失火責任法(しっかせきにんほう)は、うっかり火事を出した人(失火者)の賠償の責任を軽くする法律です。正式な名前は「失火ノ責任ニ関スル法律」で、明治32年にできた一文だけの法律です。火事が隣の家に燃え移っても、火を出した人に重大な過失がなければ、民法709条(不法行為)の賠償をしなくてよい、と決めています。
ただし、これは不法行為の話だけです。借りている家を焼いてしまった借主は、貸主(大家)に対して、借りた家を返せなくなった責任を、契約の約束を守れなかった責任(債務不履行)として負います。こちらには失火責任法は使われない、というのが最高裁判所の判例です。同じ一つの火事でも、隣の家への責任と、大家への責任は、別のルールで考えます。
この記事では、この2つを分けて確かめ、会社の従業員や子どもが火を出した場合、国や自治体の職員が火を出した場合の判例も並べます。不法行為の全体は不法行為の記事、債務不履行の全体は債務不履行と解除の記事で扱います。条文は令和8年4月1日時点のものです。
身近な例で考えると:借家の台所から火が出た
登場人物を紹介します。
| 人物 | 立場 | したこと |
|---|---|---|
| たかはしさん | 大家(貸主) | 一戸建ての家をそうたさんに貸している |
| そうたさん | 借主・失火者 | その家に住み、台所で火を出した |
| ゆいさん | 隣の家の持ち主 | 自分の家に火が燃え移った |
- そうたさんは、夜、台所で料理をしていました。電話に気を取られているうちに、コンロの近くに置いたふきんに火が移りました。
- 火は台所から広がり、たかはしさんから借りている家が全焼しました。火はさらに、隣のゆいさんの家の一部も焼きました。
- 後で調べると、そうたさんには不注意(過失)はあるものの、「重大な過失」とまではいえないと判断されたとします。
- ゆいさんは、そうたさんに家の修理代を請求しようとします。これは不法行為(709条)の請求です。失火責任法により、そうたさんに重大な過失がないので、この請求は認められません。
- 大家のたかはしさんも、そうたさんに家の損害を請求します。これは、借りた家を大切に保管して返すという約束を守れなかった、という債務不履行(415条)の請求です。こちらには失火責任法は使われないので、そうたさんは賠償の責任を負います。
たとえるなら、失火責任法は「火事の加害者を、ご近所との関係では軽い不注意なら責めない」という特別の札です。ただし、その札は契約の相手(大家)には見せられません。本物のルールでは、札が効くのは709条の責任だけで、使用者責任などの別の条文との関係は判例で決まっています(後で表にします)。
条文ではこう決まっている
失火責任法(明治32年法律第40号)
条文は次の一文です。
「民法第七百九条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス」
かみくだくと、次のとおりです。
- 失火(うっかり火を出したこと)の場合は、民法709条を使わない。つまり、ふつうの過失では不法行為の賠償の責任を負わない。
- ただし、失火者に重大な過失があったときは、709条を使う。つまり、重大な過失があれば賠償の責任を負う。
- わざと火をつけた場合(故意)は「失火」ではないので、この法律の話ではありません。
民法709条と415条
- 709条:故意または過失で他人の権利や法律上保護される利益を侵害した者は、生じた損害を賠償する責任を負う。失火責任法が「使わない」とするのはこの条文です。
- 415条1項:債務者が約束どおりに履行しないとき、または履行できなくなったときは、債権者は損害の賠償を請求できる。ただし、その不履行が、契約や取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由(債務者のせいではない理由)によるときは、請求できない。
- 400条:特定の物を引き渡す債務者は、引き渡すまで、善良な管理者の注意(ぜんかんちゅうい=その立場の人に求められるきちんとした注意)でその物を保存しなければならない。借主は、借りた家を返すまでこの注意で保管します。
借りた家が全部焼けて住めなくなると、賃貸借の契約はそれで終わります(616条の2)。借主は家を返せなくなるので、自分の不注意が原因なら、415条の賠償の問題になります。
当てはまる例・当てはまらない例
判例で確かめる5つの場面
- 借りた建物を焼いた借主の貸主への責任:最高裁判所第二小法廷昭和30年3月25日判決(昭和29年(オ)第790号)は、借りていた工場が借主の責めに帰すべき事由で焼けた事件で、債務不履行による損害賠償には失火責任法は適用されないとしました。
- 「重大な過失」の意味:最高裁判所第三小法廷昭和32年7月9日判決(昭和27年(オ)第884号)は、重大な過失とは「通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」をいうとしました。ふつうの不注意よりかなり重いものを指します。
