場屋営業者の責任:ホテル・飲食店に預けた物・預けなかった物の損害と、高価品の特則(商法596条〜598条)

ひとことで言うと、旅館・飲食店・浴場のように客が集まる場所で営業する人(場屋営業者=じょうおくえいぎょうしゃ)は、客の荷物について民法より重い責任を負うルールです(商法596条)。客から預かった物がなくなったり壊れたりしたら、不可抗力によるものだったと証明しなければ、損害賠償の責任を免れません。

預からなかった持ち込み品は、場屋営業者が注意を怠ったときに責任を負います。「責任を負いません」と表示しても、この責任は免れません。ただし、お金や有価証券などの高価品は、客が種類と価額を知らせて預けた場合でなければ責任を負いません(597条)。この記事では、施設の利用規約の作り方には触れず、条文の要件と効果を整理します。条文は令和8年4月1日時点のものを e-Gov 法令検索で確かめました。

身近な例で考えると

けいたさんは、温泉地の「やまゆり旅館」に泊まりました。やまゆり旅館は、宿泊と日帰りの大浴場の営業をしている場屋営業者です。

けいたさんの荷物どうしたか当たる条文
スーツケースフロントに預けた596条1項(預けた物)
カメラ預けずに部屋に置いた596条2項(預けない物)
現金20万円の入った封筒中身を言わずにフロントに預けた597条(高価品)
  1. 預けたスーツケースがなくなった。やまゆり旅館は、不可抗力によるものだったと証明しなければ、責任を免れない。
  2. 部屋に置いたカメラが壊れた。旅館が注意を怠ったことによる場合に、旅館は責任を負う。
  3. 封筒がなくなった。中身が現金だと種類と価額を知らせずに預けたので、旅館は597条によって責任を負わない。

たとえると、預けた物は「旅館の金庫に入った物」、預けない物は「客が自分で持っている物」です。金庫の中の物は旅館がしっかり守るべきなので、責任が重くなります。ただし本物のルールでは、預けない物でも旅館の建物の中に持ち込んだ物なら、旅館が注意を怠ったときは責任があります。

条文ではこう決まっている

  • 場屋営業者とは:旅館、飲食店、浴場その他の客の来集を目的とする場屋における取引をすることを業とする者(596条1項のかっこ書)。この取引は、営業としてすれば商行為になる(502条7号)。
  • 預けた物(596条1項):客から寄託を受けた物品の滅失・損傷について、不可抗力によるものであったことを証明しなければ、損害賠償の責任を免れない。
  • 預けない物(596条2項):客が寄託していない物品でも、場屋の中に携帯した物品が、場屋営業者が注意を怠ったことによって滅失・損傷したときは、損害賠償の責任を負う。
  • 表示の効力(596条3項):客が場屋の中に携帯した物品について責任を負わない旨を表示しても、場屋営業者は1項・2項の責任を免れない。
  • 高価品(597条):貨幣、有価証券その他の高価品は、客が種類と価額を通知して寄託した場合を除き、場屋営業者は滅失・損傷の損害を賠償する責任を負わない。
  • 時効(598条):596条・597条の責任に係る債権は、物品を返した時、または客が持ち込んだ物品を持ち去った時から1年間行使しないと、時効で消える。物品が全部なくなったときは、客が場屋を去った時から数える(1項)。場屋営業者が滅失・損傷について悪意だったときは、この時効は使えない(2項)。

平成30年の改正で、言葉がどう変わったか

場屋営業者の責任は、商法及び国際海上物品運送法の一部を改正する法律(平成30年法律第29号、2019年4月1日施行)で、カタカナの文語から今の言葉に書き直されました。条の番号もずれています。改正前の条文は、e-Gov の2019年3月1日時点の版で確かめました。

中身改正前いま(令和8年4月1日)
責任を負う人「場屋ノ主人」(594条)「場屋営業者」(596条)
預けない物の責任の原因「場屋ノ主人又ハ其使用人ノ不注意」「場屋営業者が注意を怠ったこと」
責任を負わない旨「告示シタルトキ」「表示したとき」
高価品種類と価額を「明告」(595条)種類と価額を「通知」(597条)
時効返還・持去りの後1年を経過(596条)返還・持去りの時から1年間行使しない(598条)

「不可抗力の証明がなければ免れない」という預けた物の責任の形は、改正の前後で同じです。古い参考書の条番号(594条〜596条)で覚えている人は、いまの596条〜598条に読み替えてください。

当てはまる例・当てはまらない例

  1. 当てはまる例:大浴場の受付に、けいたさんが預けた着替えのかばんがなくなった。預けた物なので、旅館は不可抗力によるものと証明しなければ責任を免れません(596条1項)。
  2. 当てはまる例:部屋に置いたカメラが、旅館が雨漏りを知りながら直さなかったために水をかぶって壊れた。預けない物でも、旅館が注意を怠ったことによるので、責任を負います(596条2項)。
  3. 当てはまらない例:預けない物で、旅館が注意を怠ったことによるものではない損傷。2項の責任は「注意を怠ったことによって」生じた場合に限られます。
  4. ひっかけやすい例:脱衣所に「貴重品の盗難には責任を負いません」と掲示してあった。表示しても1項・2項の責任は免れません(596条3項)。ただし、高価品で種類と価額の通知がなかったものは、表示とは別に597条で責任を負いません。
  5. ひっかけやすい例:けいたさんが、壊れたカメラの賠償を、チェックアウトして1年半たってから求めた。持ち去った時から1年間行使しないと時効で消えます(598条1項)。旅館が損傷を知りながら隠していた(悪意)なら、この時効は使えません(同条2項)。

