ひとことで言うと、無名抗告訴訟(むめいこうこくそしょう)は、行政事件訴訟法が名前を挙げた6つの抗告訴訟のどれにも当てはまらない抗告訴訟を指す呼び名です。「法定外抗告訴訟」とも呼ばれます。どちらも法律の言葉ではありません。法律は、抗告訴訟を「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」と定め(3条1項)、2項〜7項で6つの訴えを定義しています。
平成16年の改正(平成16年法律第84号)で義務付けの訴えと差止めの訴えが設けられ、6つの訴えがそろいました。それでも、6つに入らない形の訴えが問題になることがあります。最高裁判所第一小法廷平成24年2月9日判決は、職務命令にもとづく義務がないことの確認を求めた訴えを、懲戒処分を防ぐ目的なら無名抗告訴訟として不適法、処分以外の不利益を防ぐ目的なら公法上の法律関係に関する確認の訴えとして確認の利益がある、と目的で分けました。この記事では、この分かれ目を条文と2つの判例で確かめます。6つの訴えの要件は取消訴訟以外の抗告訴訟の記事、当事者訴訟の型は当事者訴訟の記事に任せます。条文は、令和8年4月1日時点の行政事件訴訟法を e-Gov 法令検索で確かめています。
身近な例で考えると
| 人物・機関 | 立場 | したこと |
|---|---|---|
| みずほさん | 市の職員 | 上司の職務命令に従う義務はないと考えている |
| 上司 | 職務命令を出した人 | 毎年の行事での一定の行為を命じた |
| 任命権者 | 懲戒処分をする権限を持つ機関 | 命令に従わない職員を懲戒処分にしてきた |
- みずほさんは、行事のたびに出される職務命令に従う義務はないと考えている。
- 従わなければ、懲戒処分(行政処分)を受けるおそれがある。また、勤務の評価が下がり、昇給などで不利に扱われるおそれもある(こちらは処分ではない不利益)。
- みずほさんは、処分を受ける前に「命令に従う義務がないこと」を裁判で確かめたい。
3番目の「義務がないことの確認」は、6つの抗告訴訟のどれの名前にも当たりません。そこで、この訴えを何として扱うかが問題になります。①将来の懲戒処分を防ぐためなら、法律が定めた差止めの訴え(3条7項)がある。②処分ではない不利益(昇給への影響など)を防ぐためなら、差止めの訴えでは防げない。平成24年判決は、この①と②で扱いを分けました(実際に使えるかどうかは、事件ごとの事情で決まります)。
たとえるなら、6つの抗告訴訟は「決められた型の申込書」です。無名抗告訴訟は、どの型の申込書にも当てはまらない申込みを、手書きで出すようなものです。ただし本物のルールでは、決められた型で足りるときは、手書きの申込みは受け付けてもらえません(補充性)。
条文ではこう決まっている
- 抗告訴訟の定義(3条1項):「この法律において『抗告訴訟』とは、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいう。」
- 6つの訴え(3条2項〜7項):処分の取消しの訴え、裁決の取消しの訴え、無効等確認の訴え、不作為の違法確認の訴え、義務付けの訴え、差止めの訴え。
- 差止めの訴え(3条7項・37条の4):行政庁が一定の処分をすべきでないのにされようとしている場合に、処分をしてはならないと命じるよう求める訴え。一定の処分がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り起こせ、損害を避けるため他に適当な方法があるときは起こせない(37条の4第1項)。
- 当事者訴訟(4条):法令の規定で法律関係の当事者の一方を被告とする訴訟(前段)と、「公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟」(後段)。後段は「実質的当事者訴訟」と呼ばれますが、この呼び名も法律の言葉ではありません。
3条1項の定義は「公権力の行使に関する不服の訴訟」と広く書かれ、2項〜7項は「この法律において〜とは」と個々の訴えの意味を決めています。行政事件訴訟法には、6つ以外の抗告訴訟について定めた規定がありません。そのため、6つに入らない訴えを抗告訴訟として認めてよいか、認めるならどんな条件かが、判例と学説で論じられてきました。法律が名前を挙げていないので「無名」と呼ばれます。
