特定財産承継遺言と遺言執行者:「相続させる」遺言と遺贈の違い、遺言執行者ができること(民法1012条〜1016条)

ひとことで言うと、「この土地は長女に相続させる」のように、特定の財産を相続人の一人に受け継がせる遺言は、遺贈ではなく遺産分割の方法の指定で、今の民法はこれを「特定財産承継遺言」と呼びます(民法1014条2項)。遺言執行者(いごんしっこうしゃ=遺言の中身を実現する人)は、その相続人が登記などの対抗要件を備えるために必要な行為ができ、預貯金なら払戻しもできます。遺言執行者の規定は、令和元年7月1日施行の改正で大きく書き直されました。

この記事では、①特定財産承継遺言と遺贈の違い、②遺言執行者の条文(1007条・1011条〜1016条)、を扱います。遺言の方式・撤回・遺贈の基本は遺言の記事、相続と登記の判例は相続と登記の記事に任せます。登記の申請書の書き方や添付書類は扱いません。条文は、令和8年4月1日時点の民法・不動産登記法・農地法を e-Gov 法令検索で確かめています。

身近な例で考えると

登場人物は、遺言を書いたみちこさん、相続人の長男けんたさんと長女ゆりさん、けんたさんの妻のさやかさん、遺言執行者に指定された知人のたかはしさんです(架空の話です)。

人物立場遺言の中身
ゆりさん相続人(長女)自宅の土地と建物を「相続させる」
けんたさん相続人(長男)A銀行の預金のうち100万円を「相続させる」
さやかさん相続人ではない(長男の妻)畑を「遺贈する」
たかはしさん遺言執行者遺言で指定された
  1. みちこさんが亡くなり、遺言の効力が生じた。
  2. たかはしさんは遺言執行者になることを承諾し、遺言の内容をけんたさんとゆりさんに通知した。
  3. たかはしさんは相続財産の目録を作り、二人に渡した。
  4. 自宅、預金100万円、畑を、それぞれだれにどう移すか。

相続人はけんたさんとゆりさんの二人だけです。自宅は、みちこさんが亡くなった時に、何もしなくてもゆりさんに相続で受け継がれます。けんたさんの預金100万円も同じです。畑は、相続人ではないさやかさんへの遺贈なので、遺言執行者のたかはしさんが遺贈を実行します(1012条2項)。さやかさんが畑を受け取るには、農地法3条の許可もいります。

たとえるなら、特定財産承継遺言は「遺産の分け方を、遺言で先に決めておいたもの」で、遺贈は「遺言でする贈り物」です。ただし本物のルールでは、どちらも第三者に権利を主張するには登記などがいる場面があり、違いは「受け取らないとき」「登記の申請」などに出ます。

条文ではこう決まっている

特定財産承継遺言(1014条2項)と、その性質

  • 定義(1014条2項):遺産の分割の方法の指定として、遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人または数人に承継させる旨の遺言。
  • 対抗要件(899条の2第1項):相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、法定相続分を超える部分については、登記・登録その他の対抗要件を備えなければ第三者に対抗できない。
  • 遺贈(964条):遺言者は、包括または特定の名義で、財産の全部または一部を処分できる。特定遺贈の受遺者は、遺言者の死亡後いつでも放棄でき、放棄は死亡の時にさかのぼって効力を生じる(986条)。包括受遺者は相続人と同一の権利義務を持つ(990条)。

「相続させる」遺言の性質について、最高裁判所第二小法廷平成3年4月19日判決(平成元年(オ)第174号)は、趣旨が遺贈であることが明らかであるか、遺贈と解すべき特段の事情のない限り、遺産分割の方法を指定したものと解すべきだとしました。そして、特段の事情のない限り、何らの行為を要せずに、被相続人の死亡の時に直ちにその遺産がその相続人に相続により承継されるとしています。また、その相続人が相続の放棄をしたときは、さかのぼってその遺産を相続しなかったことになるとも述べています。この判決は遺言の記事でも扱っています。

遺言執行者の条文(令和元年7月1日施行)

条文中身
1006条1項遺言で遺言執行者を指定し、または指定を第三者に委託できる
1007条就職を承諾したら直ちに任務を行う。任務を開始したら遅滞なく遺言の内容を相続人に通知する
1011条遅滞なく相続財産の目録を作り、相続人に交付する
1012条遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他執行に必要な一切の行為をする権利義務。遺言執行者がいれば、遺贈の履行は遺言執行者だけができる
1013条遺言執行者がいれば、相続人は相続財産の処分など執行を妨げる行為ができず、違反は無効。ただし善意の第三者に対抗できない
1014条特定財産承継遺言では、対抗要件を備えるために必要な行為ができる。預貯金なら払戻しと解約の申入れもできる(解約は全部が目的のときだけ)
1015条権限内で遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に直接効力を生じる
1016条自己の責任で第三者に任務を行わせることができる(遺言に別段の意思があればそれに従う)