- 従業員が火を出したときの会社の責任:最高裁判所第二小法廷昭和42年6月30日判決(昭和42年(オ)第281号)は、被用者(雇われている人)が重大な過失で火を出したときは、使用者は、被用者の選任や監督について重大な過失がなくても、民法715条1項によって賠償責任を負うとしました。
- 責任能力のない子どもが火を出したときの親の責任:最高裁判所第三小法廷平成7年1月24日判決(平成3年(オ)第1989号)は、責任を弁識する能力のない未成年者の行為で火災が起きた場合、重大な過失の有無は監督義務者(親など)の監督について考え、監督に重大な過失がなかったときは、監督義務者は賠償の責任を免れるとしました。
- 公務員が火を出したときの国・自治体の責任:最高裁判所第二小法廷昭和53年7月17日判決(昭和52年(オ)第1379号)は、公権力の行使に当たる公務員の失火による国・公共団体の責任にも失火責任法が適用されるとしました。国家賠償法4条が「前三条の規定によるの外、民法の規定による」と定めていて、失火責任法も、その「民法」に含まれるという考え方です。くわしくは国家賠償法の判例の記事で扱っています。
当てはまる例
- そうたさんの火事が隣のゆいさんの家に燃え移り、そうたさんには重大な過失がなかった。→ ゆいさんへの709条の賠償の責任は負いません(失火責任法の本文)。
当てはまらない例
- 同じ火事で、大家のたかはしさんが、借家を返せなくなった損害を請求する。→ 債務不履行の請求なので、失火責任法は使われません(昭和30年判決)。重大な過失がなくても、そうたさんの責めに帰すべき事由による火事なら責任を負います。
- そうたさんが、わざとふきんに火をつけた。→ 故意なので「失火」ではありません。709条の責任を負います。
ひっかけやすい例
- やまびこ食堂の店員が、仕事中に重大な過失で火を出した。食堂の経営者は、店員の選び方や監督に重大な過失はなかった。→ 経営者は715条1項の責任を負いえます。重大な過失を考えるのは、火を出した店員についてです(昭和42年判決)。
- 5歳の子どもが火遊びをして火事になった。→ 子どもには責任能力がないので、親などの監督義務者の責任(714条)が問題になります。この場合は、重大な過失を親の監督について考えます(平成7年判決)。会社の場合と考える人が違う点に注意します。
似ているルールとの違い
隣の家への責任と、大家への責任
| 比べる点 | 隣の家への責任 | 大家への責任 |
|---|---|---|
| 根拠 | 不法行為(709条) | 債務不履行(415条) |
| 失火責任法 | 使われる | 使われない |
| 責任を負う場合 | 重大な過失があるとき | 責めに帰すべき事由があるとき |
| 判例 | 重過失の意味(昭和32年) | 適用なし(昭和30年) |
大家との間には、家を借りる契約があります。契約の相手には、約束どおりに保管して返す義務があるので、ご近所より重い責任になる、と整理すると覚えやすくなります。
だれが火を出したか
| 火を出した人 | 責任を負う人 | 重大な過失を考える相手 |
|---|---|---|
| 本人(大人) | 本人(709条) | 本人 |
| 従業員 | 会社など(715条) | 従業員(昭和42年) |
| 責任能力のない子ども | 親など(714条) | 親などの監督(平成7年) |
| 公務員(職務中) | 国・自治体(国家賠償法1条) | 公務員(昭和53年) |
工作物責任との関係
建物や塀などの欠陥で他人に損害が出たときは、民法717条の工作物責任があり、まず占有者、次に所有者が責任を負います。工作物の欠陥(たとえば電気の配線の不具合)から出た火事で、717条と失火責任法がどう関わるかについては、当サイトは最高裁判所の判断を確かめられなかったので、この記事では結論を書きません。試験の勉強では、失火責任法が直接「使わない」としているのは709条である、という条文の文言を押さえておきます。
試験ではここをまちがえやすい
当サイトが数えた宅建試験の全40回(不動産適正取引推進機構が公開している昭和63年度〜令和7年度の問題、2,000問)では、不法行為が主な論点の問題は18問(18回)、直近10回(令和7年度〜平成30年度。令和2・3年度は10月・12月の2回ずつ)では3問で、ほかの論点の問題の中にも5問ありました。失火責任法だけの問数は数えていません(分け方は当サイトの判断で、公式の分類ではありません。数え方は宅建の出題論点ランキング)。取り違えやすい形は次のとおりです。
- 債務不履行への広げすぎ:「借主は重大な過失がなければ大家に賠償しなくてよい」は誤り。失火責任法は債務不履行には使われません。
- 重大な過失の程度:「ふつうの人に求められる注意をしなかった」は一般の過失です。重大な過失は、わずかな注意でたやすく分かったのに見すごした、故意に近い状態です。
- 使用者と監督義務者の入れかえ:会社の場合は従業員の重大な過失、子どもの場合は親の監督の重大な過失。考える相手が逆になっていないかを見ます。
- 国・自治体:公務員の失火でも、失火責任法が使われます。国家賠償法1条の「過失」だけで責任を負うわけではありません。
- 故意:わざと火をつけた場合は失火ではありません。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
