ひとことで言うと、法律による行政の原理は「行政は、国会が作った法律にもとづき、法律に従って動かなければならない」という行政法の土台の考え方です。中身は、①国民の権利や義務にかかわるルールは法律で作る(法律の法規創造力)、②行政は法律に反することができない(法律の優位)、③一定の行政活動には法律の根拠が要る(法律の留保)、の3つに分けて説明されます。
この記事では、3つの言葉の区別と、それを具体的に表した条文(内閣法11条、地方自治法14条など)、そして「法律どおりでも違法になることがあるか」という信頼の保護・信義則の判例を中心に扱い、令和8年4月1日時点の法令で書いています。学説の名前は、代表的な教科書に共通する範囲だけを示します。
身近な例で考えると
舞台は「ひかり市」です。登場人物は次の3人です。
| 人物 | 立場 | したこと |
|---|---|---|
| けいたさん | 空き地の持ち主 | 雑草のことで市から連絡を受けた |
| ひかり市長 | 市の長(規則を定められる) | 規則で草刈りの義務を決めようとした |
| なかむらさん | 市の担当職員 | けいたさんに草刈りをお願いした |
- けいたさんの空き地の雑草が伸び、近所から苦情が届いた。
- 市長は「空き地の持ち主は、年2回草を刈らなければならない」と、市長の規則で決めようとした。この点について法令に特別の定めはない。
- 担当課は「住民に義務を課すには、条例が必要です」と指摘した(地方自治法14条2項)。市長は、議会に条例案を出すことにした。
- 条例ができるまでの間、なかむらさんが、けいたさんに「草を刈っていただけませんか」とお願いした。これは義務ではなく、けいたさんが応じるかどうかは自由である。
- 条例ができたあとも、その条例が法律に反する内容なら、効力を持たない(法律の優位)。
たとえると、法律は「行政が国民に向けて使ってよい道具の一覧表」です。一覧にない道具(義務を課すなど)は使えず、一覧の使い方にも反してはいけません。ただし本物のルールでは、地方公共団体は議会の作る条例でも義務を課せますし、お願い(行政指導)のように一覧表がなくても使えると考えられている手段もあります。そこがたとえと違う点です。
条文ではこう決まっている
「法律による行政の原理」という言葉そのものは、条文にはありません。条文に現れているのは、その中身を具体的に決めた規定です。法治主義と法の支配・立憲主義の違いは立憲主義と法の支配の記事で扱っています。
①法律の法規創造力:権利と義務のルールは法律で作る
- 国会は「国の唯一の立法機関」です(憲法41条)。
- 政令には、法律の委任がなければ、義務を課し、又は権利を制限する規定を設けることができません(内閣法11条)。
- 省令には、法律の委任がなければ、罰則を設け、義務を課し、国民の権利を制限する規定を設けることができません(国家行政組織法12条3項)。
- 政令には、法律の委任がある場合を除いて、罰則を設けられません(憲法73条6号ただし書)。
政令・省令の種類(法規命令と行政規則)と委任の限界は、行政立法をわかりやすくで扱っています。
②法律の優位:行政は法律に反することができない
- 行政の活動は、法律に反してはいけません。法律に反する命令や処分は、違法になります。
- 地方公共団体の条例も、「法令に違反しない限りにおいて」制定できます(地方自治法14条1項)。
③法律の留保:一定の活動には法律の根拠が要る
- 普通地方公共団体が義務を課し、又は権利を制限するには、法令に特別の定めがある場合を除いて、条例によらなければなりません(地方自治法14条2項)。市長の規則だけでは足りません。
- 税を新しく課したり変えたりするには、法律又は法律の定める条件によります(憲法84条)。
留保がどこまで及ぶか(考え方の違い)
どんな活動に法律の根拠が要るかは、条文で一律に決まっていません。教科書で一般に挙げられる考え方は次のとおりです(名前や分け方は、教科書によって少し違います)。
| 考え方 | 根拠が要る範囲 | お願い・補助金は |
|---|---|---|
| 侵害留保説 | 国民の権利を制限し、義務を課す活動 | 根拠は要らない |
| 権力留保説 | 一方的に決める権力的な活動 | 権力的でなければ要らない |
| 重要事項留保説 | 国民にとって重要な事項 | 中身による |
| 全部留保説 | 原則としてすべての活動 | 要る |
学説で正誤が決まる問題は、このサイトの○✕では扱いません。押さえるのは、義務を課し権利を制限するには法律(地方では条例)の根拠が要るとした条文(内閣法11条・国家行政組織法12条3項・地方自治法14条2項)と、次の行政指導の決まりです。
行政指導と法律の根拠
- 行政指導は、行政機関が「任務又は所掌事務の範囲内において」特定の者に作為・不作為を求める指導・勧告・助言などで、処分に当たらないものです(行政手続法2条6号)。
