ひとことで言うと、理由の差替え(りゆうのさしかえ)は、処分の取消訴訟で、行政が処分のときに示した理由とは別の理由を出して「この処分は適法だ」と主張することです。理由を付け加える場合は「理由の追加」とも呼ばれます。どちらも法律の条文の言葉ではなく、判例と教科書で使われる言葉です。
最高裁は、情報公開条例の非公開決定について、通知書に付記した理由とは別の非公開の理由を取消訴訟で主張することを許しました(平成11年11月19日判決)。理由付記の目的は、理由を具体的に記載して通知すること自体で「ひとまず実現される」という考え方です。一方で、処分のときに理由をきちんと示さなかったこと(理由の提示の不備)は、それ自体が処分を違法とする理由になりえます。この記事では、この2つを分けて、判例の結論と限定の言葉を確かめます。条文は令和8年4月1日時点のもの、判例は裁判所ウェブサイトの判決文で確かめています。
身近な例で考えると:通知書に書いた理由と、裁判で出す理由
| 人物 | 立場 | したこと |
|---|---|---|
| のぞみさん | 市の住民 | 市の情報公開条例で、ある記録の公開を求めた |
| 市の実施機関 | 公開するかどうかを決める機関 | 非公開と決め、通知書に理由を付記した |
- のぞみさんが記録の公開を求めた。
- 実施機関は、条例のX号(争訟の方針に関する情報)に当たるとして非公開とし、通知書にその理由を書いた。
- のぞみさんは、非公開決定の取消しを求めて裁判を起こした。
- 裁判の中で、実施機関は「この記録はY号(別の非公開事由)にも当たる」と主張し始めた。
4のように、処分のときに書かなかった理由を裁判で出すことが「理由の追加・差替え」です。のぞみさんから見ると「通知書に書いていない理由を後から出すのはずるい」と感じるかもしれません。最高裁は、平成11年11月19日判決で、この主張を許しました。
たとえるなら、試合の審判が「オフサイド」と言って得点を取り消したあと、抗議の場で「実はハンドもあった」と言い足すようなものです。ただし本物のルールでは、処分のときに理由を示すこと自体は省けません。理由をまったく示さない、または不十分にしか示さない処分は、それだけで違法になりえます(後で説明します)。
条文ではこう決まっている:理由の提示
行政手続法は、処分のときに理由を示すことを定めています。訴訟で別の理由を主張できるかについては、行政手続法にも行政事件訴訟法にも、正面から定めた条文はありません。そこで判例で考えます。
- 申請を拒否する処分(8条1項本文):行政庁は、申請者に対し、同時に、処分の理由を示さなければなりません。要件や審査基準が数量などの客観的指標で明確に決まり、申請の内容から適合しないことが明らかなときは、求めがあったときに示せば足ります(同項ただし書)。
- 不利益処分(14条1項本文):行政庁は、名あて人に対し、同時に、理由を示さなければなりません。理由を示さないで処分をすべき差し迫った必要があるときは別で、その場合は原則として処分後相当の期間内に示します(同項ただし書・2項)。
- 書面との関係(8条2項・14条3項):処分を書面でするときは、理由も書面で示さなければなりません。
- 条例にもとづく処分:地方公共団体の機関が条例・規則にもとづいてする処分には、行政手続法の処分の規定が適用されません(3条3項)。情報公開条例の非公開決定の理由の通知は、その条例の定めによります。
判例ではどう判断されたか
青色申告の更正処分(最高裁判所第三小法廷 昭和56年7月14日判決)
青色申告書による法人税の申告に対し、税務署長が、不動産の取得価額が申告額より低いことを理由に更正処分をしました。取消訴訟の中で、課税庁は、その不動産の販売価額が申告額より多いことも主張しました。裁判要旨は、課税庁は、処分の適否に関する攻撃防禦方法(裁判で自分の言い分を支える主張)として、この事実を主張できる、としています。
この判決は、言い方に限定があります。判決は、追加の主張を許しても、処分を争う上告人に「格別の不利益を与えるものではない」ことを理由に挙げました。そのうえで、「一般的に」更正の理由とは異なる「いかなる事実をも主張することができると解すべきかどうかはともかく」としています。つまり、どんな理由でも差し替えられるという一般論は示さず、この事案での追加の主張を認めた判決です。判示事項も「主張することができるとされた事例」です。
情報公開条例の非公開決定(最高裁判所第二小法廷 平成11年11月19日判決)
