履行不能:「不能」とはどういう場合か、損害賠償・解除・代償請求権と危険負担の関係(民法412条の2)

ひとことで言うと、履行不能(りこうふのう)は、債務の履行が、契約などと取引上の社会通念に照らして不能なことです。このとき、債権者は履行を請求できません(民法412条の2第1項)。そのあとの扱いは、だれの責任で不能になったかで分かれます。債務者の責任なら損害賠償と解除、だれの責任でもなければ解除と代金の支払拒絶、債権者の責任なら解除も支払拒絶もできません。

この記事では、①「不能」の決め方、②契約の時から不能だった場合(412条の2第2項)、③責任の所在ごとの損害賠償・解除・代金の扱い、④代償請求権(422条の2)、を扱います。遅滞がいつから始まるかは履行遅滞の記事、損害賠償と解除の要件の全体は債務不履行と解除の記事に任せます。条文は、令和8年4月1日時点の民法を e-Gov 法令検索で確かめています。

身近な例で考えると

登場人物は、中古の一戸建てを売るふみやさんと、買うさやかさんです。売る人=ふみやさん(家を引き渡す債務の債務者)、買う人=さやかさん(その債権者)です(架空の話です)。

  1. 6月1日:二人は家の売買契約を結んだ。代金は2,000万円、引渡しと代金の支払は7月1日。
  2. 6月20日:たけるさんの運転するトラックが、たけるさんの不注意で家に突っ込み、家は住めない状態で取り壊すしかなくなった。ふみやさんに落ち度はない。
  3. 家はもう引き渡せない。さやかさんは、家を引き渡せとは請求できない(412条の2第1項)。
  4. ふみやさんのせいではないので、さやかさんは損害賠償を請求できない(415条1項ただし書)。代金の支払は拒め(536条1項)、契約を解除することもできる(542条1項1号)。
  5. 一方、ふみやさんは、たけるさんに対して損害賠償を請求する権利を手に入れた。さやかさんは、受けた損害の額の限度で、その権利を自分に移すよう求められる(422条の2)。

たとえるなら、履行不能は「もう出せない注文」です。店に責任があればおわびの賠償、だれのせいでもなければ注文の取消しと代金の支払の見合わせ、という分け方です。ただし本物のルールでは、解除は相手に責任がなくてもでき、損害賠償だけが責任を要件にします。この組み合わせを取り違えないことが中心です。

条文ではこう決まっている

  • 履行不能(412条の2第1項):債務の履行が「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるとき」は、債権者はその履行を請求できない。
  • 契約の時から不能(412条の2第2項):契約に基づく債務の履行が「その契約の成立の時に不能であったこと」は、415条によって損害賠償を請求することを妨げない。
  • 損害賠償(415条):不能のときは損害賠償を請求できる(1項本文)。ただし、債務者の責めに帰することができない事由によるときは除く(1項ただし書)。不能のときは、履行に代わる損害賠償(填補賠償=てんぽばいしょう)も請求できる(2項1号)。
  • 解除(542条):全部が不能なら、催告なしで直ちに契約の全部を解除できる(1項1号)。一部が不能なら、催告なしでその一部を解除できる(2項1号)。一部の不能で、残りでは契約の目的を達せないなら、全部を解除できる(1項3号)。
  • 債権者の責任(543条):不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるときは、債権者は解除できない。
  • 危険負担(536条):双方の責めに帰することができない事由で履行できなくなったときは、債権者は反対給付(代金など)の履行を拒める(1項)。債権者の責めに帰すべき事由によるときは拒めない。この場合、債務者は、自分の債務を免れたことで得た利益を債権者に償還しなければならない(2項)。
  • 代償請求権(422条の2):債務者が、履行が不能になったのと同じ原因で、目的物の代わりとなる権利や利益を取得したときは、債権者は、受けた損害の額の限度で、その権利の移転や利益の償還を請求できる。

