宅建業者と犯罪収益移転防止法:取引時確認・記録の保存・疑わしい取引の届出

犯罪収益移転防止法(正式には「犯罪による収益の移転防止に関する法律」)は、犯罪で得たお金が、不動産のような高い財産に形を変えて隠されるのを防ぐための法律です。宅建業者は、この法律で義務を負う「特定事業者」の1つです。

宅建業者の義務は3つです。1つ目、宅地・建物の売買とその代理・媒介をするときに、お客さんの本人確認などの「取引時確認」をする(4条)。2つ目、確認の記録と取引の記録を作り、7年間保存する(6条・7条)。3つ目、犯罪で得たお金だと疑われるときは、免許をした国土交通大臣か都道府県知事に届け出る(8条・22条)。貸借の媒介は、この法律の対象の取引に入っていません。

宅建試験で新しく扱われるようになった論点です。当サイトが、不動産適正取引推進機構が公開している過去の試験(昭和63年度〜令和7年度の40回、2,000問)を1問ずつ読んで数えたところ、この法律が主な論点の問題は令和7年度の1問で、令和4年度には宅建業法の総合的な問題の中の1つの論点として出ていました(分け方は当サイトの判断で、公式の分類ではありません)。直近4回のうち2回に出ているので、数字と「どの取引が対象か」だけは押さえておく価値があります。その年の論点の並びは令和7年度の出題論点一覧で見られます。

身近な例で考えると

登場するのは、次の会社と人です。宅建業者=ひかり不動産(甲県知事の免許)、ひかり不動産の担当=宅建士の田村さん、お客さん=個人のおおたさんと、株式会社みなと商事です。

  1. おおたさんが、ひかり不動産の仲介で中古マンションを買うことになった。田村さんは、契約の前に、運転免許証などでおおたさんの氏名・住居・生年月日を確かめ、取引の目的(自分で住む)と職業を聞いた。
  2. ひかり不動産は、確かめた内容とその方法を、すぐに確認記録として残した。
  3. 株式会社みなと商事が、ひかり不動産から事務所用のビルを買うことになった。田村さんは、会社の名称と本店の所在地、取引の目的、事業の内容に加えて、会社を実質的に支配している人がいれば、その人の本人特定事項も確かめた。
  4. 同じ日、学生のさとみさんが、ひかり不動産の仲介でアパートを借りた。これは貸借の媒介なので、犯罪収益移転防止法の取引時確認の対象ではない(宅建業法の重要事項説明などは当然必要)。
  5. ある日、現金の出どころを説明しないまま、相場より高い値段で急いで土地を買おうとするお客さんが来た。田村さんの報告を受けたひかり不動産は、取引が疑わしいと判断し、甲県知事に届け出た。そのことは、お客さんには伝えなかった。

たとえるなら、取引時確認は「高額の取引の入口に置かれた受付」です。受付で名前と目的を書いてもらい、その記録を長く残しておくことで、あとからお金の流れを追えるようにします。ただし本物のルールでは、受付をするのは「売買とその代理・媒介」の入口だけです。賃貸の入口には、この受付はありません。

条文ではこう決まっている

宅建業者が対象になる取引

  • 特定事業者(2条2項):宅建業者は、この法律で義務を負う特定事業者に入っています。
  • 特定業務(別表):宅建業のうち、宅地もしくは建物の売買、またはその代理もしくは媒介に係るもの。
  • 特定取引(別表・施行令7条1項):宅地または建物の売買契約の締結、またはその代理もしくは媒介。

貸借(賃貸)の代理・媒介は、特定業務にも特定取引にも入っていません。

取引時確認(4条1項)

特定取引をするときは、主務省令で定める方法で、次の事項を確かめます。

  1. 本人特定事項:個人は氏名・住居・生年月日、法人は名称と本店(主たる事務所)の所在地。
  2. 取引を行う目的。
  3. 個人は職業、法人は事業の内容。
  4. 法人の場合、その事業経営を実質的に支配できる人(主務省令で定める人)がいれば、その人の本人特定事項。

記録の作成と保存(6条・7条)

  • 確認記録(6条):取引時確認をしたら、直ちに、確認した事項や確認のためにとった措置などの記録を作ります。特定取引などに係る契約が終了した日など(主務省令で定める日)から、7年間保存します。
  • 取引記録(7条):特定業務に係る取引をしたら、少額の取引など政令で定めるものを除き、直ちに、取引の期日や内容などの記録を作ります。取引の行われた日から7年間保存します。

疑わしい取引の届出(8条・22条)

  • 届出(8条1項):取引で受け取った財産が犯罪による収益である疑いがあるかどうかなどを判断し、疑いがあると認められるときは、速やかに、行政庁に届け出ます。
  • 届出先(22条):宅建業者についての行政庁は、宅建業法3条1項の免許をした国土交通大臣または都道府県知事です。
  • 口止め(8条4項):届出をしようとすること・したことを、そのお客さんや関係者に漏らしてはなりません。

当てはまる例・当てはまらない例

  • 当てはまる例:ひかり不動産が、自ら売主になってマンションの一室を売る。→ 宅地・建物の売買なので特定取引です。取引時確認がいります。
  • 当てはまる例:ひかり不動産が、売主の代理として土地を売る。→ 売買の代理も対象です。
  • 当てはまらない例:ひかり不動産が、アパートの賃貸借の媒介をする。→ 貸借の媒介は特定業務に入っていません。犯罪収益移転防止法の取引時確認の対象ではありません。
  • 当てはまらない例:ひかり不動産が、疑わしい取引について甲県警察に相談しただけで、甲県知事には届け出なかった。→ 届出先は、免許をした行政庁(甲県知事)です(22条)。
  • ひっかけやすい例:法人のお客さんで、会社の名称・本店所在地・取引の目的・事業の内容を確かめた。→ それだけでは足りないことがあります。実質的に支配している人がいれば、その人の本人特定事項も確かめます(4条1項4号)。
  • ひっかけやすい例:疑わしい取引の届出をしたことを、お客さんに「念のため届け出ました」と伝えた。→ 漏らしてはならないとされています(8条4項)。

