同時履行の抗弁権をわかりやすく:代金と引渡し・登記はどちらが先か、危険負担とのつながり

同時履行の抗弁権(どうじりこうのこうべんけん)は、ひとことで言うと「相手が自分の分を出すまで、こちらも出さなくてよい」と言える権利です(民法533条)。売買のように、お互いに義務を負う契約で働きます。たとえば家の売買では、買う人の代金の支払と、売る人の引渡し・登記の手続は、同時にするのが基本です。

この記事では、同時履行の関係に立つもの・立たないものを表で当てはめます。あわせて、引渡しの前に建物がなくなったときの危険負担(きけんふたん)と、37条書面に書く「天災その他不可抗力」の定めとのつながりも扱います。債務不履行と解除の全体は、債務不履行と解除の記事で説明しています。条文は令和8年4月1日時点のものを e-Gov 法令検索で確かめました。

身近な例で考えると:家を売るはるとさんと、買うみおさん

人物立場したこと
はるとさん売る人(売主)自宅の土地と建物を2,000万円で売る
みおさん買う人(買主)代金を払って家を買う

はるとさんとみおさんは、家の売買契約を結びました。代金の支払と、家の引渡し・所有権の移転登記は、同じ日(決済の日)にする約束です。

  1. 決済の日、はるとさんは鍵と登記の書類を用意して待っていました。
  2. ところが、みおさんは「代金は登記が終わってから払います。先に登記をしてください」と言います。
  3. はるとさんは「代金を出してもらえるまで、登記の手続はしません」と答えました。

はるとさんの言い分は通ります。売買は、売る人と買う人がお互いに義務を負う契約(双務契約=そうむけいやく)です。相手が自分の義務を果たそうとするまで、こちらの義務を果たすのを断れます。これが同時履行の抗弁権です。登記を備えさせることも売主の義務なので(560条)、代金との関係は引渡しと同じです。

逆の場面も同じです。みおさんが代金を持ってきたのに、はるとさんが鍵も書類も用意していなければ、みおさんは代金の支払を断れます。どちらか一方だけが先に損をしないようにする仕組みです。

ただし、本物のルールでは「約束で順番を決めていたか」が大事です。もし契約で「代金は引渡しの1か月後に払う」と決めていたら、はるとさんは先に引き渡す義務を負います。このときはるとさんは、代金がまだだからと引渡しを断れません。

条文ではこう決まっている

民法533条は、次のように定めています。

  • 本文:双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。
  • ただし書:相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。

かみくだくと、次のとおりです。

  • どんな契約で:お互いに義務を負う契約(売買、請負、賃貸借など)。
  • 何ができる:相手が自分の分を「提供」するまで、こちらの分を出すのを断れる。
  • できないとき:相手の義務の期限がまだ来ていないとき(こちらが先に出す約束のとき)。
  • 括弧書き:物を渡す代わりの損害賠償(たとえば、引き渡すはずの物がだめになったときの賠償)も、相手の「履行」に入る。令和2年4月1日に施行された民法の改正で、条文に書き込まれました。

ほかの条文が、533条を使う場面や、順番を直接決めている場面があります。

  • 546条:契約を解除したあとの「返し合い」に、533条を準用する。
  • 553条:負担付贈与(ふたんつきぞうよ)に、双務契約の規定を準用する(贈与の記事)。
  • 633条:請負の報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に支払う。
  • 486条1項:お金を払う人は、払うのと引換えに、受取証書(領収書)の交付を求められる。

当てはまる例・当てはまらない例

試験では「次のうち同時履行の関係に立つものはどれか」の形で、組み合わせごとに当てはめさせます。表で整理します。

組み合わせ同時履行か根拠
売買の代金と、引渡し・登記の移転立つ533条・560条
解除したあとの代金の返還と、物の返還立つ546条
請負の報酬と、完成した物の引渡し立つ633条
お金の支払と、受取証書の交付立つ(引換え)486条1項
お金の支払と、借用証書(債権証書)の返還立たない。払うのが先487条
敷金の返還と、部屋の明渡し立たない。明け渡すのが先622条の2第1項1号
借金の返済と、抵当権の抹消登記立たない。返済が先最高裁 昭和57年1月19日判決
造作の買取代金と、建物の明渡し立たない最高裁 昭和29年7月22日判決

