人身の自由と刑事手続の判例:31条の適正手続は行政の手続にも及ぶか

憲法31条〜40条は、国が人をつかまえ、調べ、罰するときに守る手続のルールです。まとめて「人身の自由」と呼ばれます。判例が多く、取り違えやすいのは、これらの保障が行政の手続(税務調査や行政処分)にも及ぶかです。

判例の答えは、二段がまえです。まず、刑事手続でないという理由だけで、行政の手続が31条・35条・38条の保障の外になるわけではない、とします。そのうえで、令状や事前の弁明の機会が常に必要になるわけでもない、とします。この記事では、条文の一覧と、裁判所の裁判要旨で確かめた6つの判例で、この二段がまえを説明します。

身近な例で考えると:雑貨店を営むたくみさん

たくみさんは、小さな雑貨店を営んでいます。たくみさんの身の回りで、次の3つのことが起きたとします。

  1. 税務署の職員が店に来て、「帳簿を見せてください。売上について質問します」と言った。裁判官の令状は持っていない。
  2. たくみさんが車を運転していて、交通事故を起こした。法令で、事故の内容を警察に報告する義務がある。
  3. たくみさんが友人に貸した荷物が、友人の密輸に使われた。裁判所は、友人の刑事裁判で、たくみさんの荷物を没収(ぼっしゅう=国が取り上げること)しようとしている。

1は「令状がない調べは35条に反しないか」「答えさせるのは38条の黙秘権に反しないか」の問題です。2は「自分に不利なことを報告させるのは38条に反しないか」の問題です。3は「持ち主のたくみさんに言い分を聞かずに取り上げてよいか」という31条の問題です。どれも、判例があります。

条文ではこう決まっている:31条〜40条の一覧

条文何をされないか・何を受けられるか試験での目印
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31条法律の定める手続によらずに、生命・自由を奪われ、刑罰を科されない行政手続に及ぶか
32条裁判所において裁判を受ける権利を奪われない刑事に限らない
33条現行犯の場合を除き、令状によらずに逮捕されない令状を出すのは「司法官憲」
34条理由を告げられ、弁護人に頼む権利がなければ、抑留・拘禁されない要求があれば拘禁の理由を公開の法廷で示す
35条令状がなければ、住居・書類・所持品に侵入・捜索・押収されない33条の場合は除く
36条公務員による拷問・残虐な刑罰を受けない例外を認めない書き方
37条公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける弁護人は国が付ける場合あり
38条自己に不利益な供述を強要されない自白だけでは有罪にならない
39条実行の時に適法だった行為で罰せられない・二重に罰せられない遡って罰しない
40条抑留・拘禁された後に無罪となれば、国に補償を求められる法律の定めるところにより

31条の条文は、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」です。文字の上では「手続が法律で定められていること」だけを求めています。ただ、手続の中身が適正であることも求めると考えられていて、次の第三者所有物の判例はその考え方に立っています。

判例ではこう判断されている

第三者の物の没収(最高裁判所大法廷昭和37年11月28日判決)

  • 事案:密輸の罪で、被告人ではない第三者の持ち物が、関税法にもとづいて没収された。
  • 結論:関税法118条1項によって第三者の所有物を没収することは、31条・29条に違反する。没収の言渡しを受けた被告人も、それが第三者の物であっても、違憲を理由に上告できる。
  • 理由の要点:所有者に「何ら告知、弁解、防禦の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは、著しく不合理」で、憲法が許さない。
  • まちがえやすい所:違反とされた条文は31条だけでなく、財産権の29条もです。

成田新法(最高裁判所大法廷平成4年7月1日判決)

  • 事案:空港の安全のための法律にもとづき、国が、過激な活動に使われる建物の使用を禁止する命令を出した。事前に言い分を聞く手続は定められていなかった。
  • 結論:この法律の定めは、31条の法意に反しない。35条の法意にも反しない。
  • 理由の要点:31条の保障は「直接には刑事手続に関するもの」だが、行政手続も、刑事手続でないという理由だけで、そのすべてが保障の枠外にあると判断するのは相当でない。ただし、事前の告知・弁解・防御の機会を与えるかどうかは、制限される権利利益の内容・性質・程度と、公益の内容・程度・緊急性などを総合較量して決めるもので、常にその機会を与える必要はない。
  • まちがえやすい所:「31条は行政手続に及ばない」も「行政手続でも常に事前の機会が必要」も、判例とずれます。

