権利義務取締役と一時役員:任期満了・辞任で役員が足りなくなったとき(会社法346条)と、補欠の選任

ひとことで言うと、役員が足りなくなったとき、任期満了か辞任でやめた役員は、後任が就任するまで役員としての権利義務を持ち続けます(会社法346条1項)。この状態の取締役を、一般に「権利義務取締役」と呼びます。条文の言葉は「なお役員としての権利義務を有する」で、「権利義務取締役」という言葉は条文には出てきません。

後任がなかなか決まらないときは、裁判所が、利害関係人の申立てで「一時役員の職務を行うべき者」を選べます(346条2項)。欠員に備えて、株主総会で前もって補欠の役員を選んでおくこともできます(329条3項)。条文は、令和8年度の行政書士試験の基準日(令和8年4月1日)時点のものを e-Gov 法令検索で確かめました。

この記事は、どの退任で権利義務が残るか、一時役員と補欠の違い、権利義務取締役を訴えで解任できるかの判例を扱います。役員の任期の年数は会社法で覚える数字の一覧に任せ、登記の手続は扱いません。

身近な例で考えると

舞台は、取締役会を置いている架空の「こもれび製菓株式会社」です。定款に取締役の員数の定めはありません。

人物立場この話での役
ひろきさん代表取締役後任の候補者を探している
まなみさん取締役任期の途中
しょうたさん取締役今年の定時株主総会で任期満了
りょうさん株主しょうたさんの仕事ぶりに不満がある
  1. 取締役会設置会社の取締役は3人以上でなければならない(331条5項)。こもれび製菓の取締役は、ちょうど3人だった。
  2. しょうたさんの任期が、定時株主総会の終結の時に満了した。総会では後任の候補者が決まらず、取締役は2人になった。
  3. 法律で定めた員数(3人)が欠けたので、任期満了で退任したしょうたさんは、新しい取締役が就任するまで、なお取締役としての権利義務を持つ(346条1項)。
  4. 株主のりょうさんは、しょうたさんに職務上の不正があると考え、解任の訴え(854条)を起こそうとした。判例は、この訴えは許されないとしている(平成20年判決)。
  5. りょうさんは、利害関係人として、裁判所に一時取締役の職務を行うべき者の選任を申し立てることができる(346条2項)。その人が就任すると、しょうたさんの権利義務は終わる(同条1項のかっこ書)。

たとえるなら、権利義務取締役は「交代の人が来るまで持ち場を離れられない当番」です。会社の仕事が止まらないようにするための仕組みです。ただし本物のルールでは、持ち場に残るのは、任期満了と辞任で抜けた人だけです。解任された人や亡くなった人は残りません。

条文ではこう決まっている

  • 346条1項:役員が欠けた場合、またはこの法律か定款で定めた役員の員数が欠けた場合には、任期の満了または辞任により退任した役員は、新たに選任された役員(一時役員の職務を行うべき者を含む)が就任するまで、なお役員としての権利義務を有する。ここでいう役員は、取締役・会計参与・監査役です(329条1項)。
  • 346条2項・3項:その場合、裁判所は、必要があると認めるときは、利害関係人の申立てにより、一時役員の職務を行うべき者を選任できる。裁判所は、会社がその人に支払う報酬の額を定めることができる。
  • 346条4項:会計監査人が欠けたとき(定款で定めた員数が欠けたときも)、遅滞なく選任されないときは、監査役が一時会計監査人の職務を行うべき者を選任しなければならない(監査役会設置会社は監査役会。6項〜8項に読み替え)。会計監査人は役員ではないので、1項の権利義務の規定とは別に置かれています。
  • 351条:代表取締役についても同じ形の規定がある。任期満了か辞任で退任した代表取締役は、新たに選定された代表取締役(一時代表取締役の職務を行うべき者を含む)が就任するまで、なお代表取締役としての権利義務を有する。
  • 329条3項(補欠):役員を選任する株主総会の決議では、法務省令で定めるところにより、役員が欠けた場合や員数を欠くことになるときに備えて、補欠の役員を選任できる。補欠の選任の決議の効力は、定款に別段の定めがなければ、決議後最初に開く定時株主総会の開始の時まで(会社法施行規則96条3項)。
  • 976条22号(過料):取締役・会計参与・監査役・執行役・会計監査人が、この法律や定款で定めた員数を欠くことになった場合に、その選任(一時会計監査人の職務を行うべき者の選任を含む)の手続をすることを怠ったときは、100万円以下の過料。

