ひとことで言うと、非債弁済(ひさいべんさい)は、借り(債務)がないのに、弁済として払うことです。払った人は、ふつうは不当利得(ふとうりとく=法律上の理由のない得)として、受け取った人に返してもらえます(703条・704条)。ただし、債務がないと知っていて払ったときは、返還を請求できません(705条)。
民法は、これと並べて、期限の前に払ったとき(706条)と、他人の債務を自分の債務と勘違いして払ったとき(707条)も、返還の請求を制限しています。この記事は705条〜707条の3つの場面と、708条(不法原因給付)との違いを扱います。不当利得の基本は事務管理と不当利得の記事、三者がからむ判例は不当利得の判例の記事に任せます。条文は、令和8年4月1日時点の民法を e-Gov 法令検索で確かめています。
身近な例で考えると
| 人物 | 立場 | したこと |
|---|---|---|
| ゆうきさん | 自転車の持ち主 | 修理代を払った |
| たけしさん | 自転車店の店主 | 修理代を受け取った |
- 4月:ゆうきさんは、自転車の修理代1万円をたけしさんに払った。
- 5月:店の手違いで、同じ修理代の請求書がゆうきさんに届いた。
- ゆうきさんは、払い済みだと気づかないまま、もう一度1万円を払った。
2回目の1万円には、払う理由(債務)がありません。たけしさんは法律上の原因なく1万円を得ているので、ゆうきさんは返還を請求できます(703条)。705条が返還を止めるのは、払った時に「債務がないと知っていた」場合です。ゆうきさんは知らなかったので、705条は当てはまりません。
では、ゆうきさんが払い済みだと分かっていながら、「もめるのが面倒だから」と2回目を払っていたらどうでしょう。この場合は705条により、返還を請求できません。分かっていて自分から払った以上、あとから「返して」とは言えない、という決まりです。
条文ではこう決まっている
債務の不存在を知ってした弁済(705条)
「債務の弁済として給付をした者は、その時において債務の存在しないことを知っていたときは、その給付したものの返還を請求することができない。」
- 弁済として払ったこと:お礼や贈り物として渡したのではなく、借りを返すつもりで払った。
- 払った「その時」に、債務がないと知っていたこと:条文の要件は「知っていた」です。注意すれば分かったのに知らなかった(過失で知らなかった)だけなら、この要件に当たりません。
期限前の弁済(706条)
債務者が、弁済期にない債務の弁済として払ったときは、返還を請求できません(本文)。債務そのものはあるので、早く払っただけです。ただし、債務者が錯誤(さくご=勘違い)で払ったときは、債権者は「これによって得た利益」を返します(ただし書)。返すのは払った額ではなく、早く受け取ったことで得た利益(期限までの利息にあたる分など)です。
他人の債務の弁済(707条)
債務者でない人が、錯誤で(自分の債務だと思って)他人の債務を払った場合に、債権者が善意で(事情を知らずに)次のどれかをしたときは、払った人は返還を請求できません(1項)。
- 証書を滅失させ、または損傷した(借用証書を捨てた、破ったなど)。
- 担保を放棄した。
- 時効によってその債権を失った。
債権者は、払ってもらったと思って証書や担保を手放しています。ここで返還を求められると、本当の債務者から取り立てる手段を失った債権者が損をします。そこで、払った人は債権者には返還を求められないかわりに、本当の債務者に求償(きゅうしょう=立て替えた分を請求すること)できます(2項)。
やむをえず払ったとき(最高裁判所第二小法廷 昭和35年5月6日判決)
借家人が、家賃が当時の地代家賃統制令の統制額を超えていると知りながら、払わなければ債務不履行の責任を問われるおそれがあるため、「後日超過部分については、返還請求をなすべき」旨を特に留保して、やむをえず約束の家賃を払った事件です。判決は、このようなときは705条の適用はないとしました(裁判要旨)。債務がないと知っていても、返還を求めると留保し、やむをえず払った場合は、705条で返還を止める場面ではない、という判断です。統制令は昔の法令ですが、705条の「知っていた」を形だけで当てはめないことを示す判例です。
3つの場面を表で比べる
| 条 | 場面 | 返還の請求 | 押さえる点 |
|---|---|---|---|
| 705条 | 債務がないと知って、弁済として払った | できない | 知らなかったなら(過失があっても)請求できる。留保してやむをえず払ったときは適用なし(昭和35年判決) |
| 706条 | 弁済期の前に払った(債務はある) | できない | 錯誤で払ったときは、債権者が得た利益を返す |
| 707条 | 他人の債務を錯誤で払い、債権者が善意で証書をなくした・担保を放棄した・時効で債権を失った | できない | 払った人は本当の債務者に求償できる |
当てはまる例・当てはまらない例
当てはまる例(705条):分かっていて二重に払った
ゆうきさんが、払い済みと分かっていながら、もめたくないので2回目の1万円を払った場合です。払った時に債務がないと知っていたので、返還は請求できません。
当てはまらない例(705条):確かめずに払った
通帳を見れば払い済みと分かったのに、確かめずに2回目を払った場合です。過失はありますが、知っていたわけではないので、705条には当たりません。703条に戻って、返還を請求できます。
当てはまらない例(707条):債権者が証書を手元に残している
けいすけさんが、友人のしょうさんの借金を自分の借金と勘違いして、貸主のみさきさんに返したとします。みさきさんが借用証書を捨てず、担保も手放していなければ、707条1項の場面ではありません。けいすけさんは、みさきさんに返還を求めることができます(703条)。他人の借金だと分かっていて払ったのなら、707条ではなく、第三者による弁済の問題です(弁済と相殺の記事)。