判例で決まっていること
改正前:処分を受ける前の義務不存在確認(最高裁判所第一小法廷 昭和47年11月30日判決)
県の教育委員会の教育長の通達で、勤務評定書に自分を観察した結果を書くよう命じられた教職員が、書かないことで懲戒などの不利益処分を受けるのを防ぐため、あらかじめその義務がないことの確認を求めた事件です。参照法条には行政事件訴訟法3条1項が挙がっています。
判決は、このような訴えは、不利益処分を受けたのちにその処分の訴訟で義務の存否を争うのでは回復しがたい重大な損害を被るおそれがあるなど、「事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がないかぎり、訴の利益を欠き不適法である」としました(裁判要旨)。原則は「処分を受けてから争う」で、例外は特段の事情があるときだけ、という形です。
改正後:無名抗告訴訟と確認の訴えを目的で分けた(最高裁判所第一小法廷 平成24年2月9日判決)
公立高等学校などの教職員が、卒業式などの式典で国歌斉唱の際に起立して斉唱すること、またはピアノ伴奏をすることを命じる校長の職務命令について、それにもとづく義務がないことの確認などを求めた事件です。判決は、義務不存在確認の訴えを2つの面から判断しました。職務命令そのものが思想・良心の自由(憲法19条)に反するかは、訴えの形とは別の論点で、ピアノ伴奏拒否事件の記事で扱っています。
- 懲戒処分の予防を目的とする面:職務命令の違反を理由にされる蓋然性(がいぜんせい=起こる見込み)のある懲戒処分の差止めの訴えを、法定の類型の抗告訴訟として適法に提起でき、その本案で義務の存否が判断の対象となる、という事情の下では、無名抗告訴訟としては、他に適当な争訟方法があるものとして不適法(裁判要旨)。判決の理由は、差止めの訴えとの関係で「事前救済の争訟方法としての補充性の要件を欠き」と述べています。
- 処分以外の不利益の予防を目的とする面:判示の事情の下では、職務命令の違反を理由とする行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする「公法上の法律関係に関する確認の訴え」として、確認の利益がある(裁判要旨)。判決は、違反とその累積が、勤務成績の評価を通じた昇給などへの不利益につながりうる事情を挙げています。
同じ判決は、懲戒処分の差止めの訴えの「重大な損害を生ずるおそれ」の意味も示しています。その部分は取消訴訟以外の抗告訴訟の記事で扱っています。また、結論として教職員側の請求は認められていません。公法上の確認の訴え(東京都を被告とする部分)も、訴えは適法とされたうえで、請求は理由がないとされました。当事者訴訟の記事でも、この判決を当事者訴訟の側から短く紹介しています。この記事では、無名抗告訴訟として不適法とされた側と、改正前の昭和47年判決とのつながりを中心に見ます。
| 判決 | 何を防ぐための確認か | 判断 |
|---|---|---|
| 昭和47年11月30日 | 表示義務の不履行による懲戒などの不利益処分 | 特段の事情がない限り、訴えの利益を欠き不適法 |
| 平成24年2月9日(1) | 職務命令違反による懲戒処分 | 差止めの訴えがあるので、無名抗告訴訟としては不適法 |
| 平成24年2月9日(2) | 処分以外の処遇上の不利益 | 公法上の法律関係に関する確認の訴えとして確認の利益あり |
当てはまる例・当てはまらない例
当てはまる例:処分を防ぐなら差止めの訴えで
みずほさんが防ぎたいのが将来の懲戒処分なら、法律が定めた差止めの訴え(3条7項・37条の4)を考えます。平成24年判決の考え方では、差止めの訴えを適法に起こせて、その中で義務の存否が判断されるなら、同じ目的の義務不存在確認を無名抗告訴訟として起こすことはできません。
当てはまらない例:処分ではない不利益を防ぐ