大家のたかはしさんから一戸建てを借りているそうたさんが、重大な過失とまではいえない不注意で火を出し、借家を全焼させた。たかはしさんは、そうたさんに、家を返せなくなった損害の賠償を請求できる。
答え:○ 分かれ目は、請求の根拠が不法行為か債務不履行かです。失火責任法が使わないとするのは民法709条で、債務不履行による損害賠償には適用されません(最高裁判所第二小法廷昭和30年3月25日判決)。借主は借りた家を善良な管理者の注意で保存して返す義務があり(400条)、自分の不注意で返せなくなれば、重大な過失がなくても415条の責任を負います。隣の家への責任と同じく「重大な過失のときだけ」と考えると✕にしやすい肢です。
問2(このサイトのオリジナル問題)
やまびこ食堂の店員けんたさんが、仕事中に重大な過失で火を出し、隣のゆいさんの家を焼いた。食堂の経営者が、けんたさんの選任と監督に重大な過失がなかったことを示せば、ゆいさんは経営者に715条の賠償を請求できない。
答え:✕ 分かれ目は、重大な過失をだれについて考えるかです。被用者が重大な過失で火を出したときは、使用者は、選任や監督について重大な過失がなくても715条1項の責任を負います(最高裁判所第二小法廷昭和42年6月30日判決)。正しくは、経営者自身の重大な過失の有無にかかわらず、715条の責任を負いえます。責任能力のない子どもの失火で、重大な過失を親の監督について考える判例(最高裁判所第三小法廷平成7年1月24日判決)と取り違えた形です。
問3(このサイトのオリジナル問題)
判例によれば、失火責任法ただし書の「重大な過失」とは、ふつうの人に求められる程度の相当な注意をしなかったことをいい、失火者にこれがあれば隣家への709条の責任を負う。
答え:✕ 分かれ目は、過失の程度を表す言葉です。最高裁判所第三小法廷昭和32年7月9日判決は、重大な過失を、相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすればたやすく違法有害な結果を予見できたのに、漫然と見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態としました。正しくは、相当な注意をしなかっただけでは足りず、故意に近い著しい不注意が必要です。「相当な注意をしなかった」は709条の一般の過失に近い言い方で、二つを取り違えた形です。
この分野の○✕は、宅建の5分○✕ドリルの「権利関係」で続けて解けます。
まとめ
- 失火責任法は、失火の場合に民法709条を使わず、失火者に重大な過失があるときだけ不法行為の責任を認める。
- 重大な過失は、わずかな注意でたやすく分かったのに見すごした、故意に近い著しい不注意(最判昭和32年7月9日)。
- 借りた家を焼いた借主の貸主への責任は債務不履行(415条)で、失火責任法は使われない(最判昭和30年3月25日)。
- 従業員の失火は従業員の重大な過失で会社が715条の責任、子どもの失火は親の監督の重大な過失で考える。
- 公務員の失火にも、国家賠償法4条を通して失火責任法が使われる。
次に読むなら、使用者責任の記事がおすすめです。従業員の事故で会社が責任を負う形と、会社から従業員への求償を扱っています。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
宅建試験の出題の根拠となる法令は、試験を実施する年度の4月1日現在施行されているものです(不動産適正取引推進機構)。条文は、令和8年4月1日時点で施行されている内容を e-Gov 法令検索(法令API)で確かめました。判例は裁判所ウェブサイトで確かめました。
- e-Gov法令検索「失火ノ責任ニ関スル法律」
- e-Gov法令検索「民法」(400条、415条、616条の2、709条、714条、715条、717条)
- e-Gov法令検索「国家賠償法」(4条)
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷昭和30年3月25日判決(昭和29(オ)790)」(債務不履行と失火責任法)
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷昭和32年7月9日判決(昭和27(オ)884)」(重大な過失の意味)
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷昭和42年6月30日判決(昭和42(オ)281)」(失火責任法と715条)
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷平成7年1月24日判決(平成3(オ)1989)」(失火責任法と714条)
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷昭和53年7月17日判決(昭和52(オ)1379)」(公務員の失火と失火責任法)
- 不動産適正取引推進機構「宅建試験の概要」(法令の基準日)
- 不動産適正取引推進機構「宅建試験の問題及び正解番号表」(出題数を数えた元の問題)
働く人の法律試験ノート