ひっかけやすい例(706条):返す日を勘違いして早く払った
債務はあるので、払った額の返還は請求できません。勘違いで早く払ったときに返ってくるのは、債権者が早く受け取って得た利益だけです。「勘違いなら全額を返してもらえる」と、705条の場面と混ぜないようにします。
似ているルールとの違い
708条(不法原因給付)も「返還を請求することができない」と定めますが、理由が違います。705条〜707条は、払った人が知っていたか、勘違いだったか、債権者が何を失ったかで決まります。708条は、給付の原因が不法かどうかで決まり、不法な原因が受け取った側だけにあれば返還を請求できます(708条ただし書)。708条の判例は不法原因給付の記事で扱っています。
試験ではここをまちがえやすい
- 「知っていた」を「知ることができた」に広げる形:705条は、過失で知らなかった人の返還請求を止めていません。
- 知っていれば常に705条とする形:返還を求めると留保して、やむをえず払ったときは705条の適用はない、とするのが昭和35年判決です。
- 706条ただし書の範囲の取り違え:錯誤で期限前に払っても、返ってくるのは債権者が得た利益で、払った額ではありません。
- 707条の要件の落とし:債権者の善意と、証書の滅失・担保の放棄・時効による債権の喪失のどれかがそろって、はじめて返還を請求できなくなります。
- 707条2項の落とし:債権者に返還を求められない場合でも、払った人は本当の債務者に求償できます。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
ゆうきさんは、払い済みの修理代の請求書を受け取り、通帳を見れば払い済みと分かったのに、確かめずにもう一度払った。この場合でも、ゆうきさんは、店主のたけしさんに、2回目に払った額の返還を請求できる。
答え:○ 分かれ目は、705条の「知っていた」に、過失で知らなかった場合が含まれるかです。705条が返還の請求を止めるのは、払った時に債務の存在しないことを「知っていた」ときで、ゆうきさんは確かめれば分かったというだけです。過失があるので返してもらえない、と考えると✕にしてしまいます。取り違えの相手は、93条1項ただし書(心裡留保)などが使う「知り、又は知ることができた」という言い方で、705条は「知ることができた」を要件にしていません。
問2(このサイトのオリジナル問題)
あきらさんは、家主から求められた家賃の一部に支払う義務がないと知っていたが、払わなければ債務不履行の責任を問われるおそれがあり、後日その部分の返還を求めると特に伝えたうえで、やむをえず全額を払った。あきらさんは、その部分の返還を請求できない。
答え:✕ 分かれ目は、知っていて払っても、留保してやむをえず払った場合かです。最高裁判所第二小法廷昭和35年5月6日判決は、家賃が統制額を超えると知りながら、債務不履行の責任を問われるおそれから、超過部分の返還請求を特に留保してやむをえず払ったときは、705条の適用はないとしました。正しくは、あきらさんは、支払う義務のない部分の返還を請求できます。取り違えの相手は、もめたくないなどの理由で自分から進んで払った場合で、こちらは705条により返還を請求できません。
問3(このサイトのオリジナル問題)
けいすけさんは、しょうさんがみさきさんから借りた10万円を自分の借金と勘違いして返し、みさきさんは事情を知らずに借用証書を捨てた。この場合、けいすけさんは、みさきさんに返還を求めることはできないが、しょうさんに求償することはできる。
答え:○ 分かれ目は、707条の1項と2項の組み合わせです。債務者でない人が錯誤で債務を弁済し、債権者が善意で証書を滅失させたときは、払った人は返還を請求できません(1項)。それでも、2項は、弁済をした人から債務者への求償権の行使を妨げないとしています。返還を求められないなら、だれにも取り戻せない、と考えると✕にしてしまいます。取り違えの相手は、みさきさんが証書を手元に残している場合で、このときはけいすけさんはみさきさんに返還を求めることができます。
この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「民法」で続けて解けます。
まとめ
- 債務がないのに払ったら、ふつうは不当利得として返還を請求できる(703条・704条)。
- 払った時に債務がないと「知っていた」ときは請求できない(705条)。過失で知らなかっただけなら請求できる。
- 知っていても、返還を求めると留保してやむをえず払ったときは705条の適用はない(昭和35年判決)。
- 期限前の弁済は返還を請求できない。錯誤なら債権者が得た利益だけ返る(706条)。
- 他人の債務を錯誤で払い、債権者が善意で証書などを失ったら返還は請求できないが、本当の債務者に求償できる(707条)。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の民法を確かめました。判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項・裁判要旨を確かめました。
- e-Gov法令検索「民法」(93条、703条、704条、705条、706条、707条、708条)
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 昭和35年5月6日判決(昭和30年(オ)第847号)」(民法705条の適用がないと認められた事例)
このサイトで次に読むなら、事務管理と不当利得の記事です。返す範囲が善意なら現存利益、悪意なら利息付きになる仕組み(703条・704条)を、705条〜707条の手前から確かめられます。
働く人の法律試験ノート