ひとことで言うと、名誉毀損罪(刑法230条)は、書いた事実が本当でも成立するのが原則ですが、230条の2は、表現の自由とのバランスから、①公共の利害に関する事実で、②目的が専ら公益を図ることにあり、③真実であることの証明があれば罰しない、と定めています。一般に「夕刊和歌山時事事件」と呼ばれる昭和44年の大法廷判決は、真実の証明がなくても、真実と信じたことに確実な資料・根拠に照らし相当の理由があれば、名誉毀損の罪は成立しないとしました。一般に「月刊ペン事件」と呼ばれる昭和56年の判決は、私人の私生活上の行状でも、公共の利害に関する事実に当たる場合があるとしました。
この記事では、230条の2の要件を条文で数え、2つの判決がそれぞれどの要件について何を言ったかを表にします。記事の対象になった人や団体、記事の中身には触れません。表現の自由の全体(検閲・事前抑制)は表現の自由の記事に任せます。条文は、令和8年4月1日時点の内容を e-Gov 法令検索で確かめています。
身近な例で考えると
| 人物 | 立場 | したこと |
|---|---|---|
| こうきさん | 地域の情報紙の記者 | 商店会の会長が会費を自分のために使っている、という記事を書いた |
| まさるさん | 商店会の会長 | 記事で名誉を傷つけられたと訴えた |
- こうきさんは、元役員の話と、会計の資料の一部をもとに記事を書き、情報紙を地域に配った(この例は説明のための仮のもの)。
- こうきさんは、名誉毀損罪で起訴された。
- 裁判で、会費の使い方が記事のとおりだったとまでは証明できなかった。
230条の2を使うには、まず、会員から集めたお金の使い方が「公共の利害に関する事実」に当たり、記事の目的が「専ら公益を図ること」にあったと認められる必要があります。そのうえで、真実の証明ができなかった場合でも、夕刊和歌山時事事件の判決の考え方では、こうきさんが真実だと信じ、そう信じたことに確実な資料・根拠に照らし相当の理由があれば、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しません。うわさを聞いただけで調べずに書いたなら、相当の理由は認められにくくなります。
たとえるなら、試合の判定に抗議するとき、ビデオなどの確かな材料をもとに言ったのか、思い込みで言ったのかで扱いが変わる、という考え方です。ただし本物のルールでは、相当の理由は「確実な資料、根拠に照らし」て判断され、材料がありそうに見えるだけでは足りません。
条文ではこう決まっている
- 刑法230条1項:公然と事実を摘示(てきじ=はっきり示すこと)し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金に処する。
- 230条2項:死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
- 230条の2第1項:230条1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
- 230条の2第2項:1項の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
- 230条の2第3項:230条1項の行為が公務員または公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
要件を数えると、1項は「公共の利害に関する事実」「専ら公益を図る目的」「真実であることの証明」の3つです。2項は1つ目の要件を、起訴されていない人の犯罪行為の事実について「みなす」規定です。3項は、公務員・公選による公務員の候補者に関する事実なら、1つ目と2つ目の要件を書かず、真実の証明だけを求めています。判決は当時の条文の言葉で「公共ノ利害ニ関スル事実」と書いていますが、今の条文は「公共の利害に関する事実」です。230条の法定刑は、令和7年6月1日から拘禁刑で書かれています。
2つの判決は何を言ったか
最高裁判所大法廷 昭和44年6月25日判決(夕刊和歌山時事事件)
被告人が自分の発行する新聞に記事を掲載・頒布し、名誉毀損罪で起訴された事件です(昭和41年(あ)第2472号。結果は破棄差戻)。判決は、「刑法二三〇条ノ二の規定は、人格権としての個人の名誉の保護と、憲法二一条による正当な言論の保障との調和をはかつたもの」としたうえで、230条の2第1項の事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しない、としました(裁判要旨)。
