ひとことで言うと、抵当権者は、競売を邪魔する占有者のせいで不動産の価値が実現できず、優先して弁済を受けることが難しくなるときは、その占有者に明渡しを求められます。方法は、所有者の権利を代わりに使う方法(最高裁判所大法廷平成11年11月24日判決)と、抵当権そのものに基づく方法(最高裁判所第一小法廷平成17年3月10日判決)の2つです。
抵当権は、物を使ったり持ったりする権利を含まない担保です。それなのになぜ追い出せるのか、どこまで求められるのか(自分への明渡し・損害賠償)を、判例ごとに確かめます。条文は令和8年4月1日時点の民法です。
身近な例で考えると
| 人物 | 立場 | したこと |
|---|---|---|
| ひかり銀行 | 抵当権者 | 小林さんのビルに抵当権を付けてお金を貸した |
| 小林さん | ビルの持ち主(債務者) | 返済できなくなった |
| Y社 | 占有者 | 抵当権の登記の後に、小林さんから借りたとしてビルに居座る |
| ゆきさん | ビルの1室を借りている人 | 抵当権の登記の後、競売が始まる前から住んでいる |
- 小林さんの返済が止まり、ひかり銀行はビルの競売を申し立てました。
- ところが、Y社が「小林さんから借りている」と言ってビルに入り込み、居座りました。Y社の目的は、競売を邪魔して、立ち退き料を得ることでした。
- 買い手がつかず、売れる値段も下がり、ひかり銀行は貸したお金を回収しにくくなりました。
- 小林さんは、Y社を追い出そうとしません。
- ひかり銀行は、Y社に「ビルを明け渡しなさい」と求め、場合によっては自分に明け渡すよう求められます。
- 一方、抵当権の登記の後、競売の前からふつうに部屋を借りているゆきさんは、抵当権者に対抗できない賃借人ですが、買い受けた人に対して、6か月は明渡しを待ってもらえます(395条)。
たとえると、抵当権は「いざというときに売って代金から先に返してもらう権利」です。家に住む権利ではありません。ただ、売り物の家に居座る人がいて売れなくなれば、先に返してもらう権利そのものがおびやかされます。ただし本物のルールでは、ふつうの借主まで追い出せるわけではなく、判例が示した条件がそろう場合だけです。
条文ではこう決まっている
抵当権に基づく妨害排除請求そのものを定めた条文はありません。判例が、次の条文の考え方から認めてきました。
- 369条1項:抵当権者は、債務者または第三者が「占有を移転しないで」担保にした不動産から、ほかの債権者より先に弁済を受ける権利を持つ。
- 423条1項:債権者は、自分の債権を守るため必要があるときは、債務者に属する権利を代わりに行使できる(債権者代位権)。
- 395条1項・2項:抵当権者に対抗できない賃貸借で建物を使う人のうち、競売手続の開始前から使っている人などは、買受けの時から6か月を経過するまで、建物を買受人に引き渡さなくてよい。ただし、買受人が1か月分以上の使用の対価の支払を相当の期間を定めて催告し、払われなければ、この猶予はない。
抵当権の基本は抵当権をわかりやすくで整理しています。
判例で確かめる:3つの判例の流れ
| 判例 | 占有者 | 方法 | 結論 |
|---|---|---|---|
| 最判平成3年3月22日 | 解除された短期賃借人など | 抵当権・代位のどちらでも | 明渡しは求められない |
| 最大判平成11年11月24日 | 権原のない占有者 | 所有者の権利の代位行使 | 求められる。自分への明渡しも可 |
| 最判平成17年3月10日 | 所有者から権原を得た占有者 | 抵当権に基づく請求 | 条件つきで求められる。自分への明渡しも可 |
- 平成3年判決:当時の395条(短期賃貸借の保護。今は明渡し猶予の制度に変わっている)のただし書で解除された賃貸借などにもとづく占有者に対し、抵当権者は、抵当権に基づく妨害排除としても、所有者の権利の代位行使としても、明渡しを求められないとしました。
- 平成11年大法廷判決:抵当権者は、原則として、所有者が行う使用・収益に干渉できないとしました。そのうえで、第三者の不法な占有で、競売手続の進行が害され売却価額が下がるなど、抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ、優先弁済を受けることが困難となるような状態があるときについて、次のように判断しました。
