チャタレイ事件と悪徳の栄え事件:わいせつ文書の頒布の処罰と表現の自由、作品の全体を見て判断するか

ひとことで言うと、最高裁判所は、わいせつな文書の頒布(はんぷ=配ったり売ったりすること)を刑法175条で処罰しても、表現の自由を定めた憲法21条に違反しないとしています。一般に「チャタレイ事件」と呼ばれる昭和32年の大法廷判決が、わいせつ文書の定義と、表現の自由も公共の福祉による制限を受けるという考え方を示しました。一般に「悪徳の栄え事件」と呼ばれる昭和44年の大法廷判決は、芸術的・思想的な価値がある文書でもわいせつ性はありうること、文書の一部のわいせつ性は文書全体との関連で判断することを示しました。

この記事では、2つの大法廷判決と、判断のしかたを具体的に並べた昭和55年の判決を、判決の言葉で確かめます。作品の中身には触れません。検閲・事前抑制の意味は表現の自由の記事、二重の基準などの審査の基準は違憲審査基準の記事に任せます。条文は、令和8年4月1日時点の内容を e-Gov 法令検索で確かめています。

身近な例で考えると

人物立場したこと
しおりさん小さな出版社の社長海外で評価の高い長編小説の翻訳を出版した
みなとさん書店の店主その翻訳書を店で販売した
  1. 小説には、性的な場面の描写がいくつかの章に含まれていた(この例は説明のための仮のもの)。
  2. しおりさんとみなとさんは、わいせつな文書を頒布したとして刑法175条で起訴された。
  3. 2人は「この小説には芸術的な価値がある」「表現の自由を定めた憲法21条に違反する処罰だ」と主張した。

判例の考え方では、芸術的な価値があることだけで、わいせつ文書に当たらないことにはなりません。一方で、一部の章だけを取り出して判断するのではなく、その部分を文書全体との関連で見ます。そして、表現の自由も無制限ではなく、公共の福祉による制限を受けるので、わいせつ文書の頒布を処罰しても憲法21条には違反しない、というのが最高裁判所の立場です。

たとえるなら、映画の年齢制限を決めるときに、一場面だけを見て決めずに作品全体の流れの中で見るのに近い考え方です。ただし本物のルールは刑罰の話で、刑法175条に当たるかどうかを最終的に決めるのは裁判所です。

条文ではこう決まっている

  • 憲法21条1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
  • 憲法21条2項:検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
  • 刑法175条1項:わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、2年以下の拘禁刑もしくは250万円以下の罰金もしくは科料に処し、または拘禁刑及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も同じ。
  • 刑法175条2項:有償で頒布する目的で、1項の物を所持し、または1項の電磁的記録を保管した者も同じ。

刑法の罰則は、令和7年6月1日から懲役・禁錮が「拘禁刑」にまとめられ、175条も拘禁刑で書かれています。判決は当時の言葉で「猥褻文書」と書いていますが、今の条文は「わいせつな文書」です。175条の条文は「わいせつ」の意味を定めていないので、その意味は判例が示しています。

3つの判決は何を示したか

最高裁判所大法廷 昭和32年3月13日判決(チャタレイ事件)

ある翻訳書の出版・販売が、わいせつ文書の販売として起訴された事件です(昭和28年(あ)第1713号。結果は上告棄却)。判決は、わいせつ文書とは、「その内容が徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する文書をいう」としました(裁判要旨一)。文書がこれに当たるかどうかは「一般社会において行われている良識、すなわち、社会通念に従つて判断すべきもの」とし(裁判要旨三)、判決の理由では、その判断は「事実認定の問題でなく、法解釈の問題である」と述べています。

表現の自由との関係では、憲法21条の保障する表現の自由も無制限のものではなく、「公共の福祉に反することは許されない」とし(裁判要旨九)、「性的秩序を守り、最少限度の性道徳を維持すること」が公共の福祉の内容をなす、と述べました。憲法21条2項が事前の検閲を禁止したことで、わいせつ文書の頒布・販売を禁止できなくなったわけではない、ともしています(裁判要旨十一)。芸術的作品であってもわいせつ性を有する場合がある、という点も裁判要旨に入っています(裁判要旨六)。

最高裁判所大法廷 昭和44年10月15日判決(悪徳の栄え事件)

