ひとことで言うと、時効を援用(えんよう=「時効の利益を受けます」と言うこと)できるのは、時効で権利が消えることについて正当な利益を持つ人です(民法145条)。借りた本人のほか、保証人・物上保証人・抵当権の付いた不動産を買った人(第三取得者)が、条文に名前で書かれています。
一方、二番目の抵当権者(後順位抵当権者)は、一番の抵当権が消えれば得をしますが、援用できません。判例は、順位が上がる利益は「反射的な利益にすぎない」としています(最高裁判所第一小法廷平成11年10月21日判決)。この記事では、援用できる人・できない人を判例で一覧にし、時効が完成したあとに借金を認めた場合も扱います。
身近な例で考えると
| 人物 | 立場 | したこと |
|---|---|---|
| たけしさん | お金を貸した人(債権者) | あやのさんに500万円を貸した |
| あやのさん | お金を借りた人(債務者) | 返さないまま時効期間が過ぎた |
| ゆうこさん | 保証人 | あやのさんの借金を保証した |
| りょうさん | 土地を買った人 | 抵当権付きの土地をあやのさんから買った |
| みどり銀行 | 二番抵当権者 | 同じ土地に二番目の抵当権を持つ |
- たけしさんは、あやのさんに500万円を貸し、あやのさんの土地に一番抵当権を付けました。ゆうこさんは保証人になりました。
- あやのさんは、その土地に、みどり銀行のための二番抵当権も付けました。その後、土地をりょうさんに売りました。
- たけしさんは、権利を行使できると知った時から5年間、何もしませんでした(166条1項1号)。
- あやのさん、ゆうこさん、りょうさんは、時効を援用して、借金や抵当権が消えたと言えます。
- みどり銀行は、一番抵当権が消えれば配当が増えますが、時効を援用できません。
たとえると、援用は「時効というカードを使えるのはだれか」という話です。カードを使えるのは、使わないと自分が直接損をする人です。ただし本物のルールでは、使える人の範囲を最終的に決めているのは条文と判例で、損得の大きさで決まるわけではありません。
条文ではこう決まっている
- 「時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない」(145条)。
- かっこ書きは令和2年4月1日施行の改正で加わったもので、それまでの判例が認めてきた人を条文に書き込んだものです。
- 時効の利益は、あらかじめ放棄できません(146条)。時効が完成する前に「時効は使いません」と約束しても、その約束は効力がありません。
- 時効が完成する前に権利を承認すると、その時から時効は新たに進行を始めます(152条1項。時効の更新)。
時効そのもの(期間・完成猶予と更新)は時効をわかりやすくで整理しています。この記事は「だれが援用できるか」に絞ります。
判例で確かめる:援用できる人・できない人
| 立場 | 援用できるか | 判例・条文 | 理由の要点 |
|---|---|---|---|
| 保証人 | できる | 145条 | 主たる債務が消えれば保証債務も消える |
| 物上保証人 | できる | 145条、最判昭和43年9月26日 | 自分の物の抵当権が消える |
| 抵当不動産の第三取得者 | できる | 145条、最判昭和48年12月14日 | 抵当権の実行で所有権を失う不利益 |
| 詐害行為の受益者 | できる | 最判平成10年6月22日 | 取消しで得た財産を失う不利益 |
| 一般の債権者 | 代位してなら | 最判昭和43年9月26日 | 自分の債権を守るのに必要な限度 |
| 後順位抵当権者 | できない | 最判平成11年10月21日 | 順位上昇は反射的な利益 |
| 建物の賃借人 | できない | 最判昭和44年7月15日 | 貸主の敷地の取得時効は援用不可 |
- 後順位抵当権者(平成11年):判例は、145条の当事者を「権利の消滅により直接利益を受ける者」に限るとしました。一番抵当権の被担保債権が消えて配当が増えるのは、順位の上昇による「反射的な利益にすぎない」としました。第三取得者は、援用できないと抵当権の実行で所有権を失う不利益を受けるのに対し、後順位抵当権者は援用できなくても順位に応じた弁済を受ける地位は害されない、と対比しています。
- 一般の債権者(昭和43年):あやのさんに別にお金を貸している人は、自分の債権を守るのに必要な限度で、あやのさんに代位して(だいい=代わりに行使して)、たけしさんの債権の消滅時効を援用できるとしました。代位の要件は債権者代位権と詐害行為取消権をわかりやすくで確かめられます。
- 建物の賃借人(昭和44年):建物の貸主が敷地を時効で取得しそうなとき、その建物を借りている人は、貸主の敷地の取得時効を援用できないとしました。
時効が完成したあとに借金を認めたら
あやのさんが、時効の完成を知らないまま、たけしさんに「もう少し待って」と言って借金を認めたとします。
- 最高裁判所大法廷昭和41年4月20日判決は、時効完成後に債務を承認した債務者は、時効の完成を知らなかったときでも、その後に時効を援用することは許されないとしました。
- 理由は、承認は時効による債務消滅の主張と相容れない行為で、相手方も債務者はもう時効を援用しないと考えるので、援用を認めないのが信義則(しんぎそく=相手の信頼を裏切らないというルール)に照らして相当だからです。
- 同じ判決は、承認したことだけから、時効の完成を知っていたと推定することは許されないとし、その点で以前の判例(昭和35年の第一小法廷判決)を変更しました。
| 承認した時期 | 起きること | 根拠 |
|---|---|---|
| 時効の完成前 | 時効が更新され、新たに進行する | 152条1項 |