市の情報公開条例にもとづく公開請求に対し、実施機関が、ある号(争訟の方針に関する情報)に当たるとして非公開決定をしました。取消訴訟の中で、実施機関は、同じ文書が別の号にも当たると主張しました。原審は、通知書に書かれなかった非公開事由を訴訟で主張することは許されないとしましたが、最高裁はこれを誤りとしました。
判決は、条例が非公開の理由の通知を求めるのは、「非公開の理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当とを担保してそのし意を抑制する」とともに、請求者に知らせて「その不服申立てに便宜を与えること」が目的だとしました。そしてその目的は、理由を具体的に記載して通知すること自体で「ひとまず実現される」とし、一度理由を付記した以上ほかの理由を取消訴訟で主張することを許さない、という趣旨まで含むと解すべき根拠はない、としています。
| 判決 | 処分 | 別の理由の主張 | 判決が挙げた理由 |
|---|---|---|---|
| 昭和56年7月14日 | 青色申告の更正処分 | 認めた(事例として) | 上告人に格別の不利益を与えない。一般論は「ともかく」とした |
| 平成11年11月19日 | 情報公開条例の非公開決定 | 認めた | 理由付記の目的は、理由を具体的に通知すること自体でひとまず実現される |
2つの判決は、どちらもその事案の処分・条例に即して判断したもので、どんな理由でも差し替えられるという一般論を述べたものではありません。昭和56年判決は一般論を「ともかく」とし、平成11年判決はその条例の理由通知の定めの趣旨を読んで結論を出しています。
当てはまる例・当てはまらない例
当てはまる例:裁判で別の非公開事由を足す
のぞみさんの例の4です。通知書にはX号の理由を書き、裁判でY号の理由を足しました。平成11年判決の考え方では、理由付記の目的は通知書に理由を具体的に書いたことでひとまず果たされているので、Y号の主張は許されます。
当てはまらない例:そもそも理由を示さなかった
行政庁が、不利益処分の通知に理由をまったく書かなかったとします(差し迫った必要などの事情はない)。これは、裁判でどの理由を出すかという差替えの問題の前に、14条1項本文の理由の提示を欠いた手続の違法の問題です。理由の提示の不備が後の手続で補えるかどうか(瑕疵の治癒)は、行政行為の瑕疵の記事で判例とともに扱っています。
ひっかけやすい例:昭和56年判決を一般論にする
「判例は、更正処分の取消訴訟で課税庁はどんな理由でも差し替えられるとした」と読むのは広げすぎです。判決は一般論を「ともかく」として判断せず、格別の不利益を与えない事案で追加の主張を認めました。
ひっかけやすい例:理由の提示の「程度」の問題
通知書にどこまで具体的に理由を書けばよいか(根拠の条文だけで足りるか)は、理由の提示の程度の問題で、差替えとは別です。情報公開の非開示の理由の書き方の判例は情報公開の判例の記事にあります。
似ているルールとの違い
| 考え方 | どの場面か | どこで扱うか |
|---|---|---|
| 理由の提示 | 処分と同時に理由を示す | 行政手続法8条・14条 |
| 理由の差替え・追加 | 取消訴訟で、処分のときと別の理由を主張する | この記事(判例) |
| 瑕疵の治癒(理由の追完) | 理由の提示の不備が後の手続で直るか | 行政行為の瑕疵の記事 |
差替えは「示した理由はそれとして足りていて、裁判で別の理由を出せるか」、治癒は「示した理由が足りないことが、後から直るか」です。言葉が似ていますが、問いが違います。申請拒否・不利益処分の手続の全体は行政手続法の処分の記事、取消訴訟の起こし方は取消訴訟の記事で確かめられます。
試験ではここをまちがえやすい
- 差替えと治癒の取り違え:「理由の提示の不備は後で直らないので、訴訟で別の理由も出せない」とする形。治癒は不備の話、差替えは別の理由の主張の話です。
- 昭和56年判決の広げすぎ:課税庁はいかなる事実も主張できると判例が述べたとする形。判決は一般論を「ともかく」とし、格別の不利益がない事案で認めました。
- 平成11年判決の結論の向き:通知書に付記した理由に限られるとする形。判決は、付記した理由以外の理由の主張を許さない趣旨と解すべき根拠はないとしました。
- 適用法令の取り違え:条例にもとづく非公開決定にも行政手続法8条がかかるとする形。条例にもとづく処分には行政手続法の処分の規定が適用されません(3条3項)。
- 書面の範囲:理由はいつも書面で示すとする形。書面で示すのは、処分を書面でするときです(8条2項・14条3項)。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