- 抵当権者は、所有者に対し、抵当不動産を適切に維持または保存するよう求める請求権を持つ。
- この請求権を守るため、所有者の妨害排除請求権を代位行使できる(423条)。
- 所有者のために管理する目的で、占有者に、直接自分に明け渡すよう求められる。
- さらに、「抵当権に基づく妨害排除請求として、抵当権者が右状態の排除を求めることも許される」と述べた。
- 平成3年判決は、これと抵触する限度で変更された。
平成17年判決は、所有者から賃借権などの占有権原の設定を受けた占有者でも、次の条件で、抵当権に基づく妨害排除請求ができるとしました。
- 占有権原の設定が抵当権設定登記の後で、その設定に競売手続を妨害する目的が認められること。
- 占有によって交換価値の実現が妨げられ、優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があること。
- 所有者に抵当不動産を適切に維持管理することが期待できない場合は、直接自分への明渡しを求められる。
- ただし、占有によって抵当権者が賃料相当額の損害を受けるわけではないとして、賃料相当損害金の請求は認めなかった。
当てはまる例・当てはまらない例
- 当てはまる例(権原のない占有者):Y社が小林さんの承諾もなく勝手に入り込んだなら、ひかり銀行は小林さんの妨害排除請求権を代位行使して、Y社に明渡しを求められます(平成11年判決)。
- 当てはまる例(形だけの賃借人):Y社が抵当権設定登記の後に小林さんから賃借権を得ていても、競売を妨害する目的が認められ、優先弁済が困難になっていれば、ひかり銀行は抵当権に基づいて明渡しを求められます(平成17年判決)。
- 当てはまらない例(ふつうの借主):ゆきさんは、競売を邪魔する目的もなく、競売の前から部屋を借りて住んでいます。抵当権者が追い出す話ではなく、買受人との関係で395条の6か月の猶予が問題になります。
- ひっかけやすい例(お金の請求):ひかり銀行がY社に、居座った期間の賃料相当額を損害として払えと求めても、認められません(平成17年判決)。明渡しは求められても、使用の対価を取る立場ではありません。
似ているルールとの違い
| 比べる点 | 所有者の権利の代位行使 | 抵当権に基づく請求 |
|---|---|---|
| 主な判例 | 平成11年大法廷判決 | 平成17年判決(平成11年も許されると述べた) |
| 根拠 | 423条(債権者代位権) | 抵当権そのもの |
| 占有者に権原があるとき | 所有者自身は追い出せないので使いにくい | 妨害目的などがあれば請求できる |
| 自分への明渡し | 所有者のための管理として可 | 所有者に維持管理を期待できないとき可 |
物の持ち主が使う、返還・妨害排除・妨害予防の請求権の基本は物権的請求権をわかりやすくで、抵当権が賃料などに及ぶかは物上代位をわかりやすくで扱っています。
試験ではここをまちがえやすい
- 古い判例のまま答える型:「抵当権者は占有に干渉できないので、明渡しは一切求められない」は、平成3年判決の結論で、平成11年に変更されています。
- 条件を落とす型:抵当権に基づく請求には、交換価値の実現が妨げられ優先弁済が困難となる状態が必要です。占有者がいるだけでは足りません。
- 権原のある占有者:所有者から借りた人でも、抵当権設定登記の後の設定で、競売を妨害する目的が認められれば請求の対象になります(平成17年判決)。
- 自分への明渡しの条件:抵当権に基づく請求で自分への明渡しを求められるのは、所有者に適切な維持管理が期待できない場合です。
- 損害金を足す型:賃料相当損害金は請求できません。
- 395条との混同:395条は、買受人と建物の使用者の関係(6か月の猶予)の規定で、抵当権者が占有者を追い出す根拠ではありません。
平成17年判決の要件は、「抵当権設定登記の後の占有権原の設定」「競売手続を妨害する目的」「交換価値の実現が妨げられ優先弁済が困難な状態」の3つと、自分への明渡しの条件「所有者に適切な維持管理を期待できない」を分けて覚えると、記述式の練習でも書きやすくなります。宅建試験の権利関係では、抵当権と賃借人の関係(395条の6か月)とあわせて押さえます。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