川崎民商(最高裁判所大法廷昭和47年11月22日判決)

  • 事案:税務署の職員の質問・検査(当時の所得税法)を拒んだ人が、罪に問われた。
  • 結論:令状を一般的な要件としない検査でも、35条の法意に反しない。質問・検査は、38条1項の「自己に不利益な供述」の「強要」にあたらない。
  • 理由の要点:刑事責任の追及を目的としないという理由だけで、手続のすべての強制が35条1項の保障の枠外になるのではない。38条1項の保障も、刑事手続以外でも、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には及ぶ。
  • まちがえやすい所:結論は合憲ですが、「行政手続には35条・38条は及ばない」と言ったわけではありません。及びうるとしたうえで、この税務調査は反しないとしました。

交通事故の報告義務(最高裁判所大法廷昭和37年5月2日判決)

  • 事案:交通事故を起こした運転者に、事故の内容を警察に報告させる義務(当時の道路交通取締法施行令)が争われた。
  • 結論:報告すべき「事故の内容」とは、日時・場所・死傷者の数・負傷の程度・物の損壊などの事故の態様に関する事項を指す。この報告義務の定めは、38条1項に違反しない。
  • まちがえやすい所:報告させる中身が「事故の態様」に限られると読んだうえでの合憲です。

迅速な裁判(最高裁判所大法廷昭和47年12月20日判決)

  • 事案:審理が著しく遅れた刑事事件。一般に「高田事件」と呼ばれます。
  • 結論:37条1項は、審理の著しい遅れで迅速な裁判を受ける権利が害された異常な事態では、「その審理を打ち切るという非常救済手段」も認める趣旨の規定である。その場合は「判決で免訴の言渡をするのが相当」。
  • まちがえやすい所:遅れたかどうかは期間の長さだけでは決まらず、遅れの原因や、被告人が受けた不利益なども考えます。

GPS捜査(最高裁判所大法廷平成29年3月15日判決)

  • 事案:警察が、使用者の承諾なく車にGPS端末をひそかに取り付けて、位置を調べた。
  • 結論:このGPS捜査は、「令状がなければ行うことができない強制の処分」である。裁判所の参照法条には、憲法35条と刑事訴訟法197条1項が挙げられています。
  • まちがえやすい所:「任意捜査なので令状はいらない」は誤りです。プライバシーの面は幸福追求権とプライバシーの判例の記事で扱います。

当てはまる例・当てはまらない例

ここでの「当てはまる」は、憲法の保障が働いて違憲・違法とされる、という意味です。

  • 当てはまる例:友人の密輸の裁判で、たくみさんに知らせず言い分も聞かずに、たくみさんの荷物を没収する(昭和37年11月28日判決の形)。31条・29条違反です。
  • 当てはまらない例:税務署の職員が令状なしに帳簿を検査し、質問に答えさせる(昭和47年11月22日判決の形)。35条・38条の法意に反しません。
  • 当てはまらない例:事故の日時・場所・けが人の数などを警察に報告させる(昭和37年5月2日判決の形)。38条1項に違反しません。
  • ひっかけやすい例:空港の安全のため、事前に言い分を聞かずに建物の使用を禁止する(平成4年7月1日判決の形)。31条が行政手続にも及びうることを前提にしつつ、総合較量で31条の法意に反しないとされました。「及ぶ」と「反しない」の両方を言えるようにします。

似ているルールとの違い

比べるもの憲法の判例法律のルール
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言い分を聞く機会31条:常に必要ではない(総合較量)行政手続法:不利益処分の前に聴聞・弁明の機会
立入りや帳簿の調べ35条:行政の調べでも保障が及びうる個別の法律が調査の権限と罰を定める
答えさせること38条1項:刑事責任の資料集めに結びつく手続には及ぶ報告・答弁の義務を法律で定める例がある

憲法の判例が「常に必要ではない」と言っても、法律が手続を定めていれば、行政はそれに従います。たとえば行政手続法は、不利益処分をする前に、原則として聴聞か弁明の機会を与えるとしています。その中身は聴聞と弁明の記事で確かめてください。税務調査や立入検査を行政法の側から見ると、行政調査の記事の論点になります。