ある翻訳書の販売・所持が争われた事件です(昭和39年(あ)第305号。結果は上告棄却)。判決は、芸術的・思想的価値のある文書であっても、「これを猥褻性を有するものとすることはさしつかえない」とし(裁判要旨一)、「文書の個々の章句の部分の猥褻性の有無は、文書全体との関連において判断されなければならない」としました(裁判要旨二)。憲法21条の表現の自由や23条の学問の自由も無制限なものではなく、「公共の福祉の制限の下に立つ」、とも述べています(裁判要旨三)。

最高裁判所第二小法廷 昭和55年11月28日判決(判断のしかたを並べた判決)

ある文書の販売が争われた事件です(昭和54年(あ)第998号。一般に「『四畳半襖の下張』事件」と呼ばれます。結果は上告棄却)。判決は、わいせつ性の判断にあたっては、性に関する描写叙述の程度と手法、その描写叙述が文書全体に占める比重、文書に表現された思想等との関連性、文書の構成や展開、さらに芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度などの観点から、文書を全体としてみたときに、主として読者の好色的興味にうったえるものと認められるか否かなどを検討することが必要だとしました。そして、これらの事情を総合し、その時代の健全な社会通念に照らして、昭和32年判決の定義に当たるかを決めるべきだ、としています。この判決も、わいせつ文書の出版を刑法175条で処罰しても憲法21条に違反しないとする大法廷判例に触れています。

判決示したこと憲法21条との関係
昭和32年3月13日 大法廷(チャタレイ事件)わいせつ文書の定義。社会通念で判断。法解釈の問題表現の自由も公共の福祉で制限。違反しない
昭和44年10月15日 大法廷(悪徳の栄え事件)芸術的・思想的価値があってもわいせつ性はありうる。部分は全体との関連で判断21条・23条も公共の福祉の制限の下
昭和55年11月28日 第二小法廷描写の程度・全体に占める比重・芸術性による緩和などを総合し、全体としてみて判断違反しないとする大法廷判例を前提

当てはまる例・当てはまらない例

当てはまる例:芸術的な評価が高い作品

しおりさんの翻訳書のように、海外で芸術的な評価が高い作品でも、判例の考え方では、それだけでわいせつ文書から外れるわけではありません(昭和32年判決の裁判要旨六、昭和44年判決の裁判要旨一)。芸術性・思想性は、性的刺激を和らげる程度という形で、全体の判断の中に入ります(昭和55年判決)。

当てはまらない例:一部の章だけを取り出した判断

小説の一部の章に性的な描写があることだけを取り出して、ただちに文書全体をわいせつとする判断のしかたは、昭和44年判決の「文書全体との関連において判断されなければならない」という考え方に合いません。部分を見るときも、その部分が全体の中でどんな位置にあるかを見ます。

ひっかけやすい例:検閲が禁止されているから処罰もできない

「憲法21条2項で検閲が禁止されているので、わいせつ文書の頒布も処罰できない」とするのは、昭和32年判決と違います。判決は、事前の検閲が禁止されたことによって、わいせつ文書の頒布・販売を禁止できなくなったわけではない、としています(裁判要旨十一)。刑法175条は、文書が世に出たあとの頒布などを処罰する規定です(検閲の意味は表現の自由の記事)。

似ているルールとの違い

わいせつ文書の処罰は、表現が世に出たあとの刑罰による規制(事後の規制)です。発表の前に止める検閲・事前抑制とは場面が違います。検閲・事前抑制の扱いと、学説の二重の基準の考え方は、表現の自由の記事と違憲審査基準の記事で確かめられます。同じく表現の内容に関わる名誉毀損の処罰(刑法230条の2)は、夕刊和歌山時事事件と月刊ペン事件の記事で扱っています。

比べる点わいせつ文書(刑法175条)名誉毀損(刑法230条・230条の2)
守るもの性的秩序・最少限度の性道徳(昭和32年判決の言う公共の福祉)人の名誉
表現の側への配慮全体との関連、芸術性による緩和の程度を見る公共の利害・公益目的・真実の証明で罰しない