防ぎたいのが勤務評価や昇給への影響のような処分ではない不利益なら、差止めの訴えの対象(処分)ではありません。この場合は抗告訴訟ではなく、公法上の法律関係に関する確認の訴え(4条後段の当事者訴訟)として考えます。平成24年判決は、判示の事情の下で、この形の確認の利益を認めました。
ひっかけやすい例:「より直接的で適切」との取り違え
原子炉の設置許可の無効確認を求めた事件の最高裁判所第三小法廷平成4年9月22日判決は、住民が民事の差止めの訴えを起こしていても、無効確認の訴えのほうがより直接的で適切な争い方といえる場合があるとして(判決の言葉では「より直せつ的で適切な争訟形態」)、無効確認の訴えを適法としました(36条の補充性の読み方。取消訴訟以外の抗告訴訟の記事で紹介しています)。平成24年判決は、反対に、法定の差止めの訴えがあることを理由に無名抗告訴訟を不適法としています。どちらも「ほかの訴えとの関係」を見ていますが、結論の向きが違います。
似ているルールとの違い
| 訴え | 何を求めるか | 条文 |
|---|---|---|
| 法定の6つの抗告訴訟 | 処分・裁決などについて、法律が決めた形で不服を言う | 3条2項〜7項 |
| 無名抗告訴訟 | 6つのどれにも当たらない形で、公権力の行使に不服を言う | 定義の条文なし(3条1項の抗告訴訟の中で考える) |
| 公法上の法律関係に関する確認の訴え | 公法上の権利・義務・地位があるかないかの確認 | 4条後段(当事者訴訟) |
| 争点訴訟 | 処分の無効を前提に、民事上の権利を争う | 45条 |
抗告訴訟は「公権力の行使」への不服で、当事者訴訟は「公法上の法律関係」をめぐる争いです。同じ「義務がないことの確認」でも、防ぎたいものが処分か、処分以外の不利益かで、どちらとして扱うかが分かれる、というのが平成24年判決の整理です。処分の無効を前提にした民事訴訟は争点訴訟の記事で比べています。そもそも何が「処分」に当たるかは処分性の判例の記事で確かめられます。
試験ではここをまちがえやすい
- 言葉の出どころ:「無名抗告訴訟」「法定外抗告訴訟」「実質的当事者訴訟」は、どれも法律の言葉ではなく説明のための呼び名です。条文の言葉は「抗告訴訟」(3条1項)と「公法上の法律関係に関する確認の訴え」(4条)です。
- 目的による振り分け:平成24年判決は、懲戒処分の予防が目的なら無名抗告訴訟として不適法、処分以外の処遇上の不利益の予防が目的なら公法上の確認の訴えとして確認の利益あり、と分けました。両方を同じ結論にした肢に注意します。
- 限定句の脱落:平成24年判決の不適法の判断は、差止めの訴えを適法に起こせて、その本案で義務の存否が判断されるという「事情の下」でのものです。昭和47年判決も「特段の事情がないかぎり」不適法としています。限定を外して「およそ認められない」とする形は判決の言葉と違います。
- 結論の向きの入れ替え:平成4年判決(無効確認のほうが直接的で適切→適法)の理由を、平成24年判決の無名抗告訴訟に当てはめる形。
- 同じ判決の別の部分:平成24年判決の「重大な損害」の判断(差止めの要件)と、無名抗告訴訟・確認の訴えの判断を混ぜる形。どの部分の話かを分けます。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
通達で勤務評定書への記入を命じられた教職員が、記入しないことで不利益処分を受けるのを防ぐため、あらかじめ記入の義務がないことの確認を求めた。判例は、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がない限り、この訴えは訴えの利益を欠き不適法とした。
答え:○ 分かれ目は、処分の前に義務の不存在を争えるのはどんなときかです。最高裁判所第一小法廷昭和47年11月30日判決は、不利益処分を受けたのちの訴訟で争うのでは回復しがたい重大な損害を被るおそれがあるなど、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がない限り、このような確認の訴えは訴えの利益を欠き不適法としました。義務がないなら処分の前に確かめてもらえるはず、と考えると✕にしてしまいます。原則は処分を受けてから争う、例外は特段の事情があるとき、という形で、限定句を残して覚えます。