- 行政指導に携わる者は、所掌事務の範囲を逸脱してはならず、指導が相手方の任意の協力によってのみ実現されることに留意します(行政手続法32条1項)。
つまり、お願いの形の行政指導でも、何でもできるわけではありません。少なくとも、その行政機関の受け持ちの範囲内でなければなりません。行政指導の手続は行政指導をわかりやすくで確かめられます。
当てはまる例・当てはまらない例
- 当てはまる(法律の留保):ひかり市長が、法令に特別の定めがないのに、規則だけで空き地の持ち主に草刈りを義務づける。住民に義務を課すので、条例が必要です(地方自治法14条2項)。
- 当てはまる(法律の優位):法律が「要件を満たせば許可しなければならない」と定めているのに、行政庁が法律にない理由(たとえば地元の同意書がないこと)で申請を拒否する。法律に反する処分なので違法です。
- 当てはまらない(お願い):国の行政機関の職員が、受け持ちの範囲内で、事業者に協力をお願いする。従う義務を生じさせない行政指導なので、侵害留保の考え方では、指導そのものを定めた法律の規定がなくても行えます。ただし範囲外の事柄は、行政指導としても求められません(行政手続法32条1項)。
- ひっかけやすい(緊急の撤去):町長が、漁港の管理規程がなく法規の根拠がないまま、航行を危険にしていたヨットをつなぐための鉄杭を撤去させた。最高裁判所第二小法廷平成3年3月8日判決は、撤去を漁港法・行政代執行法上適法とは認めませんでしたが、緊急の事態に対処するためのやむを得ない措置だったとして、撤去費用の支出は違法とはいえないとしました。「根拠がなくても適法」とした判決ではありません。
- ひっかけやすい(施策の変更):村が工場誘致の施策を変える。施策が変わること自体は当然で、地方公共団体は原則として決定に拘束されません。ただし、信頼して動いた人への責任が生じる場合があります(次の章)。
似ているルールとの違い:法律どおりでも違法になる場合
法律による行政の原理は「法律に従え」という原則です。これとは別に、法律に従っているだけでは足りない場面を扱う一般原則があります。行政書士試験の「行政法の一般的な法理論」で、両方を区別しておきます。
| 原則 | 中身 | 条文・判例 |
|---|---|---|
| 信頼の保護 | 行政を信じて動いた人を守る | 最三小 昭和56年1月27日 |
| 信義則(課税) | 法律どおりの課税でも、特別の事情があれば違法 | 最三小 昭和62年10月30日 |
| 比例原則 | 目的に必要な限度をこえて制限しない | 警察官職務執行法1条2項 |
| 平等原則 | 同じ事情の人を同じに扱う | 憲法14条1項 |
- 工場誘致の施策の変更(昭和56年判決):村が特定の会社に個別・具体的に工場の建設を勧め、会社が長期の継続を前提に準備に入った場合、補償などの措置なく施策を変えて社会観念上見過ごせない積極的損害を与えたときは、やむをえない客観的事情がない限り、不法行為責任を免れないとしました。施策の維持を内容とする契約が結ばれていなくても、密接な交渉を持った当事者間の信義衡平の原則から、信頼に法的保護が与えられるとしています。くわしくは行政契約と行政計画の記事にあります。
- 課税と信義則(昭和62年判決):租税法規に適合する課税処分を信義則で違法とできるのは、納税者間の平等・公平を犠牲にしても信頼を守らなければ正義に反するといえる「特別の事情」がある場合に限られます。その判断には、税務官庁が信頼の対象となる公的見解を表示したか、納税者がそれを信頼して行動し不利益を受けたか、納税者に責められる事由がないか、の考慮が不可欠とされました。課税は法律に従って行う(憲法84条の租税法律主義)ので、法律どおりの課税を信義則で違法とできる場面はしぼられています。
- 比例原則:警察官職務執行法1条2項は、同法の手段を「必要な最小の限度において用いるべき」としています。
法律が行政に判断の幅(裁量)を与えている場合に、どこから違法になるかは行政裁量の判例で扱っています。
試験ではここをまちがえやすい
- 優位と留保の入れ替え:「行政は法律に反してはならない」が法律の優位、「一定の活動には法律の根拠が要る」が法律の留保です。説明文と名前を入れ替えた形に注意します。
- 考え方と範囲の対応:侵害留保説は「権利を制限し義務を課す活動」に根拠を求めます。権力的な活動全体に根拠を求めるのは権力留保説です。
- 規則で義務を課す形:住民に義務を課すのは条例です(地方自治法14条2項)。市長の規則だけでは足りません。国の政令・省令も、法律の委任がなければ義務を課せません。
- 行政指導の範囲:根拠法がなくても行える、と覚えた人が「何でも指導できる」と広げる形。所掌事務の範囲内に限られます(行政手続法2条6号・32条1項)。
- 判例の読み違え:漁港の鉄杭撤去の判決(平成3年)は、撤去を適法とはしていません。工場誘致の判決は、施策の変更を禁じたのではなく、補償などの措置なしの変更に責任を認めたものです。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
