過失相殺と損益相殺:被害者側の過失の判例と、賠償額から差し引くものの考え方(民法418条・722条2項)

ひとことで言うと、過失相殺(かしつそうさい)は、損害が起きたことに被害者の側の落ち度もあるとき、裁判所がそれを考えて賠償額を減らすしくみです。債務不履行は民法418条、不法行為は722条2項で、条文の書き方が少し違います。

被害者が幼い子どもなら、判例は、子どもと身分上・生活関係上一体の人(親など)の過失も考慮するとし、これを「被害者側の過失」と呼びます。一方、保育園の保育士の過失は含めない、としました。もう一つの損益相殺(そんえきそうさい)は、損害と同じ原因で被害者が得た利益を差し引く考え方です。こちらは条文がなく、何を差し引くかは判例で決まっています。

この記事では、この2つを扱います。加害者が2人以上いるときの過失相殺は共同不法行為の記事に任せます。社会的な給付を差し引く順番の判例は扱いません。条文は、令和8年4月1日時点の民法を e-Gov 法令検索で確かめています。

身近な例で考えると

人物立場したこと
そらさん5歳の子ども(被害者)歩道から車道へ走り出た
みなさんそらさんの母スマホを見ていて手を離した
たけるさん車を運転していた人(加害者)前をよく見ていなかった
  1. そらさんは、母のみなさんと歩道を歩いていた。
  2. みなさんがスマホを見ている間に、そらさんが急に車道へ走り出た。
  3. 前をよく見ていなかったたけるさんの車がそらさんに接触し、そらさんはけがをした。
  4. そらさんの側は、たけるさんに不法行為の損害賠償を求めた。

たけるさんには前方不注意の過失があり、不法行為の責任を負います(709条)。ただ、そらさんの飛び出しと、みなさんの不注意も、事故の原因になっています。裁判所は、これらを考えて賠償額を減らすことができます(722条2項)。

5歳の子の落ち度を考えてよいのか、母の落ち度は子の賠償に関係するのか、が問題になります。判例は、子に物事の良し悪しが分かる程度の能力があれば子の過失を考慮でき、母のように生活関係上一体の人の過失も考慮できる、としました。

たとえるなら、過失相殺は、損害という請求書を、落ち度に応じて加害者の側と被害者の側で分け持つようなものです。ただし本物のルールでは、割合を決めるのは裁判所で、不法行為では考慮するかどうか自体も裁判所が決めます。

条文ではこう決まっている

比べる点債務不履行(418条)不法行為(722条2項)
だれの過失か債権者の過失被害者の過失
何についての過失か債務の不履行、または損害の発生・拡大条文は限定していない
条文の書き方考慮して「定める」考慮して「定めることができる」
何を定めるか損害賠償の責任及びその額損害賠償の額

418条は、債権者に過失があったときは、裁判所は「これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める」とします。722条2項は、被害者に過失があったときは、裁判所は「これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」とします。条文の言葉で見ると、418条は考慮することを前提に責任と額を定め、722条2項は考慮するかどうかを裁判所に任せ、額を定める形です。

なお、722条1項は、金銭で賠償する原則(417条)と、将来の損害を今受け取るときの中間利息の控除(417条の2)を、不法行為に準用しています。中間利息の計算は法定利率の記事で扱っています。

判例で決まっていること

被害者の能力:事理弁識能力で足りる(最高裁判所大法廷 昭和39年6月24日判決)

裁判要旨は、722条2項で被害者の過失を考慮するには、未成年の被害者が「事理を弁識するに足る知能」を備えていれば足り、「行為の責任を弁識するに足る知能」を備えていることは要しない、としました。事理弁識(じりべんしき)能力は、物事の良し悪しがある程度分かる力です。加害者として責任を負うための責任能力(712条)より低い程度でよい、ということです。責任能力は責任能力と監督義務者の記事で扱っています。

被害者側の過失

判決だれの過失か考慮されるか
昭和34年11月26日子の慰謝料を請求する父母の一方父母の双方の請求で考慮される
昭和42年6月27日保育園で子を預かっていた保母考慮されない
昭和51年3月25日妻が同乗する車を運転していた夫特段の事情がない限り考慮できる

最高裁判所第三小法廷 昭和42年6月27日判決は、被害者が幼児のとき、722条2項の被害者の過失には「被害者側の過失」も含まれ、それは被害者本人である幼児と「身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられる関係にある者」の過失をいう、としました。そのうえで、保育園の保母(今の保育士)が、保育園に雇われた人として幼児を見ていたにすぎないときは、保育園と保護者の間で保育園側が見守りの責任を負う取決めがあっても、その保母の過失は被害者の過失に当たらない、としました。