表の下の4つが、ひっかけになりやすい「立たない」例です。理由を順に見ます。

受取証書と債権証書の違い。領収書(受取証書)は、払うのと引換えに求められます(486条1項)。一方、借用証書のような債権の証書は、「全部の弁済をしたとき」に返還を求められる、と書かれています(487条)。払い終わってから返してもらう、という順番です。

敷金と明渡し。敷金は、賃貸借が終わり、かつ、部屋を返してもらったときに返す、と条文が決めています(622条の2第1項1号)。借りていた人は「敷金を返すまで出ていかない」とは言えません。くわしくは賃貸借の記事で扱っています。

抵当権の抹消と返済。最高裁判所第三小法廷の昭和57年1月19日判決は、抵当権で守られている借金の返済は、抵当権の設定登記の抹消の手続より先にすべきもので、同時履行の関係には立たない、としました。

造作の買取代金と明渡し。造作(ぞうさく)は、大家の同意を得て借りた建物に付けた畳・建具などです。建物を借りた人は、期間の満了などで賃貸借が終わるとき、大家に造作を時価で買い取るよう請求できます(借地借家法33条1項)。最高裁判所第一小法廷の昭和29年7月22日判決は、造作を買い取らせた借主は、代金が払われないことを理由に建物の明渡しを拒むことはできない、としました(判決当時の借家法5条についての判断で、いまの借地借家法33条にあたります)。

ひっかけやすい例:先に出す約束があるとき。売買でも、代金を先に払う約束(先払い)なら、買う人は「引渡しが先だ」とは言えません。533条ただし書の「相手方の債務が弁済期にないとき」に当たるからです。問題文に支払の時期が書いてあるときは、まずそこを確かめます。

似ているルールとの違い

同時履行の抗弁権とまぎらわしいのは、留置権(りゅうちけん)と危険負担です。

比べる点同時履行の抗弁権留置権危険負担(536条)
何のルールか相手が出すまで出さないお金をもらうまで物を返さないだれのせいでもなく物がなくなったとき、代金はどうなるか
使える相手契約の相手物を返せと言う相手(契約の外の人も)契約の相手
根拠533条295条(物についての権利)536条1項

留置権との細かい比べは、留置権と先取特権の記事で扱っています。ここでは、宅建で売買と結び付けて学ぶ危険負担を見ます。

引渡しの前に家がなくなったとき。決済の日の前に、だれのせいでもない地震で、はるとさんの家が全部壊れたとします。はるとさんは家を引き渡せません。このとき、みおさんは代金の支払を拒めます(536条1項)。代金の義務が自動で消えるのではなく、「払わない」と言える形です。契約を終わらせたいときは、みおさんは解除もできます。家を引き渡すことが全部できなくなった(全部の履行が不能)ので、催告(さいこく=期限を決めた請求)をしないで直ちに解除できます(542条1項1号)。

引渡しのあとに家がなくなったとき。引渡しを受けたあとに、だれのせいでもない地震で家が壊れたときは、みおさんは代金の支払を拒めません。修理や代金の減額、損害賠償、解除も求められません(567条1項)。物を受け取った時から、危険は買う人に移る、ということです。はるとさんが約束どおりの家を引き渡そうとしたのに、みおさんが受け取らなかったあとに壊れたときも同じです(567条2項)。

37条書面とのつながり。宅建業者が関わる売買や貸借では、「天災その他不可抗力による損害の負担に関する定め」があるとき、その内容を37条書面に書きます(宅建業法37条1項10号。貸借でも2項1号で同じ)。定めがなければ書かなくてよい事項です。35条の重要事項説明の説明事項には、この項目はありません。「35条と37条のどちらに書くか」は、37条です(37条書面の記事)。

試験ではここをまちがえやすい

当サイトが宅建試験の過去40回(昭和63年度〜令和7年度、2,000問)を数えたところ、同時履行・危険負担・契約の成立をまとめた「契約総論」が主な論点になった問は8問(8回)、直近10回では1問(令和3年度の12月試験)でした。同時履行は、このほか解除や売買の問の中の1肢として出ることがあります(1問の中の肢ごとの数は数えていません)。数は多くないので、次の型を押さえる所までで足ります。

