ひとことで言うと、未成年者や被保佐人などが、相手に「自分は一人で契約できる人だ」と信じさせるため詐術(さじゅつ=人をだます手段)を用いたときは、その契約を取り消せなくなるルールです(民法21条)。うそをついた人まで守る必要はない、という考え方です。
では、制限行為能力者であることを言わずに黙っていただけなら、どうか。最高裁判所は、黙っていたことだけでは詐術に当たらないが、ほかの言動とあいまって相手を誤信させたり、誤信を強めたりしたときは詐術に当たるとしました(最高裁判所第一小法廷昭和44年2月13日判決)。この記事では、21条の要件と効果、この判例、相手方が取れるほかの手段を扱います。4つの類型ごとの取り消せる行為は制限行為能力者の記事に任せます。条文は令和8年4月1日時点の民法を e-Gov 法令検索で確かめています。
身近な例で考えると
登場人物は、17歳のかいとさんと母のみちこさん(親権者=法定代理人)、中古品の店の店主まさきさん。もう一つの場面は、家庭裁判所で保佐開始の審判を受けているふみおさん(被保佐人)と、土地を買うけんじさんです。
場面1:うそで成年だと信じさせた
- かいとさんは、まさきさんの店で15万円のカメラを買いたいと思った。まさきさんは「未成年の人には親の同意をお願いしています」と言った。
- かいとさんは、兄の運転免許証を自分のものとして見せ、「もう20歳です」と言った。まさきさんはそれを信じて売った。
- 行為能力者だと信じさせるため詐術を用いたので、この売買は取り消せない(21条)。かいとさん本人だけでなく、みちこさんも取り消せない。
場面2:言わずに黙っていた
- ふみおさんは、保佐人の同意を得ないで、自分の土地をけんじさんに売った。土地の売買は保佐人の同意が要る行為(13条1項3号)。
- ふみおさんは、保佐を受けていることを最後まで言わなかった。ほかに、判断する力についてけんじさんを誤信させる言動はなかった。
- 黙っていただけなので、詐術には当たらない(判例)。同意のない売買として、ふみおさんも保佐人も取り消せる(13条4項・120条1項)。
たとえるなら、試合で年齢別のクラスに出るとき、生年月日をごまかして上のクラスに入った人は、後で「本当は出られなかったから試合は無効」と言えない、という形です。ただし本物のルールでは、聞かれなかったので言わなかった、というだけではごまかしたことになりません。
条文ではこう決まっている
- 21条:「制限行為能力者が行為能力者であることを信じさせるため詐術を用いたときは、その行為を取り消すことができない。」
- だれが:制限行為能力者。未成年者・成年被後見人・被保佐人・被補助人のどれでも当たります。
- 何を信じさせる:「行為能力者であること」。未成年者なら成年であること、被保佐人なら保佐を受けていないこと、などです。
- 効果:「その行為を取り消すことができない」。21条は、取り消せなくなる人を本人に限らず、「その行為を」取り消すことができないと定めています。そのため、120条1項で取り消せる人とされている法定代理人・保佐人なども、この行為は取り消せません。
黙っていたことと詐術(最高裁判所第一小法廷 昭和44年2月13日判決)
準禁治産者(いまの被保佐人にあたる人)が、そのことを言わずに土地を売った事案です。当時は今の21条が20条で、「無能力者」と呼ばれていました。
- 詐術の意味:相手方に積極的な術策を用いた場合に限らず、「ふつうに人を欺くに足りる言動を用いて相手方の誤信を誘起し、または誤信を強めた場合」も含む。
- 黙っていたこと:裁判要旨は、黙秘することは、「無能力者の他の言動などと相まつて、相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときには」詐術に当たるが、「黙秘することのみでは右詐術にあたらない」としています。
- この事案の結論:売主は相手方に「自分のものを自分が売るのに何故妻に遠慮がいるか」と答えていましたが、原審はこれを能力についての言葉ではないと認め、詐術はないとしました。最高裁はこの判断を是認しました。
