司法権の独立と裁判官の身分保障:罷免される場合・懲戒・報酬と任期

ひとことで言うと、裁判官が外からの圧力を気にせず裁判できるように、辞めさせられる場合を限り、懲戒を裁判所の中だけで行い、報酬を減らせないようにしている、というルールです(憲法76条3項・78条〜80条)。裁判官の職権の独立を、身分の面から支える仕組みです。

憲法の条文は短く、細かい手続は法律が決めています。弾劾(だんがい)は裁判官弾劾法、心身の故障と懲戒は裁判官分限法(ぶんげんほう)、国民審査は最高裁判所裁判官国民審査法です。この記事では、罷免される場合・懲戒・報酬と任期・定年の順に、憲法と3つの法律を並べて扱います。

身近な例で考えると

登場人物は、地方裁判所の裁判官のけいたさんです。

  1. けいたさんは、国を相手にした裁判で、国が負ける判決を書いた。
  2. 判決に不満を持った人たちから「こんな裁判官は辞めさせるべきだ」という声が上がった。
  3. しかし、判決の中身が気に入らないという理由では、けいたさんは罷免されない。報酬を減らされることも、意思に反して別の裁判所へ移されることもない。
  4. もし、けいたさんが職務上の義務に違反したなら、懲戒の対象になる。ただし、懲戒をするのは裁判所の裁判で、内閣や法務省などの行政機関ではない。

たとえるなら、サッカーの審判の判定に不満があっても、相手チームが審判を交代させたり、給料を下げたりはできない、というルールです。ただし本物のルールでは、審判を辞めさせる手続そのものも憲法と法律で決まっていて、国会がつくる弾劾裁判所の裁判などに限られています。

条文ではこう決まっている

  • 職権の独立(76条3項):すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法と法律にのみ拘束される。
  • 罷免(78条前段):裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。最高裁判所の裁判官は、これに加えて国民審査で罷免されることがある(79条2項・3項)。
  • 懲戒(78条後段):裁判官の懲戒処分は、行政機関が行うことはできない。
  • 報酬(79条6項・80条2項):最高裁判所の裁判官も下級裁判所の裁判官も、定期に相当額の報酬を受け、在任中減額することはできない。
  • 任期・定年:下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によって内閣が任命し、任期10年で再任されることができる(80条1項)。定年は法律で決まり、最高裁判所と簡易裁判所の裁判官は70歳、高等・地方・家庭裁判所の裁判官は65歳(裁判所法50条)。

裁判所法48条は、これを一つの文にまとめています。裁判官は、弾劾・国民審査の法律による場合と、心身の故障のために職務を執ることができないと裁判された場合を除いて、その意思に反して、免官・転官・転所・職務の停止・報酬の減額をされない、という内容です。

罷免される3つの場合を比べる

手続対象と理由だれが決めるか決め方
分限裁判(心身の故障)すべての裁判官。回復の困難な心身の故障で職務を執れない高等裁判所または最高裁判所裁判(分限法1条)
弾劾裁判すべての裁判官。職務上の義務に著しく違反、職務を甚だしく怠る、威信を著しく失う非行国会が設ける弾劾裁判所審理に関与した裁判員の3分の2以上
国民審査最高裁判所の裁判官だけ国民の投票罷免を可とする票が可としない票より多い

国民審査では、罷免を可とする票が多くても、投票の総数が選挙人名簿などに登録された人の総数の100分の1に達しないときは、罷免を可とされません(国民審査法32条1項ただし書)。投票では、罷免を可とする裁判官の欄に自分で×を書きます(15条1項)。

弾劾裁判の手続(裁判官弾劾法)