  • 「敷金を返すまで明け渡さなくてよい」→誤り。明渡しが先(622条の2第1項1号)。
  • 「借金の返済と抵当権の抹消登記は同時履行」→誤り。返済が先(昭和57年1月19日判決)。
  • 「造作の代金をもらうまで建物を明け渡さなくてよい」→誤り(昭和29年7月22日判決)。
  • 「お金を払うのと引換えに、借用証書も返せと言える」→誤り。引換えに求められるのは受取証書(486条1項)。借用証書は全部払ってから(487条)。
  • 「解除したあとの返し合いは、先に請求したほうが先に返してもらえる」→誤り。返し合いも同時履行(546条)。
  • 「先払いの約束があっても、買う人は引渡しまで代金を拒める」→誤り(533条ただし書)。
  • 危険負担は「引渡しの前か後か」で答えが変わる。前なら買う人は代金を拒めて、全部できなくなったなら催告なしで解除できる。後なら拒めない(536条1項・542条1項1号・567条1項)。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
はるとさんは自宅の土地建物をみおさんに売り、代金の支払と引渡し・登記は同じ日にする約束をした。支払の順番について特約はない。その日、みおさんが代金は登記の後で払うと言って登記の手続を求めた場合、はるとさんは、代金の提供があるまで登記の手続を拒むことができる。

答え:○ 分かれ目は、登記を備えさせることも売主の義務かどうかです。売主は買主に登記を備えさせる義務を負い(民法560条)、双務契約の当事者は、相手が自分の債務の履行を提供するまで自分の履行を拒めます(533条)。「登記は代金とは別の手続だから先にするもの」と考えると✕にしやすい肢です。代金を先に払う特約があれば、533条ただし書により、みおさんは登記が先だとは言えません。

問2(このサイトのオリジナル問題)
ゆいさんは、けんじさんから敷金を預けてアパートの一室を借りていた。賃貸借が期間の満了で終わったとき、ゆいさんは、けんじさんが敷金を返すまでは、部屋の明渡しを拒むことができる。

答え:✕ 分かれ目は、敷金を返す時期です。敷金は、賃貸借が終わり、かつ、賃貸物の返還を受けたときに返すと決まっています(民法622条の2第1項1号)。正しくは、ゆいさんが先に部屋を明け渡し、そのあとで未払いの賃料などを差し引いた残りが返ってきます。お互いの返し合いが同時履行になるのは、契約を解除したあとの原状回復(546条)や売買の代金と引渡し(533条)で、敷金と明渡しはそれとは違います。

問3(このサイトのオリジナル問題)
問1の売買で、引渡しの前に、どちらの責任でもない地震で建物が全部壊れた。みおさんは代金の支払を拒むことができるが、契約を解除するには、はるとさんに相当の期間を定めて催告しなければならない。

答え:✕ 分かれ目は、解除に催告がいるかどうかです。債務の全部の履行が不能であるときは、催告をしないで直ちに解除できます(民法542条1項1号)。正しくは、みおさんは代金の支払を拒めるうえ(536条1項)、催告なしで解除できます。相当の期間を定めた催告が必要なのは、まだ履行できるのに遅れている場合などの541条の解除です。

まとめ

  • 同時履行の抗弁権=相手が出すまで、こちらも出さない(533条)。先に出す約束があるときは使えない(ただし書)。
  • 立つ:売買の代金と引渡し・登記、解除の返し合い(546条)、請負の報酬と引渡し(633条)、支払と受取証書(486条1項)。
  • 立たない:敷金と明渡し(明渡しが先)、返済と抵当権抹消(返済が先)、造作代金と建物の明渡し、支払と借用証書の返還(払い終わってから)。
  • 危険負担は引渡しの前後で分ける。前なら代金を拒めて、全部不能なら催告なしで解除。後なら拒めない(536条1項・542条1項1号・567条1項)。
  • 不可抗力の損害の負担は、定めがあれば37条書面に書く(宅建業法37条1項10号)。35条の説明事項にはない。

この分野の○✕は、宅建の5分○✕ドリルで続けて解けます。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

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