問2(このサイトのオリジナル問題)
式典での起立斉唱を命じる職務命令を受けた教職員が、懲戒処分を防ぐため、命令にもとづく義務の不存在の確認を求めた。判例は、懲戒処分の差止めの訴えを適法に起こせる事情の下でも、この確認の訴えのほうが直接的で適切な争い方であるとして、無名抗告訴訟として適法とした。
答え:✕ 分かれ目は、法定の差止めの訴えとの関係です。最高裁判所第一小法廷平成24年2月9日判決は、蓋然性のある懲戒処分の差止めの訴えを法定の類型の抗告訴訟として適法に提起でき、その本案で義務の存否が判断の対象となる事情の下では、懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟としては、他に適当な争訟方法があるものとして不適法としました。正しくは、この目的の確認の訴えは無名抗告訴訟としては不適法です。取り違えの相手は、住民が民事の差止めの訴えを起こしていても、無効確認の訴えのほうが直接的で適切な場合があるとして適法とした平成4年9月22日判決(原子炉の設置許可)の考え方です。
問3(このサイトのオリジナル問題)
問2の教職員が、命令違反が勤務成績の評価を通じて昇給などの処遇上の不利益につながることを防ぐため、同じ義務の不存在の確認を求めた。判例は、判示の事情の下で、公法上の法律関係に関する確認の訴えとして確認の利益があるとした。
答え:○ 分かれ目は、防ぎたい不利益が処分か、処分以外かです。平成24年2月9日判決は、職務命令の違反を理由とする行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする訴えは、公法上の法律関係に関する確認の訴え(行政事件訴訟法4条後段)として確認の利益があるとしました。懲戒処分の差止めの訴えがある以上、確認の訴えはどれも不要、と考えると✕にしてしまいます。昇給などへの影響は処分ではないので、差止めの訴えでは防げない、というのが分かれ目です。
この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「行政法」で続けて解けます。
まとめ
- 抗告訴訟は「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」(3条1項)。法律が名前を挙げたのは6つ(2項〜7項)。
- 無名抗告訴訟(法定外抗告訴訟)は、6つに当たらない抗告訴訟の呼び名で、法律の言葉ではない。
- 昭和47年判決:処分前の義務不存在確認は、特段の事情がない限り不適法。
- 平成24年判決:懲戒処分の予防が目的なら、差止めの訴えがあるので無名抗告訴訟として不適法。処分以外の不利益の予防が目的なら、公法上の確認の訴えとして確認の利益あり。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、令和8年4月1日時点で施行されている内容を、e-Gov法令検索(法令API)で確かめました。判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項・裁判要旨を確かめ、平成24年判決の理由の言葉は判決全文で確かめました。
- e-Gov法令検索「行政事件訴訟法」(3条、4条、36条、37条の4、45条)
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 昭和47年11月30日判決(昭和41年(行ツ)第35号)」(いわゆる勤評長野方式における自己評定義務の不存在確認の訴の適否)
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 平成24年2月9日判決(平成23年(行ツ)第177号等)」(国歌斉唱義務不存在確認等請求事件)
- 法務省民事局「平成16年改正行訴法の施行状況の検証を踏まえた検討の結果」(平成16年法律第84号による義務付け訴訟・差止訴訟の創設)
このサイトで次に読むなら、当事者訴訟の記事です。公法上の法律関係に関する確認の訴えが使われた別の判例(在外国民の選挙権)を確かめると、抗告訴訟との分かれ目がはっきりします。
働く人の法律試験ノート