判例の定義は、相手方が誤信したこと(または誤信を強めたこと)を前提にしています。「詐術を用いた」と言えるかは、黙っていたかどうかだけでなく、ほかの言動も合わせて、相手方を誤信させたかで判断します。
当てはまる例・当てはまらない例
- 当てはまる(他人の身分証):場面1のかいとさん。兄の運転免許証を見せて成年だと信じさせたのは、人を欺くに足りる言動です。
- 当てはまる(黙っていた+ほかの言動):ふみおさんが、保佐のことを言わなかったうえに、ほかの言動とあいまって、けんじさんに「この人は一人で売買できる」と誤信させたと認められる場合。判例は、このようなときは黙秘も詐術に当たるとしています。
- 当てはまらない(黙っていただけ):場面2のふみおさん。聞かれなかったので言わなかっただけでは、詐術に当たりません。
- ひっかけやすい(能力と関係のない言葉):判例の事案のように、「自分のものを売るのに家族に遠慮はいらない」といった言葉は、判断する力についての言葉ではないとされました。強い言い方をしたことだけで、詐術になるわけではありません。
似ているルールとの違い:相手方が取れる手段
制限行為能力者と契約した相手方は、「いつ取り消されるか分からない」状態に置かれます。その状態を終わらせる手段を並べます。
| 手段 | 相手・場面 | 結果 | 条文 |
|---|---|---|---|
| 催告 | 行為能力者になった本人に | 確答がなければ追認とみなす | 20条1項 |
| 催告 | 法定代理人・保佐人・補助人に | 確答がなければ追認とみなす | 20条2項 |
| 催告 | 被保佐人・被補助人本人に、保佐人などの追認を得るよう | 通知がなければ取消しとみなす | 20条4項 |
| 詐術の主張 | 本人が詐術を用いた | 取り消せない | 21条 |
| 期間の経過 | 追認できる時から5年、行為から20年 | 取消権が消える | 126条 |
催告の期間は「一箇月以上」です。表の3行目の被補助人は、補助人の同意を要する旨の審判(17条1項)を受けた人です。特別の方式が要る行為では、1項・2項の期間内にその方式をそなえた旨の通知がなければ、取り消したものとみなされます(20条3項)。
このほかに、取り消せる側が、追認できる時以後に代金を払う・請求するなどをすれば、追認したものとみなされます(125条)。これは相手方の手段ではなく、取り消せる側の行動で決まる仕組みです。くわしくは法定追認の記事にあります。取り消された場合に制限行為能力者が返すのは「現に利益を受けている限度」です(121条の2第3項)。無効と取消しの効果の違いは無効と取消しの記事で比べています。
試験ではここをまちがえやすい
当サイトが数えた宅建試験の全40回(不動産適正取引推進機構が公開している昭和63年度〜令和7年度の問題、2,000問)では、制限行為能力者が主な論点の問題は14問、直近10回(令和7年度〜平成30年度。令和2・3年度は10月・12月の2回ずつ)では4問でした。詐術だけの問数は数えていません(分け方は当サイトの判断で、公式の分類ではありません)。取り違えやすい形は次のとおりです。
- 黙秘だけで詐術とする形:黙っていただけでは当たりません。ほかの言動とあいまって誤信させたときに当たります(判例)。
- 黙秘ならいつでも取り消せるとする形:反対に、黙秘でも、ほかの言動とあいまって誤信させたと認められれば詐術です。「黙秘=詐術ではない」と言い切る形にも気をつけます。
- 取り消せない人の範囲:21条は行為を取り消せないとするので、本人だけでなく法定代理人・保佐人なども取り消せません。
- 催告の結果の入れ替え:保護者や行為能力者になった本人が黙れば追認。被保佐人・被補助人本人に「追認を得てきて」と求めて通知がなければ取消し。
- 類型の限定:21条は未成年者だけのルールではありません。4つの類型すべてにかかります。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
