商事留置権と民事留置権の違い:牽連性がいらない場合と、不動産にも及ぶか(商法521条)

ひとことで言うと、商事留置権(しょうじりゅうちけん)は、商人どうしの取引で生じた債権のために、取引の中で預かった相手の物を、その債権とつながりがなくても返さずに置ける権利です(商法521条)。民法の留置権(295条)は、債権がその物に関して生じたこと(牽連性=けんれんせい)が必要です。

そのかわり、商事留置権には民法にない条件があります。当事者がどちらも商人であること、債権がその双方にとって商行為で生じたこと、物が債務者の所有であること、物が債務者との商行為で手元に来たこと、です。不動産も対象になるとした判例があります。留置権を使ったときの効果(返さずに置く・時効は進む など)は留置権と先取特権の記事に任せ、この記事は成立の条件の違いに絞ります。破産のときの扱いは扱いません。条文は令和8年4月1日時点のものを e-Gov 法令検索で確かめました。

身近な例で考えると

印刷会社の「さくら印刷」と、出版社の「ほしの出版」は、どちらも会社(商人)です。いつも取引をしています。

  1. さくら印刷は、春にほしの出版の本Aを印刷した。印刷代100万円の支払期限が過ぎたが、まだ払われていない。
  2. 秋に、ほしの出版は本Bの印刷を頼み、ほしの出版が持っている特別な用紙をさくら印刷に預けた。
  3. さくら印刷は「本Aの印刷代を払ってもらうまで、本Bの用紙は返さない」と言った。

本Bの用紙は、本Aの印刷代とは関係がありません。民法の留置権なら、牽連性がないので留置できません。商事留置権なら、①どちらも商人、②印刷の契約は双方にとって商行為、③印刷代は弁済期にある、④用紙は債務者ほしの出版の所有、⑤印刷の取引でさくら印刷の手元に来た、がそろうので、留置できます(521条本文)。

たとえると、民法の留置権は「直した自転車をその修理代のために返さない」もの、商事留置権は「いつもの取引先から預かっている物なら、別の未払いのためにも返さない」ものです。ただし本物のルールでは、預かっている物がほかの人の物なら、商事留置権は成り立ちません。

条文ではこう決まっている

民法の留置権(295条)

  • 他人の物の占有者が、その物に関して生じた債権を持つときは、弁済を受けるまでその物を留置できる(295条1項本文)。
  • 債権が弁済期にないときは留置できない(同項ただし書)。
  • 占有が不法行為で始まった場合は使えない(同条2項)。

商人間の留置権(商法521条)

  • 商人間において、その双方のために商行為となる行為によって生じた債権が弁済期にあるとき。
  • 債権者は、弁済を受けるまで、債務者との間における商行為によって自己の占有に属した、債務者の所有する物または有価証券を留置できる(以上、521条本文)。
  • 当事者の別段の意思表示があるときは、この限りでない(同条ただし書)。留置権を使わない約束をしておけば、成り立たない。

521条には「その物に関して生じた」の言葉がありません。ここが牽連性がいらないと言われる理由です。

民事留置権と商事留置権を表で比べる

比べる点民事留置権(民法295条)商事留置権(商法521条)
当事者だれでも商人どうし
守られる債権その物に関して生じた債権(牽連性が必要)双方にとって商行為となる行為で生じた債権(牽連性はいらない)
留置できる物他人の物(債務者の物でなくてよい)債務者の所有する物・有価証券
物が手元に来た経緯不法行為で始まった占有はだめ債務者との商行為で占有したもの
弁済期弁済期にないときは不可弁済期にあること
使わない約束条文に定めなし別段の意思表示があれば成り立たない

2つは、片方が広く片方が狭い、という関係ではありません。商事留置権は「つながり」の条件をなくした分、「債務者の物」「商行為で占有」の条件を足しています。民事留置権は、他人の物でも、その物について生じた債権なら留置できます。

不動産にも及ぶか:最高裁平成29年12月14日判決

最高裁判所第一小法廷平成29年12月14日判決(平成29年(受)第675号)は、「不動産は、商法521条が商人間の留置権の目的物として定める『物』に当たる」と判断しました(裁判所ウェブサイトの裁判要旨)。

  • 事案の一行:生コンクリートの会社が、運送会社に自分の土地を貸していた。賃貸借が終わって明渡しを求めたところ、運送会社は、運送の委託料の債権(弁済期にある)のために、521条の留置権で土地を留置すると主張した。
  • 結論:不動産も521条の「物」に当たる。
  • 理由の要点:民法では不動産も「物」に当たる。521条は目的物を「物又は有価証券」と定め、不動産を除くことをうかがわせる文言はない。521条は商人間の信用取引の維持と安全を図るための定めで、不動産を対象とする商人間の取引が広く行われている実情からも、不動産を目的物と解することはこの趣旨にかなう。
  • まちがえやすい所:運送の委託料と土地には、つながりがない。それでも、土地の賃貸借(商行為)で占有した債務者所有の土地なので、521条の条件に当たる。

商法にあるほかの留置権

商法には、521条とは別に、特定の商人のための留置権があります。条件がそれぞれ違います。

だれの留置権守られる債権留置できる物
代理商(31条)取引の代理・媒介で生じた債権(弁済期)商人のために占有する物・有価証券(債務者の所有に限る言葉はない)
問屋(557条で31条を準用)同じ形委託者のために占有する物・有価証券
運送取扱人(562条)その運送品に関する報酬・付随の費用・運送賃などの立替金「のみ」その運送品
運送人(574条)その運送品に関する運送賃・付随の費用・立替金「のみ」その運送品