市の情報公開条例は、非公開決定の通知書に理由を付記するよう定めている。実施機関は、ある文書を条例のX号に当たるとして非公開とし、その旨を通知書に付記した。判例によれば、この決定の取消訴訟で、実施機関が、同じ文書はY号にも当たると主張することは許される。
答え:○ 分かれ目は、理由付記の定めが訴訟での主張まで縛るかです。最高裁判所第二小法廷平成11年11月19日判決は、理由付記の目的(判断の慎重と公正妥当の担保、不服申立ての便宜)は理由を具体的に記載して通知すること自体でひとまず実現されるとし、付記した理由以外の理由の主張を許さない趣旨と解すべき根拠はないとしました。理由附記の不備は後の裁決で治癒されないという判例を思い出すと✕にしてしまいます。取り違えの相手は、その瑕疵の治癒の判例で、問いが違います。
問2(このサイトのオリジナル問題)
青色申告書による法人税の申告に対し、不動産の取得価額が低いことを理由に更正処分がされた。その取消訴訟で課税庁が販売価額が多いことを追加して主張した事案で、判例は、課税庁は更正の理由と異なるいかなる事実も主張できるという一般的な判断を示した。
答え:✕ 分かれ目は、判決が一般論を示したかです。最高裁判所第三小法廷昭和56年7月14日判決は、追加の主張を許しても上告人に格別の不利益を与えるものではないとし、一般的に「いかなる事実をも主張することができると解すべきかどうかはともかく」として、この事案で追加の主張を認めました。正しくは、一般論は判断せず、事例として追加の主張を認めた判決です。取り違えの相手は、結論(追加の主張を認めた)と、その結論を支える限定の理由(格別の不利益がない)です。
問3(このサイトのオリジナル問題)
A県知事は、法律にもとづくBさんの許可の申請を、窓口で口頭により拒否した(書面による処分はしていない)。この場合でも、知事は、行政手続法上、拒否の理由を書面で示さなければならない。
答え:✕ 分かれ目は、理由を書面で示す義務がかかる条件です。行政手続法8条1項本文は、申請を拒否するときは同時に理由を示すことを求め、同条2項は、処分を書面でするときに、理由も書面で示すとしています。正しくは、口頭でした拒否なら、理由を同時に示すことは要りますが、書面で示すことまでは8条では求められていません。取り違えの相手は、書面でする処分の場合の8条2項(不利益処分なら14条3項)です。
この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「行政法」で続けて解けます。
まとめ
- 理由の差替え・追加は法律の言葉ではない。取消訴訟で、処分のときと別の理由を主張できるかの問題。
- 処分のときの理由の提示は行政手続法8条・14条。書面でする処分なら理由も書面。条例にもとづく処分には行政手続法の処分の規定はかからない(3条3項)。
- 平成11年11月19日判決:理由付記の目的は理由の通知でひとまず実現される。別の非公開事由の主張は許される。
- 昭和56年7月14日判決:格別の不利益がない事案で追加の主張を認めた。一般論は「ともかく」とした。
- 理由の提示の不備が後で直るか(治癒)は、差替えとは別の問い。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点のものを確かめました(2026年10月17日確認)。判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項・裁判要旨を確かめ、引用した理由の言葉は判決全文で確かめました。
- e-Gov法令検索「行政手続法」(3条3項、8条、14条)
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 昭和56年7月14日判決(昭和52年(行ツ)第62号)」(青色申告書による法人税の申告についてした更正処分の取消訴訟において課税庁が更正の理由と異なる事実を主張することができるとされた事例)
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 平成11年11月19日判決(平成8年(行ツ)第236号)」(情報公開条例の非公開決定の取消訴訟で、通知書に付記した理由以外の非公開事由を主張することの可否)
このサイトで次に読むなら、行政行為の瑕疵の記事です。理由附記の不備が後の裁決で治癒されないとした判例と並べると、差替えと治癒の違いがはっきりします。
働く人の法律試験ノート