  • 罷免の事由は2つ。①職務上の義務に著しく違反し、または職務を甚だしく怠ったとき。②職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき(2条)。
  • だれでも、訴追委員会に罷免の訴追を求めることができる(15条1項)。訴追委員会は衆議院議員と参議院議員の各10人(5条)。
  • 罷免の事由があったあと3年を過ぎると、訴追できない(12条。その間に衆議院の任期満了・解散があったときや、同じ事由で刑事訴追があったときの例外が、ただし書にある)。
  • 弾劾裁判所の裁判員は、衆議院議員と参議院議員の各7人(16条)。裁判は審理に関与した裁判員の過半数で決めるが、罷免の裁判は3分の2以上の多数による(31条2項)。
  • 罷免の裁判の宣告で罷免される(37条)。宣告の日から5年を過ぎ、相当とする事由があるときなどは、本人の請求で資格回復の裁判ができる(38条1項)。

懲戒と分限の手続(裁判所法・裁判官分限法)

  • 懲戒の事由は、職務上の義務に違反し、もしくは職務を怠り、または品位を辱める行状があったとき。裁判によって懲戒される(裁判所法49条)。
  • 懲戒の種類は、戒告か1万円以下の過料だけ(分限法2条)。
  • 地方・家庭・簡易裁判所の裁判官の事件は、その地域の高等裁判所(5人の合議体)。最高裁判所と高等裁判所の裁判官の事件は、最高裁判所が第一審かつ終審として裁判する(分限法3条・4条)。
  • 手続は、その裁判官を監督する裁判所の申立てで始まる(分限法6条)。

分限事件の判例(最高裁大法廷平成10年12月1日決定)

判事補が、政治的な問題になっていた法案に反対する集会で、裁判官であることを明らかにして発言した事件です。最高裁判所大法廷平成10年12月1日決定は、次のように判断しました。

  • 裁判官が「積極的に政治運動をすること」を禁じる裁判所法52条1号は、憲法21条1項に違反しない。
  • この発言は、積極的な政治運動に当たる。それは裁判所法49条の懲戒事由である職務上の義務違反に当たり、戒告が相当である。
  • 裁判官分限事件には、憲法82条1項(裁判の対審と判決は公開法廷で行う)は適用されない。

裁判所法52条1号が憲法21条1項に違反しないかを裁判所が判断したように、法律が憲法に合っているかを裁判所が確かめる仕組みは、違憲審査の記事で扱っています。

当てはまる例・当てはまらない例

  • 当てはまる(判決への不満では罷免されない):上のけいたさんの例。判決の中身は罷免の事由ではありません。辞めさせる道は、弾劾・分限裁判(心身の故障)・国民審査(最高裁の裁判官だけ)に限られます。
  • 当てはまらない(本人が辞めたいと願い出た):身分保障は「意思に反して」辞めさせないためのものです。本人が免官を願い出た場合は、免官されることがあります(分限法1条1項)。
  • 当てはまらない(定年):定年に達して退官するのは、罷免ではありません(79条5項・80条1項ただし書、裁判所法50条)。
  • ひっかけやすい(懲戒で減給):減給のような処分を思い浮かべがちですが、裁判官の懲戒は戒告か1万円以下の過料だけです。報酬の減額は、意思に反してはできません(裁判所法48条)。
  • ひっかけやすい(国民審査で罷免されたあと):国民審査で罷免された裁判官は、罷免の日から5年間、裁判官に任命されることができません(国民審査法35条2項)。最高裁の裁判官に限らず「裁判官に」です。

似ているルールとの違い

最高裁判所の裁判官と下級裁判所の裁判官では、任命と任期が違います。国民審査のくわしい時期は三権分立の記事で扱っています。

比べる点最高裁判所の裁判官下級裁判所の裁判官
任命長官は内閣の指名で天皇が任命(6条2項)。その他は内閣が任命最高裁判所の指名した者の名簿で内閣が任命
任期憲法に任期の定めはない。国民審査を受ける10年。再任されることができる
定年70歳高裁・地裁・家裁65歳、簡裁70歳
懲戒の裁判最高裁判所(第一審かつ終審)高裁の裁判官は最高裁判所、それ以外は高等裁判所

