ひとことで言うと、民法の4つの「能力」は、それぞれ別の場面のための物差しです。権利能力は「権利の持ち主になれるか」、意思能力は「その行為の意味が分かるか」、行為能力は「一人で完全に有効な契約ができるか」、責任能力は「不法行為の賠償責任を負えるか」を決めます。ないときの効果も、無効・取消し・責任なしと分かれます。
この記事では、4つを1枚の表で比べ、権利能力の例外である胎児(たいじ=お腹の中の子)の扱いを条文で確かめます。未成年者・成年被後見人など4つの類型の中身は制限行為能力者の記事、責任能力がない人の監督義務者の責任は監督義務者の記事に任せます。
身近な例で考えると
みのりさんの家族と、近所の人の場面で見てみます。
| 人物 | 場面 | 関わる能力 |
|---|---|---|
| はるきさん(7歳) | ボール遊びで隣の家の窓を割った | 責任能力 |
| しょうたさん(17歳) | 親に黙って10万円のバイク用品を買った | 行為能力 |
| たつやさん(近所の大人) | ひどく酔って、意味が分からないまま車を売る書類に署名した | 意思能力 |
| みのりさんのお腹の子 | まだ生まれていない | 権利能力 |
- はるきさんに、自分の行為の責任を分かる知能がなかったなら、はるきさん自身は賠償の責任を負わない(712条)。親の責任は714条の問題になる。
- しょうたさんは18歳未満の未成年者なので、親の同意のない買い物は取り消せる(5条)。行為の意味が分かっていても、年齢で一律に決まる。
- たつやさんは、署名した時に意思能力がなかったので、その売買は無効(3条の2)。取り消すまでもなく、はじめから効力がない。
- お腹の子は、まだ権利の持ち主になれない(3条1項)。ただし、相続などには例外がある。
たとえるなら、権利能力は「会員証を持てるか」、行為能力は「一人で買い物ができる会員か」、意思能力は「その場で正気だったか」、責任能力は「壊した物を弁償できる年頃か」です。ただし本物のルールでは、責任能力に年齢の線引きは書かれておらず、知能の有無で個別に判断します。
条文ではこう決まっている
4つの能力(3条・3条の2・4条以下・712条・713条)
- 3条1項:私権の享有(きょうゆう=権利を持つこと)は、出生に始まる。2項:外国人は、法令・条約で禁止される場合を除き、私権を持つ。
- 34条:法人は、法令に従い、定款などで定めた目的の範囲内で、権利を有し、義務を負う。一般社団法人・一般財団法人、公益法人、NPO法人がどう成り立つかの違いは公益法人とNPO法人の違いの記事にあります。
- 3条の2:法律行為の当事者が、意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効。令和2年4月施行の改正で条文になりました。
- 4条・5条:18歳で成年。未成年者が法律行為をするには法定代理人の同意がいり、同意のない行為は取り消せる。単に権利を得る・義務を免れる行為や、処分を許された財産の処分は除く。
- 9条:成年被後見人の法律行為は取り消せる。ただし、日用品の購入その他日常生活に関する行為は除く。
- 712条:未成年者が他人に損害を加えた場合、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、賠償の責任を負わない。
- 713条:精神上の障害で責任を弁識する能力を欠く状態にある間に損害を加えた者は、責任を負わない。ただし、故意または過失で一時的にその状態を招いたときは除く。
胎児の例外(721条・886条・965条)と胎児の認知(783条)
- 721条:胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす。
- 886条1項:胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。2項:胎児が死体で生まれたときは、1項は適用しない。
- 965条:886条(胎児)と891条(相続人の欠格事由)は、受遺者(遺言で財産を受け取る人)に準用する。だから胎児は遺贈も受けられます。
- 783条1項:父は、胎内にある子でも認知することができる。この場合は母の承諾がいる。2項:生まれた子の父が772条(嫡出の推定)で定まるときは、この認知は効力を生じない。
この3つの場面のほかに、胎児を生まれたものとみなす一般的な条文はありません。贈与のような契約は、条文に例外がないので、3条1項の原則どおりです。また、胎児の代理人を定めた条文もありません。「みなす」は、反対の証拠を出しても覆らない扱いで、「推定する」とは違います。
当てはまる例・当てはまらない例
- 当てはまる(胎児の相続):相続が始まった時にお腹の中にいた子は、相続については生まれたものとみなされ、相続人になります。相続分の計算は相続分の計算の記事で練習できます。
- 当てはまらない(死体で生まれた):886条2項・965条により、胎児が死体で生まれたときは、相続も遺贈も受けません。
- 当てはまらない(意思能力がない行為を取り消す):たつやさんの売買は無効で、取消しの問題ではありません。無効と取消しの違い(だれが・いつまで言えるか)は無効と取消しの記事にあります。
- ひっかけやすい(17歳の事故):17歳でも、責任を分かる知能があれば、自分で賠償の責任を負います。未成年者であることだけで712条は使えません。