この判決は、誤信があっても真実の証明がない以上は罪を免れないとした昭和34年5月7日の第一小法廷判決を「変更すべきもの」としています。前の判例を変えた大法廷判決です。
最高裁判所第一小法廷 昭和56年4月16日判決(月刊ペン事件)
雑誌の記事で、ある団体の会長の私生活上の行状を取り上げたことが、名誉毀損罪として起訴された事件です(昭和55年(あ)第273号。結果は破棄差戻)。判決は、「私人の私生活上の行状であつても、そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによつては」、その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として、230条の2第1項の公共の利害に関する事実に当たる場合がある、としました(裁判要旨一)。
また、公共の利害に関する事実に当たるかどうかは、「摘示された事実自体の内容・性質に照らして客観的に判断されるべき」であり、摘示するときの表現方法や事実調査の程度などは、公益目的の有無の認定などで考慮されることがらであって、公共の利害に関する事実に当たるかの判断を左右するものではない、としています(裁判要旨三)。
| 230条の2の要件 | 条文 | 判例の判断 |
|---|---|---|
| 公共の利害に関する事実 | 1項。起訴前の犯罪行為の事実はみなす(2項) | 私生活上の行状でも当たる場合がある。事実自体の内容・性質で客観的に判断(昭和56年) |
| 専ら公益を図る目的 | 1項。公務員等の事実では書かれていない(3項) | 表現方法・事実調査の程度は、この認定などで考慮(昭和56年) |
| 真実であることの証明 | 1項・3項 | 証明がなくても、誤信に確実な資料・根拠に照らし相当の理由があれば、故意がなく不成立(昭和44年) |
当てはまる例・当てはまらない例
当てはまる例:影響力の大きい立場の人の私生活上の行状
私生活上の事実でも、その人がたずさわる社会的活動の性質や、社会に及ぼす影響力の程度によっては、その活動を批判・評価する材料として、公共の利害に関する事実に当たる場合があります(昭和56年判決)。「私生活のことだから公共の利害とは関係ない」と一律には決まりません。
当てはまらない例:調べずに書いた記事の「相当の理由」
こうきさんが、うわさを一度聞いただけで裏付けを取らずに書いた場合、真実と信じたことに「確実な資料、根拠に照らし相当の理由」があるとは言いにくくなります。昭和44年判決は、誤信しただけで罪にならないとしたのではなく、相当の理由を求めています。
ひっかけやすい例:表現が乱暴なら公共の利害に関する事実でなくなるか
記事の書き方が乱暴だったり、調べ方が足りなかったりしても、それで「公共の利害に関する事実」でなくなるわけではありません。昭和56年判決は、それらは公益目的の有無の認定などで考慮されることがらだとしています。どの要件で考える事情かを分けるのが要所です。
似ているルールとの違い
名誉毀損は、刑罰のほかに民事の損害賠償の問題にもなります(民法709条など)。民法723条は、他人の名誉を毀損した者に対して、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、または損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる、と定めています。不法行為の要件は不法行為の記事で確かめられます。
本当のことでも、知られたくない私生活をみだりに公開されない利益は、プライバシーの問題として別に扱われます(幸福追求権とプライバシーの記事)。名誉毀損は社会的な評価を下げることが問題で、真実の証明で罰しない場合があるのに対し、プライバシーは公開そのものが問題になる、という違いがあります。新聞に反論文を載せるよう求められるかは、サンケイ新聞事件の記事で扱っています。
試験ではここをまちがえやすい
- 原則と例外:名誉毀損罪は「その事実の有無にかかわらず」成立する(230条1項)。230条の2は、要件を満たすときに「罰しない」とする例外です。
- 相当の理由の限定:誤信しただけでは足りず、「確実な資料、根拠に照らし相当の理由」が要ります(昭和44年判決)。
- 判例変更:昭和44年大法廷判決は、真実の証明がない以上罪を免れないとした昭和34年の判例を変更しました。
- 判断する事情の置き場所:公共の利害に関する事実かは事実自体の内容・性質で客観的に判断。表現方法・調査の程度は公益目的の認定などで考慮(昭和56年判決)。
- 3項の公務員等:公益目的の要件が書かれておらず、真実の証明があれば罰しない。2項の「みなす」は、起訴されていない人の犯罪行為の事実だけです。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