| 時効の完成後 | 知らなくても援用は信義則上許されない | 最大判昭和41年4月20日 |
当てはまる例・当てはまらない例
- 当てはまる例(保証人):ゆうこさんは、主たる債務の消滅時効を援用して、保証債務を免れられます。保証の基本は保証と連帯保証をわかりやすくで扱っています。
- 当てはまる例(第三取得者):りょうさんは、たけしさんの債権の消滅時効を援用し、抵当権の消滅を主張できます。
- 当てはまらない例(後順位抵当権者):みどり銀行は、配当が増えるとしても援用できません。
- ひっかけやすい例(完成後の承認):あやのさんが完成を知らずに承認しても、援用は許されません。「知らなかったから放棄ではない、だから援用できる」とする肢は判例とずれます。
試験ではここをまちがえやすい
- 利益の大きさで考える型:後順位抵当権者は得をする人ですが、援用できません。分かれ目は「直接の利益」か「反射的な利益」かです。
- 援用できる人をせまくする型:物上保証人・第三取得者・詐害行為の受益者も援用できます。債務者本人でなくてもよい点を押さえます。
- 完成前と完成後の承認の取り違え:完成前の承認は更新(152条)、完成後の承認は信義則で援用できなくなる(昭和41年判決)。
- 放棄の時期:時効の利益をあらかじめ放棄することはできません(146条)。
- 代位の限定を落とす型:一般の債権者が援用できるのは、債務者に代位して、自分の債権を守るのに必要な限度です。
援用できるかは「権利の消滅で直接利益を受けるか」で判断し、理由の言葉(直接の利益/反射的な利益)まで言えるようにしておきます。宅建試験の権利関係でも、抵当権付きの土地を買った人(第三取得者)の援用として同じ考え方を使います。
○✕でたしかめよう
問1(このサイトのオリジナル問題)
あやのさんの土地には、たけしさんの一番抵当権と、みどり銀行の二番抵当権が付いている。たけしさんの被担保債権について消滅時効の期間が過ぎた場合、みどり銀行は、この時効を援用して一番抵当権の消滅を主張できる。
答え:✕ 分かれ目は、後順位抵当権者が「直接利益を受ける者」かです。最高裁判所第一小法廷平成11年10月21日判決は、配当が増えるのは抵当権の順位の上昇による反射的な利益にすぎないとして、後順位抵当権者の援用を認めませんでした。正しくは、みどり銀行は援用できません。援用しないと所有権を失う不利益を受ける第三取得者(145条で援用できる)と取り違えないようにします。
問2(このサイトのオリジナル問題)
あやのさんは、時効が完成したことを知らずに、たけしさんに「もう少し待ってください」と言って借金を認めた。その後、時効の完成を知ったとしても、あやのさんがこの時効を援用することは許されないとするのが判例である。
答え:○ 知らずにした承認は放棄ではないので援用できる、と考えると✕にしてしまいます。最高裁判所大法廷昭和41年4月20日判決は、時効完成後に債務を承認した債務者は、完成を知らなかったときでも、その後に時効を援用することは信義則上許されないとしました。時効の完成前の承認なら、時効が更新される(民法152条1項)という別の効果になります。
問3(このサイトのオリジナル問題)
あやのさんが唯一の財産である土地を友人のけいさんに贈与したので、たけしさんがこの贈与について詐害行為取消権を行使した。たけしさんの貸金債権について消滅時効の期間が過ぎていれば、けいさんは、その消滅時効を援用することができる。
答え:○ けいさんは借金の当事者ではないので✕に見えます。最高裁判所第二小法廷平成10年6月22日判決は、詐害行為の受益者は、取消しを求める債権者の債権の消滅時効を援用できるとしました。債権が消えれば、受益者は取消しで財産を失う不利益を免れるからで、今の145条の「権利の消滅について正当な利益を有する者」に当たります。順位の上昇という反射的な利益しかない後順位抵当権者とは、ここが違います。
この分野の○✕は、行政書士の5分○✕ドリルの「民法」で続けて解けます。
まとめ
- 援用できるのは、権利の消滅について正当な利益を持つ人(145条)。保証人・物上保証人・第三取得者は条文に書かれている。
- 詐害行為の受益者も援用できる。一般の債権者は、債務者に代位してなら援用できる。
- 後順位抵当権者は、順位の上昇が反射的な利益にすぎないので援用できない。
- 建物の賃借人は、貸主による敷地の取得時効を援用できない。
- 時効完成後の承認は、完成を知らなくても援用を許さない(信義則)。完成前の承認は更新。
次に読むなら、抵当権をわかりやすくがおすすめです。物上保証人・第三取得者・後順位抵当権者という立場の違いが、抵当権の基本のしくみから分かります。
参考にした公式の情報(2026年10月確認)
条文は、令和8年4月1日時点で施行されている内容を、e-Gov法令検索で確かめています。
- e-Gov法令検索「民法」(145条、146条、152条、166条)
- 裁判所「最高裁判所大法廷 昭和41年4月20日判決」(請求異議)
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 平成11年10月21日判決」(根抵当権抹消登記手続請求事件)
- 裁判所「最高裁判所第一小法廷 昭和43年9月26日判決」(配当異議)
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 昭和48年12月14日判決」(土地建物抵当権設定登記抹消登記手続請求)
- 裁判所「最高裁判所第二小法廷 平成10年6月22日判決」(所有権移転登記抹消登記手続)
- 裁判所「最高裁判所第三小法廷 昭和44年7月15日判決」(家屋退去請求)
働く人の法律試験ノート