賃貸人たる地位の移転:オーナーが替わったとき、借主の承諾はいるか・家賃はだれに払うか・敷金はどうなるか

賃貸人たる地位の移転とは、貸している建物や土地が売られたとき、「貸主」という契約上の立場が買主に移ることです。民法605条の2第1項は、借主が対抗要件を備えた不動産が譲渡されたときは、賃貸人たる地位は「その譲受人に移転する」と定めています。

ひとことで言うと、貸主の立場は、借主の承諾がなくても新しい持ち主に移ります。ただし、新しい持ち主が借主に家賃を請求するには、所有権移転の登記が必要です(605条の2第3項)。敷金を返す義務も新しい持ち主が引き継ぎます(同条4項)。契約上の地位の移転は、ふつうは相手方の承諾が要るので(539条の2)、貸主の地位はその例外に当たります。

この記事は、「承諾・登記・留保」の3点を扱います。敷金の中身(何を差し引けるか、借主が替わったとき)は敷金の記事に任せます。条文は令和8年4月1日時点のものです。

身近な例で考えると

りなさんは、やまださんの建物の1階を借りてカフェを開いています。引渡しを受けて営業しているので、借地借家法31条の対抗要件を備えています。

人物立場したこと
やまださん元の持ち主・貸主建物をきむらさんに売った
きむらさん新しい持ち主建物を買った
りなさん借主1階でカフェを営業している
  1. やまださんが建物をきむらさんに売った。りなさんには何の相談もなかった。→ 貸主の立場はきむらさんに移ります(605条の2第1項)。りなさんの承諾は要りません。
  2. きむらさんが、まだ所有権移転の登記をしないうちに、りなさんに「来月から家賃は私に」と言ってきた。→ 登記がないうちは、貸主になったことをりなさんに主張できません(同条3項)。
  3. きむらさんが登記をした。→ りなさんは、きむらさんに家賃を払います。
  4. 数年後、りなさんがカフェを閉めて出ていく。→ 敷金を返すのは、きむらさんです(同条4項)。

なぜ借主の承諾が要らないのでしょうか。貸主の仕事は、建物を使わせ、修繕をし、敷金を返すことです。持ち主であれば、だれが貸主になっても大きくは変わりません。むしろ、建物の持ち主と貸主が別々になるほうが、りなさんには困ります。一方、登記を求めるのは、りなさんが登記を見て「新しい貸主はだれか」を確かめられるようにするため、と説明されます。

条文ではこう決まっている

  • 605条の2第1項:605条(賃借権の登記)、借地借家法10条(借地上の登記された建物)・31条(建物の引渡し)などの対抗要件を備えた賃貸借で、不動産が譲渡されたときは、賃貸人たる地位は譲受人に移転する。
  • 同条2項前段(留保):譲渡人と譲受人が、①賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨と、②その不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは、地位は譲受人に移転しない。
  • 同条2項後段:その場合に、譲渡人と譲受人(またはその承継人)の間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人(またはその承継人)に移転する。
  • 同条3項:地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。
  • 同条4項:地位が移転したときは、費用の償還の債務(608条)と敷金の返還の債務(622条の2第1項)は、譲受人が承継する。
  • 605条の3:不動産の譲渡人が賃貸人であるときは、その地位は、賃借人の承諾を要しないで、譲渡人と譲受人の合意により譲受人に移転させることができる。605条の2第3項・4項を準用する。
  • 539条の2(一般ルール):契約の当事者の一方が第三者と契約上の地位を譲渡する合意をした場合、その契約の相手方が承諾したときは、契約上の地位はその第三者に移転する。

605条の2は「対抗要件がある場合は、合意がなくても当然に移る」、605条の3は「対抗要件がなくても、売主と買主の合意で移せる」です。どちらも借主の承諾は要らず、登記と敷金の扱いも同じになります。

元の持ち主に貸主の立場を残すには(留保の2つの合意)

建物を売ったあとも、元の持ち主がそのまま貸主として管理を続けたい場面があります。たとえば、やまださんが建物をきむらさんに売り、同時にきむらさんから建物を借りて、りなさんへの貸主を続ける形です。このとき、2つの合意が両方そろって初めて、貸主の立場はやまださんに残ります(605条の2第2項前段)。

  1. 賃貸人たる地位を、やまださんに残す(留保する)という合意。
  2. きむらさんが、やまださんにこの建物を貸すという合意。

2がなければ、やまださんは建物の持ち主でも借主でもない人になり、りなさんに使わせる立場を説明できません。だから1だけでは足りず、1項どおりきむらさんに移ります。2つの合意があれば、りなさんから見ると、やまださんが貸主(転貸人に近い立場)のままです。その後、きむらさんとやまださんの間の賃貸借が終わったときは、留保されていた貸主の立場がきむらさんに移ります(同項後段)。りなさんが出ていく必要はありません。

当てはまる例・当てはまらない例

  • 当てはまる(当然に移る):りなさんが引渡しを受けている建物が売られた。売主と買主が地位について何も決めていなくても、貸主はきむらさんになります(605条の2第1項)。
  • 当てはまる(合意で移す):りなさんがまだ引渡しを受けておらず、賃借権の登記もない。この場合でも、やまださんときむらさんの合意で、貸主の立場をきむらさんに移せます(605条の3)。りなさんの承諾は要りません。
  • 当てはまらない(借主の側):りなさんが、借りている立場を友人のこうたさんに移したい。これは借主の地位の移転で、やまださん(貸主)の承諾が要ります(539条の2、612条1項)。承諾なしに第三者に使わせると、解除の問題になります(612条2項)。
  • ひっかけやすい(登記前の家賃):きむらさんが登記をする前に、りなさんに家賃を請求した。貸主の立場自体は移っていても、登記がないとりなさんに主張できません(605条の2第3項)。「承諾が要らない」と「登記が要らない」を混ぜないようにします。