Y社は、ひかり銀行の抵当権設定登記の後に小林さんから賃借権の設定を受けてビルを占有し、その設定には競売を妨害する目的があり、占有で売却が進まず優先弁済を受けることが困難となっている。小林さんに適切な維持管理を期待できないときは、ひかり銀行は抵当権に基づきY社に直接自分への明渡しを求めることができる。
答え:○ 抵当権者は物を占有する権利を持たないので、自分への明渡しは無理だと考えると✕にしてしまいます。最高裁判所第一小法廷平成17年3月10日判決は、問題文の条件がそろえば、所有者から占有権原を得た占有者にも抵当権に基づく妨害排除請求ができ、所有者に適切な維持管理が期待できない場合は直接自分への明渡しを求められるとしました。妨害目的のない、競売前からのふつうの借主は、395条の明渡し猶予の問題になります。
問2(このサイトのオリジナル問題)
問1の場面で、ひかり銀行は、Y社に明渡しを求めるのに加えて、Y社がビルを占有していた期間の賃料に相当する額を、自分の受けた損害として賠償するよう求めることができる。
答え:✕ 分かれ目は、明渡しと損害賠償で判例の結論が分かれる点です。平成17年判決は、第三者の占有によって抵当権者が賃料相当額の損害を受けるわけではないとして、賃料相当損害金の請求を認めませんでした。正しくは、ひかり銀行が求められるのは明渡しで、賃料相当額の賠償は求められません。抵当権者が賃料に物上代位できる場面(372条・304条)と取り違えないようにします。
問3(このサイトのオリジナル問題)
抵当権は占有を移転しない担保なので、第三者が権原なくビルを占有し、競売手続の進行が害されて優先弁済を受けることが困難になっていても、抵当権者は、所有者の妨害排除請求権を代位行使して明渡しを求めることはできない、とするのが今の判例である。
答え:✕ 分かれ目は、判例変更の前か後かです。最高裁判所大法廷平成11年11月24日判決は、このような状態があるときは、抵当権者は所有者に対する適切な維持・保存を求める請求権を守るため、所有者の妨害排除請求権を代位行使できるとしました(民法423条)。正しくは、明渡しを求められ、直接自分に明け渡すよう求めることもできます。明渡しを認めなかった平成3年3月22日判決は、抵触する限度で変更されています。
この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「民法」で続けて解けます。
まとめ
- 抵当権者は原則として使用・収益に干渉できないが、交換価値の実現が妨げられ優先弁済が困難となる状態なら、占有者に明渡しを求められる。
- 方法は、所有者の妨害排除請求権の代位行使(平成11年大法廷)と、抵当権に基づく妨害排除請求(平成17年)。
- 所有者から権原を得た占有者でも、抵当権設定登記後の設定で競売妨害の目的があれば対象になる。
- 所有者に維持管理を期待できないときは、直接自分への明渡しも求められる。賃料相当損害金は求められない。
- 明渡しを否定した平成3年判決は変更された。競売前からのふつうの借主は395条の6か月の猶予。
次に読むなら、物上代位をわかりやすくがおすすめです。抵当権者が「占有はしないが、賃料などからは回収できる」という、この記事と表裏の関係にあるルールを確かめられます。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、令和8年4月1日時点で施行されている内容を、e-Gov法令検索で確かめています。
- e-Gov法令検索「民法」(304条、369条、372条、395条、423条)
- 裁判所「最高裁判所大法廷 平成11年11月24日判決」(建物明渡請求事件)
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 平成17年3月10日判決」(建物明渡請求事件)
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 平成3年3月22日判決」(短期賃貸借契約解除等)
働く人の法律試験ノート