
- 和解と仲裁の入れ替え:仲裁でも当事者が判断の中身に合意しなければ解決しない、とする形。仲裁は、仲裁合意をしたうえで、仲裁人の判断に従う手続です。
- 効力の言葉の入れ替え:民事調停の調書の記載は「裁判上の和解と同一の効力」、訴訟上の和解の調書と仲裁判断は「確定判決と同一の効力」です。
- 執行決定の落とし:仲裁判断・特定和解に基づく民事執行には、裁判所の執行決定が要ります。
- 処分権主義と弁論主義の入れ替え:「申し立てていない事項について判決できない」(246条)は処分権主義の条文です。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
はやて印刷とこもれび雑貨は、取引の争いを仲裁人の判断にゆだね、それに従うと有効に合意していた。それでも、はやて印刷が裁判所に訴えを起こした場合、こもれび雑貨が本案の弁論の前に申し立てれば、この訴えは却下される。
答え:○ 分かれ目は、仲裁合意があるときに訴えがどう扱われるかです。仲裁法14条1項は、仲裁合意の対象となる民事上の紛争について訴えが提起されたときは、裁判所は、被告の申立てにより訴えを却下しなければならないとしています。裁判を受ける権利があるので訴えはそのまま審理される、と考えると✕にしてしまいます。取り違えの相手は、被告が本案について弁論をした後に申し立てた場合で、このときは却下されません(同項3号)。
問2(このサイトのオリジナル問題)
2社は、法務大臣の認証を受けた事業者の和解の仲介で、代金を分割で払う和解をし、和解に基づいて民事執行をすることができる旨も合意した。こもれび雑貨が払わない場合、はやて印刷は、裁判所の決定を経ずに、この和解に基づいて強制執行をすることができる。
答え:✕ 分かれ目は、特定和解に基づく強制執行に裁判所の決定が要るかです。ADR法27条の2第1項は、特定和解に基づいて民事執行をしようとする当事者は、裁判所に執行決定を求める申立てをしなければならないとしています。正しくは、はやて印刷は執行決定を得て、それが確定してから強制執行をします(民事執行法22条6号の5)。取り違えの相手は、訴訟上の和解の調書で、こちらは記載が確定判決と同一の効力を有します(民事訴訟法267条)。
問3(このサイトのオリジナル問題)
はやて印刷は、こもれび雑貨に未払いの代金60万円の支払だけを求める訴えを起こし、遅延損害金は求めなかった。審理で支払の遅れが認められた場合、裁判所は、60万円に加えて遅延損害金の支払も命じる判決をすることができる。
答え:✕ 分かれ目は、当事者が求めていないものについて判決できるかです。民事訴訟法246条は、裁判所は当事者が申し立てていない事項について判決をすることができないとしています(処分権主義)。正しくは、裁判所が命じられるのは、はやて印刷が求めた60万円の支払までで、求められていない遅延損害金は命じられません。取り違えの相手は弁論主義で、こちらは何を求めるかではなく、判断の材料になる事実と証拠をだれが出すかの考え方です。
和解などの民法の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「民法」で続けて解けます。
まとめ
- ADR=訴訟によらず、公正な第三者が関わって民事の争いを解決する手続(ADR法1条)。
- 判決は裁判所が決める。和解・調停・和解の仲介は当事者の合意。仲裁は仲裁合意のうえで仲裁人が決める。
- 法務大臣の認証は受けることが「できる」。認証紛争解決手続には、時効の完成猶予・訴訟手続の中止などの特例がある。
- 特定和解・仲裁判断に基づく民事執行には、裁判所の執行決定が要る(特定和解は令和6年4月1日施行)。
- 処分権主義=何を求めどう終わらせるか(246条)。弁論主義=事実と証拠を出すのは当事者(条文はない)。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点のものを確かめました。特定和解の制度を設けた改正の法律番号と施行日は、e-Gov法令検索の改正の履歴で確かめました。
- e-Gov法令検索「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」(1条、2条、5条、25条、26条、27条の2、27条の3)
- e-Gov法令検索「仲裁法」(2条、14条、45条)
- e-Gov法令検索「民事調停法」(1条、16条)
- e-Gov法令検索「民事訴訟法」(89条、179条、246条、261条、267条)
- e-Gov法令検索「民事執行法」(22条)
- e-Gov法令検索「日本国憲法」(32条)
このサイトで次に読むなら、和解の記事です。和解で決めたことがあとで覆らない効力(民法696条)と、その例外の判例を確かめられます。
働く人の法律試験ノート