似ているルールとの違い

場面相手方の承諾条文
契約上の地位の移転(一般)要る539条の2
貸主の地位(対抗要件あり)要らない(当然に移る)605条の2第1項
貸主の地位(対抗要件なし)要らない(売主と買主の合意)605条の3
借主の地位(賃借権の譲渡)要る(貸主の承諾)612条1項

貸主の側と借主の側で、承諾の要否が逆になっている点が大事です。だれが貸主でも使わせる中身は同じですが、だれが借主かは貸主にとって大きな違いだからです。地位の移転の一般ルールと債権譲渡・債務引受の比べ方は契約上の地位の移転の記事で扱っています。

借主が対抗要件を備えていないと、買主から明渡しを求められる場面があります。どの対抗要件があればよいか(建物の引渡し、借地上の建物の登記)は借地権の対抗要件で確かめてください。賃貸借の全体(修繕・転貸)は賃貸借をわかりやすくにあります。

試験ではここをまちがえやすい

当サイトが、不動産適正取引推進機構が公開している宅建試験の問題(昭和63年度〜令和7年度の40回、2,000問)を1問ずつ読んで数えたところ、賃貸借が主な論点の問題は26問で、直近10回(平成30年度〜令和7年度)では8問でした。ほかの論点の問題の中で賃貸借を副の論点として扱ったものは25問(直近10回で6問)でした。賃貸人たる地位の移転だけの数は、分けて数えていません(分け方は当サイトの判断で、公式の分類ではありません)。取り違えやすい形は次のとおりです。

  • 承諾と登記:借主の承諾は要らない。新しい持ち主が借主に主張するには所有権移転の登記が要る。
  • 留保の要件:地位を売主に残すには、留保の合意と、買主が売主に賃貸する合意の両方。片方だけなら買主に移る。
  • 留保の終わり方:売主と買主の賃貸借が終わると、地位は買主に移る。借主の賃貸借が一緒に終わるわけではない。
  • 貸主側と借主側:貸主の地位は承諾なしで移るが、借主の地位(賃借権の譲渡)は貸主の承諾が要る。
  • 引き継ぐもの:敷金の返還と費用の償還の債務は新しい持ち主が承継する(605条の2第4項)。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
やまださんは、りなさんに引き渡して貸している店舗をきむらさんに売り、賃貸人たる地位をやまださんに残すことだけを合意した(きむらさんがやまださんに店舗を貸す合意はしていない)。この場合、賃貸人たる地位はやまださんに残る。

答え:✕ 分かれ目は、留保に必要な合意が2つそろっているかです。地位が譲受人に移らないのは、賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨と、その不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の両方を合意したときです(民法605条の2第2項前段)。正しくは、留保の合意だけでは足りず、1項により地位はきむらさんに移ります。取り違えの相手は、売主と買主の合意だけで地位を「移せる」605条の3で、それと同じように合意だけで「残せる」と考えた文です。

問2(このサイトのオリジナル問題)
問1で、2人が、地位をやまださんに残す合意と、きむらさんがやまださんに店舗を貸す合意の両方をしていた。その後、きむらさんとやまださんの間の賃貸借が終了したときは、賃貸人たる地位はきむらさんに移る。

答え:○ 譲渡人と譲受人の間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人に移転します(民法605条の2第2項後段)。上の賃貸借が終わると、りなさんの賃貸借も一緒に終わると考えると✕にしてしまいます。この規定は、貸主どうしの事情でりなさんが出ていかなくてよいようにするためのものです。移ったあとにきむらさんがりなさんに主張するには、所有権移転の登記が要ります(同条3項)。

問3(このサイトのオリジナル問題)
賃貸人たる地位が売主と買主の合意だけで移せるのと同じく、借主のりなさんも、店舗の賃借人の地位を、友人のこうたさんとの合意だけで、貸主の承諾なしに移すことができる。

答え:✕ 分かれ目は、貸主の側と借主の側の違いです。賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ賃借権を譲り渡せません(民法612条1項)。契約上の地位の移転の一般ルールも、相手方の承諾を求めています(539条の2)。正しくは、りなさんが地位を移すには貸主の承諾が要ります。賃借人の承諾なしに移せるのは貸主の地位のほう(605条の3)で、その規定を借主の側に広げた文です。

この分野の○✕は、宅建の5分○✕ドリルの「権利関係」で続けて解けます。

まとめ

  • 対抗要件を備えた賃貸借の不動産が売られると、貸主の地位は買主に当然に移る(605条の2第1項)。借主の承諾は要らない。
  • 対抗要件がなくても、売主と買主の合意で移せる(605条の3)。これも借主の承諾は要らない。
  • 買主が借主に主張する(家賃を請求する)には、所有権移転の登記が要る(605条の2第3項)。
  • 売主に地位を残すには、留保の合意と買主から売主への賃貸の合意の両方。その賃貸借が終わると地位は買主に移る(同条2項)。
  • 敷金の返還・費用の償還の債務は買主が承継する(同条4項)。借主の地位の移転は貸主の承諾が要る(612条1項)。

次に読むなら、敷金をわかりやすくがおすすめです。貸主が替わったときに引き継がれる敷金の中身と、借主が替わったときの扱いを確かめられます。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

条文は、令和8年4月1日時点で施行されている内容を、e-Gov法令検索(法令API)で確かめています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です