民法の寄託・商人の寄託とどう違うか

物を預かる人の注意の程度は、立場で3段階に分かれます。民法の寄託の基本は寄託の記事で扱っています。

預かる人責任の重さ条文
民法の無報酬の受寄者自己の財産に対するのと同一の注意民法659条
商人が営業の範囲内で預かる報酬がなくても善良な管理者の注意商法595条
場屋営業者が客から預かる不可抗力の証明がなければ責任を免れない商法596条1項

595条までは「どれだけ注意したか」の話です。596条1項は、注意を尽くしたと示すだけでは足りず、不可抗力だったことまで証明させる点で、いちばん重い形です。商行為の基本は商法総則の記事、民法の債務不履行の責任の考え方は債務不履行の記事で確かめられます。

宿泊約款で賠償の額を限っていたら:判例

最高裁判所第二小法廷平成15年2月28日判決(平成13年(受)第1061号)は、ホテルの宿泊約款の定めを扱いました。裁判所ウェブサイトの裁判要旨は次のとおりです。

  • 対象の定め:宿泊客がフロントに預けなかった物品などで、事前に種類と価額の明告がなかったものが滅失・毀損したとき、ホテルの賠償の範囲を15万円に限る宿泊約款の定め。
  • 結論:この定めは、ホテル側に故意または重大な過失がある場合には適用されない。
  • まちがえやすい所:これは約款の定めの適用の範囲についての判断です。判決文は場屋営業者の責任の条文(当時の商法594条・595条)に触れておらず、597条(当時の595条)の高価品の特則の当てはめを示したものではありません。

試験ではここをまちがえやすい

  • 預けた物と預けない物:預けた物は不可抗力の証明がなければ責任(1項)。預けない物は注意を怠ったときに責任(2項)。1項の基準を2項に当てはめない。
  • 表示で免れない:「責任を負いません」と表示しても1項・2項の責任は残る(3項)。
  • 高価品:種類と価額を通知して寄託した場合だけ責任。預けたかどうかだけでなく、通知の有無で決まる(597条)。
  • 時効の起算点:返還の時・持ち去った時。全部なくなったときは客が場屋を去った時。期間は1年。悪意なら使えない。
  • 条番号:平成30年改正の前は594条〜596条。いまは596条〜598条。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
けいたさんは、やまゆり旅館に預けずに部屋に置いていたカメラが壊れた。損傷は、旅館が注意を怠ったことによるものではなかった。この場合でも、旅館は、不可抗力によるものであったことを証明しなければ、損害賠償の責任を免れない。

答え:✕ 分かれ目は、預けた物か預けない物かです。不可抗力の証明がなければ責任を免れないのは、客から寄託を受けた物品です(596条1項)。正しくは、預けない持ち込み品は、場屋営業者が注意を怠ったことによって滅失・損傷したときに責任を負う(同条2項)ので、注意を怠っていない今回は責任を負いません。1項の重い基準を、2項の物品に当てはめた形です。

問2(このサイトのオリジナル問題)
やまゆり旅館の玄関には「お客様の持ち物の損害には一切責任を負いません」と掲示されている。けいたさんがフロントに預けたスーツケースがなくなった。旅館は、不可抗力によるものと証明しない限り、掲示があっても責任を免れない。

答え:○ 分かれ目は、責任を負わない旨の表示の効力です。596条3項は、客が携帯した物品について責任を負わない旨を表示しても、場屋営業者は1項・2項の責任を免れないとしています。預けたスーツケースは1項の物品なので、不可抗力の証明がなければ責任を負います。掲示で前もって断っていれば免れる、と考えると✕に見えます。表示とは別の理由で責任がなくなるのは、597条の高価品で通知がなかった場合です。

問3(このサイトのオリジナル問題)
けいたさんは、現金20万円の入った封筒を、中身を告げずにやまゆり旅館のフロントに預けた。封筒がなくなった場合、旅館は、596条1項により、不可抗力を証明しない限り20万円の損害を賠償する責任を負う。

答え:✕ 分かれ目は、高価品の特則です。597条は、貨幣、有価証券その他の高価品について、客が種類と価額を通知して寄託した場合を除き、場屋営業者は滅失・損傷の損害を賠償する責任を負わないとしています。正しくは、中身を告げずに預けた現金について、旅館は商法上の責任を負いません。預けた物だから596条1項が使える、と考えると○にしてしまいます。15万円を限度とする定めの判例は、宿泊約款の適用の話で、597条とは別です。

この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「会社法」(商法の問題もここに入っています)で続けて解けます。

まとめ

  • 場屋営業者は、旅館・飲食店・浴場など客の来集を目的とする場屋での取引を業とする者。
  • 預けた物:不可抗力の証明がなければ責任。預けない持ち込み品:注意を怠ったときに責任。
  • 責任を負わない旨の表示では免れない。高価品は種類と価額を通知して預けた場合だけ責任。
  • 時効は返還・持去りの時(全部滅失は場屋を去った時)から1年。悪意なら使えない。

このサイトで次に読むなら、商事売買の特則の記事です。商人どうしの売買で、民法と違う特則がどこにあるかを、この記事の寄託の特則と並べて確かめられます。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

条文は、e-Gov 法令検索で令和8年4月1日時点の法令を確かめました。改正前の商法594条〜596条は、e-Gov の2019年3月1日時点の版で確かめました。判例は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で確かめました。

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