退任の理由ごとに、権利義務が残るかを表で見る

欠員(役員が欠けた、または員数が欠けた)が生じたときの表です。

退任の理由根拠の条文権利義務が残るか
任期満了332条・336条など残る(346条1項)
辞任330条・民法651条1項残る(346条1項)
解任339条1項残らない
死亡330条・民法653条1号残らない
なれない人に当たった331条1項(欠格)残らない

会社と役員の関係は委任に関する規定に従うので(330条)、役員はいつでも辞任でき(民法651条1項)、死亡で委任は終わります(民法653条1号)。346条1項が挙げるのは「任期の満了又は辞任」だけで、ほかの理由で退任した人には権利義務は残りません。

もう一つの前提は、欠員が生じていることです。退任しても法律と定款の員数を満たしているなら、346条1項の場面ではなく、辞任や任期満了の効力はそのまま生じます。取締役会の決議や代表取締役の仕組みは取締役会と代表取締役の記事、機関の全体は株式会社の機関の記事にあります。

権利義務取締役を訴えで解任できるか(最高裁判所第三小法廷 平成20年2月26日判決)

判決は、会社法346条1項にもとづき退任後もなお役員としての権利義務を有する者の職務の執行に関し、不正の行為または法令・定款に違反する重大な事実があった場合でも、854条を適用または類推適用して、株主が訴えでその人の解任を請求することは許されない、としました(裁判要旨)。

判決全文は、解任の訴えの対象は「役員」と定められていること、そして、株主は仮役員(一時役員の職務を行うべき者)の選任を申し立てることで、権利義務を有する者の地位を失わせることができることを理由に挙げています。訴えで解任するのではなく、346条2項で代わりの人を裁判所に選んでもらう、という道筋です。

当てはまる例・当てはまらない例

  • 当てはまる例:取締役3人のこもれび製菓で、まなみさんが辞任した。員数の3人が欠けるので、まなみさんは後任が就任するまで取締役の権利義務を持ちます。辞任を伝えても、すぐには仕事から離れられません。
  • 当てはまらない例:取締役が4人いるときに1人が辞任した。残りは3人で、331条5項の3人以上を満たすので、欠員は生じていません。辞任した人に権利義務は残りません。
  • 当てはまらない例:取締役3人のうち、まなみさんが株主総会の決議で解任された。解任は346条1項の理由ではないので、まなみさんに権利義務は残りません。会社は後任を選ぶ必要があり、怠ると976条22号の過料の対象になります。
  • ひっかけやすい例:会計監査人が任期満了で退任し、後任が決まらない。会計監査人は役員ではないので、346条1項で権利義務が残る、とはなりません。遅滞なく選任されないときは、監査役が一時会計監査人の職務を行うべき者を選ばなければなりません(346条4項)。

似ているルールとの違い:権利義務役員・一時役員・補欠

比べる点権利義務役員一時役員補欠の役員
条文346条1項346条2項329条3項
だれか任期満了・辞任で退任した人裁判所が選んだ人総会が前もって選んだ人
どう生まれるか欠員が出ると当然に利害関係人の申立て欠員に備えた選任決議
終わり・期間新しい役員が就任するまで報酬は裁判所が定められる決議の効力は原則、次の定時総会の開始まで