17歳のかいとさんは、店でスクーターを買うとき、未成年であることを言わなかった。黙っていただけでなく、ほかの言動とあいまって店主に成年だと誤信させたと認められる場合は、かいとさん側はこの売買を取り消すことができない。
答え:○ 分かれ目は、黙っていたことが詐術になる場合があるかです。判例は、制限行為能力者であることを黙秘していたことだけでは詐術に当たらないが、ほかの言動などとあいまって相手方を誤信させ、または誤信を強めたと認められるときは詐術に当たるとしています(最高裁判所第一小法廷昭和44年2月13日判決、民法21条)。「黙秘は詐術ではない」とだけ覚えていると✕にしてしまいます。黙っていただけで、ほかに誤信させる言動がない場合は、取り消せます。
問2(このサイトのオリジナル問題)
17歳のかいとさんは、兄の運転免許証を自分のものとして見せ、店主に成年だと信じさせてカメラを買った。この場合、かいとさん本人は取り消せないが、母のみちこさんは、法定代理人としてこの売買を取り消すことができる。
答え:✕ 分かれ目は、詐術で取り消せなくなるのがだれかです。制限行為能力者が行為能力者であることを信じさせるため詐術を用いたときは、「その行為を取り消すことができない」とされます(民法21条)。21条は取り消せなくなる人を本人に限っていないので、正しくは、本人だけでなく、法定代理人のみちこさんも取り消せません。取り消せる人に法定代理人が入っている120条1項から、母なら取り消せると考えた形です。
問3(このサイトのオリジナル問題)
被保佐人のふみおさんが保佐人の同意なしに土地を売った。買主のけんじさんがふみおさん本人に、1か月以上の期間を定めて保佐人の追認を得るよう催告したが、ふみおさんは期間内に追認を得た旨の通知を発しなかった。この場合、売買は追認したものとみなされる。
答え:✕ 分かれ目は、だれに催告したかです。相手方が被保佐人本人に保佐人の追認を得るよう催告し、期間内に追認を得た旨の通知を発しないときは、取り消したものとみなされます(民法20条4項)。正しくは、この売買は取り消したものとみなされます。保佐人自身に催告して確答がない場合は追認とみなす(20条2項)ので、それと取り違えた形です。
この分野の○✕は、宅建の5分○✕ドリルの「権利関係」で続けて解けます。
まとめ
- 行為能力者だと信じさせるため詐術を用いたら、その行為は取り消せない(21条)。本人も法定代理人も。
- 黙っていただけでは詐術に当たらない。ほかの言動とあいまって誤信させ・誤信を強めたら当たる(最判昭和44年2月13日)。
- 4つの類型のどれにもかかる。
- 相手方の催告は1か月以上。保護者・成年になった本人が黙れば追認、被保佐人・被補助人本人が通知しなければ取消し(20条)。
このサイトで次に読むなら、法定追認の記事です。取り消せる側が代金を払う・請求するなどして取り消せなくなる6つの場合を、詐術とは反対の側から確かめられます。宅建の権利関係を一問一答で通して確かめるなら、権利関係の一問一答もあります。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、e-Gov 法令検索(法令API)で令和8年4月1日時点の民法を確かめました。判例は、裁判所ウェブサイトで裁判年月日・法廷・事件番号・判示事項・裁判要旨を確かめ、事案と理由は判決全文(PDF)で確かめました。
- e-Gov法令検索「民法」(5条、9条、13条、17条、20条、21条、120条、121条の2、125条、126条)
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 昭和44年2月13日判決(昭和42年(オ)第607号)」(無能力者であることを黙秘することと民法20条にいう「詐術」)
- 不動産適正取引推進機構「宅建試験の問題及び正解番号表」(出題数を数えた元の問題)
働く人の法律試験ノート