試験ではここをまちがえやすい

  • 定義の3つの要素:「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ」「普通人の正常な性的羞恥心を害し」「善良な性的道義観念に反する」。「且つ」でつながる3つです(昭和32年判決)。
  • 判断の性質:わいせつ文書に当たるかは「法解釈の問題」で、社会通念に従って判断する(昭和32年判決)。事実認定の問題ではありません。
  • 芸術性:芸術的・思想的価値があっても、わいせつ性を有するものとすることはさしつかえない(昭和44年判決)。芸術性があれば当たらない、という形は誤り。
  • 部分と全体:部分のわいせつ性は、文書全体との関連で判断する(昭和44年判決)。全体として主として好色的興味にうったえるかを見る(昭和55年判決)。
  • 判決の種類:昭和32年・昭和44年は大法廷、昭和55年は第二小法廷です。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
しおりさんが出版した翻訳小説の一部の章に性的な描写がある。判例によれば、その章の部分がわいせつかどうかは、その部分だけを取り出して判断するのではなく、文書全体との関連において判断しなければならない。

答え:○ 分かれ目は、部分のわいせつ性を何と関連させて判断するかです。最高裁判所大法廷昭和44年10月15日判決(悪徳の栄え事件)は、文書の個々の章句の部分の猥褻性の有無は、文書全体との関連において判断されなければならないとしました。処罰の対象は描写のある部分なので、部分だけで決まる、と考えると✕にしてしまいます。同じ判決は、芸術的・思想的価値のある文書でもわいせつ性を有するものとすることはさしつかえない、ともしているので、全体で見ることが、芸術性があれば処罰されないという意味ではない点もあわせて押さえます。

問2(このサイトのオリジナル問題)
みなとさんが販売した翻訳書について、刑法175条のわいせつな文書に当たるかが争われた。判例によれば、この判断は、その翻訳書についてなされる事実認定の問題であって、法解釈の問題ではない。

答え:✕ 分かれ目は、わいせつ性の判断の性質です。最高裁判所大法廷昭和32年3月13日判決(チャタレイ事件)は、著作自体が刑法175条のわいせつ文書に当たるかどうかの判断は「事実認定の問題でなく、法解釈の問題である」とし、文書がわいせつ文書に当たるかは社会通念に従って判断すべきものとしました。正しくは法解釈の問題です。作品の中身を見て決めるので事実の問題だ、と考えた肢で、どんな文章が書かれているかという事実と、それがわいせつに当たるかという評価を取り違えています。

問3(このサイトのオリジナル問題)
判例によれば、文書に芸術性・思想性があっても、それだけでわいせつ文書に当たらないことになるわけではなく、芸術性・思想性による性的刺激の緩和の程度は、文書を全体としてみて判断するときに検討する事情の一つとなる。

答え:○ 分かれ目は、芸術性・思想性の位置づけです。最高裁判所第二小法廷昭和55年11月28日判決は、描写叙述の程度と手法、全体に占める比重、思想等との関連性、文書の構成や展開に加えて、芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度を挙げ、文書を全体としてみたときに主として読者の好色的興味にうったえるものかを検討し、その時代の健全な社会通念に照らして判断するとしました。芸術性は判断に関係しない、と考えると✕にしてしまいます。芸術的・思想的価値があってもわいせつ性はありうるとした昭和44年10月15日の大法廷判決と組み合わせて覚えます。

この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「憲法」で続けて解けます。

まとめ

  • チャタレイ事件(昭和32年3月13日 大法廷):わいせつ文書の定義(3つの要素)。社会通念に従って判断し、法解釈の問題。表現の自由も公共の福祉で制限され、処罰は21条に違反しない。
  • 悪徳の栄え事件(昭和44年10月15日 大法廷):芸術的・思想的価値があってもわいせつ性はありうる。部分のわいせつ性は文書全体との関連で判断。
  • 昭和55年11月28日 第二小法廷:描写の程度・比重・芸術性による緩和などを総合し、全体としてみて、その時代の健全な社会通念で判断。
  • 刑法175条の法定刑は、令和7年6月1日から拘禁刑で書かれている。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

条文は、令和8年4月1日時点で施行されている内容を、e-Gov法令検索(法令API)で確かめました。判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項・裁判要旨を確かめ、引用した理由の言葉は判決全文で確かめました。

このサイトで次に読むなら、憲法の判例まとめの記事です。表現の自由の判例を、ほかの人権の判例と並べて、結論と何条の話かで確かめられます。

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