国家賠償法2条1項の瑕疵(かし)は、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることで、管理者に過失があったかは問いません(無過失責任)。ただし判例は、道路と河川で物差しを変えています。道路は、予算が足りないことだけでは責任を免れません。河川は、財政的・技術的・社会的な制約のもとで、同じ種類・規模の河川の管理の一般的な水準と社会通念に照らして是認できる安全性を備えているかで判断します。
「過失がいらない」は「何が起きても責任を負う」ではありません。道路でも、管理者が直後に元に戻すことができなかった事故では瑕疵が否定され、通常の使い方から外れた予測できない行動による事故も瑕疵によるものとされていません。この記事は、令和8年4月1日時点の国家賠償法と、裁判所ウェブサイトで確かめた最高裁判所の判例9件で書いています。1条と2条の全体は国家賠償法の記事で説明しています。
身近な例で考えると
登場人物は次のとおりです。
| 人物 | 立場 | 起きたこと |
|---|---|---|
| あやかさん | 会社員 | 夜、県道の工事現場で事故にあった |
| たいちさん | 会社員 | 改修中の川があふれ、家が浸水した |
| 県 | 道路と川の管理者 | 賠償を求められた |
- あやかさんが夜の県道を車で走ると、工事中を示す標識と赤色灯が倒れて消えており、工事の穴に気づかず事故にあいました。
- 標識は、事故の直前に、ほかの車が倒したものでした。県が倒れたことを知って元に戻す時間はありませんでした。
- 判例に当てはめると、この場合は道路の管理に瑕疵がないとされます。
- たいちさんの家の近くの川は、改修の計画にもとづいて、下流から順に工事が進んでいる途中でした。大雨で、まだ工事が終わっていない区間からあふれました。
- 判例に当てはめると、計画が特に不合理でなく、早く改修すべき特段の事情がない限り、川の管理に瑕疵があるとはいえません。
たとえると、道路は「最初から安全に作って開くもの」、川は「もともと危ない自然を、少しずつ安全にしていくもの」です。ただし本物の判例は、たとえ話で決めているのではありません。川の管理には財政・技術・社会の制約があり、道路の通行止めのような簡単な危険回避の手段もとれないことを、理由として述べています。
条文ではこう決まっている
- 2条1項:道路、河川その他の公の営造物の設置または管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときは、国または公共団体が賠償する。
- 2条2項:ほかに損害の原因について責任を負うべき者があるときは、国・公共団体はその者に求償できる。
- 3条1項・2項:設置・管理をする者と、費用を負担する者が違うときは、費用を負担する者も賠償の責任を負う。賠償した者は、内部で責任のある者に求償できる。
- 4条:前の3条のほかは、民法の規定による。
- 5条:民法以外の法律に別の定めがあるときは、それによる。
- 6条:被害者が外国人のときは、相互の保証があるときに限り、この法律を使う。
判例を道路・河川・そのほかに分ける
道路の判例:予算では免れないが、何でも責任ではない
最高裁判所第一小法廷 昭和45年8月20日判決(高知落石事件)
- 事案:落石が何度も起きていた国道で、岩が落ちてトラックの助手席の人が亡くなった。防護柵などの対策はなかった。
- 結論:道路の管理に瑕疵がある。
- 理由の要点:瑕疵とは営造物が通常有すべき安全性を欠いていることで、責任に過失はいらない。防護柵の費用で予算の措置に困ることが推察できても、それだけで責任を免れるとはいえない。
最高裁判所第三小法廷 昭和50年7月25日判決
- 事案:国道の中央線近くに、故障した大型貨物自動車が約87時間とまったままだった。道路管理者はそれを知らず、道路の安全を保つための措置を全くとらなかった。
- 結論:道路の管理に瑕疵がある。
- まちがえやすい所:危険を作ったのは第三者の故障車でも、長い時間放置したことで管理の瑕疵になりました。
最高裁判所第一小法廷 昭和50年6月26日判決
- 事案:県道の工事中を示す標識やバリケード、赤色灯が倒れ、赤色灯が消えたままになっていた。夜、事故が起きた。
- 結論:道路の管理に瑕疵はない。
- 理由の要点:標識などは事故の直前にほかの車に倒されたもので、道路管理者が時間的にすぐに元に戻して安全を保つことはできなかった。
- まちがえやすい所:故障車の87時間の放置(瑕疵あり)と組で覚えます。分かれ目は、危険を取り除く時間があったかです。
最高裁判所第三小法廷 昭和53年7月4日判決(防護柵からの転落)
- 事案:道路の防護柵のところで転落する事故が起きた。事故は、防護柵の通常の使い方に沿わない行動の結果だった。
- 結論:営造物の通常の用法に即しない行動の結果の事故で、営造物が本来備えるべき安全性に欠けるところがなく、その行動が設置管理者にとって通常予測できないものであるときは、設置・管理の瑕疵による事故とはいえない。
河川の判例:改修中と改修済みで物差しが違う