改正前の1015条は「遺言執行者は、相続人の代理人とみなす」としていました。いまは、遺言執行者であることを示してした行為の効果が相続人に直接生じる、という書き方です。改正前の1016条は、やむを得ない事由がなければ第三者に任務を行わせることができないとしていましたが、いまは自己の責任で行わせることができ、やむを得ない事由があるときは、相続人に対して選任と監督の責任だけを負います(1016条2項)。1014条2項〜4項(特定財産承継遺言の執行)も、この改正で加わりました。

当てはまる例・当てはまらない例

例1:自宅の登記(当てはまる例)

ゆりさんが受け継いだ自宅は、法定相続分(2分の1)を超える部分について、登記をしなければ第三者に対抗できません(899条の2第1項)。そこで、遺言執行者のたかはしさんは、ゆりさんが登記を備えるために必要な行為ができます(1014条2項)。相続による所有権の移転の登記は、登記権利者(ここではゆりさん)が単独で申請できます(不動産登記法63条2項)。

例2:預金の一部だけを承継させた(ひっかけやすい例)

けんたさんに承継させたのは、A銀行の預金の「うち100万円」でした。預貯金債権が特定財産承継遺言の目的のとき、遺言執行者は、対抗要件を備える行為のほか、払戻しの請求と、契約の解約の申入れができます(1014条3項本文)。ただし、解約の申入れができるのは、その預貯金債権の全部が目的のときに限られます(同項ただし書)。一部だけのこの例では、たかはしさんは100万円の払戻しは請求できますが、解約の申入れはできません。

例3:相続人の一人が勝手に財産を売った(当てはまる例)

遺言執行者がいるのに、けんたさんが相続財産を処分したとします。相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げる行為ができず、違反した行為は無効です(1013条1項・2項本文)。ただし、その無効は善意の第三者に対抗できません(同項ただし書)。相続人の債権者が相続財産に権利を行使することは妨げられません(3項)。

例4:相続人ではない人への遺贈(当てはまらない例)

さやかさんは相続人ではないので、「相続させる」遺言(特定財産承継遺言)の相手にはなれません。1014条2項は「共同相続人の一人又は数人」に承継させる遺言だからです。さやかさんへの畑は遺贈で、遺言執行者がいるので遺贈の履行はたかはしさんだけができます(1012条2項)。相続人以外への遺贈による所有権の移転の登記は、単独申請の例外に入らず、共同申請です(不動産登記法60条・63条3項)。農地を相続人以外が特定遺贈で取得するには、農地法3条の許可がいります(施行規則15条5号が許可不要とするのは、包括遺贈と相続人に対する特定遺贈)。

似ているルールとの違い

比べる点特定財産承継遺言特定遺贈
だれに相続人だけ(1014条2項)相続人にも、相続人以外にも(964条)
受け取らないとき相続の放棄(家庭裁判所に申述。938条)。放棄すれば初めから承継しない(平成3年判決)遺言者の死亡後いつでも遺贈の放棄(986条)
所有権の移転の登記相続の登記として単独申請(不動産登記法63条2項)相続人へは単独申請(63条3項)。相続人以外へは共同申請(60条)
第三者への対抗法定相続分を超える部分は登記など(899条の2)登記がいる(177条、昭和39年判決)
農地を受け取るとき相続による取得で、3条の許可はいらない(届出は3条の3)相続人へは許可不要、相続人以外へは許可がいる(施行規則15条5号)

相続人に対する遺贈の登記を単独で申請できる63条3項は、令和5年4月1日施行の改正(令和3年法律第24号)で加わりました。それより前は、相続人への遺贈も共同申請でした。遺贈と第三者の関係は、最高裁判所第二小法廷昭和39年3月6日判決(昭和36年(オ)第338号)が、不動産の遺贈を受けた人が登記をしない間に、相続人の債権者が差押えなどをした事案で、その債権者を177条の第三者に当たるとしています(相続と登記の記事で、判例を並べて扱っています)。

試験ではここをまちがえやすい

当サイトが数えた宅建試験の全40回(不動産適正取引推進機構が公開している昭和63年度〜令和7年度の問題、2,000問)では、遺言が主な論点の問題は7問、直近10回(令和7年度〜平成30年度。令和2・3年度は10月・12月の2回ずつ)では1問でした。ほかの論点が主な問題の中に、副の論点として含むものも2問あります。特定財産承継遺言・遺言執行者だけの問数は数えていません(分け方は当サイトの判断で、公式の分類ではありません。数え方は宅建の出題論点ランキング)。取り違えやすい形は次のとおりです。