こうきさんは、別の機会に雑誌の記事で、ある団体の会長の私生活上の行状を取り上げた。判例によれば、私人の私生活上の行状であっても、その人がたずさわる社会的活動の性質や社会に及ぼす影響力の程度などによっては、刑法230条の2第1項の公共の利害に関する事実に当たる場合がある。
答え:○ 分かれ目は、私生活上の事実が公共の利害に関する事実になりうるかです。最高裁判所第一小法廷昭和56年4月16日判決(月刊ペン事件)は、私人の私生活上の行状でも、社会的活動の性質やそれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などによっては、その社会的活動に対する批判・評価の一資料として、公共の利害に関する事実に当たる場合があるとしました。私生活のことは公共の利害と関係ない、と考えると✕にしてしまいます。「場合がある」という限定がついているので、私生活の事実がいつも当たるわけでもありません。
問2(このサイトのオリジナル問題)
判例によれば、摘示された事実が刑法230条の2第1項の公共の利害に関する事実に当たるかどうかは、事実自体の内容・性質だけでなく、記事の表現方法や、書いた人がどこまで事実を調べたかも合わせて判断する。
答え:✕ 分かれ目は、表現方法・調査の程度をどの要件で考えるかです。最高裁判所第一小法廷昭和56年4月16日判決は、公共の利害に関する事実に当たるかは、摘示された事実自体の内容・性質に照らして客観的に判断されるべきで、表現方法や事実調査の程度などは公益目的の有無の認定などで考慮されることがらであり、公共の利害に関する事実に当たるかの判断を左右しない、としました。正しくは、表現方法・調査の程度は公益目的の認定などの側の事情です。2つの要件で考える事情を、1つの要件にまとめてしまった肢です。
問3(このサイトのオリジナル問題)
こうきさんは、市長が公金をどのように使ったかについての事実を記事にして、市長の名誉を毀損した。この場合、こうきさんは、真実であることの証明があっても、その目的が専ら公益を図ることにあったと認められなければ処罰される。
答え:✕ 分かれ目は、公務員に関する事実で公益目的の要件がいるかです。刑法230条の2第3項は、230条1項の行為が公務員または公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは罰しない、と定めています。正しくは、3項の場合は真実の証明があれば罰せられず、公益目的の要件は書かれていません。公共の利害に関する事実・公益目的・真実の証明の3つを求める1項と取り違えた肢です。
この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「憲法」で続けて解けます。
まとめ
- 名誉毀損罪は事実の有無にかかわらず成立(230条1項)。230条の2第1項は、公共の利害・専ら公益目的・真実の証明の3つで罰しない。
- 2項:起訴されていない人の犯罪行為の事実は公共の利害に関する事実とみなす。3項:公務員等の事実は真実の証明があれば罰しない。
- 夕刊和歌山時事事件(昭和44年6月25日 大法廷):真実の証明がなくても、誤信に確実な資料・根拠に照らし相当の理由があれば故意がなく不成立。昭和34年の判例を変更。
- 月刊ペン事件(昭和56年4月16日 第一小法廷):私生活上の行状でも公共の利害に当たる場合がある。当たるかは事実自体の内容・性質で客観的に判断。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、令和8年4月1日時点で施行されている内容を、e-Gov法令検索(法令API)で確かめました。判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項・裁判要旨を確かめ、引用した理由の言葉は判決全文で確かめました。
- e-Gov法令検索「刑法」(230条、230条の2)
- e-Gov法令検索「民法」(709条、723条)
- 裁判所「最高裁判所大法廷 昭和44年6月25日判決(昭和41年(あ)第2472号)」(名誉毀損)
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 昭和56年4月16日判決(昭和55年(あ)第273号)」(名誉毀損)
このサイトで次に読むなら、サンケイ新聞事件の記事です。名誉毀損が成立しない記事について、反論文を載せるよう新聞社に求められるかを確かめられます。
働く人の法律試験ノート