最高裁判所第一小法廷 昭和59年1月26日判決(大東水害訴訟)
- 事案:改修の途中の河川があふれ、周りの家が浸水した。
- 結論:河川の管理に瑕疵があるかは、財政的・技術的・社会的な諸制約のもとで、同種・同規模の河川の管理の一般水準と社会通念に照らして是認できる安全性を備えているかで判断する。改修計画にもとづいて現に改修中の河川は、計画が格別不合理でなければ、早期に改修すべき特段の事由が生じない限り、瑕疵があるとはいえない。
- 理由の要点:河川は本来自然に生まれた公共用物で、もともと洪水などの危険を内に含む。治水の工事は一朝一夕にはできず莫大な費用がかかり、道路の通行止めのような簡易・臨機の危険回避の手段もとれない。
最高裁判所第一小法廷 平成2年12月13日判決(多摩川水害訴訟)
- 事案:工事実施の基本計画にもとづいて改修・整備が終わり、新たな改修は必要ないとされていた河川で、水害が起きた。
- 結論:改修・整備がされた河川は、計画に定める規模の洪水で、流水の通常の作用から予測される災害の発生を防ぐのに足りる安全性を備えているかで判断する。改修の後で水害の危険が予測できるようになった場合は、予測できた時点から水害の時までに対策をとらなかったことが瑕疵に当たるかで判断する。
- まちがえやすい所:大東水害の「改修中」の物差しと、多摩川水害の「改修済み」の物差しを入れ替えた肢に注意します。
そのほかの営造物:利用のしかたによる危険
最高裁判所大法廷 昭和56年12月16日判決(大阪国際空港訴訟)
- 結論:営造物そのものに物理的な欠陥がなくても、利用のされ方や程度が一定の限度をこえるために、利用者や第三者(周辺の住民)に危害を生じさせる危険がある場合は、設置・管理の瑕疵に当たりうる。
- まちがえやすい所:同じ判決は、民事上の請求として夜の一定の時間帯の空港の使用の差止めを求める訴えを、不適法としました。賠償は認められうるが、差止めは民事の訴えでは求められない、という組です。
道路と河川の物差しを比べる
| くらべる点 | 道路 | 河川 |
|---|---|---|
| もともとの性質 | 安全に作ってから使い始める | 自然のまま使われ、危険を内に含む |
| 物差し | 通常有すべき安全性(予算不足だけでは免れない) | 諸制約のもとでの一般水準と社会通念 |
| 改修の途中 | ― | 計画が格別不合理でなければ、原則として瑕疵なし |
| 危険を避ける手段 | 通行止めなどの措置がとれる | 簡易・臨機の手段がとれない |
3条・4条・6条を判例と表で確かめる
最高裁判所第三小法廷 昭和50年11月28日判決(鬼ヶ城の周回路)
- 事案:国立公園の事業の一部として、地方公共団体が周回路を設置し、そこで事故が起きた。国は、設置費用の半額に当たる補助金を出し、改修にも補助をしていた。
- 結論:設置費用の2分の1近くを負担している国は、3条1項の「費用を負担する者」に当たり、賠償の責任を負う。
最高裁判所第二小法廷 昭和53年7月17日判決
- 結論:公権力の行使に当たる公務員の失火による国・公共団体の賠償責任には、失火の責任に関する法律(失火責任法)が適用される。
- 理由の要点:失火責任法は民法709条の特則を定めたものなので、国家賠償法4条の「民法」に含まれる。
- まちがえやすい所:失火責任法は、失火の場合に民法709条を適用せず、失火者に重大な過失があるときだけ責任を認めます。公務員の失火でも、重大な過失が必要になります。
| 条 | 内容 | 試験での形 |
|---|---|---|
| 3条1項 | 費用を負担する者も賠償の責任を負う | 補助金を出す国も費用負担者になりうる(鬼ヶ城) |
| 3条2項 | 賠償した者は内部で責任のある者に求償できる | 被害者が誰に請求できるかとは別の話 |
| 4条 | ほかは民法による | 公務員の失火には失火責任法が適用される |
| 6条 | 外国人の被害者は相互の保証があるときに限る | 「外国人にはいつでも適用」は✕ |
試験ではここをまちがえやすい
- 無過失責任の言い過ぎ:「2条は結果責任なので、道路で事故が起きれば常に瑕疵がある」→ 赤色灯の事件(瑕疵なし)、防護柵の事件(予測できない行動)。
- 予算:「予算が足りなければ道路の瑕疵は否定される」→ 落石の事件で否定。
- 道路と河川の入れ替え:「河川も道路と同じく、予算や改修の途中を理由に免れることはない」→ 大東水害は、諸制約のもとでの安全性で判断。
- 改修中と改修済み:「改修済みの河川も、改修中と同じ物差し」→ 多摩川水害は、計画規模の洪水の通常の作用から予測される災害を防ぐ安全性。
- 失火:「公務員の失火は、国家賠償法1条により軽い過失でも責任」→ 失火責任法が適用されます。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
夜の県道で、工事中を示す標識と赤色灯が、事故の直前にほかの車に倒されて消えていたため、Rさんの車が工事の穴に落ちた。県がすぐに元に戻すことは時間的にできなかった。判例によれば、この場合、道路の管理に瑕疵はない。