報酬の書き方は、国会議員と比べると覚えやすくなります。裁判官の報酬は「在任中、これを減額することができない」と憲法に書かれています。国会議員の歳費(49条)には、この言葉がありません。国会議員の特権は国会議員の特権の記事で整理しています。

試験ではここをまちがえやすい

  • 懲戒の主体:行政機関は懲戒できない(78条後段)。懲戒は裁判所の裁判(裁判所法49条)。国会の弾劾裁判所が行うのは罷免の裁判で、懲戒ではありません。
  • 懲戒の種類:戒告と1万円以下の過料だけ。免官・停職・減給は懲戒の種類にありません。
  • 分限事件の管轄:地裁・家裁・簡裁の裁判官は高等裁判所。最高裁と高裁の裁判官は最高裁判所が第一審かつ終審。
  • 弾劾の多数:罷免の裁判は、審理に関与した裁判員の3分の2以上。ほかの裁判は過半数(弾劾法31条2項)。
  • 公開の原則:分限事件には82条1項は適用されない(平成10年決定)。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
高等裁判所の裁判官Aに、職務上の義務に違反した疑いがある。Aを懲戒する裁判は、最高裁判所が第一審かつ終審として行う。

答え:○ 分かれ目は、懲戒の裁判をする裁判所です。裁判官分限法3条2項1号は、最高裁判所と各高等裁判所の裁判官に係る分限事件について、最高裁判所が第一審かつ終審として裁判権を持つと定めています。「高裁の裁判官は高裁が裁く」と考えると✕にしてしまいます。高等裁判所が裁判するのは、管轄区域内の地方・家庭・簡易裁判所の裁判官の事件です(3条1項)。

問2(このサイトのオリジナル問題)
地方裁判所の判事補Aについて、積極的な政治運動をしたとして懲戒の申立てがされた。この分限事件の審理を公開の法廷で行わなくても、憲法82条1項に違反しない。

答え:○ 分かれ目は、分限事件に公開の原則がかかるかです。最高裁判所大法廷平成10年12月1日決定は、裁判官分限事件には憲法82条1項は適用されないとしました。懲戒も「裁判」で行うので、82条の「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」が及ぶように見える所が、✕に見える点です。同じ決定は、裁判官の積極的な政治運動を禁じる裁判所法52条1号は憲法21条1項に違反しないとし、その判事補を戒告としました。

問3(このサイトのオリジナル問題)
弾劾裁判所が、訴追を受けた裁判官Aを罷免する裁判をするには、審理に関与した裁判員の過半数の意見があれば足りる。

答え:✕ 分かれ目は、罷免に要る多数です。裁判官弾劾法31条2項は、裁判は審理に関与した裁判員の過半数の意見によるとしつつ、ただし書で、罷免の裁判をするには3分の2以上の多数の意見によるとしています。正しくは、3分の2以上です。過半数は、罷免以外の裁判についての本文の決まりです。

この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「憲法」で続けて解けます。

まとめ

  • 罷免は、心身の故障の裁判・公の弾劾・国民審査(最高裁の裁判官だけ)に限られる(78条・79条)。
  • 懲戒は行政機関ではできず、裁判所の裁判で行う。種類は戒告と1万円以下の過料だけ。
  • 分限事件は、地裁・家裁・簡裁の裁判官は高裁、最高裁と高裁の裁判官は最高裁。82条1項は適用されない(判例)。
  • 弾劾の罷免は裁判員の3分の2以上。訴追委員会は各院10人、弾劾裁判所の裁判員は各院7人。
  • 報酬は在任中減額できない。下級裁判所の裁判官の任期は10年で再任可。定年は最高裁・簡裁70歳、それ以外65歳。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

条文は、e-Gov法令検索で令和8年4月1日時点の法令を確かめました。判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項・裁判要旨を確かめました。

このサイトで次に読むなら、司法権の限界の記事です。裁判所がどこまで判断できるかという、司法権のもう一つの論点を確かめられます。