最高裁判所第一小法廷 昭和34年11月26日判決は、幼児が事故で亡くなり、父母が自分自身の慰謝料を請求した事件です。父母の一方に事故についての監督上の過失があるときは、父母の双方に722条2項が適用される、としました。

最高裁判所第一小法廷 昭和51年3月25日判決は、夫が運転し妻が同乗した車が、第三者の車と衝突した事件です。夫にも過失があるときは、特段の事情のない限り、第三者が払う賠償額を定めるのに、夫の過失を被害者の過失として考慮できる、としました。理由として、第三者がいったん妻に全額を払ってから夫に求償する関係も「一挙に解決し、紛争を一回で処理することができる」という合理性を挙げています。特段の事情の例として、判決は「婚姻関係が既に破綻にひんしているなど」を挙げています。

損益相殺:条文はなく、判例で扱う

損益相殺は、民法に条文がありません。判例は「損益相殺ないし損益相殺的な調整」という言い方で、損害額から差し引くかどうかを判断しています。

判決差し引くかが問題になったもの結論
昭和39年6月24日(第三小法廷)事故で亡くなった幼児の将来の収入からの、本人の生活費差し引く(収入を得るのに必要な支出)
同上親が負担するはずだった養育費差し引かない(被害者本人の利益ではない)
平成22年6月17日建て替えるしかない新築の家に住んでいた利益差し引けない
平成20年6月10日ヤミ金融から貸付けとして受け取ったお金差し引けない(不法原因給付)

最高裁判所第三小法廷 昭和39年6月24日判決(上の大法廷判決と同じ日の別の判決です)は、収入から本人の生活費を差し引くのは、本人の生活費が収入を得るために必要な支出と認められるからだ、としました。一方、親が負担するはずだった養育費を差し引くべきだという加害者の側の主張については、賠償請求権は被害者本人に発生したもので、その利得は被害者本人に生じたものではないとして、差し引きませんでした。

最高裁判所第一小法廷 平成22年6月17日判決は、売買の目的の新築建物に、倒壊の具体的なおそれがあるなど構造耐力上の安全性にかかわる重大な瑕疵があり、社会通念上、建物自体が社会経済的な価値を有しないと評価すべきときは、買主が住んでいた利益を、施工業者などへの建て替え費用の賠償請求で差し引くことはできない、としました。

最高裁判所第三小法廷 平成20年6月10日判決は、ヤミ金融の貸付けとして借主が受け取ったお金で得た利益は、不法原因給付によって生じたものであり、借主の損害賠償請求で差し引くことは許されない、としました。不法原因給付は不法原因給付の記事で扱っています。

当てはまる例・当てはまらない例

当てはまる例:母が手を離していた

みなさんは、そらさんの母です。母は、子と身分上・生活関係上一体をなす関係にあるので、みなさんの不注意は、被害者側の過失として、たけるさんの賠償額を定めるときに考慮できます(昭和42年判決の定義、昭和34年判決)。

当てはまる例:5歳の子自身の飛び出し

そらさんに、車道に出ると危ないと分かる程度の事理弁識能力があれば、そらさん自身の飛び出しも考慮できます。責任能力までは要りません(昭和39年大法廷判決)。何歳から事理弁識能力があるかは、条文にも判決要旨にも数字はなく、その子ごとに判断します。

当てはまらない例:保育園の散歩中の事故

そらさんが保育園の散歩の途中、保育士の不注意で車道に出たのなら、保育士の過失は、被害者側の過失に当たりません。保育園と保護者の間に見守りの責任の取決めがあっても同じです(昭和42年判決)。

ひっかけやすい例:夫の運転で妻がけがをした

しんやさんが運転し、妻のなおさんが同乗していた車が、たけるさんの車と衝突し、なおさんがけがをしたとします。衝突にしんやさんの過失もあれば、特段の事情のない限り、たけるさんが払う額を定めるときに、しんやさんの過失を考慮できます(昭和51年判決)。夫婦でも、婚姻関係がすでに破綻に近いなどの事情があれば別です。

ひっかけやすい例:住んでいた利益は差し引かない

新築の家に建て替えるしかない重大な欠陥があり、社会経済的な価値がないと評価される場合、買主がそこに住んでいた利益は、建て替え費用の賠償から差し引けません(平成22年判決)。得た利益があれば何でも差し引く、というわけではありません。

似ているルールとの違い

しくみ何をするか根拠
過失相殺被害者側の落ち度を考えて額を減らす418条・722条2項
損益相殺同じ原因で得た利益を差し引く条文なし(判例)
中間利息の控除将来の分を今受け取る分の利息を差し引く417条の2(722条1項で準用)