代理商と問屋の留置権は、521条と同じく牽連性の言葉がありません。運送取扱人と運送人は逆で、「運送品に関して」受け取るべき債権「のみ」に限っています。代理商・問屋のしくみは代理商・仲立人・問屋の記事で扱っています。

当てはまる例・当てはまらない例

  1. 当てはまる例:さくら印刷が、本Aの印刷代のために、本Bの用紙を留置する。牽連性はないが、521条の条件がそろっています。
  2. 当てはまらない例:本Bの用紙が、ほしの出版が紙問屋から借りている紙問屋の物だった。521条は「債務者の所有する物」に限るので、商事留置権は成り立ちません。本Aの印刷代と用紙につながりもないので、民事留置権も成り立ちません。
  3. 当てはまらない例:印刷を頼んだのが、自分の作品集を作りたい個人(商人でない人)だった。521条は商人間の債権に限るので使えません。用紙の加工代のように、その物に関して生じた債権なら、民事留置権の問題になります。
  4. ひっかけやすい例:さくら印刷とほしの出版の契約に「さくら印刷は留置権を行使しない」と書いてあった。521条ただし書により、商事留置権は成り立ちません。
  5. ひっかけやすい例:運送取扱人が、個人のお客さんから預かった荷物を、そのお客さんの前の荷物の報酬が未払いだという理由で留置した。562条は「運送品に関して」受け取るべき報酬など「のみ」に限るので、この留置はできません。

試験ではここをまちがえやすい

  • 「他人の物」と「債務者の所有する物」:民事留置権は他人の物ならよい。商事留置権は債務者の所有物に限る。所有者が第三者の物は商事留置権の対象外。
  • 牽連性:いらないのは521条と代理商・問屋の留置権。運送取扱人・運送人は「運送品に関して」受け取るべき債権「のみ」。
  • 双方的商行為:一方だけが商人、または一方にとってだけ商行為の債権では、521条は使えない。
  • 不動産:判例は、不動産も521条の「物」に当たるとした(平成29年12月14日)。
  • 特約:521条ただし書で、別段の意思表示があれば成り立たない。

商人間の売買のほかの特則(供託・競売、確定期売買、検査と通知)は商事売買の特則の記事、商人と商行為の基本は商法総則の記事で確かめられます。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
運送会社のやまびこ運輸は、取引先の会社から、その会社が所有する土地を借りていた。賃貸借が終わったが、やまびこ運輸は、その会社に対する弁済期の運送料債権がある。判例によれば、やまびこ運輸は、商法521条の留置権によって土地を留置しうる。

答え:○ 分かれ目は、不動産が521条の「物」に当たるかです。最高裁判所第一小法廷平成29年12月14日判決は、不動産も商法521条の留置権の目的物である「物」に当たるとしました。運送料と土地にはつながりがありませんが、521条は牽連性を求めていません。土地の賃貸借で占有した債務者所有の土地なので、条件に当たります。留置権は動産の話、と考えていると✕に見えます。

問2(このサイトのオリジナル問題)
商人のさくら印刷は、商人のほしの出版に対する弁済期の印刷代のため、本Bの印刷の取引で預かった用紙を留置したい。用紙は、ほしの出版が紙問屋から借りていた紙問屋の物だった。さくら印刷は、521条の留置権を行使できる。

答え:✕ 分かれ目は、留置できる物の所有者です。521条が留置を認めるのは「債務者の所有する物又は有価証券」です。正しくは、所有者が紙問屋である用紙には、さくら印刷の商事留置権は成り立ちません。民法295条は「他人の物」とだけ定め、債務者の所有物に限っていないので、その言葉を521条に持ち込んだ形です。民事留置権なら、その用紙に関して生じた債権が必要になります。

問3(このサイトのオリジナル問題)
運送取扱人のみなと通運は、商人でない個人のゆいさんから荷物の運送の取次ぎを頼まれ、荷物を預かった。ゆいさんは、以前に頼んだ別の荷物の報酬をまだ払っていない。みなと通運は、その報酬のために、いま預かっている荷物を留置できる。

答え:✕ 分かれ目は、運送取扱人の留置権で守られる債権の範囲です。562条は、運送品に関して受け取るべき報酬、付随の費用、運送賃その他の立替金「についてのみ」、その運送品を留置できるとしています。正しくは、前の別の荷物の報酬のために、いまの荷物は留置できません。ゆいさんは商人でないので521条も使えません。牽連性をいらないとする521条や代理商の31条の形を、運送取扱人にも当てはめた形です。

この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「会社法」(商法の問題もここに入っています)で続けて解けます。

まとめ

  • 民事留置権:他人の物、その物に関して生じた債権(牽連性)、弁済期、不法行為で始まった占有はだめ。
  • 商事留置権:商人間、双方的商行為で生じた債権、弁済期、債務者との商行為で占有した債務者所有の物・有価証券。牽連性はいらない。
  • 不動産も521条の「物」に当たる(最高裁平成29年12月14日判決)。
  • 代理商・問屋の留置権も牽連性の言葉がない。運送取扱人・運送人は、その運送品に関して受け取るべき債権のみ。

このサイトで次に読むなら、同時履行の抗弁権の記事です。「払うまで渡さない」という点で留置権と似ていますが、だれに対して主張できるかが違います。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

条文は、e-Gov 法令検索で令和8年4月1日時点の法令を確かめました。判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索と判決全文で確かめました。

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