412条の2と422条の2は、令和2年4月1日施行の改正で置かれた条文です。

だれの責任かで、どう変わるか

ふみやさん(売主)の家が引渡し前に無くなった場合で、さやかさん(買主)ができることです。

不能の原因損害賠償解除代金
売主のせい(たばこの火の不始末など)できる(填補賠償も)催告なしでできる解除すれば払わなくてよい
だれのせいでもない(もらい火・地震など)できない催告なしでできる拒める(536条1項)
買主のせい(内覧中の失火など)できないできない(543条)拒めない(536条2項)
売主の遅滞中に、だれのせいでもなくできる(売主のせいとみなす。413条の2第1項)催告なしでできる解除すれば払わなくてよい
買主が受け取りを拒んだ後に、だれのせいでもなくできない(買主のせいとみなす。413条の2第2項)できない拒めない

表の見方のこつは、列ごとに要件が違うことです。損害賠償は「売主の責任」が要ります。解除は売主の責任を要件にしませんが、買主に責任があるとできません。代金は536条で、だれの責任でもなければ拒め、買主の責任なら拒めません。引渡しの後に、だれのせいでもなく無くなった場合は、売買の特則(567条1項)で、買主は代金の支払を拒めません。引渡しの前後での比べは同時履行の抗弁権と危険負担の記事にあります。

当てはまる例・当てはまらない例

「不能」に当たるか

  • 当てはまる(物が無くなった):引き渡す約束の家が焼けた・壊れた。
  • 当てはまる(取引上の社会通念で不能):不動産の二重売買で、もう一人の買主に所有権移転登記がされた。最高裁判所第一小法廷昭和35年4月21日判決(昭和30年(オ)第720号)は、売主の一方の買主に対する債務は、特段の事情のない限り、他の買主への所有権移転登記が完了した時に履行不能になるとしました。土地そのものは残っていても、取引の上では、もう一方の買主には渡せないと見る考え方です。
  • 当てはまらない(遅れているだけ):売主の引越しが終わらず、引渡しの日に家を明け渡せない。まだ履行できるので、遅滞の問題です。
  • ひっかけやすい(契約の前から無かった):契約を結んだ前日に、だれも知らないうちに家が焼けていた。契約の時から不能でも、そのことは損害賠償の請求を妨げません(412条の2第2項)。賠償が認められるかは、415条の要件(売主の責任など)で決まります。

代償請求権の当てはめ

身近な例の5番目です。ふみやさんは、家が壊れたのと同じ原因(たけるさんの事故)で、たけるさんへの損害賠償請求権を得ました。さやかさんが求められるのは、さやかさん自身が受けた損害の額までです。ふみやさんが得た権利の額が大きくても、損害の額を超えて移すよう求めることはできません。また、ふみやさんに責任がなくても使える点が、415条の損害賠償と違います。

似ているルールとの違い

しくみだれが・何を要件の違い
代償請求権(422条の2)債権者が、債務者の得た代わりの権利の移転を求める債務者の責任は要らない。受けた損害の額が限度
物上代位(304条・372条)抵当権者などが、売却代金や賠償金の債権から優先して取る払渡し・引渡しの前に差押えが要る
債権者代位権(423条)債権者が、自分の債権を守るため債務者の権利を代わりに使う自分の債権を保全する必要があること(423条1項)など

履行不能と履行遅滞も分けます。遅滞は「まだできるのに遅れている」状態で、解除には原則として催告が要ります(541条)。不能は「もうできない」状態で、全部が不能なら催告は要りません(542条1項1号)。遅滞の間にだれのせいでもなく不能になると、債務者のせいとみなされます(413条の2第1項)。選択債権で、選ぶ前に一方が不能になった場合は選択債権の記事で扱っています。

試験ではここをまちがえやすい

当サイトが数えた宅建試験の全40回(不動産適正取引推進機構が公開している昭和63年度〜令和7年度の問題、2,000問)では、債務不履行・解除が主な論点の問題は19問、直近10回(令和7年度〜平成30年度。令和2・3年度は10月・12月の2回ずつ)では4問でした。ほかの論点が主な問題の中に、副の論点として含むものも5問(直近10回で2問)あります。履行不能だけの問数は数えていません(分け方は当サイトの判断で、公式の分類ではありません)。取り違えやすい形は次のとおりです。