債務不履行と不法行為の違いの全体(時効・証明する人など)は、不法行為の記事の表で比べています。

試験ではここをまちがえやすい

  • 418条と722条2項の入れ替え:不法行為でも「定める」、債務不履行でも「定めることができる」とする形。418条は「責任及びその額を定める」、722条2項は「額を定めることができる」です。
  • 能力の入れ替え:被害者の過失を考慮するには責任能力が要る、とする形。事理弁識能力で足ります(昭和39年大法廷判決)。
  • 被害者側の範囲を広げる形:保育士の過失も、取決めがあれば被害者側の過失になる、とする形。判例は否定しました(昭和42年判決)。
  • 限定の落とし:夫婦ならどんな場合も考慮できる、とする形。判例は「特段の事情のない限り」です(昭和51年判決)。
  • 損益相殺を広げる形:被害者が得た利益は何でも差し引く、とする形。親が負担するはずだった養育費、住んでいた利益、ヤミ金融の貸付金は、判例で差し引かないとされています。
  • 条文の創作:損益相殺に民法の条文がある、とする形。条文はありません。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
5歳のそらさんは、保育園の散歩の途中、保育士の不注意で車道に出て、たけるさんの車と接触しけがをした。保育園と母のみなさんの間で、園にいる間の見守りは園が責任を負うと取り決めていても、保育士の不注意は、722条2項で考慮する被害者の過失に当たらない。

答え:○ 分かれ目は、保育士が被害者側に入るかです。最高裁判所第三小法廷昭和42年6月27日判決は、被害者側の過失とは、幼児と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられる関係にある者の過失をいうとし、保育園に雇われて幼児を見ていたにすぎない保母の過失は、見守りの責任の取決めがあっても被害者の過失に当たらないとしました。取決めで見守りを任されたのだから被害者側だ、と考えると✕にしてしまいます。母のみなさんの不注意なら考慮できます。

問2(このサイトのオリジナル問題)
しんやさんが運転し、妻のなおさんが同乗していた車が、たけるさんの車と衝突し、なおさんがけがをした。衝突にはしんやさんの過失もあった場合、婚姻関係が破綻に近いなどの特段の事情がなければ、たけるさんが払う額を定めるときに、しんやさんの過失を考慮できる。

答え:○ 分かれ目は、夫の過失が妻の損害の賠償で考慮されるかです。最高裁判所第一小法廷昭和51年3月25日判決は、夫の運転する車に同乗した妻が第三者の車との衝突で損害を受けた場合、特段の事情のない限り、夫の過失を722条2項の被害者の過失として考慮できるとしました。けがをしたのは妻で、夫は別の人だから関係ない、と考えると✕にしてしまいます。判決は、加害者が妻に全額を払ってから夫に求償する関係も一度に解決できる合理性を理由に挙げています。

問3(このサイトのオリジナル問題)
ゆきさんが買った新築の家に、倒壊の具体的なおそれがある構造上の重大な欠陥があり、建て替えるほかない。ゆきさんが施工業者に不法行為で建て替え費用を請求するとき、それまでその家に住んでいた利益は、損益相殺として賠償額から差し引かれる。

答え:✕ 分かれ目は、住んでいた利益が差し引く対象になるかです。最高裁判所第一小法廷平成22年6月17日判決は、構造耐力上の安全性にかかわる重大な瑕疵があり、建物自体が社会経済的な価値を有しないと評価すべきときは、買主が住んでいた利益を損益相殺などとして差し引くことはできないとしました。正しくは、住んでいた利益は差し引かれません。損害と同じ原因で得た利益は差し引く、という損益相殺の考え方を、判例が否定した場面にまで広げた形です。

この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「民法」で続けて解けます。

まとめ

  • 418条は「責任及びその額を定める」、722条2項は「額を定めることができる」。
  • 被害者の過失を考慮するには、事理弁識能力があれば足り、責任能力は要らない(昭和39年大法廷判決)。
  • 被害者側の過失は、身分上・生活関係上一体の人の過失。親は含み、保育園の保母は含まない(昭和34年・昭和42年判決)。夫の過失も、特段の事情がなければ考慮できる(昭和51年判決)。
  • 損益相殺は条文がない。本人の生活費は差し引き、親が負担するはずだった養育費、住んでいた利益、ヤミ金融の貸付金は差し引かない(判例)。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の民法を確かめました。判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項・裁判要旨を確かめ、理由の一節は判決全文で確かめました。

このサイトで次に読むなら、共同不法行為の記事です。加害者が2人以上いる事故で、過失相殺を加害者ごとにするか、まとめてするかの判例を確かめられます。

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