D町の町長は、夜間の航行に危険が迫り、設置者が県の撤去の指示にも従わないため、漁港の管理規程がなく法規の根拠がないまま、無断で打たれた鉄杭を業者に撤去させた。判例は、撤去を適法とは認めなかったが、撤去費用の支出は違法とはいえないとした。
答え:○ 分かれ目は、根拠を欠く撤去の評価と、費用の支出の評価が分かれた点です。最高裁判所第二小法廷平成3年3月8日判決は、町長の撤去の強行は漁港法・行政代執行法上適法と認めることはできないとしつつ、緊急の事態に対処するためのやむを得ない措置であり、撤去費用の支出は違法とはいえないとしました。根拠がない以上、支出も違法になると考えると✕にしてしまいます。逆に「緊急なら法律の根拠は要らない」と読むのも誤りです。
問2(このサイトのオリジナル問題)
B村が工場誘致の施策を決め、村長がC社に個別・具体的に工場の建設を勧め、C社は準備に入った。判例によれば、C社の信頼が法的に保護されるのは、施策の維持を内容とする契約がB村とC社の間で結ばれた場合に限られる。
答え:✕ 分かれ目は、信頼の保護に契約が要るかです。最高裁判所第三小法廷昭和56年1月27日判決は、契約が結ばれたと認められない場合でも、密接な交渉を持つに至った当事者間の信義衡平の原則に照らし、信頼に法的保護が与えられなければならないとしました。正しくは、補償などの措置なく施策を変え、やむをえない客観的事情もなければ、契約がなくても不法行為責任を負います。約束を守らせるには契約が要る、という契約上の責任の考え方で読むと○にしてしまいます。判決が責任の根拠にしたのは、契約ではなく、信義衡平の原則にもとづく不法行為責任です。
問3(このサイトのオリジナル問題)
E市長は、法令に特別の定めがないのに、市長の定める規則だけで、空き地の所有者に年2回の草刈りを義務づけた。この規則の定めは、地方自治法14条2項に反する。
答え:○ 分かれ目は、住民に義務を課すルールの形式です。地方自治法14条2項は、普通地方公共団体が義務を課し、又は権利を制限するには、法令に特別の定めがある場合を除き、条例によらなければならないとしています。市長も規則を定められるので、市の事務なら規則で足りると考えると✕にしてしまいます。国で同じ考え方を表すのが、法律の委任のない政令・省令による義務づけを禁じた内閣法11条・国家行政組織法12条3項です。
この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「行政法」で続けて解けます。
まとめ
- 法律による行政の原理は、法律の法規創造力・法律の優位・法律の留保の3つで説明される。
- 権利と義務のルールは法律で作る。政令・省令は法律の委任がなければ義務を課せない(内閣法11条・国家行政組織法12条3項)。
- 住民に義務を課すには条例が要る(地方自治法14条2項)。規則だけでは足りない。
- 留保の範囲は考え方が分かれる。侵害留保説は、権利を制限し義務を課す活動に根拠を求める。行政指導も所掌事務の範囲内に限られる。
- 法律どおりでも違法・責任が生じる場面として、信頼の保護(昭和56年判決)と課税の信義則(昭和62年判決・特別の事情)がある。
このサイトで次に読むなら、行政法の勉強法です。行政法総論の論点を、手続三法や国家賠償とどうつなげて覚えるかを確かめられます。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の法令を確かめました。判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項・裁判要旨を確かめ、理由の言葉は判決全文で確かめました。
- e-Gov法令検索「日本国憲法」(14条1項、41条、73条6号、84条)
- e-Gov法令検索「内閣法」(11条)
- e-Gov法令検索「国家行政組織法」(12条1項・3項)
- e-Gov法令検索「地方自治法」(14条1項・2項)
- e-Gov法令検索「行政手続法」(2条6号、32条1項)
- e-Gov法令検索「警察官職務執行法」(1条2項)
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 平成3年3月8日判決(平成1年(行ツ)第99号)」(漁港内の係留杭の撤去と費用の支出)
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 昭和56年1月27日判決(昭和51年(オ)第1338号)」(施策の変更と不法行為責任)
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 昭和62年10月30日判決(昭和60年(行ツ)第125号)」(課税処分と信義則)
働く人の法律試験ノート