  • 「相続させる」遺言を遺贈として扱う形:特段の事情がない限り遺産分割の方法の指定で、相続による承継です(平成3年判決、1014条2項)。
  • 相続人以外にも「相続させる」ことができる、とする形:特定財産承継遺言の相手は共同相続人です。相続人以外に渡すのは遺贈です。
  • 遺言執行者は預金の一部でも解約できる、とする形:解約の申入れは、預貯金債権の全部が目的のときだけです(1014条3項ただし書)。
  • 遺言執行者がいても相続人が遺贈を履行できる、とする形:遺言執行者がいれば、遺贈の履行は遺言執行者だけです(1012条2項)。
  • 改正前の条文で答える形:「相続人の代理人とみなす」(旧1015条)、「やむを得ない事由がなければ復任できない」(旧1016条)は、令和元年7月1日の改正前の規定です。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
みちこさんは、A銀行の預金のうち100万円を長男けんたさんに承継させる特定財産承継遺言をし、たかはしさんを遺言執行者に指定した。遺言に別段の意思表示がなければ、たかはしさんは、100万円の払戻しは請求できるが、預金契約の解約の申入れはできない。

答え:○ 分かれ目は、預貯金債権の全部が遺言の目的かです。預貯金債権が特定財産承継遺言の目的のとき、遺言執行者は、払戻しの請求と解約の申入れができます(1014条3項本文)。ただし、解約の申入れは、その預貯金債権の全部が目的のときに限られます(同項ただし書)。この問は「うち100万円」なので、払戻しはできても解約はできません。遺言執行者は執行に必要な一切の行為ができる(1012条1項)から解約もできる、と考えると✕に見えます。1012条の一般の権限と、1014条3項の個別の限定を取り違えた考え方です。

問2(このサイトのオリジナル問題)
みちこさんは「自宅の土地は長女ゆりに相続させる」という遺言を残して亡くなった。遺贈と解すべき特段の事情がない場合、ゆりさんは、986条の遺贈の放棄をすることで、この土地だけを受け取らないことができる。

答え:✕ 分かれ目は、「相続させる」遺言が遺贈かどうかです。最高裁判所第二小法廷平成3年4月19日判決は、遺贈と解すべき特段の事情などがない限り遺産分割の方法を指定した遺言で、遺産は死亡の時に直ちに相続により承継されるとしました。986条の放棄は、受遺者(遺贈を受けた人)のための規定です。正しくは、ゆりさんが受け取らないためには、相続の放棄(家庭裁判所への申述、938条)をすることになり、判決も、放棄をすればさかのぼって相続しなかったことになると述べています。特定遺贈の放棄(986条)と取り違えた文です。

問3(このサイトのオリジナル問題)
令和8年4月1日時点の民法では、遺言執行者のたかはしさんは、やむを得ない事由がない場合でも、遺言に別段の意思表示がなければ、自己の責任で第三者に任務を行わせることができる。

答え:○ 分かれ目は、令和元年7月1日施行の改正の前後です。いまの1016条1項は、遺言執行者は自己の責任で第三者にその任務を行わせることができるとし、遺言者が別段の意思を表示したときはそれに従うとしています。やむを得ない事由があるときは、相続人に対して選任と監督の責任だけを負います(同条2項)。改正前の1016条は「やむを得ない事由がなければ」第三者に任務を行わせることができないとしていたので、古い条文で覚えていると✕に見えます。改正前の規定と取り違えた考え方です。

この分野の○✕は、宅建の5分○✕ドリルの「権利関係」で続けて解けます。

まとめ

  • 特定財産承継遺言=遺産分割の方法の指定として、特定の財産を共同相続人の一人または数人に承継させる遺言(1014条2項)。相手は相続人だけ。
  • 受け取らないなら相続の放棄。特定遺贈は死亡後いつでも遺贈の放棄(986条)。
  • 法定相続分を超える部分は登記などがなければ第三者に対抗できない(899条の2)。相続の登記は単独申請、相続人への遺贈も令和5年4月から単独申請(不動産登記法63条)。
  • 遺言執行者は、通知(1007条)・目録(1011条)・一切の行為(1012条)。遺贈の履行は遺言執行者だけ。
  • 預貯金の解約は全部が目的のときだけ(1014条3項)。復任は自己の責任で(1016条)。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の民法・不動産登記法・農地法・農地法施行規則を確かめました。改正前の1014条・1015条・1016条は2019年6月30日時点、不動産登記法63条は2023年3月31日時点と同年4月1日時点の条文を、e-Gov法令検索で比べました。判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項を確かめ、平成3年判決は判決全文も確かめました。

このサイトで次に読むなら、遺産分割の記事です。遺言で分け方が決まっていない財産を、協議と審判でどう分けるかを確かめられます。

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