相続分の譲渡と取戻し:遺産分割の前に相続分を他人に渡したとき、ほかの相続人は取り戻せるか(民法905条)

ひとことで言うと、相続分の譲渡は、遺産分割の前に、相続人が自分の相続分(遺産全体に対する割合での持分)をまるごと他人に渡すことです。相続人でない第三者に譲られたときは、ほかの共同相続人は、その価額と費用を償還(しょうかん=払い戻すこと)して、相続分を取り戻せます。期間は1か月以内です(民法905条)。

取り戻せるのは、「相続分」を「第三者」に譲った場合だけです。遺産の中の特定の土地の持分だけを譲った場合や、ほかの共同相続人に譲った場合は、905条の場面ではありません。この記事では、905条と、相続分の譲渡についての最高裁判所の判例3つを扱います。税金・登記の手続・書類の書式は扱いません。遺産分割の前に個々の財産が処分された場合(906条の2)は遺産分割の記事に任せます。条文は、令和8年4月1日時点の民法を e-Gov 法令検索で確かめています。

身近な例で考えると

人物立場したこと
のぶおさん被相続人遺産を残した
さちこさんのぶおさんの妻(相続人)—
たかしさん・まゆみさん・けんじさんのぶおさんの子(相続人)たかしさんが相続分を譲った
もりたさんたかしさんの友人(相続人ではない)相続分を買った
  1. のぶおさんの相続が始まった。遺産は家と預金で、相続人は4人。まだ遺産分割をしていない。
  2. たかしさんは、自分の相続分を、友人のもりたさんに300万円で売った(相続分の譲渡)。
  3. このままでは、さちこさん・まゆみさん・けんじさんは、家族でないもりたさんと遺産分割の話し合いをすることになる。

相続分の譲渡で移るのは、家や預金の一つひとつではなく、遺産全体に対する、たかしさんの割合の持分です。そのため、もりたさんが、その割合を持つ者として遺産分割にかかわる形になる、と説明されています。最高裁の判例がこの形を述べたのは、共同相続人どうしで譲った場合(下の平成30年判決)で、第三者が譲り受けた場合を正面から扱ったものではありません。

そこで905条は、ほかの共同相続人が、もりたさんに300万円と譲渡の費用を償還して、その相続分を譲り受けられるとしています。たとえば、まゆみさんが1か月以内に取り戻せば、遺産分割は家族だけで進められます。

条文ではこう決まっている

  • 共同相続の効力(898条1項):「相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。」各共同相続人は、相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する(899条)。
  • 相続分の取戻権(905条1項):「共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる。」
  • 期間(905条2項):「前項の権利は、一箇月以内に行使しなければならない。」
  • 遺産分割の効力(909条):遺産分割は、相続開始の時にさかのぼって効力を生じる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

905条の要件は、①共同相続人の一人が、②遺産の分割の前に、③「相続分」を、④「第三者」に譲り渡したこと、の4つです。効果は、ほかの共同相続人が、価額と費用を償還して、その相続分を譲り受けられることです。法定相続分の割合そのものは相続の記事で扱っています。

判例で決まっていること

特定の不動産の持分の譲渡には使えない(最高裁判所第一小法廷 昭和53年7月13日判決)

裁判要旨は、共同相続人の一人が、遺産を構成する特定の不動産についての共有持分権を第三者に譲渡した場合に、905条を「適用又は類推適用することはできない」としています。905条が対象にするのは、遺産全体に対する持分である「相続分」の譲渡です。

相続分を全部譲った人は遺産確認の訴えの当事者になれない(最高裁判所第二小法廷 平成26年2月14日判決)

遺産確認の訴えは、ある財産が遺産に属するかどうかを確かめる訴えです。判決は、自己の相続分の全部を譲渡した共同相続人は「積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する割合的な持分を全て失う」ので、遺産分割の手続でその財産の分割を求めることはできず、遺産確認の訴えの当事者適格(とうじしゃてきかく=その訴えの当事者になる資格)を有しないとしました。この事件では、相続分はほかの共同相続人に譲られていました。

無償の相続分の譲渡は「贈与」に当たる(最高裁判所第二小法廷 平成30年10月19日判決)

夫の遺産分割の手続の中で、妻などが自分の相続分を子の一人に譲り、のちに妻の相続で、ほかの子がその譲渡を問題にした事件です。判決は、共同相続人間で相続分が譲渡されると、遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分が譲受人に移り、譲受人はもとの相続分と合わせた相続分を持つ者として遺産分割の手続に加わる、と述べました。そのうえで、共同相続人間の無償の相続分の譲渡は、その相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、譲渡した人の相続で、903条1項の「贈与」に当たるとしました(裁判要旨)。

この判決は、令和元年7月1日施行の相続法の改正の前の、遺留分減殺請求の事件です。いまの遺留分の算定で、相続人への贈与がどこまで入るかは1044条3項(相続開始前の10年間で、婚姻・養子縁組のため、または生計の資本としての贈与に限る)で確かめます。遺留分の請求の流れは遺留分侵害額請求の記事で扱っています。

相続分の譲渡と、個々の財産の持分の譲渡

比べる点相続分の譲渡個々の財産の持分の譲渡
何を渡すか遺産全体に対する割合の持分(借金なども含めた全体)遺産の中の特定の財産(家など)の共有持分
905条の取戻し第三者への譲渡なら、価額と費用を償還して1か月以内にできる適用も類推適用もできない(昭和53年判決)
遺産分割との関係譲り受けた人が、その相続分を持つ者として分割にかかわる(共同相続人が譲り受けた場合は平成30年判決)分割前に処分された財産の扱いは906条の2