- ひっかけやすい(自分で酒を飲んだ):故意・過失で一時的に責任を弁識できない状態を招いたときは、713条ただし書で責任を免れません。
似ているルールとの違い
| 能力 | 何のための能力か | ないとどうなるか | 条文 |
|---|---|---|---|
| 権利能力 | 権利・義務の持ち主になる | 権利を持てない(胎児に例外) | 3条・34条 |
| 意思能力 | その行為の結果を判断する | 法律行為は無効 | 3条の2 |
| 行為能力 | 一人で完全に有効な法律行為をする | 取り消せる | 4条〜21条 |
| 責任能力 | 不法行為の責任を弁識する | 賠償責任を負わない | 712条・713条 |
行為能力は、年齢や家庭裁判所の審判で、類型として一律に決まります。意思能力と責任能力は、その時その人に能力があったかを個別に見ます。この「一律か、個別か」が、4つを見分ける手がかりになります。
| 胎児について | 扱い | 条文 |
|---|---|---|
| 損害賠償の請求権 | 生まれたものとみなす | 721条 |
| 相続 | 生まれたものとみなす(死体で生まれたら適用しない) | 886条 |
| 遺贈 | 886条を準用 | 965条 |
| 認知 | 父は認知できる(母の承諾) | 783条1項 |
| 贈与など契約 | 例外の条文なし | 3条1項 |
試験ではここをまちがえやすい
- 効果の取り違え:意思能力がない→無効、制限行為能力→取り消せる、責任能力がない→賠償責任なし。
- 年齢で決まるもの・決まらないもの:未成年者(18歳未満)は行為能力の話。責任能力は年齢ではなく知能で判断する。
- 胎児の例外は3つ:損害賠償・相続・遺贈。死体で生まれたら相続・遺贈はなし。
- 胎児の認知:父ができ、母の承諾がいる。
- 713条ただし書:自分で招いた一時的な状態は責任を免れない。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
ともかさんは、遺言で、姉のお腹の中にいる子に自分の絵を遺贈した。遺言の効力が生じた時、その子はまだ生まれていなかった。この子は、死体で生まれたときは遺贈を受けられないが、生きて生まれれば遺贈を受けられる。
答え:○ 分かれ目は、胎児の例外が遺贈にも及ぶかです。965条は、胎児を相続について生まれたものとみなす886条を、受遺者に準用しています。そのため、胎児も遺贈を受けられ、886条2項の準用で、死体で生まれたときはこの扱いをしません。権利能力は出生に始まる(3条1項)ので胎児は遺贈を受けられない、と考えると✕に見えます。例外の条文がない贈与契約と取り違えないようにします。
問2(このサイトのオリジナル問題)
17歳の高校生しょうたさんが、自転車で歩行者にぶつかり、けがをさせた。しょうたさんには自分の行為の責任を分かる知能があったが、未成年者なので、712条により賠償の責任を負わない。
答え:✕ 分かれ目は、責任能力が年齢で決まるかです。712条は、未成年者が「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったとき」に責任を負わないとしています。正しくは、知能があったしょうたさんは、自分で賠償の責任を負います。18歳未満かどうかで一律に決まるのは行為能力(4条・5条)で、それを責任能力に当てはめた誤りです。
問3(このサイトのオリジナル問題)
たけるさんは、婚姻していない相手のみくさんのお腹の中にいる自分の子を、生まれる前に認知することができるが、そのためにはみくさんの承諾を得る必要がある。
答え:○ 分かれ目は、胎児の認知ができるか、だれの承諾がいるかです。783条1項は、父は胎内にある子でも認知できるとし、その場合は母の承諾を得なければならないとしています。胎児には権利能力がないから認知もできない、と考えると✕に見えます。成年に達した子を認知するときは、その子本人の承諾がいる(782条)ので、承諾する人を取り違えないようにします。
この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「民法」で続けて解けます。
まとめ
- 権利能力は出生に始まる(3条1項)。法人は目的の範囲内(34条)。
- 意思能力がない法律行為は無効(3条の2)。制限行為能力者の行為は取り消せる(5条・9条など)。
- 責任能力は知能で個別に判断。自分で招いた一時的な状態は免責されない(712条・713条)。
- 胎児は、損害賠償・相続・遺贈で生まれたものとみなされる(721条・886条・965条)。死体で生まれたら相続・遺贈はなし。
- 父は胎児を認知でき、母の承諾がいる(783条1項)。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の法令を確かめました。
- e-Gov法令検索「民法」(3条、3条の2、4条、5条、9条、34条、712条、713条、721条、782条、783条、886条、965条)
このサイトで次に読むなら、制限行為能力者の記事です。未成年者・成年被後見人・被保佐人・被補助人で、取り消せる範囲と相手方の催告がどう違うかを、この記事の行為能力の続きとして整理できます。
働く人の法律試験ノート