試験ではここをまちがえやすい

この分野の判例は、結論は合っていても理由の覚え方がずれていると、肢の正誤を取り違えます。次の形に注意します。

  • 理由のすり替え:「行政手続は刑事手続ではないから、31条・35条・38条の保障は及ばない」とする形。判例は、その理由だけでは枠外にならないとしています。
  • 言いすぎ:「行政処分をするには、常に事前の告知・弁解・防御の機会を与えなければならない」とする形。判例は総合較量で決めるとしています。
  • 結論の向き:川崎民商の判例を「違憲」とする形。結論は、35条の法意にも38条1項にも反しない、です。
  • 違反した条文:第三者所有物の没収を「29条だけの問題」とする形。判例は31条・29条違反としました。
  • 上告できる人:「第三者の物なので、被告人は違憲を主張できない」とする形。判例は、被告人も上告できるとしました。
  • 迅速な裁判の効果:「迅速な裁判に反したときは無罪の判決をする」とする形。判例は免訴としました。

判例の結論と理由を分けて覚える練習のしかたは、憲法の勉強法の記事でまとめています。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
Aが密輸の罪で起訴され、その犯罪に使われたB所有の貨物について没収が言い渡された。Bに告知・弁解・防御の機会は与えられなかった。判例によれば、この没収は31条・29条に違反し、Aもこれを理由に上告できる。

答え:○ 分かれ目は、他人の物の没収を被告人が争えるかです。最高裁判所大法廷昭和37年11月28日判決は、第三者に告知・弁解・防禦の機会を与えずにその所有物を没収することは31条・29条に違反するとし、没収の言渡しを受けた被告人は、第三者の物であっても違憲を理由に上告できるとしました。Bの権利の問題なのでAは争えない、と考えると✕に見えます。

問2(このサイトのオリジナル問題)
税務署の職員がたくみさんに帳簿について質問し、答えないと罰則がある。判例によれば、この手続は刑事手続ではないので、38条1項の不利益供述の強要禁止の保障は及ぶ余地がない。

答え:✕ 分かれ目は、結論ではなく理由です。最高裁判所大法廷昭和47年11月22日判決は、38条1項の保障は、純然たる刑事手続以外でも、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には及ぶとしました。正しくは「及ぶことがあるが、この質問・検査は『強要』にあたらない」です。合憲という結論だけを覚えていると、理由のすり替えに気づけません。

問3(このサイトのオリジナル問題)
国が、空港の安全を守る法律にもとづき、建物の使用禁止命令を相手方に事前に言い分を述べさせずに出した。判例によれば、31条の保障は行政手続に及びうるが、事前の告知・弁解・防御の機会は常に必要とはされない。

答え:○ 分かれ目は、行政手続と31条の関係の二段がまえです。最高裁判所大法廷平成4年7月1日判決は、行政手続も刑事手続でないという理由だけで31条の保障の枠外にあるとはいえないとしつつ、事前の機会を与えるかどうかは、制限される権利利益と公益の内容・程度・緊急性などを総合較量して決め、常に必要ではないとしました。31条が及ぶなら機会も必要だ、と考えると✕に見えます。行政手続法の聴聞・弁明は、法律が定めた手続です。

この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「憲法」で続けて解けます。

まとめ

  • 31条〜40条は、逮捕・捜索・取調べ・裁判・刑罰の手続のルール。35条・38条が行政手続にどう及ぶかを、判例の二段がまえで押さえる。
  • 第三者の物を言い分も聞かずに没収するのは31条・29条違反。被告人も上告できる(昭和37年11月28日)。
  • 31条は行政手続にも及びうるが、事前の告知・弁解・防御の機会は総合較量で決め、常に必要ではない(平成4年7月1日)。
  • 税務調査には35条・38条が及びうるが、令状なしの検査も質問も違憲ではない(昭和47年11月22日)。
  • 迅速な裁判に反する異常な事態では、審理を打ち切り免訴にする(昭和47年12月20日)。GPS捜査は令状が要る強制の処分(平成29年3月15日)。

次に読むなら、行政調査の記事がおすすめです。この記事で見た税務調査の判例を、行政法の「任意の調査と強制の調査」の区別から見直せます。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)