当てはまる例・当てはまらない例

当てはまる例:友人に相続分を売った

たかしさんが、相続人でないもりたさんに相続分を300万円で売った場面です。ほかの共同相続人は、300万円と費用を償還して、1か月以内に取り戻せます。

当てはまらない例:きょうだいに相続分を売った

たかしさんが、相続分を弟のけんじさんに売った場合です。けんじさんはもともと共同相続人なので、905条1項の「第三者」への譲渡ではありません。まゆみさんは、905条でその相続分を取り戻すことはできません。けんじさんは、もとの相続分と譲り受けた相続分を合わせて遺産分割にかかわります。

当てはまらない例:家の持分だけを売った

たかしさんが、遺産の家についての自分の共有持分だけを、もりたさんに売った場合です。遺産全体の持分ではなく、特定の不動産の持分なので、905条は適用も類推適用もできません(昭和53年判決)。

ひっかけやすい例:遺産分割が終わった後に売った

905条は「遺産の分割前」の譲渡が対象です。分割が終わって、たかしさんが家を取得した後にそれを売ったのなら、たかしさん自身の財産を売っただけで、905条の場面ではありません。

試験ではここをまちがえやすい

  • 譲り受けた人の入れ替え:共同相続人への譲渡でも905条で取り戻せる、とする形。条文は「第三者に譲り渡したとき」です。
  • 対象の広げすぎ:特定の不動産の持分の譲渡にも905条を当てはめる形。適用も類推適用もできない、というのが昭和53年判決です。
  • 償還するものの落とし:価額だけを払えば足りる、とする形。905条1項は「価額及び費用」です。
  • 期間の取り違え:取戻しの期間は1か月以内(905条2項)。
  • 全部を譲った人の扱い:相続分の全部を譲った人は、遺産確認の訴えの当事者適格を持たない(平成26年判決)。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
のぶおさんの相続人は、妻さちこさんと子のたかしさん・まゆみさん・けんじさんである。遺産分割の前に、たかしさんが自分の相続分をけんじさんに売った場合、まゆみさんは、その価額と費用をけんじさんに償還して、その相続分を譲り受けることができる。

答え:✕ 分かれ目は、相続分を譲り受けた人が「第三者」かどうかです。905条1項が取戻しを認めるのは、共同相続人の一人が相続分を「第三者に」譲り渡したときです。けんじさんは共同相続人なので、この場面には当たりません。正しくは、まゆみさんは905条でこの相続分を取り戻せず、けんじさんが合わせた相続分で遺産分割にかかわります。取り違えの相手は、相続人でない友人のもりたさんに譲った場合で、こちらは1か月以内に取り戻せます。

問2(このサイトのオリジナル問題)
たかしさんは、遺産分割の前に、自分の相続分の全部をまゆみさんに譲った。その後、ある土地がのぶおさんの遺産に属するかどうかで争いになった場合、たかしさんは、遺産確認の訴えの当事者となる資格を持たない。

答え:○ 分かれ目は、相続分の全部を譲った人に、まだ遺産について争う立場が残るかです。最高裁判所第二小法廷平成26年2月14日判決は、相続分の全部を譲渡した共同相続人は、遺産全体に対する割合的な持分を全て失い、遺産分割で分割を求めることもできないので、遺産確認の訴えの当事者適格を有しないとしました。相続人である以上は当事者になれる、と考えると✕にしてしまいます。取り違えの相手は、相続分の一部だけを譲った場合や、特定の財産の持分だけを譲った場合で、どちらも遺産全体の持分を全て失ってはいません。

問3(このサイトのオリジナル問題)
のぶおさんの遺産分割の前に、妻のさちこさんは自分の相続分を、子のたかしさんに無償で譲った。その後のさちこさんの相続では、この譲渡は、譲った相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、民法903条1項の「贈与」に当たる。

答え:○ 分かれ目は、相続分の無償の譲渡が、譲った人の相続で贈与として扱われるかです。最高裁判所第二小法廷平成30年10月19日判決は、共同相続人間の無償の相続分の譲渡は、積極財産と消極財産の価額などを考えて算定した相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、903条1項の「贈与」に当たるとしました。遺産分割は相続開始の時にさかのぼる(909条)ので、のぶおさんからたかしさんが直接受けたことになる、と考えると✕にしてしまいます。判決は、909条本文はこの結論の妨げにならないとしています。取り違えの相手は限定の部分で、相続分に財産的価値があるとはいえない場合は「贈与」に当たりません。

この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「民法」で続けて解けます。

まとめ

  • 相続分の譲渡=遺産分割の前に、遺産全体に対する割合の持分をまるごと渡すこと。
  • 第三者に譲られたら、ほかの共同相続人は、価額と費用を償還して取り戻せる。1か月以内(905条)。
  • 共同相続人への譲渡、特定の不動産の持分の譲渡(昭和53年判決)は905条の場面ではない。
  • 全部を譲った人は遺産確認の訴えの当事者になれない(平成26年判決)。
  • 共同相続人間の無償の譲渡は、譲った人の相続で903条1項の贈与に当たる(平成30年判決。財産的価値がない場合を除く)。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の民法を確かめました。判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項・裁判要旨を確かめ、平成26年判決と平成30年判決の理由の言葉は判決全文で確かめました。

このサイトで次に読むなら、相続分の計算の記事です。譲り渡す「相続分」がそもそも何分のいくつになるかを、代襲相続や養子の例で確かめられます。

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