答え:○ 分かれ目は、危険を取り除く時間的な余裕があったかです。最高裁判所第一小法廷昭和50年6月26日判決は、標識などが直前にほかの車に倒され、管理者がすぐに元に戻して安全を保つことができなかった事情のもとでは、道路の管理に瑕疵はないとしました。2条は過失がいらないので✕と迷いやすい肢です。故障車を約87時間放置した事件(昭和50年7月25日判決)は、何の措置もとらなかったので瑕疵ありとされ、結論が逆になります。
問2(このサイトのオリジナル問題)
県が改修計画にもとづいて下流から順に改修している河川で、まだ工事が終わっていない区間から水があふれ、Sさんの家が浸水した。判例によれば、道路と同じく、予算や工事の順番を理由に責任を免れることはできないので、河川の管理に瑕疵がある。
答え:✕ 分かれ目は、河川の瑕疵の物差しです。最高裁判所第一小法廷昭和59年1月26日判決(大東水害)は、河川の管理の瑕疵は財政的・技術的・社会的な諸制約のもとでの安全性で判断し、改修中の河川は、計画が格別不合理でなく、早期に改修すべき特段の事由がない限り、瑕疵があるとはいえないとしました。正しくは、それだけでは瑕疵があるとはいえません。予算の不足で免れないとしたのは道路の落石の判例(昭和45年8月20日)で、物差しを入れ替えた肢です。
問3(このサイトのオリジナル問題)
市の消防職員が消火活動をした際の不手際で、残り火から再び火が出て、Tさんの家が焼けた。判例によれば、公権力の行使に当たる公務員の失火には失火責任法は適用されないので、職員に軽い過失があれば、市は国家賠償法1条1項の責任を負う。
答え:✕ 分かれ目は、失火責任法が国家賠償に適用されるかです。最高裁判所第二小法廷昭和53年7月17日判決は、公権力の行使に当たる公務員の失火による国・公共団体の賠償責任には、失火責任法が適用されるとしました。国家賠償法4条が「民法の規定による」としているためです。正しくは、職員に重大な過失がなければ、市は責任を負いません。国家賠償法1条1項は故意・過失を要件にしていますが、失火の場面では重大な過失に絞られる、と組み合わせて覚えます。
この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「行政法」で続けて解けます。
まとめ
- 2条の瑕疵は、営造物が通常有すべき安全性を欠くこと。過失はいらない(落石)。
- 道路:予算不足だけでは免れない。長時間の放置は瑕疵(故障車)、直後で元に戻せないなら瑕疵なし(赤色灯)。
- 河川:諸制約のもとでの安全性。改修中は計画が格別不合理でなければ原則として瑕疵なし(大東)、改修済みは計画規模の洪水への安全性(多摩川)。
- 通常の用法でない予測できない行動による事故は瑕疵によるものではない(防護柵)。利用のされ方による危険も瑕疵になりうる(大阪空港)。
- 費用負担者も責任(3条、鬼ヶ城)。公務員の失火には失火責任法(4条)。外国人は相互の保証があるときに限る(6条)。
公務員の行為による1条の判例は、国家賠償法1条の判例の記事で並べています。適法な行為で損をしたときの損失補償と比べると、国家補償の全体がつながります。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の版を指定して確かめました。判例は裁判所ウェブサイトで判示事項・裁判要旨を確かめ、大東水害と失火の判決の理由は判決全文で確かめました。
- e-Gov法令検索「国家賠償法」(2条〜6条)
- e-Gov法令検索「失火ノ責任ニ関スル法律」
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 昭和45年8月20日判決」
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 昭和50年6月26日判決(昭和46年(オ)第887号)」
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 昭和50年7月25日判決(昭和47年(オ)第704号)」
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 昭和50年11月28日判決(昭和48年(オ)第896号)」
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 昭和53年7月4日判決(昭和53年(オ)第76号)」
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 昭和53年7月17日判決(昭和52年(オ)第1379号)」
- 裁判所「最高裁判所大法廷 昭和56年12月16日判決(昭和51年(オ)第395号)」
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 昭和59年1月26日判決(昭和53年(オ)第492号)」
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 平成2年12月13日判決(昭和63年(オ)第791号)」
働く人の法律試験ノート