宅建業法の帳簿・従業者名簿とどう違うか

宅建業法にも、保存の期間が決まった書類があります。数字が近いので、まとめて比べます。

書類決めている法律保存期間数え始め
確認記録犯罪収益移転防止法6条7年契約が終了した日など
取引記録犯罪収益移転防止法7条7年取引が行われた日
帳簿宅建業法49条5年(自ら売主の新築住宅は10年)各事業年度の末日に閉鎖した後
従業者名簿宅建業法48条10年最終の記載をした日

犯罪収益移転防止法の記録は、どちらも「7年」です。宅建業法の帳簿は「5年(新築住宅を自ら売るときは10年)」、従業者名簿は「10年」です。帳簿と従業者名簿のくわしいルールは事務所・案内所の記事にあります。

対象の取引の範囲も違います。宅建業法の重要事項説明は、売買・交換・貸借のすべてにかかります。犯罪収益移転防止法の取引時確認は、売買とその代理・媒介だけです。「宅建業者の義務だから、宅建業のすべての取引にかかる」と考えると誤ります。また、お客さんの秘密を守る義務(宅建業法45条)や、業務上の禁止事項は業務上の規制の記事で確かめてください。

試験ではここをまちがえやすい

宅建では、令和4年度は宅建業法の総合的な問題の中の1つの論点として、令和7年度は1問まるごとこの法律の問題として出ています。まちがえやすいのは次の点です。

  • 対象の取引:宅地・建物の売買とその代理・媒介。貸借の媒介・代理は対象外。
  • 確認する事項:本人特定事項だけでなく、取引の目的・職業(事業の内容)・法人の実質的支配者。
  • 保存期間:確認記録・取引記録はどちらも7年。宅建業法の帳簿(5年・10年)・従業者名簿(10年)と入れ替えた肢に注意。
  • 届出先:免許をした国土交通大臣または都道府県知事。警察や国土交通大臣に限る、とする形に注意。
  • 口止め:届出をしようとすること・したことを、お客さんに漏らしてはならない。

○✕でたしかめよう

問1(このサイトのオリジナル問題)
宅建業者Aが、建物の賃貸借の媒介をする場合、Aは、借主について、犯罪収益移転防止法の取引時確認を行わなければならない。

答え:✕ 分かれ目は、宅建業者にとっての特定取引の範囲です。宅建業者の特定業務は、宅地・建物の売買とその代理・媒介で(犯罪収益移転防止法の別表)、特定取引は売買契約の締結とその代理・媒介です(施行令7条1項)。正しくは、貸借の媒介は対象外で、取引時確認の義務はありません。売買・交換・貸借のすべてにかかる宅建業法35条の重要事項説明と取り違えた形です。

問2(このサイトのオリジナル問題)
宅建業者Aが株式会社Bに建物を売る場合、Aは、Bの名称・本店の所在地・取引を行う目的・事業の内容を確かめるほか、Bの事業経営を実質的に支配できる者として主務省令で定める者があるときは、その者の本人特定事項も確かめなければならない。

答え:○ 分かれ目は、法人のお客さんのときに確かめる事項の範囲です。取引時確認では、法人については名称・本店の所在地、取引の目的、事業の内容に加え、実質的支配者がいるときはその者の本人特定事項を確かめます(犯罪収益移転防止法4条1項1号〜4号)。契約の相手は会社なので「会社のことだけ確かめればよい」と考えると✕にしてしまいます。個人のお客さんなら、職業を確かめます(同項3号)。

問3(このサイトのオリジナル問題)
甲県知事の免許を受けた宅建業者Aは、宅地の売買の媒介で受け取る財産が犯罪による収益である疑いがあると認めた。この場合、Aは、速やかに甲県の警察本部長に届け出なければならない。

答え:✕ 分かれ目は、疑わしい取引の届出先です。届出は行政庁にし(8条1項)、宅建業者の行政庁は、宅建業法の免許をした国土交通大臣または都道府県知事です(22条)。正しくは、Aは甲県知事に届け出ます。届出をしようとすること・したことは、お客さんや関係者に漏らしてはなりません(8条4項)。宅建業法の監督処分で業務地の知事が出てくることがありますが、届出先は「免許をした」行政庁で、場所で決まるのではありません。

まとめ

  • 宅建業者は犯罪収益移転防止法の特定事業者。対象は宅地・建物の売買とその代理・媒介で、貸借の媒介は外れる。
  • 取引時確認:本人特定事項、取引の目的、職業・事業の内容、法人の実質的支配者。
  • 確認記録・取引記録は7年保存。宅建業法の帳簿は5年(自ら売主の新築住宅は10年)、従業者名簿は10年。
  • 疑わしい取引は、免許をした国土交通大臣か都道府県知事に速やかに届け出る。届出のことをお客さんに漏らさない。

宅建業法の○✕は、宅建の5分○✕ドリルの「宅建業法」で続けて解けます。次に読むなら、事務所・案内所の記事がおすすめです。帳簿・従業者名簿・標識など、事務所ごとに備えるものの数字を並べて確かめると、この記事の7年との区別がつきやすくなります。

参考にした公式の情報(2026年10月確認)

条文は、令和8年4月1日時点で施行されている内容を、e-Gov法令検索(API。基準日2026-04-01)で確かめています。

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