  • 契約の時から不能なら契約は無効、とする形:412条の2第2項は、契約の成立の時に不能だったことは損害賠償の請求を妨げない、としています。
  • 解除と損害賠償の要件の入れ替え:損害賠償は債務者の責任が要り(415条1項ただし書)、解除は要りません。解除を止めるのは債権者の責任です(543条)。
  • 536条1項と2項の入れ替え:だれの責任でもなければ代金を拒め、債権者の責任なら拒めません。2項には、債務者が免れた利益を返す定めもあります。
  • 代償請求権を、債務者に責任があるときだけとする形:422条の2に、債務者の責任という要件はありません。限度は「受けた損害の額」です。
  • 二重売買で不能になる時を、契約の時とする形:判例は、他の買主への所有権移転登記が完了した時です(昭和35年判決)。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
ふみやさんとさやかさんが別荘の売買契約を結んだが、その前日に、二人とも知らないうちに別荘が焼けていた。契約の時から履行できない契約は無効となるので、さやかさんは、この契約による損害賠償をふみやさんに請求することはできない。

答え:✕ 分かれ目は、契約の時から不能だった場合の扱いです。民法412条の2第2項は、契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、415条による損害賠償の請求を妨げないとしています。正しくは、請求の余地はあり、認められるかは415条の要件(ふみやさんの責めに帰すべき事由など)で決まります。契約の時から不能な契約は無効で賠償の話にならない、という考え方と取り違えた文です。

問2(このサイトのオリジナル問題)
ふみやさんがさやかさんに売った家が、引渡しの前に、たけるさんの運転の不注意で全壊した。ふみやさんに責任はないので、さやかさんはふみやさんに損害賠償を請求できないが、ふみやさんが得たたけるさんへの損害賠償請求権を、受けた損害の額の限度で自分に移すよう求めることはできる。

答え:○ 分かれ目は、代償請求権に債務者の責任が要るかです。民法422条の2は、債務者が、履行が不能になったのと同じ原因で目的物の代償である権利を取得したときは、債権者は、受けた損害の額の限度で、その権利の移転を請求できるとしています。債務者の責任は要件にありません。ふみやさんに責任がない以上、何も請求できないと考えると✕に見えます。責任が要るのは415条の損害賠償のほうです。抵当権者の物上代位(差押えが要る)とも別のしくみです。

問3(このサイトのオリジナル問題)
さやかさんは、ふみやさんから買った家の引渡しの前に、内覧中の自分の不注意で家を焼いてしまった。さやかさんは代金の支払を拒めないが、ふみやさんは、引渡し前にすると約束していた外壁の塗装をしないで済んだときでも、その費用分を返さずに代金の全額を受け取れる。

答え:✕ 分かれ目は、536条2項の後半です。債権者の責めに帰すべき事由で履行できなくなったときは、債権者は反対給付の履行を拒めません(民法536条2項前段)。そのうえで、債務者は、自分の債務を免れたことで利益を得たときは、これを債権者に償還しなければなりません(同項後段)。正しくは、ふみやさんは塗装をしないで済んだ費用をさやかさんに返します。代金を拒めないという前段だけを覚えていると、この償還を落とします。

この分野の○✕は、宅建の5分○✕ドリルの「権利関係」で続けて解けます。

まとめ

  • 不能かどうかは、契約などと取引上の社会通念で決まる。不能なら履行を請求できない(412条の2第1項)。二重売買は、他の買主の登記が完了した時に不能(昭和35年判決)。
  • 契約の時から不能でも、損害賠償の請求は妨げられない(412条の2第2項)。
  • 損害賠償は債務者の責任が要る(415条)。解除は要らないが、債権者の責任ならできない(542条・543条)。
  • 代金は、だれの責任でもなければ拒め、債権者の責任なら拒めない。そのとき債務者は免れた利益を返す(536条)。
  • 代償請求権は、債務者の責任なしで、受けた損害の額の限度まで(422条の2)。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の民法を確かめました。判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項・裁判要旨を確かめました。

このサイトで次に読むなら、弁済の提供と受領遅滞の記事です。表の最後の行、買主が受け取らなかった後の不能がなぜ買主のせいになるのかを、提供の時点から確かめられます。

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