権利義務役員は「残る」、一時役員は「裁判所が入れる」、補欠は「先に用意しておく」と、役割の違いで覚えると混ざりにくくなります。

試験ではここをまちがえやすい

  • 退任の理由を広げる:権利義務が残るのは任期満了と辞任だけ。解任・死亡・欠格で残るとする形は誤りです。
  • 欠員の有無の読み落とし:退任しても員数を満たしていれば346条1項は使わない。取締役会設置会社は3人以上(331条5項)。
  • 選ぶ主体:一時役員の職務を行うべき者は裁判所が選ぶ(利害関係人の申立て)。一時会計監査人の職務を行うべき者は監査役(監査役会など)が選ぶ。
  • 解任の訴え:権利義務取締役に854条の解任の訴えは使えない(平成20年判決)。地位を失わせるには、一時役員の選任の申立て。
  • 補欠の期間:補欠の選任の決議は、定款に別段の定めがなければ、決議後最初の定時株主総会の開始の時まで効力を持つ(施行規則96条3項)。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
取締役会設置会社のこもれび製菓には取締役が4人いる。定款に取締役の員数の定めはない。このうち1人が辞任したときは、辞任した人は、後任が選ばれるのを待たずに取締役の地位を離れる。

答え:○ 分かれ目は、欠員が生じているかです。346条1項は、役員が欠けた場合、または法律か定款で定めた員数が欠けた場合に、任期満了か辞任で退任した役員に権利義務を残します。取締役会設置会社の取締役は3人以上(331条5項)で、1人が辞任しても3人残るので、欠員は生じていません。辞任ならいつでも権利義務が残る、と覚えていると✕にしてしまいます。残り2人になる場面なら、辞任した人に権利義務が残ります。

問2(このサイトのオリジナル問題)
こもれび製菓の取締役しょうたさんは、任期満了で退任したが、取締役の員数が欠けたため、なお取締役としての権利義務を有している。しょうたさんの職務の執行に関し不正の行為があっても、株主は、解任の訴えによってしょうたさんの解任を請求することはできない。

答え:○ 分かれ目は、854条の解任の訴えの対象です。最高裁判所第三小法廷平成20年2月26日判決は、346条1項にもとづき役員としての権利義務を有する者に不正の行為などがあっても、854条を適用または類推適用して株主が訴えで解任を請求することは許されないとしました。不正があるなら解任の訴えができる、と考えると✕にしてしまいます。株主は、346条2項で一時取締役の職務を行うべき者の選任を申し立てることで、しょうたさんの地位を失わせることができます。

問3(このサイトのオリジナル問題)
取締役が3人のこもれび製菓で、取締役まなみさんが株主総会の決議で解任され、取締役は2人になった。後任がまだ選ばれていない場合、まなみさんは、後任が就任するまで、なお取締役としての権利義務を有する。

答え:✕ 分かれ目は、退任の理由です。346条1項が権利義務を残すのは「任期の満了又は辞任により退任した役員」だけです。正しくは、解任された(339条1項)まなみさんに権利義務は残らず、会社は後任を選ぶ手続を進めることになります(怠ると976条22号の過料)。欠員になったことだけを見て、辞任・任期満了の場合と同じに扱った形です。

この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「会社法」で続けて解けます。

まとめ

  • 欠員が出たとき、任期満了か辞任で退任した役員は、後任(一時役員を含む)が就任するまで権利義務を持つ(346条1項)。解任・死亡・欠格では残らない。
  • 裁判所は、利害関係人の申立てで一時役員の職務を行うべき者を選べる(346条2項)。会計監査人が欠けたときは監査役などが一時会計監査人を選ぶ(4項)。
  • 補欠の役員は総会で前もって選べる(329条3項)。決議の効力は原則、次の定時株主総会の開始の時まで。
  • 権利義務取締役に解任の訴えは使えない(平成20年判決)。選任の手続を怠ると100万円以下の過料(976条22号)。

このサイトで次に読むなら、会社法で覚える数字の一覧です。任期満了がいつ来るかを決める任期の年数と、解任の訴えの割合・期間を確かめられます。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点のものを確かめました。判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項・裁判要旨を確かめ、理由は判決全文で確かめました。

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